―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
時間は数分程遡り、位置は制刻等のいる地点から少し東に移る。
その近辺に無数に生える木の一つの、その影に身を潜める二つの人影がある。
「……どうやら撒いたみてぇだな」
「ひぃ~……死ぬかと思った……」
その人影の正体は、他ならぬ竹泉と、ディコシアの妹ティであった。二人は突如として遭遇した〝それ〟に追いかけ回され、つい先程ようやくその追撃から逃れた所であった。
「おい!一体なんなんだあのバケモンはよ!?」
竹泉は周囲への警戒を保ちながらも、共に身を隠しているティに強い口調で尋ねる。
「だから知らないってばぁ……!あんなの、今までこの森で見た事ないよぉ……」
しかし尋ねられたティは、困惑の言葉を返すだけであった。
「畜生が!多気投はどっかいっちまうし……無線もあいつが持ってんだぞ、どーすんだ!」
「そんな事あたしに言われても~……」
よくない事態の最中にあり、焦り狼狽した声で言葉を交わす二人。
ガサリと、彼等の脇にある茂美から物音が聞こえたのは、その時であった。
「ッ!」
「い!?」
物音に反応し、二人はそちらへ視線を向けて身構える。
「ギギィッ!」
その茂みから、鈍い鳴き声と共に小柄な影が飛び出して来たのは、その瞬間であった。
「ひゃぁ!?」
その正体は手に得物を携えたゴブリンだ。突然現れたゴブリンの姿に、ティは目を見開き声を上げる。そのゴブリンは、明確な害意を宿し、その得物を振りかざしてこちらに向かって飛び掛かって来た。
「ひ――うわッ!?」
襲い掛かって来るゴブリンの姿に、引きつった悲鳴を上げかけるティ。しかし直後、彼女は横から伸びた腕に押しのけられた。
伸びた腕の主は竹泉だ。
竹泉はティを押しのけてゴブリンの矢面に立つと、飛び掛かって来たゴブリンの腹部目がけて、蹴りを放った。
「ギェェッ!」
蹴りは見事にゴブリンの腹に入り、ゴブリンは蹴り飛ばされ、背後に立つ木その側面へと叩き付けられる。
竹泉はそのゴブリンに向けて間髪入れずに肉薄。手にしていた鉈を振り、ゴブリンの首元を掻き切る。首を掻き切られたゴブリンは「ギェッ!」と鈍い悲鳴を上げて絶命、気の側面をずるりと落ちて、地面へと崩れた。
「――カスが、コイツ等か!」
死体となったゴブリンへと視線を落としながら、竹泉は悪態を吐いた。
「こ、これって……ゴブリン?ど、どういう事なの……?」
そしてティは、竹泉の背後から恐る恐るといった様子でゴブリンの姿を確認し、困惑の言葉を発する。
「ああん?その口ぶりだと、この皺共もイレギュラーな存在ってか?」
「う、うん……この森には小動物くらいしかいないはずなのに……何がどうなってるのぉ……?」
動揺した様子で言葉を零すティ。しかしその時、再び近くの茂みが物音を立てた。
「うぇ!?」
ビクリと身を跳ね上げ、声を零すティ。
その瞬間、茂みから今度は複数のゴブリンが飛び出し、姿を現した。
「チ!」
舌打ちを打つ竹泉。
複数のゴブリン達は、皆一様に、竹泉等へ向かって襲い掛かって来る。
「野郎!」
竹泉は、まず真っ先に襲い飛び掛かって来たゴブリンの向けて、先と同様に脚を振るって蹴り飛ばした。「ギェッ」と悲鳴を上げながら吹き飛ばされるゴブリン。
その隙を突いて、後続のゴブリンが得物手に切りかかって来る。しかし竹泉は半身を捻ってゴブリンの振るった獲物を回避、そして中空で無防備を晒したゴブリンの脳天に、鉈を叩き下ろした。
脳天を割られたゴブリンは、そのままべちゃりと地面に落ちる。そして割られた頭から、血を勢いよく噴き出した。
「ひぃッ!血が!」
血の噴水に、ティが悲鳴を上げる。
「お前、伏せろッ!」
しかしそのティに、竹泉の警告の怒号が飛ぶ。見れば、彼女に向かって一体のゴブリンが飛び掛かっていた。
「わぁッ!?」
