―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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5-2:「森の中のスターライブ」

「人の手が全く入ってない森だな」

 

 端的に呟く策頼の声が、静かな森の中で響く。

 制刻等は森の中へ進入し、鉈で行く手を阻む草木を薙ぎ、道なき道を切り開きながら進んでいた。

 

「視界も悪い」

「よぉく目ん玉見開け」

 

 再び呟いた策頼に、制刻が忠告の言葉を発する。

 そうして警戒しながら、しばらく歩みを進める制刻等。

 ガサ、と前方に生い茂る草むらの向こうに物音を聞いたのは、その時であった。

 

「今のは?」

 

 ディコシアが声を上げ、そして同時に皆の視線が前方の草むらへと集中する。

 

「竹泉か?」

 

 策頼が草むらの向こうへと呼び掛ける。しかし万一に備え、その手にはショットガンが構えられ、銃口が草むらへと向けられる。

 草むらから勢いよく何かが飛び出して来たのは、次の瞬間だった。

 

「うわッ!」

「ッ!」

 

 飛び出して来た〝それ〟に、ディコシアは驚きの声を上げる。そして策頼はその正体をすぐには確認できずに、対応がわずかに遅れた。

 

「避けろ!」

 

 瞬間、背後から制刻の声が飛ぶ。

 それを受けた策頼とディコシアは、左右へと割れる。

 その割れた二人の間に、飛び掛かって来た物体が転がり込んできて、策頼とディコシアは初めてその正体を確認する。

 それはゴブリンであった。

 日本国隊が初めてこの世界に飛ばされた日の夜に、襲撃を仕掛けて来た、尖った鼻や耳と、皺の刻まれた醜い肌、そして子供のような体躯が特徴的な、異世界の魔物だ。

 ゴブリンは「ギィィ」と鳴きながら起き上がり、一番先に目についたディコシアへ、襲撃の姿勢を見せる。

 

「ゴ、ゴブリン!?――く!」

 

 それを感じ取ったディコシアは、己の得物である斧を構えて、襲撃に対しての構えを取る。

 しかし直後、発砲音が響き渡った。

 同時にゴブリンは、「ギュゲ!」と悲鳴を上げ、まるで横から勢いよく殴打されたかのように吹き飛び、その先の地面に叩き付けられた。

 

「――え?」

 

 突然吹っ飛んだゴブリンの姿を、呆気に取られながら追うディコシア。そしてその反対側には、小銃を構えた制刻の姿があった。制刻の持つ小銃の銃口からは、硝煙が上がっていた。制刻の小銃から発された三点制限点射が、ゴブリンの貫き倒したのであった。

 

「すみません、自由さん」

 

 呆気に取られているディコシアの一方で、策頼は自身の対応が遅れた事を謝罪する。

 

「しゃぁねぇ、突然だったからな。他のがいねぇか、警戒しろ」

「了」

 

 制刻は策頼に警戒を指示し、そしてディコシアに近づく。

 

「大丈夫か?」

「あ、あぁ……今のは、君が?その武器、てっきり槍みたいな物だとばかり……」

 

 ディコシアは制刻が持つ小銃と、倒されたゴブリンを見比べながら、若干困惑した様子で尋ねる。

 

「詳しくは後だ。奴等、たぶん他にもいるぞ」

 

 しかし制刻はディコシアに今説明することはせず、推測の言葉を発する。

 ボウッ、と先より若干大きく低めの、一発分の発砲音が響いたのは、その次の瞬間だった。

 

「新手です!」

 

 そして警戒していた策頼から報告の声が上がる。

 彼の構えたショットガンの銃口の向く先には、散弾によりなぎ倒された、また別のゴブリンの死体があった。

 

「来たか、隠れてろ」

 

 制刻は近くの木の影にディコシアを押し込んで隠し、自身は小銃を再び構える。

 

「自由さん、正面から数体来ます」

 

 策頼が再び報告の言葉を上げる。彼の言葉通り正面からは、木々を潜り抜け、茂みをかき分け、数体のゴブリン達が迫りくる姿が見えた。

 

「迎え撃て、接近させるな」

 

 制刻の指示の言葉と同時に、迎撃戦闘の火蓋が切って落とされた。

 制刻と策頼がそれぞれの火器の引き金を引き、小銃からは5.56㎜弾が三点制限点射により、ショットガンからは散弾がそれぞれ撃ち出され、迫りくるゴブリン達を襲う。

 各弾を正面から受けたゴブリン達は、「ギュ!?」「ギャ!」といった悲鳴と共に撃ち倒される。

 続けて制刻は、別のゴブリンに照準を合わせ、再び発砲。再照準、発砲を繰り返し、迫るゴブリン達を捌いてゆく。

 一部のゴブリンは制刻の銃撃の隙を縫って肉薄距離まで接近したが、そんなゴブリン達は、策頼のショットガンから放たれる散弾を、間近で受けて倒される運命を辿った。

 

