―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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5-7:「退避・対策準備・索敵釣り上げ」

 川沿いの砂利場から離脱した制刻等は、森をしばらく奥へと進み、そして辿り着いた適当な場所で一旦落ち着くべく停止。木々や茂みの影に身を隠し、警戒の姿勢を取っていた。

 

「うまく撒けたようだな」

 

 制刻から物音がしない事から、超巨大蜘蛛から、一時的にではあるが逃れる事に成功したのだろうと判断する。

 

「――冗談だろ!どこまでふざけてやがんだッ!なんなんだあのビックリドッキリ、全部が三倍キャンペーンのバケモンはよぉッ!」

 

 そしてそこで堰を切ったかのように、竹泉が困惑混じりの喚き声を吐き散らかした。

 

「無反動砲の弾を受けても、変形すらしていなかった。あの蜘蛛の固さは、MBTの装甲以上みたいだな」

 

 その傍で、策頼が口許に手を当てながら、超巨大蜘蛛に対する分析の言葉を発する。

 

「冷静に分析してる場合かッ!どーすんだよ、あんなモンが出て来ちまってよッ!?」

 

 それに対して竹泉が言葉を発し、そして喚き立てる。

 

「一度森を出て、小隊と合流しますか?」

「いや、そいつぁ良策じゃぁねぇな」

 

 そして策頼が制刻に向けて進言するが、制刻はその案を否定した。

 

「あんでだよ?」

 

 否定の言葉に、竹泉が苛立ち混じりにその意図を尋ねる。

 それに対して制刻は説明を始める。

 先の超巨大蜘蛛は、その巨体に反して、動きが早かった。この深い森の中ではまだ動きが制約されているようであったが、自分等を追跡され、開けた場所に出て来られれば、その脅威度はさらに増すであろう事を理由として上げる。

 そして下手をすれば調査隊や、隊の保有する装備車輛に被害が拡大。さらに最悪、採掘施設や、なによりディコシアやティ達、スティルエイト一家の住まう住居までもが、危害に晒される可能性を説いて見せた。

 

「できればこの森ん中で、あのブチ切れたモンスターペアレントを始末してぇ所だ」

「それが出来なかったから、今こうして困ってんだろうがよ」

 

 制刻の言葉に、竹泉は呆れの苛立ちの混じった声で返す。

 

「そうだな――」

 

 制刻はそんな竹泉の言葉を適当にあしらい、呟き考え始める。

 そして今は静寂に包まれている周囲に、耳を澄ませる。――その制刻の耳が、多くの水が落ちるような音を聞いたのは、その直後であった。

 

「――兄ちゃん、ねーちゃん。ひょっとすると、この森ん中には、でかい滝があるか?」

 

 そして制刻はディコシアとティへ視線を移すと、おもむろにそんな旨の質問を投げかけた。

 

「え?う、うん」

 

 そしてそれに対して、ティが肯定の言葉を返した。

 

「その滝の先はどうなってる?でかい池とか湖になってると、都合がいいんだが」

「あ、うん。川を下ってった先は大きな滝になってて、その下は結構大きな池になってるけど……」

 

 さらなる制刻の問いかけに、ティは怪訝に思いながらも、再び肯定の言葉を発する。

 

「そいつぁいい。環境は、俺等に味方しそうだ」

 

 それを聞いた制刻は、その歪な顔に、不敵でそして不気味な笑みを作った。

 

「どうしようってんだよ?気色悪い顔浮かべてねぇで、説明しろ説明」

 

 それを見ていた竹泉が顔を顰めて発し、そして要求する。

 

「簡単だ。あのデカブツをそこまで誘い込んで、その池ん中にダイブしてもらう」

 

 それに対して、制刻は言われて尚そのままに、説明を口にした。

 

「溺死させようと?」

「ほぉう?確かにセオリー通りなら、蜘蛛は水中じゃ呼吸できねぇ。あの図体じゃあ、水面に浮かぶのも無理だろう」

 