ティは咄嗟に屈み、間一髪の所でゴブリンの振るった得物を回避。
そして攻撃が空振りに終わり、隙を作ったゴブリンの顔面に、竹泉の放った拳がめり込んだ。拳を諸に受けたゴブリンは「ヒュゲッ!」と妙な悲鳴を上げ、その身を吹き飛ばされて地面に投げ出された。
「チィ!ここは不利だ、来い!」
ゴブリン達の襲撃を一時的に凌いだ竹泉は、場の不利を判断し、ティに言葉を投げかける共に、その場から駆け出した。
「ひぃぃ~!ホントになんなの~!?」
竹泉の後をついて走りながら、困惑の悲鳴を上げるティ。
「知るか!喚いてばかりいねぇで、得物を持ってんならオメェも戦え!」
そんなティに、竹泉は彼女が背に背負っている斧の存在を指摘しながら要求する。
「あ、あたしもぉ!?あたし、兄貴と違って心得無いんだよぉ~!」
「自分の身を守る事もできねぇのか!このスカポンタン!」
「ひでぇ!何よぉ、そこまで言わなくても――むぶ!」
竹泉の罵声に文句の言葉を返そうとしたティだったが、しかし直後に竹泉は突如として脚を止め、ティはその背中に思い切り顔をぶつけた。
「きゅ、急に止まんないでよ!」
鼻面を抑えながら、竹泉に向けて発するティ。
「おし、この辺ならまぁいいだろ」
しかし竹泉はティの文句の言葉には答えずに呟くと、これまで走って来た方向へ振り返り、ティの体を押しのける。そして弾帯から下がるホルスターに収まる、対戦車火器射手用の護身用火器の9mm拳銃を引き抜いた。
「ちょ――何してんの?何それ……?」
突然振り返り、意図の不明な行動を取り出した竹泉に、不可解そうな声を上げるティ。
「お前は後ろ見張ってろ」
しかし竹泉はティに詳しく説明する事はせず、それだけ発すると、手にした9mm拳銃を構えた。
ここまで走って来た進路の向こうから、ゴブリンの群れが姿を現したのは、その瞬間だった。
「わぁ、追いついて来た!それも増えてる!」
ゴブリン達の数は、先程よりも増え、ここから確認できるだけでも5~6体はいた。
「ヤバイよ!ホントどうする気なの!?」
「うっせぇ!気が散るッ!」
動揺し声を上げるティに対して、竹泉は怒号を飛ばしながらも、9mm拳銃の照準を、迫りくるゴブリン達の内の一体に合わせる。
そしてその引き金を引いた。
パン、という乾いた発砲音と共に、9mmパラベラム弾がその銃身から撃ち出される。
「ギェヒッ!」
そして撃ち出された9mm弾は、群れの先頭を切るゴブリンの頭部に命中。9mm弾を受けた個体は、後頭部から血を噴き出し、吹き飛ばされるように地面へと倒れた。
「ほへ?」
離れた位置で突如倒れたゴブリンを目にし、ティは目を丸くして思わず声を零す。そんなティの前で、竹泉は照準を後続のゴブリンへと移し、再び引き金を引いた。
再び撃ち出された9mm弾は、次のゴブリンを撃ち抜き倒す。
竹泉は再照準、発砲を繰り返し、迫るゴブリン達に向けて順に9mm弾でゆく。乾いた発砲音が響くたびに、ゴブリン達は独特なその悲鳴を上げ、地面へと崩れ落ちてゆく。
「え、何?どうなってんの?」
離れた位置で次々に屠られてゆくゴブリンに、驚きの声を上げるティ。
「お前で最後だよ、ブサイクチビッ!」
そんなティをよそに、竹泉は最後の一体となったゴブリンに照準を着け、吐き捨てると共に引き金を引いた。
残った最後のゴブリンが「ギュ!」という悲鳴と共に地面へ崩れ、転がり倒れる。
それを最後に、竹泉等の視線の先に動く物体は居なくなった。
「――よっしゃ、全部一発で片付いた。さすが俺様」
すべてのゴブリンの無力化を確認した竹泉は、警戒を維持しながらも、軽口の言葉を発した。
「えぇー……ねぇ、今の全部あんたがやったの!それ、なんかの魔法武器!?詠唱も何も無しに――」
「ったく、うっせぇヤツだな……あのな、コイツは――」
驚き捲し立てるティに、竹泉は面倒臭そうにしながら、自身の今の一連の行動を説明しようとする。
