―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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チャプター7:「Raid/Interception」
7-1:「襲撃」


 月読湖の国、月流州。

 スティルエイト・フォートスティートを北に出て、数㎞地点。

 燃料調査隊から発出した調達隊は、目的地の街を目指して北上――行程を進め、今現在調達隊の車列は、その途中に存在する森の中を進んでいた。

 

「べッ!?策頼、もっと丁寧に運転できねぇのかッ!?」

 

 車列の最後尾に位置する小型トラックが上下に荒く揺れ、後席に座る竹泉が文句の言葉を上げる。

 

「道が悪いんだ。文句があるなら自分でハンドルを操るんだな」

 

 それに対して運転席でハンドルを握る策頼は、冷たい言葉で返す。

 森の中には一応車列が通行できる程度の一本の道が通っていたが、その道はお世辞にも通行する上で快適な物とは言えなかった。地面自体が酷く荒れ、頻繁に曲がりくねり、さらに倒木や岩石などの異物が転がる様子が目立っている。

 

「離されているな」

 

 助手席に座る河義が、進行方向を見ながら呟く。

 車列の先頭を行く82式指揮通信車は、その車体に備えるコンバットタイヤをもって、荒んだ道を乗り越え進んでいたが、続く車列真ん中に位置する73式大型トラックは、悪路を走破する事に難儀している様子であり、両者の距離は大きく開きつつあった。

 

 

 

「ッ――酷い道です……!」

 

 73式大型トラックのキャビン内、その運転席でハンドルを握る輸送科隊員が零す。悪路に先程から大型トラックは酷く揺れ、そして思うように速度を出せないでいた。

 

「森の迂回は時間を取られると思ったが――これは失敗したな……!」

 

 助手席は表情を顰める麻掬の姿がある。森の中に通った道を用いる事を決めたのは麻掬自身であったが、こうして走行に難儀している現状から、麻掬は自分の判断が適切でなかった事を感じながら、苦々しい言葉を吐く。

 

「ダメです、どんどん離されます」

 

 先行する82式指揮通信車の姿がどんどん遠ざかってゆく様子を見ながら、運転席の輸送科隊員は発する。

 

「仕方がない。速度を落してもらうよう――」

 

 先を行く指揮通信車に速度を落してもらうべく、麻掬はその要請を送るために、身に着けたインターカムを口元に寄せようとする。

 ――大型トラックの進路上に、〝それ〟が現れたのはその瞬間であった。

 それは太い荒縄で編まれた、巨大な網であった。おそらく地面に隠されていたのであろう巨大な荒縄の網が、立ち上がって道幅いっぱいに張られ、大型トラックの進路を妨げたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 突然進路の事態に、運転席の隊員は反射でブレーキを踏み込む。しかし大型トラックがそれですぐさま停車する事は無く、大型トラックはブレーキ音を響かせながら、進行方向上に張られた荒縄の網へ、その巨体を突っ込ませた。

 荒縄の網へ突っ込んだのが馬や馬車であったならば、そのまま網に動きを押し留められ、絡み取られていたかもしれない。

 しかし今現在の積載物を含め、3.5t以上の重量を持つ大型トラックの突入とあっては、流石にそうはならなかった。大型トラックの巨体の突入を受けた荒縄の網、そして網の四方が結ばれていた道の両脇に生える木は、一瞬だけは大型トラックの動きを押し留めたかに見えた。しかし消えきらぬ大型トラックの勢いに、網や木は直後に悲鳴を上げ始め、やがて作りの脆弱な部分が損壊。荒縄の網は支えを失って地面に落ち、大型トラックに引かれる。そして大型トラックはようやくブレーキが効果を成し、落ちた網を踏み越えたその少し先で停車した。

 

 

 

「ッ――!」

 

 前を行く大型トラックのブレーキランプが突如点灯、そしてその速度が急激に落ちる。それを見た小型トラックの運転を担う策頼は、すかさずブレーキを踏み込んだ。

 

「おぁッ!?」

「ワオッ!?」

 