「すごい……」

 

 木の陰に隠れていたディコシアは、その光景に圧巻されていた。

 

「――!二人とも、左から来る!」

 

 しかしその時、ディコシアは制刻等の左手から、別のゴブリンの群れが現れた事に気付き、警告の声を発した。

 

「おっとぉ。策頼、正面は任す」

「了」

 

 正面を策頼に任せ、制刻は警告を受けてその体を左へと捻る。

 そして左手から接近しつつあったゴブリン達に向けて、引き金を引いた。

 小銃からの銃火がゴブリンを一体、また一体と貫き撃ち倒してゆく。

 制刻等の脇を突こうとしていたゴブリン達は、しかし襲い来た銃火に晒され、その企みを崩される事となった。

 

「――敵影無し」

 

 やがて迫りくるゴブリンの姿はなくなり、銃声は鳴り止む。

 そして正面へ銃口を向けていた策頼が、動くゴブリンの姿が無くなった事を告げる報告を上げる。

 

「クリアだな」

 

 同様に左手からのゴブリンの襲来が収まったことを確認した制刻が、小銃の銃口を跳ね上げて、発した。

 

「君達、凄いな……ゴブリンの群れをこんなにあっさりと……!」

 

 そんな二人の元へ、ディコシアが感嘆の声を上げながら歩み寄って来る。

 

「装備のおかげだ」

 

 制刻はそれに対して、端的に返す。

 

「それよか兄ちゃん。左手からの接近を知らせてくれたのは、助かった」

 

 そしてゴブリンの接近を警告してくれたディコシアに、感謝の言葉を発した。

 

「いや、たまたま気付けたから……それにしても、どうしてこの森にゴブリンが……?」

 

 ディコシアは周辺に散らばったゴブリン達の死体へ視線を落としながら、疑問の言葉を発する。

 

「この森の既存種ってワケじゃねぇんなら、どっかから流れて来たんだろうな。とにかく、竹泉等と連絡が取れねぇのは、こいつ等が原因の可能性が高い」

「急がないと、危険そうですね」

 

 制刻が予測の言葉を発し、策頼は事態が早急な対応を行わないと、危険であろう事を懸念する。

 

「行くぞ。早いトコ、竹泉等とねーちゃんを探す」

 

 制刻はそう発し、三人は前進を再開した。

 

 

 

 制刻等はゴブリンの群れが来た方向を進行方向と定め、森をさらに深く奥へ進む。

 

「――自由さん、聞こえませんか?」

「あぁ」

 

 しばらく森の中を進んだ所で、制刻と策頼は、進行方向から微かに聞こえる、散発的な破裂音のような音に気付いた。

 

「銃声だ」

 

 確信を持ったように制刻は発する。

 

「兄ちゃん、行くぞ。離れるな」

「あ、あぁ」

 

 そして制刻等は、音のする方向へ向けて進みだした。

 散発的な破裂音――銃声は次第に大きくなり、それに合わせて制刻等は進行速度を上げる。

 

「キキィッ!」

 

 その途中で、先頭を行く制刻は、木の影から飛び出して来たゴブリンと鉢合わせた。

 

「邪魔だ」

 

 しかし制刻は驚く素振りすら見せずに一言発すると、同時に弾帯から鉈を抜き、ゴブリンの脳天に叩き下ろした。

 ゴブリンは「ギェギュ!」と悲鳴を上げて絶命する。

 制刻はそのまま連続動作で鉈を振り、鉈の刃をゴブリンから抜いて、ゴブリンの体を地面へと叩き付けた。

 

「うわッ!」

 

 そして後続のディコシアが、地面にべちゃりと叩き付けられたゴブリンの死体に驚くハメになった。

 

「前に数匹いる」

 

 一方、制刻の目は、進行方向に複数のゴブリンの姿を捉えていた。

 そのゴブリン達は皆、制刻等に背を向け、反対方向に向けて走っていた。

 

「あいつ等……俺達じゃない別の何かを目指してる……」

「追うぞ。奴等の先に、何かある」

 

 ディコシアがゴブリン達の様子から推測の言葉を零し、そして制刻が確信に近い言葉を発する。

 ゴブリン達を追って木々を抜けると、制刻等は小さな窪地へと出た。

 

