―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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6-7:「不穏の中での出発」

 それから各分隊、組は引き続き森の中の調査、索敵を行った。だがそれ以降の巨大蜘蛛並びにゴブリンの群れとの遭遇は無く、それをもって、部隊は森の中から脅威が排除されたと判断。並行して行われていた、必要な木材の調達作業も完了し、部隊は森より引き上げる事となった。

 そして戻った部隊は燃料調査隊本隊へ合流復帰し、件の原油の採掘施設にて、その修繕作業を再開した。

 今現在は、採掘施設の最も目立つ部分であった、老朽化した櫓部分の解体撤去作業が。そして新しい櫓を組むために、調達された木材の加工作業が並行して、施設科隊員を始めとする各員の手により行われている。

 そしてそんな各作業が行われている傍ら――採掘井戸の横に併設された、小さな作業兼物置小屋。その外壁に作りつけられた作業台に立つ竹泉の姿があり、彼は何やら作業を行っていた。

 

「それは何してるんです?」

 

 その様子を横から眺め、そして疑問の声を挟んだのは出蔵だ。

 衛生隊員である彼女は作業中の不測の事態に備えているのだが、今の所幸い負傷者等は発生しておらず、彼女の出番はなかった。少し前までは空いた待機時間を、自分でも手伝える雑務等に当てる事で潰していた彼女だったが、ついにその雑務や手伝いすら片付き無くなってしまい、今はこうして竹泉の行う何らかの作業を、ただ眺めている状況に甘んじていた。

 一方の竹泉の手元、作業台の上には、四角い型枠に粗い目の布が張られた物が置かれている。そして竹泉はその上に、瓶に詰められていた石油を空け、布を利用してこやし始めた。

 

「採掘された生の石油から異物を取り除いてんだよ。この後に安置してガスを抜いて、水を分離させる」

 

 自身の現在の作業と、その後の作業予定を説明して見せる竹泉。

 

「はぁ~。それでガソリンとかになるんですか?」

「そんな簡単な話だったら苦労しねぇよ」

 

 説明を聞いて予想の言葉を零した出蔵に対して、竹泉は呆れの混じった言葉を返した。

 

「いいか?まず、あの採掘施設から採れんのが何の手も加わってねぇ生の石油。そっから今言った最低限の手を加えたモンが、原油だ。料理で言うなら下ごしらえだ」

 

 そして自分の現在の作業が、どういった意味を持つ物なのかを説明してみせた。

 

「じゃあ、まだ燃料としては使えないんですね?」

「あぁ、試しにこいつをガソリン代わりにぶち込んで見るか?ヘタすりゃ車輛がパーだ」

 

 出蔵の尋ねる言葉に、竹泉はそんな言葉で返す。

 

「原油からガソリン軽油諸々を取り出すためには、蒸留――熱を加えて原油に含まれるガソリン類をいっぺん気化。沸点はガソリン軽油他種類によって違うから、それを利用してそれぞれを分離し、それぞれ冷却再凝縮。細かくは端折ったが、これが原油の精製――これで初めて、ガソリンその他が出来上がるってわけだ」

 

 そして竹泉は出蔵に、原油の大まかな精製法を説明してみせた。

 

「ほへー……なんだか難しそうですけど、その作業ってこの世界で出来る物なんですか?」

 

 説明を聞いた出蔵は、どこか漠然とした理解の上で、質問の言葉を投げかける。

 

「どうだかね?まぁ、本格的な工業レベルの精製はまず無理として――最初は、実験室レベルの簡単な蒸留装置が再現できるかが肝だな。それにゃ実験でお馴染みフラスコビーカーから、専用のガラス器具エトセトラが必要になるが、それがこっちで調達できるかは今んトコ不明瞭だ。一部モノはあるらしいが――はて、どうなるモンかねまったく!」

 

 竹泉は説明と、そして現状この世界で石油精製が再現可能かは何とも言えない旨を発し、そして最後にやれやれといった口調で吐き捨てた。

 

