―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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1-5:「ファーストコンタクトⅢ」

 その少年は、先程男の子を連れ去った人物に他ならなかった。彼の手には、その体躯と不釣り合いなまでの大きな剣が握られている。

 そしてその大剣は、まだ体勢の安定しきっていない制刻目がけて、振り降ろそうとしていた。

 

「チ」

 

 回避は間に合わない、そう判断した制刻は腰の後ろで弾帯に挟んでおいた鉈を繰り出して頭上へと翳す。その次の瞬間、少年の握る大剣が思い切り振り下ろされた。

 

「――っとぉ」

 

 両者の得物がぶつかり合い、金属音が響き渡り、火花が散り、衝撃が鉈を通じて制刻の手に伝わる。

 目と鼻の先に迫った、少年の体躯は小柄で、華奢とすら言える程であり、淡い金髪の下に覗くその顔立ちは、あどけなさを残しつつも可憐さを醸し出し、その容姿はまるで少女と見間違える程だ。

 しかし、そんな少年の腕で振るわれた剣撃は信じられない程重々しく、まるで巨木が倒れて圧し掛かって来たかのような衝撃が襲った。

 

「ッ――アインプ!フレォッ!」

「……!」

 

 未だ中空に身を置く美少年は、斧女に目配せをして何かを叫ぶ。すると、それを聞いた斧女は手負いの体を強引に起こすと、そして背後へと飛んだ。足を負傷しているため、斧女は当然のごとく着地の際に大きく体制を崩す。しかし、その斧女が体を地面へと横たえる前に。その体を何者かが受け止めた。

 

「リャジャ!エシュケッフ!」

 

 そこには、重々しい甲冑で頭部以外の全身を包んだ騎士が立ち構えていた。おそらく先の槍を放ったのもこの騎士だろう。

 騎士は斧女の体を抱きとめると、彼女を抱えたまま背後へと跳躍。少年や斧女のような屋根まで飛び上がるものではないが、しかし全身を甲冑で覆われている人間とは思えない、軽快な跳躍を繰り返し、離れていった。

 

「お前もかまって欲しいのか」

 

 制刻は逃げていく騎士たちに一瞥をくれるが、すぐさま相対する少年の相手に集中。皮肉気に呟きながら、鉈で大剣を押し返して少年を振り払う。

 振り払われた少年は、しかし押し返しの力には逆らわずに飛び退き、空中で綺麗な一回転を描いて着地してみせる。そしてすかさず地面を踏み切り、弧を描く軌道で制刻へと迫る。

 

「野郎」

 

 一方、小型トラックの上で軽機に着く策頼は、制刻へと迫る少年を阻止するべく、軽機を少年に向けて旋回させ、引き金を引いた。軽機の銃口を飛び出した弾頭群は、少年の体へと襲い掛かる。

 しかし次の瞬間、少年が体の横で剣を大きく薙いだ。そして少年の持つ剣から、金属音と微かな火花が上がった。

 

「ッ!………ふざけてる」

 

 一瞬、不可解な現象に策頼は目を見開くが、直後に何が起こったのかを理解し、忌々し気に呟く。

 少年は大剣の一閃で、弾頭を弾いて反らしたのだ。

 それを証明するように、弾かれた弾頭はてんでバラバラの方向へ飛び散り、周囲の家屋や地面等ちぐはぐな場所を破壊した。銃撃を悠々と凌いで見せた少年は、そのまま制刻に向けて肉薄し、制刻の胴を狙って大剣を横に大きく薙いだ。

 

「っとぉ」

 

 一歩だけ後退してそれを避ける制刻、大剣の剣先は、制刻の腹筋ギリギリの所を掠めてゆく。

 少年の初撃は空振りに終わったが、しかし少年は体をくるりと回転させ、二撃目を薙いだ。

 制刻もまた、体を反らしてまたしても剣撃を回避して見せるが、立て直すの隙をあたえまいと、剣を振るった腕を引き戻し、三度目の剣撃を制刻に向けて繰り出す。

 

「激しいアプローチだな」

 

 幾度も繰り出される少年の剣撃を、制刻は呟きながらも、一歩、一歩と後退を繰り返しながら回避してゆく。

 

「うまく避けてるが……あのままじゃ……!」

 