「うぇえっへっへぃーッ!どうしたどうしたブッサイク共ォ!?さぁ掛かって来やがれ!」

 

 そして同時に、連続的なMINIMI軽機の成す発砲音と、それを上回る甲高い煽りの声が聞こえて来た。

 窪地の中心に見えたのは、多気投の見間違えようのない程の特徴的な巨体だった。

 

「おらおらッ!気合入れねぇと、お友達とおんなじように口から泡吐いて〝あうぇ~〟ってなっちまうぜぇ!?オォイッ!!」

 

 多気投は叫び散らかしながら、窪地の四方から襲い掛かって来るゴブリン達に向けて、MINIMI軽機で発砲しまくっている。彼の周辺には、ゴブリンの死体が無数に散らばり、転がっていた。

 

「なんてこった、アイツ一人だけだぞ」

「すごい……」

 

 単騎で戦っている多気投の姿に、策頼が悪態を吐き、ディコシアは再び感嘆の言葉を上げる。

 

「ボケが。カヴァーもしねぇで撃ちまくってやがる」

 

 そして制刻が、呆れた口調で呟いた。

 発砲音は依然として響き続け、多気投に向かってゆくゴブリン達は次々と倒れてゆく。

 多気投の挙動は一見ひやひやする物に見えたが、その実、以外にも正確な動作で迫りくるゴブリン達を撃ち抜き、捌いている。

 

「うへへへいッ!森ん中でトマト祭り開催中だぜッ!Babyeeeeeeeeee!!」

 

 そしてそんな状況の中でハイになってるのか、多気投は一層の雄叫びを上げた。

 

「ったく――俺がヤツん所まで行く。策頼は窪地の反対側に周って援護しろ。兄ちゃんは、策頼の側を離れるな」

 

 制刻は二人に向けて発すると、多気投の元へ援護に向かうべく、窪地内へ飛び降り、駆け降り始めた。

 片手で小銃を、もう片手で鉈を構えた制刻は、窪地の傾斜を駆け下りながら、多気投へと殺到するゴブリン達を、後ろから射殺、あるいは鉈で斬殺してゆく。

 そして数匹のゴブリンを屠り、制刻は多気投の元へと到達した。

 

「ウォーウ、自由か!?やっとレスキューが来て、うれしぃぜぇッ!」

 

 現れた制刻に、多気投は陽気な声色で再開を喜びながら、しかし引き金を引き続けている。

 

「ボケかオメェは、カヴァーもしねぇで。来い」

 

 制刻はそんな多気投に呆れた声を投げかけ、彼の首根っこを掴む。

 そして窪地内にあった大きな倒木に飛び込み、さらに多気投の巨体を引っ張り込んで強引にカヴァー体勢を取らせた。

 

「オーウチ。ど真ん中でスターな気分だったのに、残念だずぇ」

「戯言はそんくらいにしとけ。それよか、正面の木立から皺共は沸いて来る。そこに向けて撃ちまくれ」

「オーイェーッ!!」

 

 ゴブリン達は、制刻等が来た方向から次々現れている。多気投はそちらへMINIMI軽機の銃口を向けて、再び陽気な掛け声と共に発砲を開始した。

 多気投のMINIMI軽機の形成する弾幕に、現れ窪地を下って来るゴブリン達は、次々に餌食となっていた。

 さらに、横から回ろうと企てていたゴブリン達にも、銃撃が襲う。

 窪地の反対側に周り、使用火器をショットガンから小銃に変えた策頼の支援射撃だ。

 MINIMI軽機による掃射と、制刻、策頼等の各個射撃により、ゴブリン達は一体また一体と倒れ崩れてゆく。そしてゴブリン達の攻勢は次第に勢いを減じ、やがて窪地へ現れるゴブリンの姿は、完全に途絶えた。

 

「――収まったか」

 

 窪地の反対側で支援射撃を行っていた策頼が、ゴブリンの攻勢が収まった事を確認して呟く。

 

「集まれ」

 

 そして同様に周辺の安全化を確認した制刻が指示の声を発し、各員は窪地の中央で集合した。

 

「イェイ、助かったぜぇ!ファンとの交流は楽しかったが、ちこーとラブコールが激し過ぎて難儀してたんだぁ!」

 

 無事、制刻等との合流を果たした多気投は、揚々とした声で、どこまで本気なのか分からない軽口を叩いて見せる。

 

「よく言う」

 

 そんな多気投に、策頼が端的な呆れ声を発する。

 

「こんな開けた所で、カヴァーもしねぇで撃ちまくりやがって」

「お前本当に教育隊出て来たのか?」

 

