―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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チャプター4:「力を保つ手段を探して」
4-1:「新たな転移者」


 同時刻。

 月詠湖の王国の隣国、‶紅の国〟――領内。

 

「はぁ……はッ……!」

 

 木がまばらな間隔で並ぶ林の中を、一人の女性が息を切らして走っている。身長は女性としては高めで、キリッとした目元と長い髪が特徴的だ。

 

「な、なんで……どうして……!?」

 

 彼女は荒い呼吸の中で呟き、後ろを振り返る。

 彼女の後方には、彼女を追いかけて来る複数の人間の姿があった。

 

「待ちやがれ!」

「獲物だ、逃がすな!」

 

 荒々しい怒声を投げかけて来る追跡者達。彼等の手には、それぞれに物騒な得物が握られているのが見える。そんな彼等に追いつかれれば、ただでは済まないであろうことは、容易に想像ができた。

 

「なんなの、なんでなの……!」

 

 涙目になりながら、声を零し懸命に走る彼女。

 彼女の悲観も最もだ。

 彼女は少し前まで、都内の大学の資料室にいたはずなのだ。

 資料を棚から降ろそうとした際に、脚立から足を踏み落下してしまった彼女は、そのままその場で気絶したはずだった。

 ――しかし、次に目を覚ました時、彼女はこの見知らぬ林の中に居た。

 そして携帯も通じず、しばらくさ迷っていた所で、男達と遭遇。人に会えたと喜んだのも束の間。男達に捕まえられかけた事により、嫌がおうにも彼等が危険な存在であることに気付き、そして逃走。

 今現在、追われる事態となっていたのだった。

 

「――あッ!」

 

 必死に逃げていた彼女は次の瞬間、進路上にある突出していた木の根に気付かず、躓いて転倒した。

 

「痛……」

 

 転倒した際に彼女は脚に傷を作り、痛みにその整った顔を顰める。

 しかし直後、そんな彼女に影が覆いかぶさる。

 

「!」

 

 振り向けば、そこに追跡者である男達の姿があった。

 

「ひ!」

 

 彼女は慌てて再び逃げ出そうとする。

 

「逃げんじゃねぇ!」

 

 しかしその前に、男の一人に服を掴まれ、彼女は捕まってしまった。

 

「ったく、てこずらせやがって」

「しかし、なんですかねコイツ。なんか妙な格好してますぜ?」

 

 彼女を捉えた男達は、彼女の身なりを見て不可解そうな顔を浮かべている。

 

「ああ、だが上玉には違いねぇ」

「きっと高く売れますね」

 

 しかし直後に男達は、下卑た笑みを浮かべてそんな会話を交わし始めた。

 

(何、なんなの……?)

 

 聞こえ来る恐ろし気な会話に、彼女の顔は青ざめる。詳細は分からないが、このままでは自身の身が危険であること、それだけは理解できた。

 

「よし、引き上げるぞ」

「へい。おら、来るんだよ!」

 

 男の内の一人が、彼女の襟首をつかんで強引に引きずろうとする。

 

「い、いや!」

 

 しかし彼女は、それに対して身を捩り、死に物狂いで抵抗する。

 

「こいつ!少し痛い目みねぇと分からねぇか!」

 

 そんな彼女の抵抗にイラつきを覚えたのか、彼女を捕まえた男は、空いていたもう片方の腕で拳を作り、彼女に振り降ろそうとする。

――ザシュ、と何かが切り裂かれる音がしたのは、その瞬間だった。

 

「……え?」

「が……ぁ……!」

 

 彼女が顔を上げれば、彼女を捕まえていた男が、何やら苦し気な声を零し、白目を剥いている。そしてその直後、男は彼女から手を放して、その場に崩れ落ちた。

 見れば、男の背中には大きな切り傷が出来ていた。そしてその男は息絶えていた。

 

「ひ!」

 

 自らを捕らえようとしていた者とはいえ、突然人が目の前で死んだ事実に、彼女は悲鳴を上げる。

 

「な、なんだ!?」

 

 一方、男達も突然の事態に困惑していた。

 

「見ろ!」

 

 その時、男達の中でもリーダー格らしき男が、声を上げる。リーダー格の男が指差した先。

 そこにある大きな岩の上に、剣を手に立ってこちらを見下ろす、一人の少女の姿があった。

 

「あいつがやったのか!?」

「糞、舐めやがってッ!」

 

