―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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5-8:「正面対決」

 制刻と策頼は、超巨大蜘蛛の注意が他所へと反れぬよう、距離に注意を払いながら森の中を駆ける。そして程なく森を抜け、再び湖際の崖上の、開けた場所へと出た。

 そのまま二人は開けた場所の真ん中付近まで駆け、そしてそこで身を反転、翻し、自分等が今しがた出て来た森を睨む。

 

「竹泉、そっちは準備できてるだろうな?」

 

 そして制刻はインカムで竹泉に向けて通信を開き、傍を流れる川の対岸へチラと視線を送る。

 

《出来てるよ。ヤツは釣れたのか?》

 

 対岸に備える竹泉や多期投の姿が確認できると同時に、インカム越しに竹泉からの返答が来る。

 

「あぁ、すぐに来るだろう。備えろ」

 

 制刻は竹泉からの通信に端的に返すと、視線を森の方向へと戻す。

 

「策頼、携帯放射器を」

「了」

 

 そして制刻は策頼に指示する。

 その指示を受け、策頼は手にしていたショットガンを降ろして下げ、代わりに背負っていた携帯放射器の発射筒を繰り出し構えた。

 

「――来たな」

 

 その直後、制刻等の耳にそれは聞こえ来た。

 最早聞き飽きたまでの音と、伝わりくる振動。

 そして――

 

「――ギャァァァァッ!!」

 

森の境目の木々が薙ぎ倒され、吹き飛び、砂埃を舞い上げ、咆哮と共に超巨大蜘蛛がその姿を現した。

 

「怒れるタイタンのお出ましだ」

 

 その姿を目にし、策頼が静かに呟く。

 超巨大蜘蛛は森からその巨体を抜き出すと、その八本の脚を重々しく動かし、制刻の前へと音を立てて歩み寄って来る。

 

「よぉー、元気か?」

 

 制刻は近寄って来た超巨大蜘蛛を見上げ、揶揄うようにそんな言葉を発する。

 

「ギュァァァァァァッ!!」

 

 まるでそれに呼応するように、超巨大蜘蛛は、咆哮を制刻へと浴びせかける。そして直後に、攻撃のために一本の前脚を、思い切り振り上げた。

 

「さぁ、ビビってもらうとしようぜ」

 

 しかしその直前に、制刻は発する。そして言葉を指示と受け取り、策頼は携帯放射器の発射筒ノズルを超巨大蜘蛛へと向け、そのハンドルを開く。

 瞬間、ノズルから巨大な炎が放射され、超巨大蜘蛛の前面へと襲い掛かった。

 

「ギュァァァァッ!!」

 

 突然浴びせられた炎に、超巨大蜘蛛は驚き怯み、攻撃動作を中断。前脚二本で体を庇い、そしてその身を数歩後退させる。

 

「――ギェァァァァァァッ!!」

 

 しかし火炎放射は超巨大蜘蛛の体を表面をわずかに炙った程度で、致命傷を与えるには程遠かった。どころか、火炎放射はその感情を返って逆撫でしたのだろう、超巨大蜘蛛は眼下の二人に向けて、怒りの咆哮を上げた。

 

「おし、行け!」

 

 だが、制刻は想定通りと言ったように発する。そして制刻の合図と同時に、二人は身を反転させ、超巨大蜘蛛と反対方向に駆け出した。

 

「ギェァァァァッ!!」

 

 自身の前から逃げ出した二人の背に向けて、超巨大蜘蛛は怒り叫ぶ。その八つの脚をドスンと音を立てて踏み切ると、その巨体に見合わぬ速さで制刻等を追い飛び出した。

 

「来ました」

 

 自分達を追って来た超巨大蜘蛛を、策頼は背後をチラと見て確認する。

 

「距離は、悪くねぇ」

 

 そして自分達と超巨大蜘蛛との間の距離を見て、呟く制刻。

 程なくして、二人は崖際へと到達。その場またも身を翻して崖を背にすると、迫りくる超巨大蜘蛛をその目に収める

 

「もうちょい――もうちょいだ――」

 

 超巨大蜘蛛を睨みながら、横にいる策頼に向けて、抑えるように発する制刻。

 

「――今だッ!」

 

 瞬間、制刻が声を上げ、その合図と同時に二人は左右へと駆け飛んだ。

 制刻等を追う事だけに意識を取られていた超巨大蜘蛛は、そこで初めてその先が崖際である事に、そして制刻等の意図に気が付く。

 