 その説明に、策頼が返し、そして竹泉は考察の言葉を発する。

 

「だがよぉ?アイツが大人しく、自分から肩まで浸かりに行ってくれるたぁ、思えねぇがな?」

 

 しかし竹泉は続けて、皮肉気に訝しむ言葉を発した。

 

「そこはヤツをどう挑発するかだ。幸い、ヤツはブチ切れてる。そこをさらにうまい事おちょくって、判断をミスらせて自ら池に突っ込ませる」

「簡単に言ってくれるねぇ?第一、そのヤツを煽る役割、誰がやんだよ?」

「そいつぁ、俺がやる」

 

 竹泉の感心しないと言った様子での質問に、制刻は端的に答えた。

 

「危険ではないですか?」

 

 それに対して、聞いていた策頼が懸念と心配の言葉を投げかける。

 

「誰かがやらなきゃならねぇ。それか、誰か他にいい案があるなら言ってみろ。絶賛募集中だ」

 

 制刻は淡々とした口調で言い、そして一同を見渡す。

 

「――やるしかないようですね」

 

 そして一瞬の沈黙の後に、策頼が腹を括ったように発した。

 

「しかし、彼等は先に脱出させたほうがいいかもしれません」

 

 その策頼は、直後にディコシアとティの姿を見て、そう進言する。

 

「いや、待ってくれ」

 

 しかし策頼のその言葉に、ディコシア自身が言葉を挟んだ。

 

「今のこの森は、正直もう、俺達の知ってる森じゃなくなってる……。いつ何と遭遇するか分からない。足手まといかもしれないけど、今君達と離れるのは、返って危険に感じるんだ」

 

 ディコシアは自身の懸念事項を、各員に向けて訴える。背後では、ティが同意するように、不安げな表情で「うんうん」と頷いている。

 

「兄ちゃんの言う事も最もだな。今、ヘタに分かれるのは危険だ。もうしばらく、俺等と付き合ってくれ。案内も居た方がいい」

 

 そのディコシアの発言を、制刻は尊重する言葉を発した。

 

「分かった。君等を守ろう」

「すまない……」

 

 それを聞いた策頼は、ディコシア達の同行を受け入れ、そして彼等を守る約束の言葉を発する。それに対して、ディコシアは申し訳なさそうに言葉を零した。

 

「そんじゃ、まずその滝と池んトコへ行くぞ。そこで、あのモンペを迎え撃つ準備を整える」

「ったく、わーったよ。お守りしながら、その最悪なまでにありがてぇプランを試すといようぜ……!」

 

 そして制刻が発した指示の言葉に、竹泉がため息交じりの言葉で呟き返した。

 

 

 

 それから少しの間、一同は森を東へ進み、そして再び森を抜けた。

 

「着いた、ここだよ」

 

 そしてティが各員に向けて発する。

 森を抜けた先は開けた空間がいくらか広がっており、その先は崖が、そしてその眼下には、件の池が広がっていた。

 いや、その大きさはかなりの物であり、それは最早池というより湖であった。

 崖は眼下の湖に沿って弧の字を描くように走っており、その一角では、合流してきた川が大きな滝となって流れ落ち、盛大な音を響かせていた。

 

「ワァオ!いい景色だなぁ!」

 

 それを目にした多気投が発する。彼の言う通り、深い森の中に広がる、滝と湖からなるその光景は、絶景と呼ぶのも言い過ぎでは無かった。

 

「今は観光なんぞしてる余裕はねぇぞ」

 

 しかし陽気な声を上げた多気投に、制刻は釘を刺す。

 

「想像以上に大きい湖ですね、深さもありそうだ」

「あぁ。これなら、ヤツを沈めるにも事足りる」

 

 策頼が眼下の湖を見下ろしながら呟き、制刻は作戦に必要な要素が一つクリアされた事に、微かに口角を上げて呟く。

 