 男の内の一人が、その手に握っていた手斧を振りかざし、彼女目がけて投擲しようとする。しかしその前に、男の横を何かが駆け抜けた。

 

「……ぐぁ!?……ぁ……」

 

 そして直後に、その男もまた崩れ落ちる。男は、脇腹を大きく切り裂かれていた。

 

「な、何が……うわッ!」

 

 戸惑うリーダー格の男の目の前に、次の瞬間、鋭利な槍の切っ先が突き付けられる。

 

「あ」

 

 そしてリーダー格の男と彼女は、目の前に一頭の馬がいる事に気付く。

 その馬上には一人の女が跨っており、彼女がリーダー格の男に向けて、その片腕に持った槍を突き出していた。

 

「その人から手を引け。さもなくば、貴様を串刺しにするぞ!」

 

 馬上の女は、リーダー格の男に向けて、凛とした声で言い放つ。

 

「ふ、ふざけんな!誰がそんないう事――」

 

 女の発した言葉に、リーダー格の男は拒絶の言葉を返そうとした。しかし――

 

「ぎゃぁぁッ!?」

 

 リーダー格の男が言い終わる前に、馬上の女は槍をわずかに突き出し、リーダー格の男の右目を突いた。

 

「最後の警告だ。その人から、手を引いてもらおうか」

 

 もう一度、今度は圧の込められた声で発し、馬上の女はギロリとリーダー格の男を睨む。

 

「ッ……く、糞……ッ!」

 

 圧に押されたリーダー格の男は、一歩後ずさると、そのまま林の奥へと逃げ去って行った。

 

「ふん、軟弱者が」

「……」

 

 吐き捨てる馬上の女。一方、〝彼女〟は、そんな女の姿を呆気に取られた様子で見上げていた。

 

「あーあ、逃がしちゃった」

 

 そんな所へ、今度は別の声が響く。

 彼女と、馬上の女がそれぞれ振り向くと、岩の上から降りてこちらへ近づいて来る、先の剣の少女の姿があった。

 

「どうせ、この辺りに根付いたはぐれ者だろう。あの傷では、やっていけまい」

「だといいけど」

 

 再び吐き捨てた馬上の女に、剣の少女は軽い口調で呟やき返した。

 

「君、大丈夫?」

 

 リーダー格の男の逃げた方向を眺めていた剣の少女は、そこで初めて〝彼女〟へと視線を降ろし、顔を覗き込んで尋ねて来た。

 

「え……は、はい……」

 

 尋ねて来た剣の少女に、〝彼女〟は戸惑いながらも答える。

 

「怖い目にあったね。でも、もう大丈夫だよ」

 

 そんな〝彼女〟を安心させるためか、剣の少女は笑顔を作って答える。

 

「しかし君……失礼かもしれないが、変わった格好をしているな?旅人の格好には見えないが……?」

 

 その次に、馬上の女が不思議そうな面持ちで言葉を投げかけて来る。

 

「言われてみれば……でもこの近くに村とかは無かったよね?ねぇ君、名前は?」

「み、水戸美……水戸美 手編(みとみ てあみ)って言います……」

 

 尋ねて来た剣の少女に、〝彼女〟改め、水戸美はそう自分の名を名乗った。

 

「ミトミさん、だね。こんな所で何をしていたの?」

「えっと……すみません……!逆に教えて下さい!ここってどこなんですか?都内じゃないんですか!?」

 

 そこまで来て、水戸美は堰を切ったように声を上げ、剣の少女に質問を返す。

 

「トナイ?ここは、紅の国の領内だけど……?」

「く、紅の……国……?」

 

 全く聞いた事の無い、おそらく国名であろうその名を耳にした、水戸美の顔は青くなる。

 

「だ、大丈夫?顔が青いよ……?」

 

 青ざめる水戸美に、心配した様子の言葉を掛ける剣の少女。

 

「あ、はい……」

 

 しかし水戸美の反応は緩慢だった。

 

「何か事情がありそうだな。だが、まずは彼女の怪我の手当てをしたほうがいいだろう」

「だね。ミトミさん、まずは怪我の手当てをして、そしてこの林を出ようか」

「は、はい…あ、えっと……」

 

 そこで、何か戸惑う様子を見せた水戸美。剣の少女はその理由を察し、「ああ」と声を上げる。

 