「――ギュォォォォ!!」

 

 崖の向こう、湖への落下コースを自身が辿っている事に気付いた超巨大蜘蛛は、直後にその前脚四本を思い切り地面に突き立て、自身の巨体にブレーキを掛けた。

 勢いに乗っていたその巨体はすぐには止まらず、突き立てられた前脚と、動作を停止した後ろ脚は共に、引きずられて地面の大きな爪痕を描く。

 しばらく引きずり進んだ所で、超巨大蜘蛛の体はようやく停止。その位置は崖際からギリギリの所であった。

 

「流石に、そう簡単にダイブしちゃくれねぇか」

 

 退避した先で、その様子を眺めていた制刻は呟く。

 超巨大蜘蛛はその八本の巨大な脚を器用に動かし、その巨体の旋回を開始する。

 

「良くない位置関係になりましたね」

 

 策頼の発した声が、制刻に聞こえ来る。

 超巨大蜘蛛に自ら湖へと突っ込んでもらうには、超巨大蜘蛛が崖側を背にしている位置関係は、制刻等にとっては都合が良いとは言えなかった。

 

「しゃぁねぇ。もっぺん煽って位置関係をまた変えるか――あるいはそのまま押し込むかだ」

 

 策頼に対して、次の案を述べる制刻。

 その間に超巨大蜘蛛はその体の旋回を完了させ、そして分かれた二人の内、制刻の方を向く。

 

「ギャォォォォ!!」

 

 そして制刻目がけて咆哮を上げた。

 

「ご指名のようだな」

 

 身を震わす、常人であれば萎縮してしまうような咆哮だったが、それを受けた制刻は淡々とそんな言葉を発して見せる。

 

《ヨォ、自由。蜘蛛ちゃんに懐かれたみてぇだなぁ》

 

 そんな所へ、インカム越しに多気投の茶化すような声が飛んでくる。

 

「あぁ。生き物には、俺様の魅力がわかるのさ」

 

 多気投からの言葉に、同様に冗談で返す制刻。

 

《言ってろ》

 

 それに対して、今度は竹泉からの呆れ混じりの言葉が来る。

 超巨大蜘蛛の体の一部で、爆炎が上がったのはその直後だった。

 

「ギェァァァァッ!!」

 

 川の向こうにいる竹泉等からの、無反動砲による攻撃だ。

 二度目の対戦車榴弾による攻撃をその身に受けた超巨大蜘蛛は、その顎をかっ開いて叫び声を上げる。

 しかしその巨体は先と同様、多少なり炙られた物の、大きな傷ができる事は無く、それどころか態勢を崩す事すらしなかった。

 

「一歩引く事すらしねぇか」

 

 その姿に制刻は、感心したような台詞を、しかしいつもと変わらぬ淡々とした様子で発する。

 対する超巨大蜘蛛はその身を覆っていた爆炎が晴れると、再び制刻を見る。今の攻撃を制刻が行った物と誤認したのか、はたまた単純に近くにいる存在を優先したのかは不明だが、ともかく超巨大蜘蛛は制刻に狙いを定め、その前脚の内の一本を振り上げ、そして振り下ろした。

 

「っとぉ」

 

 制刻は前脚が振り下ろされ、その軌道と着地点が確定した瞬間に、再び横へと跳躍。

 退避した先で、先程まで自分がいた場所に、前脚が音を立てて突き立てられる光景を見た。

 

「自由さん。次、来ます!」

 

 そこへ策頼からの警告の言葉が飛び込む。

 超巨大蜘蛛はすかさず別の脚を振り上げて、それを今まさに振り降ろさんとする瞬間であった。

 

「あぁ」

 

 しかし制刻は警告の言葉に端的に返すと、同時に踏み切り跳躍。

 そして制刻が今までいた場所に、またも超巨大蜘蛛の前脚が、音を立てて落ちた。

 

「とぉ――どうした、そんなんじゃ退屈だぞ?」

 

 制刻は退避した先で立ち上がり体勢を立て直すと、超巨大蜘蛛へ向けて挑発の言葉を投げかけた。

 

「ギャァァァァッ!!」

 

 その挑発を理解したのか、それとも二度にも渡って攻撃が空振りに終わり痺れを、切らしたのか。超巨大蜘蛛は叫び上げると同時に、前脚四本を胴体の半身ごと持ち上げ、振り上げる。

 しかしそれらが振り下ろされる直前、超巨大蜘蛛の胴体側面が、またも爆炎に包まれた。

 

