―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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チャプター6:「それぞれの道。拡大する不穏――」
6-1:「分屯地/身の振り方/勇者と力」


 五森の公国。日本国隊、拠点陣地。

 

「はぁ。疲れてんのにな」

「仕方がないだろう。装備の整備点検を疎かにするわけにはいかない」

 

 天幕が立ち並ぶ拠点陣地内に、新好地と鳳藤の歩く姿がある。

 五森の公国からの要請に基づく派遣任務に出ていた彼等は、その任務を完了し、一時間ほど前に拠点陣地への帰還を果たしていた。

 そして今現在は、使用された各火器や車輛等の装備の、整備点検に追われている最中であった。

 

「ん?」

 

 新好地がふと歩みを止めたのは、その時だった。

 

「どうした?」

「あれ、見ろよ」

 

 同時に足を止め、尋ねた鳳藤に、新好地は自身の目についた〝それ〟を指し示す。

 そうして二人の目に映ったのは、丁度通りかかった指揮所用天幕の、その出入り口脇に掲げられた一枚の長方形の木の板。

 

『五森分屯地』

 

 板には、妙に達筆な字体で、そんな文字が書き記されていた。

 

「分屯地?」

 

 看板――らしきそれに記された名称を目にした鳳藤は、不思議そうに呟く。

 

「よぉ、どうしたお前等?そんなトコで突っ立って」

 

 看板に視線を集中させていた二人へ、声が掛けられたのはその時だった。

 二人が視線を看板から外して振り向くと、オートバイを押しながらこちらへ歩いて来る、一人の隊員の姿がその先にあった。

 

「綱居(つない)二曹」

 

 新好地が、その隊員の名と階級を呼ぶ。

 綱居と呼ばれたその隊員は、新好地と同じ〝第21偵察隊〟所属の機甲科偵察隊の隊員であり、新好地の直接の上官でもあった。

 

「戻って来たとは聞いてたが、そんな指揮所天幕の前で難しい顔して、何かあったのか?」

 

 二人に対して、綱居は気さくな口調で尋ねて来る。

 

「あぁいえ、大したことでは――これがちょっと気になりまして」

「ん?あぁ、それか」

 

 新好地は綱居の言葉に答えながら、指揮所天幕脇に掲げられた看板を、視線で指し示す。

 その視線を追って看板を目にした綱居は、そこで納得したように呟いた。

 

「54普連の本管(本部管理中隊)の隊員が作ったらしい。いつまでもただ野営地や陣地とだけ呼んでるんじゃ、極まりが悪い――って事らしくてな」

「はーん」

 

 そして述べられた綱居の説明に、新好地は感心したような言葉を零す。

 

「しかし分屯地とは……少し大げさな気もしますが……」

 

 一方の鳳藤は、少し難しい顔でそんな言葉を呟いて見せた。

 

「まぁ、いいんじゃないか。多少なり格好をつけるくらいは」

 

 その鳳藤の呟きに対して、綱居はどこか軽い口調で言ってのける。

 そして彼は、その手で押していたオートバイへと跨った。

 

「綱居二曹は、これから出るんですか?」

「あぁ、定期巡回だ。また、モンスターの襲来が無いとも言い切れないからな」

 

 新好地の問いかけに返しながら、綱居はオートバイのエンジンを掛ける。

 

「じゃぁな」

 

 そして綱居は二人に見送られながら、立ち並ぶ天幕を抜けて巡回へと出て行った。

 

 

 

 一方、鳳藤等が傍に佇む指揮所天幕の内部では、鷹幅を始めとする派遣任務に参加した陸曹等による、報告が行われていた。

 

「当初は立て籠った少数集団の制圧支援のはずだった物が、まさかそこまで大規模な戦闘に発展するとはな――」

 

 鷹幅等から、派遣任務中に起こった一連の出来事を説明され、それを聞いた井神は呟きを零した。

 

「その現れた大隊規模の勢力は、この大陸の北東部に広大な領地を持つ、〝雲翔の王国〟という国の将兵ではないかとの事でした。正規兵なのか離反兵なのか、またそれ以外の詳細も不明であり、五森の公国側はこれから調査に乗り出すようですが――」

 

 付け加えての説明の言葉を並べた鷹幅は、そこで一度言葉を切り、井神へと視線を合わせる。

 

「井神一曹。事態は、今後さらに大きな物となる事が予想されます」

 

 そして鷹幅は、井神に向けてそう訴えた。

 

「下手をすれば戦争が起こるな」

 

 横でそれを聞いていた、古参三曹の峨奈がそんな言葉を零す。

 

「だな――その、この国のお姫様は、俺達と同盟を組みたいとの旨を申し出て来たそうだな?」

「はい」

「それも、おそらくこの先に起こるであろう、ゴタゴタを見越しての事だろうな。――そして何より、この世界で俺達の力は、それに足る物なんだろう」

 