 だが、回避こそ悠々と行いながらも、逃げの一方である制刻の姿に、鳳藤は困惑の声を上げる。しかしその直後、再び金属のぶつかり合う音が響き渡った。

 

「――ッ!」

「その軌道が狙いだった」

 

 少年は目を見開き、対する制刻は不気味な笑みで呟く。

 縦に振り降ろされた大剣は、その軌道を遮るように繰り出された鉈に、浅い角度で衝突していた。そして制刻は手首の動きで鉈を器用に操り、少年の大剣はその勢いを保ったまま、明後日の方向へと逃された。

 制刻は、少年が都合のいい角度で切り込んでくる瞬間を狙っていたのだ。

 意図しない方向へと剣を逃がされ、その勢いに釣られて少年は体勢を崩す。制刻は体勢を崩した少年の体に向けて、左手だけで持った小銃を突き出し、引き金を絞る。

 

「ッ――リォッ!」

 

 しかし弾が飛び出る直前、直感で身の危険を感じた少年は、その上体を無理やり反らした。そしてその瞬間撃ち出された銃弾を、みごとに回避して避けて見せた。

 かろうじて銃撃を回避した少年は、反らされた大剣を片手で引き寄せると、同時に身を捻って側転し、制刻の真正面から退避する。

 

「これも避けるか、やべぇな」

 

 制刻は少年の動きに感心しながら、得物を構え直しつつ彼の姿を追う。

 

「テュゥッ……!」

 

 一方、一瞬遅れれば身を貫かれていたかもしれない事実に、少年は首元に一筋の冷や汗を流す。

 

「テティ レージェ エミィ……ッ――グンッ!」

 

 しかしそれで彼の戦意が鈍る事は無く、彼は何かを呟くと同時に地面蹴って肉薄。制刻に向けて再び剣を振るった。

 

 

 

「ッ――ちょこまかと……」

 

 策頼は苛立ちの言葉を零しながら、据え付けのMINIMI軽機をしきりに動かし、照準で少年を追い続けていたが、しかしその姿は制刻とかぶり続け、撃てるタイミングは一向に現れないでいた。

 

「冗談だろ……」

「こんな……」

 

 そして河義や鳳藤は、紙一重の連続である制刻と少年の激突に、肝を冷やしながらもその目を離せないでいた。

 正体不明の少年は、まるで漫画アニメのようにその体躯に似合わぬ大剣を振るい、対する制刻は不気味な外観に似合わぬ軽やかな動きで、そんな少年を翻弄していた。

 

「!」

 

 二人の戦いに目を奪われていた河義は、しかしその時遠方での動きに気が付いた。

 集落の奥、今までとはまた別の屋根に人影が見える。これまで火球を放ってきた青年だ。その青年の手の中では、今までよりも大きな火球が、今まさに形成を完了した所だった。

 

「まずいッ!」

 

 河義は咄嗟に小銃を構え、引き金を引く。発砲音が響くと同時に弾が撃ち出されたが、しかし火球はすでに主である青年の手を離れていた。

 入れ違いに小銃弾が屋根で弾け、青年は慌てて屋根の向こうへと退いて行ったが、煌々と燃える火球は、まっすぐにこちらへ迫っていた。

 

 

 

 数回に渡り、互いの得物を交え合う制刻と少年。

 

「キリがねぇ」

 

 その最中で面倒くさそうに呟く制刻。両者は互いに相手に決定打を許さず、状況は膠着に陥りかけていた。

 だがそれを動かす事態が訪れた。

 

「制刻ッ!北側から火球が来るぞッ!」

 

 背後から河義の警告の声が響く。

 丁度、何度目かも知れぬ少年からの剣撃を受け止めた瞬間だった制刻は、その体勢を維持したまま警告された方向へと視線を向け、こちらへと飛来する火球の姿を確認した。

 

「まーたか」

 

 鉈で大剣を退け、後ろへ飛ぶ。

 当然、少年も仲間の放った火球の存在は把握していたのだろう、彼は自身を跳ね除けようとするその力に抗わずに、逆に利用して背後へと飛んだ。両者がその場から飛び退いた直後、間に火球が飛び込み、燃え上がり、視界を遮った。

 

「逃げたか?」

 

 少し間が空き、警戒を向けるが、周囲から少年が炎に乗じて後退したのかと勘繰る。

 