「おし。竹泉、多気投、策頼、川の向こうに渡れ。向こう側に陣取って、ハチヨンと軽機でこっちを支援できるようにしとくんだ。それと兄ちゃん達を安全な場所に退避させろ」

「へぇへぇ」

 

 制刻はすぐ先を流れる川の対岸を指し示しながら、竹泉等に指示する。それに対して、竹泉は生返事で了解の言葉を返した。

 

「俺は、ヤツを迎えに行くとする」

「待ってください、一人では危険です。俺も付き合います」

 

 そして再び森へ入ろうと翻した制刻に、策頼が申し出る。

 

「あぁ――悪ぃな。そんじゃ、付き合ってもらうとするか」

 

 制刻は申し出を受け入れ、二人は超巨大蜘蛛を探し出してこの場へ誘い込むべく、再び森へと踏み入って行った。

 

「――さぁて、ほんじゃぁかかるとすっかぁ?」

 

 二人を見送った後に、竹泉は心底面倒臭そうな表情で呟く。

 

「川の向こうまで渡んねぇとなぁ。ちこーと面倒だぜ」

 

 そして多気投が、まず渡河を行う必要がある事に、肩を竦めて厄介そうに言う。

 

「あぁ、それなら――ティ」

「あ、うん。よければ転移魔法で、皆を向こうまで運べるよ?」

 

 しかしそこへディコシアが言葉を挟み、ティに視線を向ける。そしてティは、竹泉等に向けてそんな発案をして見せた。

 

「あん?あぁ、そういやそんなん使えるとか言ってたなオメェ」

 

 そこでティが転移魔法という物を使用できる存在である事を思い出した竹泉は、しかしあまり興味なさげな口調で、彼女に返した。

 

「何その癪にさわる反応」

 

 そんな竹泉の見せた反応に、ティはムっとした口調で発する。

 

「さっきは多少なり期待したのに、結局リスクがあるとかで恩恵に預かれず仕舞だったからなぁ?」

 

 そんなティに対して、竹泉は自身の反応が微妙な物である理由を、皮肉気な口調で説明して見せた。

 

「あぁ、森の中だから使用できなかったのか――大丈夫。目視できる範囲であれば、安全に飛ぶことができるよ。川の向こうに行くなら、直接渡るよりも安全で楽なはずだ」

 

 竹泉の言葉を聞いたディコシアは、ティに代わって、この場で転移魔法が有用である事を説明して見せた。

 

「ホントかね?」

「ふふん、まぁ任せてみなさい」

 

 訝し気な声を零した竹泉に、対するティは自身ありげな表情を作りながら、前へと出て来る。

 

「さぁ、最初に飛ぶ人は、あたしの前に立って」

「最初って――一人づつかよ面倒くせぇな」

 

 そして発されたティの言葉。そこからその事を察した竹泉は、呆れた声を吐いて顰め面を作った。

 

「あ、あぁ。ティは直接転移だと、自分の他にもう一人と一緒に飛ぶのが限度なんだ。後、飛ぶ際は無防備になるから、できれば誰か見張っていたほうが良いかも」

 

 ディコシアが、少し困ったような様子で、追加で説明する。

 

「あぁ、面倒くせぇシロモンだな!――多気投ぇ、お守りを頼む」

「ヘイヨォ」

 

 ウンザリしたように発した竹泉は、多気投に転移の間の見張りを頼む。

 

「もぉー、うるさいなぁ!集中できないでしょぉ!」

「あぁ、すまん――発動には意識を集中する必要があるから、できれば静かにしてやって欲しい」

 

 そこへティが文句の言葉を上げた。ディコシアはティに向けて謝罪し、そして竹泉に向けてそんな要望の言葉を送る。

 

「ぬぇぇ――へぇへぇ善処しましょぉかぁ」

 

 竹泉は、「もう勝手にしろ」とでも言いたげな様子を見せながら、言葉を返した。

 