 井神は言葉を零す。

 

「どうされますか?井神一曹」

 

 鷹幅は井神に尋ねる言葉を発する。

 

「俺達は是非ともこの国の支援が欲しいし、当面はこの地に居座り続けなければならない。この二点から、協力を惜しむわけにはいかないだろう」

 

 そこで一度言葉を切ってから、井神は続ける。

 

「しかし、同盟だなんて大きな話となると、慎重にならないとな。あまりな過大評価も正直都合が悪い――俺達の力は、今の所有限の物だからな」

 

 そして井神は、少し自嘲的な笑みを浮かべて、言って見せた。

 

「――そう言えば、燃料調査隊の方が原油の採掘施設を発見したと聞きましたが」

 

 そこで峨奈が口を開く。

 彼等も帰還して間もなく、燃料調査隊が原油の採掘施設を発見したとの報を聞き及んでおり、峨奈は井神の最期の言葉からその事を思い出し、そして聞き尋ねた。

 それを井神は肯定。隣国、月詠湖の王国の個人所有領内で採掘施設が発見された事と、所有主から施設使用の許可が取れた事。そして採掘施設は修繕が必要であり、そのための人員と車輛群から成る部隊が、今朝方この拠点陣地改め〝五森分屯地〟を発した事を説明した。

 

「物が見つかったのはいいですが――肝心な所は、1中の問題陸士等の技術が、こちらの世界で形と成るかどうかですね」

 

 説明を聞いた峨奈は、原油の精製法を知っていると言ってのけた竹泉等の事を言葉に上げながら、どこか冷めた口調で発して見せる。

 

「それに関しては、彼等を信じ、願うしかあるまい」

 

 それに対して井神は、台詞に反したどこか達観したような様子で言ってのけた。

 

「燃料確保のアテができるか否かで、その後の我々の身の振り方は大きく変わるだろう。どっちに転ぶにせよそれがはっきりするまでは、大きな話を安請け合いする事はできないな」

 

 そしてそこで井神は同盟について話を戻し、現状を鑑みての判断を発してみせた。

 

「しかし、この国に何らかの脅威が近づいている事は確かなようです。同盟とまで話を進めるかは置いておくとしても、この国との協力は不可欠かと思います」

「あぁ、分かってるよ」

 

 そこで発せられた鷹幅の進言の言葉に、井神は「心配するな」と言うような表情を作りながら、返事を返す。

 

「頃合いを見て、その姫様か、この国の要人とはまたコンタクトを取る必要があるだろう。それと俺達自身で、その不穏の出所へ偵察を出す必要も出て来るかもな」

 

 そして今後の大まかな出方を示して見せた。

 

「何にせよ、順を追ってこなして行こう。俺達の手札は限られているからな。――よし、今日は解散にしよう。派遣任務に参加した各員は、十分休眠を取ってくれ。明日以降も、やるべき事は色々あるからな」

 

 井神のその言葉で、報告に集っていた各員は解散となった。

 

 

 

 隣国、紅の国――領内。

 水戸美とファニール達は仕度を整え終え、次の目的地を目指して風精の町を出発。

 水戸美もこちらで揃えた旅人向けの服装装備に身を包み、一行は旅人や商隊などの往来によりできた轍を辿りながら進んでいた。

 

「多く勇者が各国から旅立ってるけど、皆一直線に対魔王戦線や魔王の本拠地を目指してるわけじゃないんだ」

「え、そうなんですか?」

 

 水戸美とファニール達は歩きながら会話を交わしている。

 その内容は、彼女達〝勇者〟についてであった。

 

「勇者は皆、それなりの実力や根拠を見出されて選び出されるんだけど、それでも魔王の力には到底及ばないんだ……。ボク達だってこのまま対魔王戦線に合流しても、魔王どころかその配下に触れることすらできないと思う……」

「そ、そんな……」

 

 声のトーンを落としてのファニールのその言葉に、水戸美も困惑した様子を見せる。

 

「だから、それに対抗しうる力を見つけるために、私達勇者は各地を旅しているんだ」

「力……ですか?」

 

 そこへ発せられたクラライナの言葉に、水戸美は首を傾げて耳に残ったワードを反復する。それに対して、ファニールとクラライナの二人は説明を始める。

 魔王軍の侵攻は、今から何千年、もしくは何万年かもしれない遥か昔にも一度あったと歴史に記されているというが、当時の人類はその魔王軍に打ち勝ち、魔王の封印に成功したというのだ。さらに加えて、当時の魔王軍を打ち破った〝力〟が、世界各地に散らばり残されているという。

