―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
月詠湖の国、月流州。スティルエイト・フォートスティート。
燃料調査隊がスティルエイト邸の近くに設営した宿営地の一角。一つの宿営天幕と、その横に止められた旧型小型トラックの周りに、竹泉を始めとする普通科各員+衛生科の出蔵のたむろする姿があった。
「4分隊。皆いるな?」
そこへ、バインダーを片手に持った制刻が、歩いて来て加わる。
制刻の言う4分隊とはすなわち、彼等の所属である〝第54普通科連隊、第2中隊、第1小隊、第4分隊〟のことである。
「ええ」
制刻のその確認の言葉に、同所属である策頼は肯定の言葉を返す。
「俺と多気投は1中(第1中隊)なんだがなぁ?」
「そして私は駐屯地業務隊だったりします」
しかし、制刻や策頼とは別の所属である竹泉や出蔵は、それぞれそんな言葉を返す。
「今は2中の4分隊にカウントする」
しかし制刻は、そんな竹泉や出蔵も一まとめにした。
「でだ、聞け。拠点から、施設科の車輛群を回してもらえる事になったそうだ。到着は、速くて明日の夕方か、もしくは明後日の朝頃になるだろう」
制刻は五森の公国の本陣地から、採掘施設修繕のために必要な応援と車輛機材を、こちらへ回してもらえる事になった旨を説明する。
なお補足として、燃料調査隊はここまでの道中に通信中継装置を一定の間隔で設置して来ており、それが遠く離れた五森の公国の本陣地と、燃料調査隊との通信を可能にしていた。
「あぁ、そりゃいい。その間ゆっくりできそうだ」
説明を聞き、そんな軽口を叩く竹泉。
「ボケタレ。その間、俺等は俺等で出来る事をやるんだ」
「んなこったろうとは思ったよ」
しかしすかさず発された制刻の言葉に、竹泉は皮肉気な言葉を零した。
「でぇ、できる事って、具体的になにすんだぁ?」
そこで竹泉の言葉と入れ替わりに、多気投が尋ねる言葉を寄越す。
「今から分担を説明する」
それに対して、制刻は返すと説明を開始する。
まず衛生隊員の出蔵は、施設科の作業に同行し、不測の事態に備えるよう告げられる。
そして普通科各員は、近隣の地形環境の調査作業と、採掘施設の修繕に必要な木材の確保に向かう役割の、二つの任がある事が伝えられた。
「どっちも人員は二人づつだ。それぞれ、昼間の兄妹が案内に着いてくれる事になってるそうだ。今から、誰がどっちに行くかを、お前等で決めろ」
そこまで告げると、制刻は手にしていたバインダーへと視線を落とし、意識を移した。
「……どうすんだぁ?正直、木材確保の方は外れ感パネェよなぁ?」
説明を聞いた竹泉は、面倒臭そうな様子で発する。
「ここは公平を期して、トランプかなんかで決めるとしようぜぇ」
「アホか。んなモン誰が都合よく持ってるてんだよ」
多気投が発案するが、竹泉がすかさずその案の問題点を突く。
「ジャンケンでもすればいいじゃないですか」
「あー、それじゃ平凡過ぎだ平凡過ぎ」
今度は出蔵が発案するが、竹泉は呆れ顔で手をヒラヒラとさせながら、その案を却下する。
「平凡でなんの問題があるんだ?」
竹泉のその言葉に、策頼が端的に疑問を投げかける。
「ハハァ。秀才の竹しゃんの華麗な脳みそは、こういうどーでもいい時でもトリッキーさを求めて止まねぇのさ」
「凡庸な人間ほど平凡を避けたがるんですよね」
そこへ多気投が竹泉を煽り揶揄う声を揚々と上げ、その横で出蔵がボソリと呟いた。
「おめーらそんなに痛い目が見てーか?」
そんな多気投等の煽りに、竹泉は青筋を浮かべて脅しの言葉を投げかける。
「おい、まだ決まらねぇのか?」
そんな所へ、バインダーへ視線を落としていた制刻が顔を上げ、呆れた口調で言葉を挟んだ。
「いや、竹泉さんが妙な所でごねるものですから……」
出蔵が困った様子でそれに答える。
「ったく、しゃぁねぇ」
それを聞いた制刻は、呟くと自身の上衣の胸ポケットから何かを取り出し、それを出蔵へと放り投げた。
「わ!あれ、これって……」
出蔵が受け取ったそれは、ケースに収まったトランプのセットであった。
「そいつで決めろ」
「………」
制刻の寄越したトランプとその言葉に、各員は沈黙する。
「オメェ、ワザとやってんのか?」
「数秒前までの私達の話、聞いてました?」
そして竹泉が呆れの混じった口調で、そして出蔵が困惑の口調でそれぞれ制刻に向けて言葉を発した。
「あぁ?オメェ等の話なら、適当放題聞き流してたぜ」
そんな二人に、制刻は端的に返す。