「ゴメン、まだ名乗ってなかったね。僕はファニール、ファニール・マイケンハイト。〝魅光の王国〟の勇者で、国から〝燐美の勇者〟の称号を預かって、魔王討伐のための旅をしてるんだ。そして彼女が――」

「クラライナ・アルティナシア。勇者様の護衛騎士の任に着いている」

 

 剣の少女改めファニールと、馬上の女改めクラライナは、それぞれと名と身分を水戸美へと名乗って見せた。

 

「ゆ、勇者に騎士……?それに魔王……?」

 

 二人の口から発せられたワードに、水戸美はまた別種の困惑に駆られる事となる。

 

「うん。よろしくね、ミトミさん」

「は、はい……」

 

 しかし他に頼れるアテもなく、水戸美は全く状況が掴めないまま、二人について行きその身を任せる事となった。

 

 

 

 足の怪我の応急手当てを受け終えた水戸美は、騎士の女であるクラライナの愛馬の背の上で、揺られていた。そして騎士のクラライナが愛馬を引き、勇者のファニールが先頭を行き、三人と一頭は林を抜けるべく進んでいる。

 

「ふーん――つまり院生さんは、こことは全く別のどこかから来たって事なんだね?」

「は、はい……たぶん……」

 

 ファニールの解釈に、水戸美は自信なさげな肯定の言葉を返す。

 

「にわかには信じがたい話だな……」

「でも、水戸美さんの身なりや居た状況を考えると、そう考えたほうが納得が行くよね」

「そうだな……それに、あんな不思議な道具は見た事が無い」

 

 クラライナは発しながら、馬上の水戸美へと視線を向ける。

 水戸美は馬上で、携帯端末を操作していた。

 

「……ダメ、繋がらない」

 

 電話、メール、インターネットへの接続など、水戸美は全ての機能を試したが、どれも繋がる事は無かった。

 やがて水戸美はあきらめて、携帯を肩から掛けていたバッグにしまう。このバッグは、彼女と一緒に飛ばされて来た、唯一の荷物だった。

 

「あの……ファニールさん。これから、どこに向かうんですか?」

「今はここから一番近い、〝風精の町〟っていう町に向かってる所だよ」

 

 おずおずと尋ねた水戸美に、ファニールは答える。

 

「君も混乱しているだろう?だから、まずは落ち着けるところに向かうつもりだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 続けてクラライナが発する。説明してくれた二人に、水戸美は礼の言葉を返した。

 

「気にしない気にしない。困ったときはお互い様さ!人は助け合うのが大事だからね」

「……私は、勇者様を助けてばかりで、助けられた記憶はほとんどないが」

 

 陽気に言葉を発したファニールに、クラライナが冷ややかな視線と言葉を向ける。

 

「や、やだなぁ。それはクラライナが強すぎるから……」

「護衛騎士として、戦いに関する事で文句を言うつもりはない。しかし、簡単な料理や衣服のほつれを直すくらいは、自分でして欲しいものだ」

「や、やめてよ!はずかしいなぁ……!」

「あはは……」

 

 二人のやり取りを見て、それまで不安に染まっていた水戸美の顔にも、少しだけ笑みが戻った。

 

「……所で、さっきファニールさんは魔王を倒すために旅をしてるって言ってましたよね?その……この世界には、本物の魔王が……?」

「うん……この世界は、今魔王の脅威に晒されているんだ。魔王の軍勢はあちこちに侵攻して、人々を苦しめてる」

 

 水戸美のその質問に、ファニールはその表情を神妙な物に変えて答える。

 

「魔王が復活した〝深封の大陸〟は、今や完全に魔王勢力の支配下だ。そして深封の大陸に隣接する二大陸も、日に日に魔王の軍勢の手に落ちて行っている……」

 

 そしてクラライナが、現在のこの世界の情勢を説明して見せる。

 

「そんな魔王は、なんとしても打倒さなければならないんだ。みんなのためにも――」

 

 そしてファニールは、確固たる意思を込めた言葉を、凛と通る声で発した。

 

「……」

「……と、ごめんごめん。その前に、まずは水戸美さんの事を考えないとね」

 

 そんな二人の気迫に飲まれていた水戸美に、ファニールは再び笑顔を作って、安心させるように言葉を紡ぐ。

 

「す、すみません……」

「謝っちゃだめだよー。さ、元気出して行こう!」

「は、はい!」


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