―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
――翌朝。
紅の国、風精の町。水戸美達の取った宿の一室。
「……ん……」
水戸美は窓から差し込んだ日の光で目を覚ました。しかしまだ眠く、毛布を手繰り寄せようとする。
「……え!?」
しかし次の瞬間。違和感により水戸美は跳び起きた。
「あ、あれ!?こ、ここ……!?」
見慣れぬ風景に一瞬困惑する水戸美。しかし彼女はすぐに、昨日自身の身に起こった事を思い出した。
「……あ、そうか……そうだった……」
そして力が抜け、水戸美は再びベッドに倒れ込んだ。
「……あれ。ファニールさんとクラライナさんは……?」
しかしそこで、水戸美は隣で眠っていたはずの、昨日自身を助けてくれた二人の姿が無い事に気付き、再び半身を起こす。そして部屋内を見渡している最中に、部屋のドアが開かれた。
「あ、起きた?」
「ファニールさん、おはようございます」
現れたのは他でも無いファニールだ。
「うん、おはよう。ごめんね、声をかけようかと思ったけど、ぐっすり眠ってたから」
そう言うファニールは、すでに着替えを終えていた。
「あ、ごめんなさい……すぐに着替えます!」
「あ、いいよ、そんなに慌てなくて。朝ごはんまでにはまだ時間があるし」
ファニールにそう言われながらも、水戸美はせかせかと着替えを始めた。
宿の一階のホール。
「そうか……」
「どうにもこの国の国内で妙な動きがあるようだ。国を抜けるまでは、気を付けたほうがいいだろう」
その場では、クラライナと商隊一行のエルコーが何かを話し合っている。
「分かったよ。情報、ありがとう」
その会話が一区切りした所で、水戸美とファニールが宿の階段を降りてきて、その場へ姿を現した。
「あ、クラライナさん。エルコーさんも、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「昨日はちゃんと眠れたかい?」
水戸美の挨拶の言葉に、エルコーが同様に挨拶で返し、クラライナは水戸美に尋ねる。
「はい。すみません、寝坊しちゃったみたいで……」
「そんな事ないさ。私達のほうは、まだ余裕があるくらいだよ」
「私達の方?」
クラライナのその言葉に、水戸美は疑問の声を零す。
「あぁ。私達のほうは、月詠湖の国で大事な取引が控えていてね。もう少ししたら、この町を発つ予定なんだ」
その疑問にはエルコーが答え、説明して見せた。
「あ、そうなんですか……」
エルコーのその言葉に、水戸美の顔は少し寂しそうな物になる。
「ところが……一人未だに起きて来ないヤツがいてね」
「え?」
「おっと、噂をすれば来たようだ」
エルコーは宿の奥に伸びる、廊下の先へと視線を向ける。そこに、他ならぬ狼娘、チナーチの姿が見えた。
「わぅぅ~……」
「やっと起きたか」
チナーチは頭を抑えながら、廊下の奥からよろよろと歩いて来る。そんな彼女に、エルコーは呆れた声を投げかける。
「あ~、ミトミちゃん……おはよ……」
チナーチは水戸美の姿に気付くと、何か苦し気な様子で挨拶の言葉を寄越した。
「お、おはようございます……だ、大丈夫ですか?顔色が……」
「頭いた~い……」
心配する水戸美に、チナーチは覇気のない声色で言葉を零す。
「いつもこうなんだ。調子に乗って飲み過ぎて、翌朝は決まってこうなる。ほら、とりあえず顔洗ってこい」
「分かったから大声ださないで~……」
エルコーに促され、チナーチは苦し気な言葉を垂れながら、フラフラと水場へ向かって行った。
それから時間が経過し、商隊一行は町を発つ準備を整え、今は町の入り口で馬車の前に集っていた。そして水戸美達もそれを見送るために、その場に赴いていた。
「本当に皆さんには色々と世話になってしまったな」
クラライナは、商隊一行の皆に礼の言葉を発する。
「なに、お互い様さ」
「短い時間だったけど、楽しかったよ」
エルコーや商隊の女性が、それに返す。
「……」
「ほらほら、そんな悲しい顔しないでくれよ」
その傍らで、寂しそうな表情を作っている水戸美に、チナーチが言葉を掛ける。
「はい……」
「これ、大事にするからさ」
言いながら、チナーチは自分の片手を翳して見せる。彼女の手にあったのは、100円硬貨だ。水戸美がチナーチに譲った物であった。
「それに、またどっかで会うかもしれないっしょ?」
「うん……そうですね」
その言葉に、水戸美はしんみりとしていた気持ちを振り払い、チナーチ達に向けて笑顔を作って見せた。別れの言葉を交わし、商隊一行は馬車へと乗り込んでゆく。
「では、皆さん。お元気で」
「そっちも、良い旅を!」
そしてエルコーが別れの言葉を発し、ファニールがそれに返す。
「またどっかでな!」
「はい!」
水戸美とチナーチも同様に別れの言葉を交わし合う。
そして商隊一行は出発。
水戸美達は、馬車が小さく見えなくなるまで、それを見送っていた。
商隊一行の見送りを終えた水戸美達は、一度宿へと戻って来た。
「さてと。じゃあ、水戸美さん水戸美さんの装備を買い揃えに行かなければな」
「まずは服と靴だね。今の水戸美さんの服装だとちょっと……」
「で、ですよね……」
水戸美は自身の格好を見る。上はYシャツに下はスカート、靴はローファーと、大学に行くならともかく、旅をするにはかなり厳しい格好であった。
「じゃあ、早速行こっか」
「あ、ちょっと待ってください。バッグを取ってきます」
水戸美は二人に断ると、荷物を取りに部屋へと駆けて行った。
「……ねぇ、さっきエルコーさんと話してたこと……」
それを見送ったファニールは、そこでクラライナにそれとなく尋ねる言葉を掛けた。
「あぁ、昨夜の夜逃げしてしまった宿に関わる話だ」
「どうなってるの?」
「どうにも、この町だけのことではないようだ。半年程前から、このような不可解な事がいくつも起こっているらしい」
クラライナは難しい表情を作りながら、ファニールに答える。
「繁盛していたお店が潰れたり、その逆が起きたり……国の方針が変わったのかな?」
「いや。ここ一年で、国からそういった発表はなかったそうだ。それに、事態は商店に限ったことではないらしい。その土地の有権者が突如、その立場を他の者に譲ったりとな」
「妙だね……っていうか、この国の人たちはどう思ってるの?」
「皆、違和感は感じているようだが……去年は国全体で収穫が少なかったらしい。その影響だと考えているみたいだし、何よりそのせいで、皆余裕がないのだろう…」
クラライナは推測の言葉を発する。
「でもさぁ……」
「分かっているさ、それにしても妙だという事はな。この国を出るまでは、気を付けた方がいいな」
二人の話がそこで終わった所で、水戸美が戻って来た。
「お待たせしました……あれ?何かありました?」
水戸美はその場が何か神妙な空気になっている事を察し、尋ねる。
「ううん、大したことじゃないよ。さ、いこ」
しかしファニールは水戸美に余計な不安は抱かせまいと、詳しくは話さずに流し、そして促した。