「なんで偉そうなんだよ」
「適当放題って、日本語として正しいんですかね?」
そんな制刻に、竹泉はイラ立ちながら発し、出蔵はややどうでもいい部分に関して疑問の声を上げた。
それから数十分後。
「またかよ、カスったれ!」
竹泉が悪態を吐きながら、その手元に残ったジョーカーを地面に叩き付ける。
「竹しゃぁん。いい加減、受け入れようぜぇ」
「いーや、やり直しだやり直し!」
多気投の宥める声も碌に聞かずに、喚き立てる竹泉。
各員はトランプを用いたババ抜きで、作業の分担を決めることにしたのだが、その勝負は3回に渡り、その全てが竹泉のビリケツに終わっていた。
「おい、ふざけるな。これで四回目だぞ」
竹泉のやり直しを要求する言葉に、策頼はその鋭い顔に若干の呆れの色を浮かべて発する。
「あは♡竹泉さん弱々♡ざぁこざぁこ♡――へぶしッ!」
そして竹泉を煽った出蔵の脳天に、横に居た制刻の拳骨が落ちる。
「竹しゃん、そんなに木材確保の方が嫌かぁ?」
「そこはもうどーでもいい!それよか、ビリケツなのが納得いかねんだよ!」
多気投の疑問の言葉に、竹泉は苛立った様子で訴える。
「納得いかねぇのは結構だが、そろそろ巡回の時間だ。分担は、この結果で決定にする。策頼、多気投、巡回に行ってこい」
そんな竹泉を制刻は適当にあしらうと、ババ抜きをそこでお開きにし、策頼等巡回の役割が当てられている面子に、指示の言葉を発した。
「了解」
「悪ぃな竹しゃん、そういうこった」
指示を受けた二人は、それぞれの装備を手にすると、巡回へと発った。
「あぁ、気分悪ぃ!こっち来てから皺共に腕はぶった切られかけるわ、酔っ払いに難癖つけられるわ、おまけにババ抜きで連続ビリケツだわ――最悪のフルコースだ、豪勢すぎて吐きたくなるぜッ!」
竹泉は自身のこれまでの境遇を嘆き、吐き捨てる。
「こんなんが今後も続くのかと思うと、嫌になるねホント」
「不安や不満を抱えてるのは皆同じですよ。こっちに来て、もう一週間くらいになりますか」
そんな竹泉の愚痴に返した出蔵は、片手で指折り数えながら、もう片手で持ったカップに口を付け、中に注がれていたコーヒーを啜る。
「……向こうでは、騒ぎになってるかもしれませんね」
「そうかねぇ?もしかしたら、向こうの世界じゃ、まだ数分と経ってねぇかもしれねぇぜ?」
出蔵の呟きに、しかし竹泉はそんな発言を返す。
「というと?」
「こっちの世界と俺等の世界で、時間の流れが一緒だっていう保証もねぇって言ってんだよ」
「あぁ――言われてみれば。……という事は、ひょっとしたら同じ時間に戻れる可能性もあるって事ですか?」
竹泉の言葉を聞き、出蔵はそんな希望の言葉を口にする。
「それまで俺等が無事ならな。けど、この先なんか違えば、俺等もエルドリッジやメアリー・セレスト、畝傍の仲間入りなんて事もあるかもしれねぇぜ」
「そんなオカルト船ばっかり……」
竹泉の上げた名の数々に、出蔵は背中が薄ら寒くなるのを感じた。
「まぁ、今上げたオカルト船ズが実際どんな目に遭ったかは知らねぇけどよ、ひょっとしたら、この面子も異世界に投げ出されて、そこでファンタスティックな目に遭って帰ってきたのかもな」
「私達もそうなると……?」
「〝日本国隊、一個中隊壊滅!空白の時間に何があった!?〟ってかぁ?」
竹泉は眼をクワッと見開き、新聞の一面でも読み上げるように言って見せた。
「やめて下さいよ……」
顔を青くする出蔵。
「だが、マジで最悪ありうる話かもしんねぇ。だからこそ竹泉。下手に不安を煽る事を、ベラベラいろんなヤツの前で言うんじゃねぇぞ」
「あー、了解だ。はいはいはい……」
そこで発された制刻の釘を刺す言葉に、竹泉は適当な返事を返した。
「なんか、気味悪くなってきた……」
「自由の顔でも見とけよ。そのビックリ禍々フェイスに比べりゃ、どんなモンでもかわいく感じらぁ」
竹泉は制刻の風貌を視線で眺めながら、皮肉気に発する。
「出蔵。そのオカルト船みてぇにならねぇためにも、俺等はこの奇妙な世界を知って、そして力を維持する手段を見つける必要があるんだ」
そんな竹泉の皮肉を無視して、制刻は出蔵に言い聞かせる。
「その一環として、まずは燃料をなんとかする。竹泉、そのためには、オメェの頭に詰まった、悪態と皮肉吐くにしか役立ってない知識が必要だ」
そして制刻は、竹泉に向けて発する。
「あぁ、お褒め頂き光栄だね。面倒を吹っ掛けられたモンだぜ全く」
その言葉に、竹泉はやれやれといった様子で返した。