―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
再び、月詠湖の国の隣国、紅の国領内。
紅の国領内の西端にある〝風精の町〟へと続く道を、一台の馬車が進んでいる。
そしてその馬車の上で、揺られる水戸美と、勇者の少女ファニールの姿があった。
「ごめんなさい。手を貸してもらった上に、乗せてもらっちゃって」
「なぁに、これも旅の醍醐味さ」
ファニールが御者席に向けて言葉を発すると、御者席で馬の手綱を握る男性から、そんな言葉が帰って来た。
今、水戸美やファニール達が乗り合わせ、身を預けているのは、途中で出会った商隊一行の馬車であった。水戸美達は先程までいた林を抜けてしばらく進んだ所で、この商隊一行と遭遇。彼等は水戸美達と同じく風精の町を目指しており、そして怪我を追っている水戸美の存在を知った彼等は、水戸美達に同行を提案。ファニール達はその好意を受け入れ、今現在、馬車の上の人となっていたのだ。
「それにしても、まさか魅光の王国の勇者様とは驚いたよ。それに騎士様も一緒とは、心強い限りだ」
男性は言いながら、馬車の横へと視線を移す。そこには愛馬に跨り、周囲を警戒しながら馬車と並走するクラライナの姿があった。
「――よし、できた」
一方、馬車の上でそんな声が上がる。声の主は、水戸美の前に対面で座っている、商隊の女性だ。彼女の手により、水戸美が足に負った怪我の十分な手当てが、丁度終えられた所であった。
「これで大丈夫だけど、しばらくは必要以上に無理はしないでね」
「は、はい。ありがとうございます」
女性の注意の言葉に、礼で返す水戸美。
女性は水戸美の手当てを終えると、その場を立って御者席へと戻って行った。
「……」
落ち着いた環境で手当てを受け、少しだけ心の余裕ができ、何より手持ち無沙汰になった水戸美は、周囲へ視線を送る。
そして、何もかもが見慣れぬ光景の中で、一際異彩を放っている存在に、彼女は目を留めた。
馬車の後ろに、こちらへ背を向けて座っている、一人の女性の姿があった。商隊の護衛なのか、身軽そうな服の上から軽装の防具を纏い、腰には剣を下げている。
しかし水戸美が目を奪われているのは、もっと別の部分にあった。
(狼の耳……?それに、尻尾生えてる……)
その女性の頭部、灰色の長い髪が伸びる頭の頭頂部からは、狼の物と思しき二つの耳が生え揃っていた。さらに女性の履く下衣の後ろからは同じく狼の物と思しき尻尾が生えている。色はどちらも、髪色と同じ灰色。
その彼女は、耳をたまにピコンと跳ね、尻尾をゆったりと揺らしながら、周囲を警戒している様子であった。
「ん?どうかしたかい?」
そんな狼の特徴を持つ彼女は、そこで自分を見つめる視線に気づいたのか、振り向いて水戸美へと声を掛けて来た。
「い、いえ!その……」
突然声を掛けられ戸惑いながらも、水戸美は振り向いた狼娘の姿を目に留める。
彼女の特異な姿は耳や尻尾のみに留まらず、首周りや腕などにも狼の体毛が生え揃い、さらには瞳や覗いた口内の牙等も、狼のそれである事を伺わせた。
(わぁ……ゲームのキャラクターみたい……)
そして内心でそんな感想を思い浮かべる水戸美。
「……ひょっとして、獣人を見るのは初めてかい?」
「え……?あ……!」
そこへ狼の女から勘繰る言葉が投げかけられ、水戸美は我に返る。
「す、すみません……!」
そして自分が彼女の身体をジロジロと見てしまっていた事に気づき、慌てて謝罪の言葉を述べた。
「はは、そんなに慌てなくてもいいよ。別にあんたが初めてじゃない」
そんな水戸美に対して、狼の女は笑って返す。
「すみません……失礼ですけど、し、尻尾とか、本物なのかなと思ってしまって……」
「もちろん。なんなら、確かめて見るかい?」
狼の女は少し揶揄うような口調と共に、牙を覗かせてニヤリと笑みを作ると、その尻尾を水戸美に向けて差し出して見せた。
「い、いいんですか……?」
「ああ」
「……じゃ、じゃあ……」
初対面の相手に失礼なのではと一瞬だけ躊躇した水戸美であったが、しかし好奇心に負けて彼女は差し出された尻尾に手を伸ばした。
最初は恐る恐る、その尻尾に触れてみる水戸美。
(うわ……ふわふわしてる……)
しかし彼女はすぐにその感触の虜になった。
尻尾に五指を埋め、触り心地の良さを指先で感じ取る。
「……ん!」
そこで狼娘が微かに艶っぽい声を零す。
しかし水戸美はそれに気づかずに、もう片方の腕も尻尾へと伸ばし、両手でその感触を堪能し始める。
「……ちょ、ごめん……流石に、くすぐったいかな……」
「あ……!す、すみません!」
そこで狼娘の彼女が声を上げ、再び我に返った水戸美は、慌てて彼女の尻尾から両手を放して解放した。
「ふー……あんた、端正な顔の割に、やらしい手つきするね……」
「や、やらし……すいません……」
狼娘からのそんな評価に、水戸美は顔を赤くして縮こまる。
「はは、ごめん。冗談だよ。――それにしても、あんたなんか変わってるね。格好といい、雰囲気と言い……一体どこから来たんだい?」
「えっと、その……こことは違う世界から……」