「――行くよ」

 

 ようやくやり取りが終わると、ティは両腕で自身の身を抱くような体制を取る。そして口を動始め、ほんの微かに聞こえ来るような声量で、詠唱行為を開始した。

 

「―――」

 

 詠唱行為を続けるティ。その彼女の前で、竹泉はその様子を懐疑的な目で眺めている。

 

「――ヨォ、なんも起こんねぇぜ?」

「もう少しだよ」

 

 その脇で、多気投とディコシアが小声で言葉を交わす。

 その直後だった。竹泉とティの姿が二人の視線先から、何の前触れも無く突如として〝消えた〟。

 

「――ワッツッ!?」

 

 一拍置いて巻き起こった現象に気付いた多気投は、驚愕の声を上げる。

 

「ヘイ、二人は?」

「対岸を見て」

 

 そして尋ねた多気投に、ディコシアは川の対岸を言葉と共に促す。

 そして多気投が対岸へ視線を向けた瞬間、対岸の一か所に、またも何の前触れも無く、二人がその姿を出現させる光景が見えた。

 

「アンビリーヴァヴォーだずぇ――」

 

 転移行動の一連の流れを目の当りにした多気投は、目を見開いてそんな言葉を零した。

 

 

 

「――ふぅ、着いたよ」

 

 対岸では、無事転移行動を終えたティが、体勢を解き、そして竹泉に向けて発する。

 

「あ?別に何も変わって――」

 

 対する竹泉は、投げかけられたティの言葉に、一瞬訝しむ言葉を発しかける。

 

「――マジかよ」

 

 しかし瞬間、自身の体が川の対岸に到着している事に気付き、驚きの声を上げた。

 

「ヘェーイ!竹しゃぁん!」

 

 そして対岸から不必要なまでに大きな声が聞こえてくる。視線を移せば、対岸から竹泉に向けて、笑いながらブンブンと手を振る、多気投の姿が見えた。

 

「ビックリだぜぇ!心臓に悪い消え方したなぁ!」

「勘弁だぜ……!皺共といい、化け蜘蛛といい、ビックリジャンプといい、なんつーモンが存在する世界に来ちまったんだ――!」

 

 転移現象は昨日ティが使用した場面を一度目撃してはいたが、それを自身の身で実際に体験したことにより、竹泉は自分が元の世界の常識とかけ離れた世界に来てしまった事を改めて実感。困惑混じりの悪態を吐き出した。

 

「ふふん、どう?」

 

 一方、その傍に立つティはドヤと何か自慢げな顔を作っている。これまで竹泉等に驚かされっぱなしであった所を、逆に驚かすことができ、上機嫌に浸っているのだろう。

 

「ふぺッ!?」

 

 しかし次の瞬間、ティの口から独特な悲鳴が上がった。

 見れば、竹泉がその右手に作った手刀が、ティの前頭部――額付近に落ちていた。

 

「なんで!?」

 

 目を見開き、驚愕の声を上げるティ。

 

「何かムカつくんだよ」

 

 対する竹泉は、正直な感想を述べた。

 

「ぶつこた無いじゃん!」

 

 怒りを露わにしながら言ったティは、竹泉の側頭部にペシペシと手刀を落とし、同様の行為をやり返し出す。しかし竹泉は降り注ぐティの手刀は意に介さず、インカムにて対岸の多気投にむけて投げかけだす。

 

「よぉ多気投、次はオメェの番だぜ?とっとと渡って来てくれるかねぇ?」

 

 そして対岸の多気投に告げると、竹泉はそろそろ鬱陶しくなってきたティの手刀を避けるべく、半身を捻る。急に標的を失ったティは、空振った手刀に引っ張られてつんのめる事となった。

 

「ほれ、御大層な能力なのは分かったから、それでとっとと残りの二人を連れてこい。いつ自由等が、あの化け蜘蛛を引っ張って戻って来るか分かんねぇんだぞ」

「納得いかない!」

 