「竹泉、出蔵」

 

 制刻がその場へ姿を現したのは、丁度竹泉の捲し立てが一区切りしたタイミングであった。

 

「もう昼だぞ」

 

 そして制刻は二人に端的に告げる。

 

「あん?」

「あ、ホントだ」

 

 それぞれが自身の腕時計に目を落とせば、言葉通り時刻はお昼近くを示していた。

 

「適当な所で切り上げろ。午後には出発だぞ」

 

 そして竹泉に向けて促す制刻。

 今さっき竹泉が説明して見せた、石油精製に必要とされる各種機材を探し調達するために、午後より燃料調査隊は部隊の一部を割き、この地域に存在する一番大きな街へ向かわせる事を予定していた。その調達行動には、精製に関する知識を有している竹泉自身ももちろん同行する事となっており、制刻はその関係から、竹泉に作業を切り上げておくよう促したんのだ。

 

「あぁ、そういやそうだったな」

 

 制刻の言葉を受け、どこかだるそうな口調で思い出す言葉を零す竹泉。

 

「はぁッ。そんじゃお昼かっ込んで、それからお買い物に向かうとしましょうかぁ?」

 

 そして吐き零しながら、作業を適当な所で切り上げた。

 

 

 

 昼休憩を終え、調達行動のためにピックアップされた各要員は、スティルエイト邸の側の宿営地の一角に集合していた。人数にしておよそ20名程、一個分隊強。調達隊の行程には82式指揮通信車と、73式大型トラック、旧型73式小型トラックの計3輛の車輛が使用される事となっており、各車輛はすでに準備を整えて並び停車し、出発の時を待っていた。

 並ぶ車輛の内の一台、旧型73式小型トラックの周囲には、長沼を始めとする数名の陸曹が集まり、それをさらに制刻や竹泉等の行程に同行する各員が囲っていた。そして小型トラックのボンネット上には大きな地図が一枚広げられ、長沼等陸曹はそれに視線を落としている。現在は出発を前に、目的地までの行程の再度の確認が行われている所であった。

 

「目的の街は、このスティルエイトさんの個人所有領を出て、北上した所にある〝星橋の街〟という街。距離は、見るに20㎞程といった所だ――」

 

 地図上に視線を落としながら、長沼が確認の言葉を発する。

 

「スティルエイトさんからの話によれば、道中に特に障害となるような物は無いとの事だ」

「では、調達作業が順調に運べば、今日中に行って帰って来れそうですね」

 

 続けて発された長沼の言葉に、施設科の麻掬が返す。

 麻掬は、街へ調達に向かう部隊に組み込まれた隊員の中での最先任者であり、行程中の調達隊の指揮を任される事となっていた。

 

「あぁ――しかし私達は、この地に来てすでに二度も厄介ごとに遭遇している」

 

 麻掬の言葉に、しかし長沼は懸念の言葉を零す。長沼が言い示したのは、先日の〝荒道の町〟での野盗による商隊襲撃。それに昨日の巨大蜘蛛やゴブリン等のモンスターとの遭遇戦闘についてだ。

 

「この地は、色々な面で不安定な情勢にあるようだ。どんな事態に遭遇してもおかしくはない、行程中は十分に気を付けてくれ」

 

 そして長沼は、麻掬を始めとした各員に、念を押す言葉を告げた。

 脅威度の高い敵性存在との接触の可能性を鑑み、調達隊は編成こそ小規模ながらも、それなりの火力装備を与えられていた。

 

「了解です――よし、各隊乗車」

 

 長沼の言葉に返した麻掬は、調査隊要員の各員に向けて、乗車指示の言葉を発する。

 

「要員乗車!」

「4分隊、乗車しろ」

 

 それを受け、矢万や河義等の各陸曹が自分の指揮下の分隊、組に乗車指示を下達する。

 

「では長沼二曹。調達隊、出発します」

「了解、頼んだぞ」

 

 そして長沼と麻掬は各員が車輛乗り込んで行く様子を横に見ながら、敬礼を交わした。

 