 さらに制刻も呆れた声を発し、策頼は疑念の言葉を投げかける。

 

「ハハァ!ついついハイになっちまってよぉ。次から気を付けるぜぇ」

 

 しかしそれに対して、多気投は全く悪びれない様子で返事を返した。

 

「ったく。で、お前一人だけか?竹泉と、ねーちゃんはどうした?」

「あー、それなんだが――逃げ回ってる途中ではぐれちまってよぉ」

 

 制刻の問いかけに、多気投はそこで初めて表情を崩し、少し面白くなさそうな様子で発する。

 

「逃げ回る?この皺共からか?」

 

 制刻は周辺に散らばる死体を見ながら再び尋ねるが、多気投は「いや」と首を振った。

 

「俺等は、なんかもっとバカでけぇ……なんつーか蜘蛛っつーか蟹っつーかそんなようなバケモンと出くわしちまってよぉ。そいつと追いかけっこするハメになったんだ?」

「蜘蛛だと?」

 

 そして説明して見せた多気投に、しかし制刻は訝し気な声を発した。

 

「あぁ、具体的な正体が何かは知んねぇけどよ?とにかく、バカでけぇヤツだったんだ」

 

 制刻等の訝しむ反応に、多気投は「本当なんだぜぇ?」とでも言いたげな表情を作って見せた。

 

「兄ちゃん、そいつが何か分かるか?」

 

 制刻はディコシアに尋ねる。

 

「いや……そんな物がこの森に出るなんて、見たことも聞いた事もないよ……」

 

 しかしディコシアにも思い当たる節は無いらしく、彼はその顔に驚きと疑念を浮かべるばかりだった。

 

「――とにかく、早急に竹泉とねーちゃんを回収する必要がありそうだな」

 

 制刻は呟くと、多気投が背負っていた大型無線機に目を付ける。

 

「無線は、オメェが持ってたのか」

「あぁ。パニック続きで、使う余裕は無かったけどなぁ」

「そいつで竹泉等と通信できねぇか試す」

 

 多気投が大型無線機を降ろして地面へと置き、制刻はその前に屈み大型無線機を操作。ハンドマイクを取って口元に寄せ、竹泉へと呼び掛けを始めた。

 

「竹泉、応答しろ。こちら制刻。聞こえるか、竹泉――野郎、応答しねぇ」

 

 呼びかけるも応答は無く、制刻は悪態を吐く。

 

「無線の範囲外――って事は考えにくいですよね」

 

 策頼が発する。

 

「インカム同士とは違う。大型無線機なら、この森全域はカバーできてるはずだ。竹泉とねーちゃんが、この短時間で森の外に出たとも考えにくい。範囲内にはいるはずだ」

「それで応答しないって事は――」

 

 策頼の脳裏を、最悪の展開が過る。

 

「ヨォヨォ、まさか竹しゃん達、くたばっちまったとか言うんじゃねぇヨなぁ?」

「そんな……!」

 

 そして多気投が表情を険しくして発し、ディコシアがその顔を悲観に染める。

 

「事を急くな。オメェみてぇに、手が空いてねぇってだけの可能性もある」

 

 しかし制刻は変わらず端的な言葉で、別の可能性を説いた。

 

「とりあえず、先に矢万の方に連絡を入れとく」

 

 言うと制刻は、森の外で待機している指揮通信車に向けて呼びかけを始めた。

 

「ハシント――矢万応答しろ、こちらジャンカー4ヘッド。こっちは今さっき、4-2の多気投を拾った」

《ハシント、矢万だ。回収できたのは、一人だけなのか?》

「そうだ。その多気投の話によりゃ、なんでも蜘蛛のバケモノに追いかけまわされて、その最中にはぐれたらしい」

《く、蜘蛛のバケモノ?なんだそりゃ?》

 

 伝えられた言葉に、無線の向こうから矢万の驚きの言葉が返って来る。

 

「俺等も、正体は確認できてない。ただ、どうにもヤベェ奴がこの森にはいるようだ。それと、どういうわけか森ん中には皺共――ゴブリンも沸いてる。こっちは実際に接敵した」

《ゴブリン……最初の日に交戦したモンスターか》

 

 加えての報告の言葉に、今度は神妙な声が通信越しに返って来る。

 

「そうだ――とにかく、何がそっちに行くか分からねぇ。十分警戒しろ。俺等は、竹泉とねーちゃんの捜索を続ける」

《了解……長沼二曹へはこっちから報告しておく。無理すんじゃねぇぞ》

「あぁ。4ヘッド、通信終ワリ」


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