 腑に落ちない感情に、声を上げるティ。

 しかし竹泉の発したように、現状時間に余裕は無く、彼女は渋々と残りの二人を迎えに行く事となった。

 

 

 

 一方、制刻と策頼は一度来た道を戻りながら、超巨大蜘蛛の索敵を行っていた。

 

「自由さん。そもそも最初のヤツは、なぜ竹泉達を襲って来たんでしょう?」

 

 その途中、策頼は制刻に向けて疑問を投げかける。

 

「さぁな。縄張りを守るためか、それとも皺共と同じく、他者を襲って糧を得てるのか」

 

 それに対して、推察の言葉を返す制刻。

 

「しかし兄ちゃん曰く、その皺共――ゴブリンにもイレギュラーな行動が見られたとの事。そして何より蜘蛛もゴブリンも、これまでこの森で目撃された事はなかったと言っていました。どうにも――この世界とっても、普通ではない事が立て続いているようです」

「あぁ、これまで聞いて来た所によると、摩訶不思議が元凶の不穏な事態に、この世界は浸されてるようだ。今回の件も、それに無関係とは言い切れねぇだろうな」

 

 策頼のさらに重ねての推察の言葉に、制刻は同意する言葉を発する。

 

「だが――奴等の本来のあり方がどうであれ、すでに蜘蛛を一匹と、皺共を多数葬っちまってる。後には引けねぇ。探りを入れるのは、この一件に決着を着けてからだ」

「了」

 

 しかし制刻は最後に、現状は戦う事が優先である事を告げ、策頼はそれに端的に了解の言葉を返した。

 

「――ッ」

 

 会話が一区切りしたタイミングで、策頼は進行方向上の地面に転がる、何かに気が付いた。制刻にそれに気づいており、二人は警戒しながら慎重に転がるそれに近づく。

 

「――ゴブリンか」

 

 転がる物体は、ゴブリンの死体であった。

 念のためショットガンを向けながら、視線を落として観察した策頼が呟く。

 

「俺等が殺ったのじゃないな」

「酷い打撲を受けてる――蜘蛛に襲われたんでしょうか」

 

 制刻がそのゴブリンが自分達と相対した個体ではない事を判別し、策頼は死体の損傷状態を見て、このゴブリンもまた、巨大蜘蛛に襲われたのであろう事を予測する。

 そんな二人が、側面方向にある茂みに物音を聞いたのは、次の瞬間だった。

 

「ッ!」

 

 二人はすかさず、茂みへとそれぞれの火器を構えて向ける。

 直後、茂みから数体のゴブリンが飛び出し、その姿を現した。

 

「案の定か」

 

 予測できていた襲撃者の正体に、呟き零す制刻。

 そして二人は、迫りくるゴブリン達に向けて、それぞれの火器の引き金を引き絞ろうとした。

 しかし、〝それ〟が聞こえ来たのは、その瞬間であった。

 

「――チッ」

 

 耳に届いたその音に、制刻は舌打ちを打つ。

 そして迫り来ていたゴブリン達も、聞こえ来たその音に動きを止め、様子を一変させてキョロキョロと周囲へ首を振るいだす。

 そして再び響く、聞きなれた音、そして振動。メキリメキリと木々が悲鳴を上げる音。

 

「どっちからです?」

「良く聞き分けろ」

 

 音と振動は次第に大きくなるが、深い森の中のせいか、それがどちらの方向から来るのか判別できずにいる。

 二人は、相対するゴブリン達へも警戒を保ちながら、耳に意識を集中する。

 そして音と振動はさらに大きくなり、その主が間近まで迫った事を告げる。

 

「――前だッ!」

 