「――いや、違ぇな」

 

しかしその考えを否定する。

 その次の瞬間、突如突風が吹き、上がる炎を中心から真っ二つに割った。そして割れた炎の間から、突貫の姿勢を取り、大剣を振り上げた少年の姿が現れる。さらに、少年の手により振り上げられた大剣の刃には、なにか淡い炎のような発光体が、纏わりつき揺らめいていた。

 

「ほぅ、やろうってか」

 

 少年のその姿には、これまでとは段違いの破壊の意思が宿っている。これまでの素早さを武器に隙を突こうとする攻撃ではなく、全身全霊の力を持って、真正面からぶつかる気だ。

 神秘的で、しかし獰猛さを感じさせる少年の姿。

 だが対する制刻は、そんな少年の姿に動じることなく鉈を持つ腕を前方に掲げる。

 今度はただ受け止めるだけでなく、少年の剣撃を迎え撃ち、そして突き崩し、少年自身を両断する意思をその腕に込める。

 両者の破壊を実行する意思が重なり、それぞれの破壊の意思の込められた得物が、再びぶつかろうとする――

 

――不可解な現象が起こったのは、その瞬間だった。

 

「あ?」

 

 宙空を降下し、一瞬の後には制刻の目と鼻の先に迫っていたであろう少年の体は、しかし次の瞬間、まるで液体に突っ込んだかのように目に見えて速度を落とした。そしてほんの数秒だけ、スローモーションのように緩慢で微弱な動きを見せた後に、少年の体は中空で完全に制止した。

 変化は少年だけではない。

 視線を動かせば、背後の河義等隊員、いや人物はおろか揺らめいていた炎や、少年の起こした風圧で跳ね上げられた小石や砂に至るまで、制刻を除いた確認できるすべてのものが、その場で動きを止めていたのだ。

 そして同時に、周囲の景色は塗り替えられるように、気味の悪く悪趣味な色彩の光景へと変わってゆく。

 そして制刻が横を見ると、ツナギ姿の人物が、奇妙な背景から水面をくぐるように姿を現した。

 

「ごめんごめん、自由さん。言語の適応を処理してるモジュールが、今からって所で不具合を吐き出して、修繕に少し時間が掛かっちゃった。今、機能を有効にしたから、自由さんも他の人も、これで彼らと会話ができるようになるよ」

 

 周囲を軽快に歩き回りながら、一方的に説明する。

 

「おい、オメェ――」

 

 制刻が作業服と白衣の人物に問いただそうとしたが、彼はそれを遮るように言葉を続ける。

 

「まだ自動ツールが随時更新してる状況だから、時々言い回しとか固有名詞で不便を感じるかもしれないけど、そこは慣れて。あ、今からまた周りが動き出すから気を付けてね――じゃあ、ご健闘を――」

 

 一方的にふざけた説明を終えた人物は、後ろ歩きで奇妙な背景の中へと消えてゆく。

 そして同時に攻界は、また塗り替えられるように元の色彩を取り戻し、そして再び動き出した。

 

「――だぁぁぁぁッ!!」

 

 攻界が完全に元の状態を取り戻すのと同時に、高く通る声での雄叫びが制刻の耳に届く。そして金属音が響き渡り、半端なものではない衝撃が、右腕を通して制刻の全身を襲った。

 

「っとぉ」

 

 制刻は衝撃に呟き声を零しつつ、視線を正面へと戻す。

 見れば自身の構える鉈と相対していた少年の大剣が接触し交差しており、鍔迫り合いの状態となっていた。制刻は先に起こった奇妙な現象に疑念を覚えながらも、切り替えて意識を正面に向ける。

 

「ッぅ……!?これでも押し切れないのか……ッ!」

「あん?」

 

 その時少年の口から、聞きなれた言葉が発せられたのを制刻は聞き逃さなかった。

 

「ッ!それに、剣に纏わせた魔法が……?」

 

 何らかの不測の事態があったのか、表情を歪めた少年の口からそんな言葉を発せられる。

 見れば、大剣の刃を覆っていた炎のような発光体が消失していた。

 制刻は不可解な事態の連鎖を訝し気に思いながらも、無意識的に鉈に力を込めて少年の大剣を押し返す。

 

「ぐッ……! 」

 