狼娘からの質問の言葉に、水戸美は少し狼狽えてからそう答えた。
「……えっと……おもしろいよ……」
「いえ、その、冗談じゃなくてですね……」
水戸美の回答に、狼娘は少し固まった後に、困ったようにそんな言葉を返す。それに対して水戸美はなんとか弁明しようとするも、うまい言葉を紡ぎだせないでいた。
「本当だよ」
そこへ声が割り込む。水戸美と狼娘が振り向くと、こちらへ視線を向けるファニールの姿があった。
「この子――ミトミさんは、ボク達とは違う世界から来たらしいんだ」
「って、言われてもなぁ……」
ファニールが説明して見せるが、狼娘は当たり前の事ではあるが、信じていない様子であった。
「じゃあミトミさん、あれ見せてあげたら?えっとケー、なんとか……」
「携帯ですか?」
「そうそれ」
ファニールに言われ、水戸美は手元のバッグから携帯端末を取り出す。
「何それ?」
水戸美が取り出した不可解な物体を目に、狼娘は訝し気な声を上げる。
「私の世界で使われてる……なんていうか、いろんな機能が詰まった機械です。たとえば……」
水戸美は携帯端末を操作して、音楽機能を選択して起動する。すると、端末から音楽が流れだした。
「わ!?」
「へぇ……こんな事も出来るんだ」
音楽を流し始めた携帯端末を前に、狼娘は驚きの声を上げ、ファニールは感心した様子で端末を見つめている。
「な、何これ!?中に妖精でも入ってるの!?」
「ち、違います……さっきも言いましたけど、こういう事ができる道具なんです」
驚きながら端末を見つめ、予想の言葉を上げる狼娘に、水戸美は戸惑いながら説明してみせる。
「どう?これで信じた?」
驚く狼娘に、ファニールは笑みを浮かべて問う。
「う、うん……正直まだ半信半疑だけど……こんな魔法道具は見たことないよ……」
「ま、魔法じゃないんですけど……」
町を目指す馬車の上で、水戸美達はしばらくの間そんなやり取りを繰り広げた。
場所は再び月詠湖の国、月流州のスティルエイト・フォートスティート内。
日が傾きかけ、採掘施設を調べに向かっていた長沼率いる一隊は、一度調査を切り上げてスティルエイト邸の所まで戻り、待機していた指揮通信車を中心とするもう半数と合流した。
「わぁお、すげぇ顔だな竹しゃぁん!まるでなんかの怪人みてぇだ!」
「ホントに真っ黒ですね……!」
その一角で、多気投や出蔵が声を上げている。彼等の前には、原油で顔を黒く汚した竹泉の姿があった。採掘施設はやはり原油を扱うだけあってか原油の汚れが酷く、竹泉のみならず、調査に携わった隊員等は皆一様に、多少の差はあれど油汚れに塗れていた。
「丁度いいからそのままどっかから、怪人っぽく美人さんでもさらって来てくれやぁ!」
「自分でやれ。原油ランドは24時間開園中だ、お前等も油に塗れて来たらどうだぁ、えぇ?」
多気投の揶揄う声に、竹泉は心底鬱陶しげな口調で発する。
「そいつぁ、遠慮しておくずぇ」
それに対して、多気投は相変わらずの陽気な声で答えた。
「長沼二曹。お疲れさんです」
一方その傍らで、指揮通信車車長の矢万が、長沼に労いの言葉を掛けていた。長沼もご多分に漏れず、その顔を油で汚していた。
「あぁ、ありがとう。そっちもご苦労だったな」
矢万に対して、同様に労いの言葉で返す長沼。
スティルエイト邸から少し離れた地点には、矢万を筆頭とした待機していた隊員等により、野営の準備が整えられていた。
「いえ。それで――その採掘施設はどうでした?」
矢万が尋ねる。
その言葉には、長沼の背後に控えていた施設科の麻掬三曹が答えた。
「あぁ、使用不能の原因となっている部分は、大した故障ではなかった。だが、施設自体が大分老朽化しているのが気になったな。安全を考えるなら、櫓だけでも組み直したいところだ」
「櫓の組み換えですか?結構大掛かりな作業になりません?」
麻掬の説明に、矢万は疑問の言葉を挟む。
「あぁ、重機も必要になる。向こうの拠点から、施設作業車やクレーンを回してもらう必要があるだろう」
矢万の言葉を麻掬は肯定。そして転移現象に巻き込まれた施設科の装備車輛である、施設作業車やトラック・クレーンの名を上げる。
「本格的に作業に取り掛かれるのは、少し先になるだろう。だが、その間に私達でできる事をやろう」
そして長沼が、皆に向けてそう発した。
「――だが、これ以降は明日にしよう。今日は皆、これ以降は休息とする」
「それがいいでしょう。そうだ――長沼二曹、それに皆も。湯が沸かしてあるから、風呂とまではいかないが体を流すくらいはしてくれ」
長沼の休息を指示する言葉を受け、矢万は、採掘施設での作業に携わった皆に向けて促した。
「ありがたい。それでは、お言葉に甘えるとするか」
「はぁ、やっとこのギットギト鬱陶しい油を流せるぜ……!」
矢万等の気遣いに長沼がホッとした様子を浮かべて発し、端でそれを聞いていた竹泉がやれやれと言った様子で零す。
「あんだよ、油怪人竹泉とはお別れかぁ。残念だずぇ」
「うるせぇんだよ!そのネタは二度と言うな!」
多気投のおちょくる言葉に、竹泉は米神に青筋を浮かべて返した。