「さぁて、楽しいお買い物だ」

 

 一方、その近くでは竹泉の台詞に反した忌々しそうな言葉が上がっている。

 竹泉や、制刻を始めとした普通科の4分隊各員は、旧型73式小型トラックにそれぞれの荷物を乱雑に放り込み、そして自分達も乗り込んでゆく。

 

「かーちゃん、オイラ向こうに着いたらオモチャが欲しいぜぇ」

 

 小型トラックの後席に腰を降ろした多気投が、対面に座った制刻に向けて、ふざけた調子でそんな言葉を発する。

 

「その物騒なオモチャで満足してろ」

 

 対する制刻は、多気投の装備火器であるMINIMI軽機を指し示しながら返す。

 

「俺様はアイスがいいねぇ。十段重ねのメガトン級のをなぁ!」

 

 そして多気投のおふざけに同調するように、竹泉がそんな声を上げる。

 

「あぁ、そんでオメェが腹壊して死ぬんだろ?最高だな」

 

 そんな竹泉に対して、制刻は不気味な笑顔で皮肉の言葉を発し返した。

 

「策頼、出発してくれ」

 

 そんな小型トラック後席でのふざけたやり取りを聞き流しつつ、普通科4分隊指揮官の河義は、運転席でハンドルを握った策頼に向けて告げる。

 

「了」

 

 指示を受け、策頼がアクセルを踏み込み小型トラックは走り出す。すでに同調達隊の82式指揮通信車と73式大型トラックは発進して縦隊を作り出しており、4分隊の乗る小型トラックもそれを追い、縦隊の最後尾に付く。

 そうして調達隊は、一路目的の街を目指して行程を開始した。

 

 

 

 同時刻。

 紅の国、草風の村。

 

「よし、準備はできたぞ。ミトミさんは?」

「私も、大丈夫です」

 

 村の入り口付近に、水戸美達の姿がある。

 ナイトウルフの討伐を成功させたファニール、クラライナと水戸美。その後草風の村へと戻った彼女達は、休息と準備の時間を得て、これより村を出発する所であった。

 

「本当に、もう出発されてしまうのですか?」

 

 そんな彼女達へ、村の村長が残念そうな声で発する。村長だけでなく周囲には多くの村人が集っており、皆一様に水戸美達の出発を、残念そうな様子で眺めていた。

 

「もっとゆっくりして行ってくれていいんだぞ?あんた達は、村の恩人なんだ」

 

 村長に続いて、先にナイトウルフの巣穴に駆け付けた男性が発する。

 

「ありがたいお話だが、これ以上ご厚意に甘えるのは申し訳ない。昼食を御馳走になった上、物資まで分け与えて頂いたんだ」

 

 村人の男性の言葉に、クラライナが返しながら、彼女は愛馬の体を見上げる。彼女の愛馬の胴には、村から融通された物資が加わり増えていた。

 

「それはいいさ、ナイトウルフの脅威が去ったおかげで、俺達は収穫や買い出しに出れるようになったからな。厳しい旅をしているあんた達にこそ、物資や休息は必要だろう」

 

 そう水戸美達に促す村人の男性。

 

「ご厚意、本当にありがとうございます。でも、ボク達はあまりゆっくりしている事が、許される立場でもないものですから」

「あぁ。〝力〟を発見し、そして一日、一刻でも早く対魔王戦線に合流しなければならない」

 

 しかしファニールとクラライナは、感謝の言葉を述べながらも、自分達が旅路を急ぐ理由を発した。

 

「そうでしたな……あなた方のお立場を考えれば、無理なお引止めも無礼となってしまいますな……」

「すみません、せっかくのご厚意を……」

 

 ファニール達の背負う使命を村長や村人達も思い出し、残念そうに、しかし納得の言葉を零す彼等。それに対して、ファニールも申し訳なさそうに言葉を返した。

 

