―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
同時刻。
月読湖の国の北東。〝月流州〟のある地域。
「大量大量!この辺は薬草の宝庫なんだよね~」
そこに聳える丘の麓に、薬草がいっぱいに詰められた籠を抱えた、一人の少女の姿があった。やや青みがかった長い銀髪と、紺碧の瞳が特徴であり、美少女と言っても過言ではない顔立ちをしている。
「さてと、そろそろ帰ろっかな」
そんな呟き声を零す。
しかし直後、そんな彼女の耳が奇妙な異音を聞いた。
「うん?」
音の発生源は、丘の麓に伸びている轍の向こう。丘の死角からだ。疑問の声を上げながら、銀髪の少女はそちらへ視線を向ける。
丘の死角から、唸り声と共に奇怪な物体が姿を現したのは、次の瞬間だった。
「ぎょぇぇぇぇッ!?」
現れたのは、全体が濃い緑色で、車輪を6っつ持つ奇妙な外観の荷車のような物体。
さらに続いて、馬も無しに動く巨大な荷車が二台。そして最後に小型の同様に馬も無く動く荷車が、隊列を組んで丘の影から姿を現す。
突然現れた異質な物体の隊列は、けたたましい異音を唸らせ、尻もちをついた少女の脇を次々に走り抜けてゆく。
《俺の自慢のお手製チャーハンッ!勢い任せで月までテイクオフッ!!》
そして最後に、最後尾の荷車の上から、奇妙な歌声のような何かが聞こえ、そして謎の隊列は去って行った。
「な――なんだったの……!?」
少女は持っていた籠を落として、尻もちをついた姿勢のまま、しばらく謎の隊列が去った方向を、呆然と見つめていた。
《地球に侵略インベーダーッ!俺様、フライパン片手にぶっ飛ばすッ!ボォォォウッ!!》
轍に沿って目的地を目指している燃料調査隊の車列。その殿を務める旧型小型トラックの上では、多気投が上機嫌に、デスヴォイスで歌い散らかしていた。
「うるっせぇんだよ、多気投ェッ!こっから放り出されてぇのか!」
そんな歌声を隣で嫌がおうにも聞かされていた竹泉が、耳を塞ぎながら怒声を上げる。
「いいじゃねぇかぁ、天気も景色も最高なんだぁ。この絶好の喉自慢日和に、歌わないなんて損だぜぇ」
そんな竹泉の怒声に、しかし歌を中断した多気投は悪びれもせずに陽気な声色で返す。
(歌詞も歌声も酷い……)
そして竹泉の隣では、出蔵がゲンナリとした表情を作りながら、内心でそんな感想を浮かべていた。
そんな不真面目なやり取りをしている多気投等をよそに、助手席に座る河義と、その真後ろの後席に着いている制刻は、地図を広げ行程の確認を行っていた。
「もう一つ丘を越えりゃ、酒場のオッサンが言ってた、フォートスティートとか言う個人所有領に入るはずです」
「そして道なりに行けば、そのスティルエイトという人のお宅に辿り着けるとの事だったな」
確認を終え、河義は地図を畳んで仕舞う。
「所で、さっき丘の麓に人がいたよな」
「えぇ、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてた」
河義は今しがた通過した地点にいた少女について言及し、制刻はそれに答える。
「この近くに住む人かな?驚かせてしまったようだな、悪い事をしたな」
「まぁ、しゃあねぇでしょう。この世界で俺等が動く以上、多少驚かしちまう事は、避けられねぇようだ」
申し訳なさそうな表情で呟いた河義に、一方の制刻はいつもの淡々とした調子で答える。
《ヤツ等の親玉炒め上げッ!晩飯一品追加で、ハイに決まるぜぇッ!!》
そんな折、車上で多気投の破壊的な歌声が再び響き出す。
「――ただし多気投。お前ぇは静かにしてろ」
「オウチッ!今日にオーディエンスは皆辛口だずぇ」
しかしそこへ制刻が釘を刺し、それを受けた多気投は、言葉と共に肩を竦めた。
月読湖の国、〝月流州〟の南東に広がる個人所有領。
通称、スティルエイト・フォートスティートと呼ばれているその地の、およそ中央付近。
適度に広がる平地の中に、ポツンと立つ一軒の家屋があった。
「親父、来週の納品分が一本足りないみたいなんだが」
その家屋の内部。物々しい窯が作りつけられた作業場らしき一室で、一人の青年が声を上げる。整った顔立ちに、青み掛かった銀髪と紺碧の瞳持つ、かなりの美青年であった。