 だがその〝力〟が、具体的にどういう形で存在しているか、全てにおいては分かっていないとの事であった。

 それは剣や槍などの武器か、あるいは魔導書の類か、それとも何らかの魔王に対抗しうる方法を記した物であるかもしれないという。

 とにかくそういった類の物が残されているという言い伝えや文献が、いくつも残されているというのだ。そしてその内のいくつかはすでに先発した各国の勇者達により発見され、彼等は対魔王戦線に合流して、戦っているという。

 

「そうなんですか?なら、魔王軍も……」

 

 ファニール達の話を聞き、希望を抱いた言葉を発する水戸美。しかしそれに対して、クラライナは首を振ってみせた。

 

「いや、それでも魔王軍は日に日に押し迫って来ている。戦線の勇者達や各国の軍隊も奮戦していると聞くが……魔王軍はそれ以上に強大らしい……」

「今、対魔王戦線に集まった〝力〟は、数えられる程度って聞いてる。魔王軍を押し返すには、まだまだ到底足りない状況なんだ」

 

 クラライナが、次いでファニールが、聞き及んでいる対魔王戦線の現状を説明して見せる。

 

「せめて、もっと大掛かりに捜索できればいいんだけどね~……」

「どこの国も現在は対魔王戦線への派兵と、国を守るだけで手いっぱいだからな……。だから私達のような少数のパーティーが、各国から出されているんだ」

「魔王や魔王軍との戦いの前に、各地にある〝力〟の捜索も、ボク達の役目ってわけ」

 

 そして二人は人類側の抱える問題を憂うと同時に、自らの役割を説明して見せた。

 

「その力を見つけられれば、ファニールさん達も魔王軍と……?」

「いや……ただ見つければ良いという物でもないんだ」

 

 水戸美の尋ねる言葉に、クラライナは再び否定の言葉を発する。

 

「さっきも説明した通り、存在するとされている〝力〟はあらゆるあり方をしている。たとえ見つけ出せたとしても、それが発見者の技術や能力――相性といった方がいいかな?それに合わなければ意味が無いんだ」

「相性……ですか?」

 

 水戸美はクラライナの言葉を再び反復する。

 

「そっ。例えばボクなら剣術と、ちょっと攻撃魔法も使えるんだ。クラライナは、剣と槍が得意だよね」

「あぁ、それと低位の強化魔法が使える」

 

 二人はそれぞれの得意とする分野を口にして見せる。

 

「強化魔法――ですか?」

「一時的に魔法を掛けた相手の能力を――私の場合は攻撃の威力などを、少し上げることが出来る」

「へぇ~」

 

 クラライナのその説明に、水戸美は感心の言葉を零した。

 

「それで――勇者は各国より選抜されているが、何を得意とし何に適正があるかは、それぞれまったく異なるわけだ」

「だからもし〝力〟を見つける事ができても、自分の技術や能力――相性が合わない物だったら、使えないって事になっちゃうんだ」

「な、成程……」

 

 そう零した水戸美は、内心で(ゲームのシステムみたい……)といった感想を抱いていた。

 

「今、対魔王戦線で戦っている勇者達は皆、過酷な旅を乗り越えた上に、その〝力〟を物とし得た精鋭達だ。その精鋭達が押される程の相手……」

「クラライナさん……?」

 

 そこまで発したクラライナの表情が、そこで少し暗い物となり、それに気づいた水戸美は、心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 

「私のような若輩者が、彼等のように力になれるのだろうか……」

 

 自身の力を疑問視するクラライナの声。そして彼女のその顔には、微かな不安の色が浮かんでいた。

 

「ダメだよ!そんな弱気になっちゃ!」

 

 しかしそんな所へ、ファニールの声が飛び込んで来た。

 

「それを成し遂げるためにも、こうやって修行しながら旅をしてるんじゃない!国のみんなのためにも、頑張ってボク達もその精鋭に加わらなきゃ!」

 

 ファニールの発破を掛ける言葉に、クラライナをその顔から不安を消し、笑みを作る。

 

「そうだな……弱気になっている暇などないか」

「そうだよ!クラライナはすぐそうやって悪い方に考えちゃうんだから!」

「すまない、空気を変にしてしまったな」

「い、いえ……そんな事……」

 

 クラライナの謝罪の言葉に、水戸美は困惑しながら返す。

 

「さ、行こ!ボク達も、早く戦ってる勇者達に追いつかなきゃね」

 

 そう溌溂と言うと、ファニールは轍の上を、それまで以上の意気込み溢れる動きで、歩み始める。

 

「ファニールさん、なんかすごいですね……」

「あぁ、あの姿勢に救われる事も、実は多くてね」

 

 二人は言葉を交わしながら、先を行くファニールの背中へ視線を送る。

 

「うわッ!?」

 

 そんなファニールが躓き転倒したのは、その直後であった。

 

「あ、コケた……」

「……」

 

 ファニールのその姿に、クラライナはその顔を再び顰め、片手を額に添えた。


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