――しかし、二人がその音と振動を、感じ聞き取ったのはその時であった。
「ッ!」
「い!?」
聞こえ来た音と、感じ取れた振動に、二人は身を強張らせる。
「こ、この音……」
怯えるように言葉を零すティ。
振動は次第に大きくなり、木立と茂みの向こうから、ミシミシと木々が倒されているであろう音が聞こえてくる。
そして二人の視線の先に見えた木々が薙ぎ倒され、その奥から〝それ〟は現れた――。
「ギャァァァァァァァッ!!」
現れ、咆哮を上げたそれは――巨大な蜘蛛だ。
全高3~4m以上。脚幅6~7m、胴の全長も恐らく同じ程。
陸隊の機甲科戦車隊の保有する、71式戦車(現実における74式戦車)や90式戦車よりも巨大な体を持つ、蜘蛛のバケモノであった。
「糞がァッ!」
「ひゃぁぁッ!?また出たぁぁぁッ!」
その姿を目の当りにした瞬間、竹泉とティの二人は、飛ぶように反対方向へと駆け出した。
「ギャァァァッ!」
それに対して巨大な蜘蛛のバケモノは、再び鳴き声を上げると同時に、木々や茂みをなぎ倒し、逃走を開始した二人に対して追撃を開始した。
「ッ、追っかけて来やがる!」
「なんでぇッ!?」
悪態を吐き、泣き声を上げる竹泉とティ。
巨大な蜘蛛のバケモノは、巨大な多数の脚を器用に動かし、その巨大な体に反した速さで、二人を追いかけて来る。
「あぁ糞!あの巨体でどうして速ぇんだよ!?」
一方、二人は草木が生い茂り、あまり良くない荒れた地面が災いし、あまり速く走れないでいた。
《――竹泉、応答しろ。こちら制刻。聞こえるか、竹泉》
竹泉の装着するインターカムに、通信が飛び込んで来たのはそんな時であった。
「こんな時に寄越すんじゃねぇよッ!」
だが、もちろん今の竹泉にそれに応答する余裕などない。
「ね、ねぇ!さっきみたいに、なんとかなんないのッ!?」
その時、並走するティが、竹泉にそんな言葉を投げかけて来た。
「あ!?」
「だから、さっきの変な道具であの蜘蛛なんとかできないの、って聞いてるの!」
「お前の脳味噌は腐ってんのか!?あのデカブツが拳銃程度でどうにかなる相手に見えんのかッ!」
ティの問いかけに、竹泉は罵倒で返す。
「そんなの知らないよぉッ!とにかく、なんとかなんないのぉッ!?」
「俺にばっか頼るんじゃ――おぁッ!?」
「え――ひゃぁぁッ!?」
会話と、背後から迫る巨大蜘蛛の存在に注意が向いていた二人は、進行方向の先が急な傾斜になっている事に気付いていなかった。
「おわぁぁッ!?」
「ひぇぇぇッ!」
そのまま傾斜地に踏み込んだ二人は、脚を滑らせ、叫び声を上げながら斜面を滑ってゆく。
「べッ!」
「むみゅ!」
そして傾斜地を下りきった先にあった茂みに、二人は突っ込んだ。
「ギュァァ――」
それから一タイミング遅れて、傾斜地の上に巨大蜘蛛が追いつき姿を現す。
偶然にも茂みに突っ込んだ二人の姿は隠れており、追いついて来た巨大蜘蛛の視界から逃れる事となった。
巨大蜘蛛は傾斜地の上から、少しの間周辺を見渡していたが、やがて諦めたのか、反転してその場から立ち去って行った。
巨大蜘蛛の気配が去ったのを感じ取った二人は、念のため少し時間を置いた後に、警戒しながら草むらから這い出て来た。
「……運がいい、行っちまったみてぇだ」
「ふへぇ……あたし死んだ……」
這い出て来たティは、そこで気が抜けたのか、その場に座り込む。
「あぁそうかよ。じゃあ死体はここに置いてっても問題ねぇな」
「酷いぃ……!」
竹泉の皮肉気な台詞に、ティは泣きそうな声を零す。
「オラ、冗談言ってる暇があったら行くぞ。ヤツから少しでも距離を離すんだ」
そんなティに竹泉は投げかけ、その場からの移動を始めようとする。
《――竹泉、応答しろ。聞いてねぇのか、それとも死んだか?》
竹泉の装備するインターカムに、再び通信音声が飛び込んで来たのは、その時であった。