そんな彼が声を発した視線を向けた先には、椅子に座り、難しい表情を作っている中年男性の姿があった。青年と反した無骨な顔つきと外観であったが、しかし青年と同様の銀髪と紺碧の瞳が、彼と青年が血縁者である事を物語っていた。
「今最後の確認中だ」
中年男性の腕の中には、一本の剣が持たれている。彼はその剣を鋭い目つきで睨みながら、青年に返事を返した。
「またやってるのか?どうせ親父の剣は、物好きが飾り物として買うくらいだろ?そこまで手間をかける必要があるのか?」
「うるせぇ!そういうもんじゃねぇんだ!――まだかかるから、お前は昼飯の仕度でもしてろ」
青年の言葉に、親父と呼ばれた中年男性は怒声を飛ばし、そして続けて発した。
「もう準備してあるよ」
「じゃあ洗濯物だ」
「とっくに終わってる」
「なら終わるまで待ってろ!」
「はいはい……」
父親の再びの怒声に、青年は呆れた声を零しながら返すと、近くの窓際へと寄り掛かった。
「……なぁ親父。いつまでこの地に籠ってる気だ?」
一息置いた後に、青年は父親に向けてそんな言葉を紡ぐ。
「最近、国境周りでは野盗の被害が頻発してるらしい。ちょっと前に、荒道の町の近くでも旅人が襲われる事件があったそうだ。それで、この前町に行った時に、ハクレンさんが親父の事を心配してたよ。できれば、安全のために町に戻って欲しいってね」
青年の言葉に、彼の父親は返事を返さず、手の中にある剣に視線を向け続けている。
「正直、俺もそう思うよ。この領地の管理は、別に荒道の町で暮らしながらでもできるだろう?親父は昔は俺達をほっぽりだして、各地で無茶をしてた身だから、腕に覚えはあるのかもしれない。それでも、こんな僻地で一人で居るのはやっぱり危険だよ。――なぁ、考え直す気はないのか?」
父親に問いかける青年。しかし、その問いかけに対して、父親から返事が返って来る事はなかった。
「……はぁぁ」
そんな父親の姿に、青年は窓際に身を預け直し、深くため息を吐いた。
「……そういえば。一昨日〝ティ〟が月橋の町まで〝飛んだ〟時に、妙な噂を聞いて来たらしい」
青年は再びの短い沈黙の後に、そこで思い出した別の話題を振る。
「なんでも月橋の町に、勇者が立ち入ったらしいんだ」
「勇者?今のご時世、珍しいモンでもねぇだろ」
青年の言葉に、父親は視線を変わらず剣に注いだまま、つまらなさそうに返す。
「あぁ――だが、それだけじゃないんだ。その勇者は、妙な一団と一緒だったらしい」
「妙な一団?」
漠然とした表現に、父親は懐疑的な言葉を返す。
「話によると、全員が緑色の妙な服装で、同じく緑色の鉄の荷車に乗って、勇者と共に現れたそうだ。その一団の来訪で、町はそれなりの騒ぎになったらしい」
言いながら、青年はなんとなしに窓の外へ視線を向ける。
異質な唸り声のような音を轟かせ、六つの車輪を持つ奇怪な鉄の車が、敷地内へと姿を現したのは、丁度そのタイミングであった。
「うん、そうだな。聞いた話を再現するなら、たぶんあんな感じ―……」
そこで青年は、言葉を途絶えさせて、一瞬沈黙する。
「――は?」
そして視線の先に現れた物体を再認識し、目を見開いた。
燃料調査隊の車列は、目的地である個人所有領の所有主の住居と思われる、一軒家の元へと到着。各車輛は、その一軒家からやや距離を取るようにして停車した。
「ここか――皆、降車しろ」
車列の殿を務めていた旧型小型トラックの助手席で、河義が一軒家を一瞥してから、指示の声を上げる。それを受けた制刻を始めとする各員は、車上より降りて、それぞれが周囲を見渡す。
「ホントにここなのかよ?家がポツンと一軒あるだけで、採掘施設らしいモンは見当たらねぇぞ?」
そして竹泉が、訝しむ表情と口調で発する。
「そいつぁ、ここの持ち主に尋ねてみるとしよう」
そんな竹泉の言葉に、制刻が一軒家へと視線を向けながら返す。
一軒家の玄関扉がちょうど開かれ、そこから青年が姿を現す。
「長沼二曹が行くな」
そして河義が、車列の先頭に位置する指揮通信車へと視線を向けながら、呟く。
指揮通信車の車上からは降り立った長沼が、現れた青年の元へと歩んでゆく姿が見えた。
「ほんとかよ……」
玄関先へと出た青年は、突如姿を現した燃料調査隊の車列を、唖然としながら眺めていた。
「すみません」
そんな青年へと、声が掛けられる。