 押し返しの力に少年の体は足裏を擦って、ジリジリと強制的に後退させられる。それでも少年は全身に力を込めて制刻の押し返し懸命に耐えている。

 

「こ、この……バケモノめぇ……ッ!」

 

 憎々し気な目で制刻を睨み上げ、そして言葉を絞り出した。

 

「愉快じゃねぇ事をほざく。バケモノ呼ばわりたぁ心外だ」

「ッ!」

 

 そんな少年に対して言葉を返す制刻。当人からすれば何気なく発した一言だったが、少年の顔に驚きの色が刻まれたのはその時だった。

 

「言葉が……?今まで何を喋っているのか分からなかったのに……?」

 

 何か驚きに飲まれかけた様子の少年は、しかしそこで表情を再度険しくして制刻を睨む。

 

「ッ――君は一体何者だ!目的はなんだ?この村には奪える物など何もないぞ!村の人達の攫う気ならば、容赦はしないッ!」

 

 そして少年はそのような旨の問いかけをし、最後に警告の言葉を発した。

 

「何を懸念してるのか知らねぇが、こっちは物取りや人さらいの類じゃねぇぞ」

「………何?」

「さっきの坊主には、ちと物を聞こうとしただけだ。ビビらせちまったのは悪かったがな。別に荒事をやらかそうってつもりじゃねぇ。まぁ、そっちが殺りあおうってんなら、こっちも加減はしねぇがな」

「………」

 

 制刻の不躾な弁明の言葉に、少年は得物を交わした体制のまま、少しの間何かを考える様子を見せる。

 少年は剣で鉈を軽く押し、反動で飛び退いて制刻と距離を取った。

 

「本当なのかい……?」

 

 警戒の姿勢を取り、疑惑の念の籠る言葉で尋ねる少年。

 

「……この村に危害を加えるつもりはないと言うのかい?……信用できるのか?」

「んなもんお前さんの勝手だ。ただ、俺は事実を述べてる。厄介ごとになったが、少なくとも殺しだの、強奪だの、物騒なのは俺等の目的じゃねぇ」

 

 言いながら制刻は証拠を示すように、鉈を持つ自身の腕を気だるげに降ろして見せる。

 

「って事は………まさか僕の早とちり……!?」

 

 警戒の体勢こそ保っているが、少年からの攻撃の気配は収まり、そして少年の顔はみるみる青ざめてゆく。

 

「なんてことだ……す、すまない!てっきり君たちが村を狙って来た野盗の類かと……そこへ子供と遭遇したことに、焦って対応を違えてしまったようだ……」

 

 そして少年はそれまでの警戒に満ちた態度を解き、慌てて謝罪と弁明の言葉を紡いだ。

 言葉使いこそやや堅苦しいが、その姿はまるで悪戯がばれた子供のようで、どこか可愛らしくすらあった。

 

「なるほど、そういうことか。そいつぁ、死人が出る前に誤解が解けたようで何よりだ」

 

対する制刻は驚きも安堵の様子も無く、シレッとした様子でそんな言葉を返した。

 

「ああ、そうだね……しかし、それなら君たちは一体何者なんだい?その……失礼かもしれないが、君たちはいろいろと異質に見える。よければ教えてくれないか」

 

「まぁいいだろう。だが正直、こっちもアンタ等を妙に思ってるって点では一緒だ。ここは互いに、自己紹介といこうぜ」

 

 提案をすると、制刻はあまり機敏さを感じない軽い敬礼と共に、先んじて言葉を発する。

 

「〝日本国陸隊〟。北部方面隊、方面直轄、第54普通科連隊の第2中隊所属。制刻 自由(ぜいこく じゆう)陸士長だ」

 

 制刻の名乗りを聞き届けた少年は、手にしていた大剣を背負っていた鞘に納めると、幼さの残る顔立ちに凛とした表情を浮かべ、口を開く。

 

「僕の名はハシア・リアネイテス、〝栄と結束の王国〟の勇者だ。国より〝君路の勇者〟の称号を授かり、魔王を討つべく旅をしている」

 

 互いに相手を尊重して名乗りを全て聞いた後に、少しの沈黙が訪れる。

 

「あぁ?」

「ん?な、なんだって……?」

 

 そして二人は互いに怪訝な顔を浮かべた。


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