《腹が丸出しだっつの》

 

 そして制刻と策頼のインカムに、竹泉の声が聞こえ来る。

 竹泉からの再びの無反動砲による攻撃であった。

 前脚四脚と半身を振り上げている不安定な体勢にあった所への攻撃には、流石に平気とはいられなかったのだろう。超巨大蜘蛛は体勢を崩し、その攻撃のために振り上げた四本の前脚を、やむなく地面へと降ろしてその体を支えた。

 

《どうよ?流石にどっか穴空いたか!?》

 

 そこへ再びインカム越しに、竹泉の声が聞こえ来る。

 

「いや。フラついたが、大した傷はできてねぇようだ」

《チッ、どこまでふざけてやがんだ!》

 

 しかしそれに対して、制刻が超巨大蜘蛛の体を観察して返答。伝えられた結果に、竹泉からの悪態が聞こえ来る。

 

「だが、良いタイミングだった。普段から、そんくらい気を利かせたらどうだ?」

 

 制刻は竹泉の攻撃が、超巨大蜘蛛の攻撃を阻害する良いタイミングの物であったことを称し、そして皮肉の言葉を付け加えて送る。

 

《それを期待してほしけりゃ、追加手当てが必要だねぇ。もしくは、お前の給料全部寄越せ》

 

 それに対して、竹泉からは吐き捨てるような返答が返って来た。

 

 

 

 視点は川の対岸の竹泉等へと移る。

 

《オメェにやるくらいなら、燃やして捨てるさ》

「あぁそうかよ」

 

 インカム越しに返された制刻からの言葉に、竹泉は適当に返して通信を終える。

 

「ほれ多気投、次だ次!」

「全然くたばってくんねぇなぁ、化け蜘蛛ちゃん」

 

 竹泉が多気投に向けて急かす言葉を発しながら、無反動砲への再装填作業を始める。そしてそれを受けた多気投も、対岸に視線を送り呟きながらも、竹泉の作業へ手を貸す。

 

「すごい……」

 

一方、竹泉等から少し離れた場所にある倒木の影に、ディコシアとティの姿があった。竹泉等から安全な場所へ身を隠すよう促された二人は、そこから戦いの様子を見守っていたのだ。

 

「あんな化け物を前にして……恐ろしくないのか……?」

 

 ディコシアは超巨大蜘蛛を間近で相手取る、対岸の制刻と策頼を視線で追いながら、言葉を零す。

 

「さっきあの人……龍みたいに炎を吹いたよ……?」

 

 ティはというと策頼を視線で追いながら、先程彼が行った火炎放射攻撃を、そのように言い表して見せた。

 

「おいお二人さん、下手に体を晒すな!バックブラストで黒焦げんなりてぇか!?」

 

 そこへ、光景に目を奪われるあまり、倒木から身を乗り出しがちになっていた二人の元へ、竹泉から警告の言葉が飛ぶ。

 

「あぁ、すまな――皆、あれ!」

 

 謝罪と共に引き込もうとしたディコシアとティだったが、しかし直後にディコシアが対岸を指し示して声を上げた。

 

「うひ!」

「チッ!」

 

 ティが悲鳴を上げ、竹泉が舌打ちを打つ。

 二度に渡る無反動砲の攻撃を受け、その発射元に気付いたのだろう。超巨大蜘蛛が、こちら側にいる竹泉等へと、その顔を向けていた。

 

「おーっとぉ!化け蜘蛛ちゃん、こっちに気付きやがったぜぇ!」

「やべぇか!?」

 

 多気投が若干緊張感に欠ける声を上げ、竹泉が超巨大蜘蛛がこちらへ向かってくる可能性を鑑み、身構える。

 しかしその瞬間、超巨大蜘蛛の巨体が炎に包まれる光景が、それぞれの目に映った。携帯放射器を操る策頼が、再び放射攻撃により炎を超巨大蜘蛛へと浴びせ掛けたのだ。

 火炎放射を受けた超巨大蜘蛛はわずかだが怯む様子を見せ、そして再び対岸の制刻と策頼へと注意を向ける。

 

「よぉし、うまくやってくれたな。多気投、次だ次!」

「ヘイヨォ!」

 

 超巨大蜘蛛の注意が反れた事に安堵した二人は、次の攻撃準備を再開する。

 

「これが……〝ニホン〟の軍隊……!」

 そしてそれ等の様子を眺めていたディコシアは、その驚異的な光景の数々に、思わず言葉を零していた。


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