青年が声の方向へ振り向くと、声の主である長沼の姿が、青年の目に映った。
長沼は自分が危害を加える存在では無い事を示すため、掲げた片腕を振りながら歩き、青年と目が合うと、彼に向けて小さく会釈。
「はじめまして、私は日本国陸隊の長沼という者です」
そして青年の元まで歩み寄ると、自身の身分を彼に向けて名乗った。
「に、ニホン……?」
長沼の自己紹介の言葉に、青年は戸惑いながら耳に残ったワードを反芻する。
「はい。この度は突然押しかけ、驚かせてしまい申し訳ありません。決して危害を加える者ではありません。難しい事とは承知していますが、どうかあまり警戒なさらないでください」
そんな青年に長沼は続けて、謝罪の言葉を述べ、そして自分達が害成す存在では無い事を説明した。
「……その、ニホンの陸上部隊?っていうのはよく分からないけど……あんた達、月橋の町に勇者と共に現れたっていう、不思議な一団なのか……?」
「あぁ、その件を御存じなのですね。そうです、それは私達が出した偵察隊の事でしょう」
長沼は青年の質問に返すと同時に、背後へと振り向く。すると丁度こちらへと歩いて来る、河義と制刻の姿が目に映った。
「河義三曹、制刻士長。こちらの方は、君等が偵察行動で、町へ立ち寄った件を御存じのようだ」
近づいて来た二人に発する長沼。一方、青年は近づいて来た二人の内、特に異質な外観である制刻の姿に目を剥いた。
「ほう」
「噂がもうこんな遠地まで?早いな……」
対する制刻当人とそして河義は、そんな青年をよそにそれぞれ言葉を零した。
「――それで、その一団さんがウチに一体なんの用なんだい……?」
少しの間、困惑に囚われていた青年だったが、彼は再び警戒の目を長沼等に向け直して、尋ねる。
「あぁ、すみません。まずこちらは、スティルエイトさんのお宅で間違いありませんか?私達は、荒道の町のハクレンさんからの紹介で、こちらを訪ねさせていただきました」
「ハクレンさんから?」
それまで強い警戒の色を見せていた青年は、長沼の口からハクレンの名を聞いた事で、ほんのわずかにだがその姿勢を軟化させる。
「はい。そしてこちらに、地下油と呼ばれる物の採掘施設があると伺いました。私達はそれを使用させていただきたく、その交渉のためにこちらを訪問させていただきました」
「地下油?確かにウチに採掘井戸があるけど……わざわざ地下油のために直接ウチに?変わってるな……」
そして長沼から説明された隊の目的に、青年は警戒の色をさらに崩して、代わりに不思議そうな表情を浮かべた。
「はい、私達にとっては重要な資源と成り得る物なんです。突然押しかけてこんなお願いをして申し訳ありませんが、お話だけでもさせていただけないでしょうか?」
「地下油か……うーん、困ったな……」
長沼の願い入れに、青年はその表情を微かに顰めて呟く。
「やはり、難しいお話ですか?」
「あぁいや、別にこちらに地下油を譲る意思が無いわけじゃないんだ。ただ――」
長沼の勘繰る言葉を青年は否定し、そして続ける。
「その肝心の採掘井戸なんだけど、実はちょっと前に壊れてしまってね……取引に応じたくても、できない状態なんだ」
「故障ですか?」
「あぁ。わざわざ訪ねてきてくれたのに、すまないね……」
そして青年は長沼に事情を説明し、そして謝罪の言葉を述べた。
「よぉ、とりあえずその採掘井戸ってのを、見せてもらうことはできねぇか?」
そこへ言葉を挟んだのは制刻だ。
「制刻?」
「とりあえず見てみて、可能なら俺等で修理を試みましょう。せっかく、施設の面子も連れて来てるんだ」
振り向いた長沼に制刻はそう進言し、そして青年へと視線を戻す。
「別に構わないけど……わざわざそこまでして地下油を?」
「あぁ、さっき長沼二曹も言ったが、俺等にとっては重要なモンでな」
不思議そうな顔を浮かべる青年に、制刻は答えた。
「分かったよ――一応、親父に話をさせてもらっていいかい?ここの所有者はあくまで俺の親父だから」
青年は、背後の住居にチラと視線を送りながら、発する。
「もちろんです、ご迷惑をおかけしてすみません。それと、よろしければ私達からも、御父上にご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」