「あんた達は、この先はどうするつもりなんだ?」

「えっと――〝露草の町〟と〝凪美の町〟を経由して、〝笑癒の公国〟に入る予定でいます」

 

 男性の問いかけに、今後の旅路の予定を答えるファニール。

 

「凪美の町を……ですか……」

 

しかしそれを聞いた瞬間、村長や村人の男性の表情が、難しい物となった。

 

「どうかしましたか……?」

「いえ……勇者様は、この国で妙な失踪が起こっている事は、ご存知ですかな?」

 

 ファニールはそんな村長達に伺い尋ねたが、それに対して、村長からは同じく質問の言葉が返って来た。

 

「あ、はい。前の町でも、そんな噂は聞いています……」

「そうか――この辺、国の端の方はまだ少ない方なんだが……ここより先、国の中央周りでは、より多くの怪しい噂を聞くんだ」

 

 問いかけられ肯定の言葉を返したファニールに、今度は村人の男性がそんな説明の言葉を述べて見せる。

 

「今は国全体が疑心暗鬼に包まれている。その影響で噂に尾ひれがついているだけかもしれないが……気を付けるに越した事はないかもしれない」

 

 そして男性は、水戸美達に向けて警告を促す言葉を口にした。

 

「すまない。恩人のあんた達の出発を前に、こんな話を聞かせてしまって……」

「いえ、とんでもない!ありがとうございます、ボク達も、十分気を付けたいと思います」

 

 最後に謝罪の言葉を返した男性に、ファニールは慌てながらそう言葉を返した。

 

 

 

 それから水戸美達は村を出発。次の目的地を目指して、行路を歩み進んでいる。

 

「あの……ファニールさん。さっきのお話って……」

 

 その途中で水戸美は口を開いた。

 

「――うん。どうにもこの国、失踪だとか、何か怪しい事が色々起こってるみたいなんだよね……」

 

 水戸美が何を尋ねたいのか察し、ファニールは答える言葉を口にする。

 

「ゴメンね。不安にさせちゃうと思って、ミトミさんには言わないで置いたんだけど……」

「この先の事を考えれば、話しておいた方がいいだろう」

 

 ファニール達は、この紅の国の内情が不安定な物であるらしい事。そして前の風精の町で聞き及んだ、国内で立て続いているという奇妙な失踪についてを、水戸美に説明した。

 

「そんな事が……」

「具体的に何が起こってるのかは、ボク達も分かってはいないんだけど……」

 

 呟いた水戸美に、どこか歯がゆそうに付け加えるファニール。

 

「国を出るまでは、十分に気を付けなければ。町への滞在も、短く抑えたほうがいいかもしれない」

「だね……ゴメンね。ちょっとの間、忙しない旅路になっちゃうかもだけど」

 

 クラライナが提案の言葉を発し、ファニールは水戸美に向けて謝罪の言葉を発する。

 

「いえ、仕方の無い事ですよね」

「ありがとう。――よし!じゃあ、気を取り直して行こうか!」

 

 水戸美の同意の言葉を得て、三人は次なる目的地に向けての歩みを続けた。

 

 

 

 草風の村の北。

 ナイトウルフの巣穴、その奥部。

 ファニールにより倒され、その場に鎮座するナイトウルフの親玉の亡骸。その前に立つ、一つの人影があった。その身にローブを纏い、紫掛かった黒色の髪を持つ、端正な顔の女。そして何よりの特徴として、その頭頂部からは髪と同色の、獣のような二つの耳が生えていた。

 

「まさか、勇者が現れるとは想定外でした」

 

 獣の耳を持つ女は、ナイトウルフの親玉の亡骸を見上げながら呟く。

 

「――商議会には、次の手を討つよう促しておかねばなりませんね」

 

 そして言葉を零し終えると、女は身を翻し、その場を立ち去った。




お詫びと注意。

今話中の石油精製に関する一連の内容については、素人が浅く調べた上で、細部を誤魔化しつつ書いた物となります。
そのため間違っている可能性が大いにありますので、ご注意ください。

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