 瞬間、制刻が発する。

 そして同時に、二人は身を翻して脚を踏み切り、背後へと飛んだ。

 直後、近くに聳えていた木が突然薙がれ倒れて来た。押し倒されるように倒れて来た木は、その場にいた、反応の遅れたゴブリン達の内の数匹を巻き込み、下敷きにした。

 

「ギャァァァァァッ!!」

 

 そしてなぎ倒され出来た空間から、超巨大蜘蛛が姿を現し、咆哮を上げた。

 超巨大蜘蛛は同時に一本の前脚を、ゴブリン達の固っている場へと叩き下ろす。1匹のゴブリンが運悪くそれに潰される。そして振り下ろされた前脚は薙がれ、その方向にいた数体のゴブリンを、その容赦ない質量と勢いで殴打。その身を複雑に損傷したゴブリン達が、飛ばされ周囲に投げ散らかされた。

 超巨大蜘蛛の襲来に、最初の一撃を逃れたゴブリン達は、逃げまどい始める。

 しかしそんなゴブリン達を、超巨大蜘蛛の前脚が再び襲う。

 今度は外側に伸ばされた前脚が、内に向けてまるでゴブリン達を掻き集めるように薙がれる。

 そんな形で薙がれ、宙を舞ったゴブリン達の身の行く先は、超巨大蜘蛛の顎だ。

 あろう事か、数匹のゴブリンが大きく開かれていた超巨大蜘蛛の口内に放り込まれる。

 そしてゴブリン達が口内に飛び込んだ瞬間、超巨大蜘蛛は、鋭い牙の並んだその顎を、躊躇無く閉じた。

 

「ッ!」

 

 退避先でその光景を目撃した策頼は、思わず表情を歪める。

 超巨大蜘蛛はゴブリン達を咀嚼し、その口内から微かなゴブリンの物と思われる悲鳴が聞こえ来る。そして次に超巨大蜘蛛がその顎を開口すると、咀嚼され、無残に噛み砕かれたゴブリン達の体が、ボトリボトリと地面に落下する様子が垣間見えた。

 

「下品なヤツだな」

 

 凄惨な光景に顔を歪める策頼の一方で、制刻は端的にそんな感想を述べる。

 

「ギャァァァァァァッ!」

 

 直後、超巨大蜘蛛が二人の方向へその顔を向け、その開口された顎で方向を上げた。

 

「ヅッ!」

 

 その音量と、禍々しい姿を前に、策頼は身構える。

 

「汚ぇな。食ってる最中に叫ぶんじゃねぇ」

 

 しかし制刻は、別の理由で顔を微かに顰め、そして零した。

 そんな制刻が片手には、手榴弾が握られている。すでにピンは抜かれ、制刻は直後にそれを超巨大蜘蛛目がけて投擲。

 そして手榴弾は丁度、超巨大蜘蛛の頭部付近で炸裂した。

 

「ギェァァァァッ!」

「行くぞ!」

 

 爆発と破片攻撃により超巨大蜘蛛の意識が一瞬反れた瞬間、制刻が発し、そして二人は再び身を翻して、先の湖へと戻る道を駆け出した。

 

「ついて来ます!」

 

 少し走った後に、策頼が後ろを振り向き発する。

 手榴弾の炸裂により一瞬怯んだ超巨大蜘蛛だったが、〝彼〟はすぐに立て直し、そして二人を追いかけて来た。

 

「いい塩梅だ」

 

 しかし一瞬ではあるものの怯み出だしが遅れた影響か、制刻等と超巨大蜘蛛の間にはそれなりの間隔ができており、超巨大蜘蛛の誘導が目的の制刻は、その距離感を望ましい物であると呟く。

 

「しかし、気分の良くねぇモンを見たな。やっぱり、ヤツを森から出す訳にはいかねぇな」

「――はいッ!」

 

 制刻の言葉に、策頼は先の光景を思い返し、そして強い言葉で同意。

 二人は湖まで超巨大蜘蛛を誘い出すべく、命がけの鬼ごっこを開始した。


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