 突然のブレーキに後席の竹泉や多気投から声が上がる。

 大型トラックと比べてかなり軽量である小型トラックは、道上に少しの距離のタイヤ痕を描いたのちに停車。そして車上の各員は、大型トラックの進路上に荒縄の網が突如として現れ、大型トラックがそれに突っ込む様子をその目に映した。

 

「――何事だ!?」

 

 起こった事態に、助手席で河義が困惑の声を上げる。

 しかし考える間もなく、次の事態は重ね起こる。車列が停車した地点の両脇から、風を切るような飛翔音と共に、無数の矢が飛び出して来たのだ。無数の矢は多くが大型トラックに集中、荷台を覆う幌に多数が突き刺さり、荷台に搭乗していた隊員等が驚き狼狽える様子が見える。そしていくつかは、普通科4分隊の乗る小型トラックを襲った。

 

「ヅッ――!?」

「おぇッ!?」

 

 数本の矢が小型トラック上に飛び込み、河義の着る防弾チョッキや、竹泉の被る鉄棒の縁を掠める。幸いにも負傷者こそ出さなかったが、事態は留まる事無くさらに起こり進む。

 直後に、車列の両脇の茂みや木立の影から、多数の人影が荒々しい声を上げながら、一斉に飛び出して来る。その手には、一様に剣や斧等の得物が握られていた。

 

「襲撃――!?」

 

 姿を現した多数の人影。その彼等の手に光る得物と、何より向けられる殺気に、河義は嫌がおうにもそれが襲撃である事を理解する。

 

「ッ!対応しろッ!」

 

 そして車上の各員へ向けて、指示の言葉を発する河義。

 しかしその指示を受けるよりも早く、後席の制刻と運転席の策頼は、すでに自身の装備火器を構えてそれぞれ左右へと向けていた。そして指示が下るとほぼ同時に、各装備火器から発砲音が響き轟いた。

 双方へ撃ち出された5.56㎜弾および散弾は、左右から迫っていた襲撃者の内の、それぞれ一人づつを撃ち倒す。そして弾を受けた者の近辺にいた別の襲撃者達が、突然倒れた仲間に目を剥く様子が見えた。

 

「竹泉、多気投、左右に向けて軽機を撃てッ!」

 

 そして河義は自身も小銃を手繰り寄せて構えながら、後席の竹泉の多気投に向けて指示を張り上げる。

 

「あぁ、畜生ッ!」

「注文一丁ォッ!」

 

 指示を受け、竹泉は車上に銃架に据えられたMINIMI軽機に付き、車列右手へ旋回させる。多機投は自身の装備火器のMINIMI軽機を構え、左手から迫る襲撃者達へ銃口を向ける。そして両軽機関銃の引き金はほぼ同時に引かれ、車列両側面へ向けて数多の5.56㎜弾を吐き出し始めた。

 車列両側面へ形成された軽機による銃火は、双方から襲い来た襲撃者達を逆に食らい始める。

 

「ぎぇッ!?」

「な、何だこれッ!?」

 

 射抜かれた者の悲鳴。

 そして襲撃者達にとっては想定外の事態であったのだろう、狼狽の声がこちらまで聞こえ来た。

 

「河義三曹」

 

 制刻は軽機の掃射を零れた襲撃者を一人仕留めた所で、助手席の河義に声を掛ける。

 

「ッ、どうした?」

 

 対する河義は、状況のせいか少し余裕の無さそう声で返す。

 

「奴等、左っ側の手勢が少ねぇようです。そっちを先に攫えて、安全化すべきかと」

 

 そんな河義に、制刻は車列左手を視線で示しながら進言する。

 

「成程――よし、竹泉は右手へ制圧射撃を継続。他の者は左手に火力を集中させろ!」

 

 制刻の進言を受け入れ、河義は指示の声を下す。そして竹泉の付く据え付けのMINIMI軽機を除く、各員の火器が左手へと向き、襲撃者達へ向けてより苛烈な銃火を浴びせる。

 銃火に喰われたいくつかの襲撃者達の悲鳴が聞こえ及び、程なくして車列左手に立つ襲撃者達の姿は無くなった。

 

「――クリアだな。オメェ等、降車してカヴァーしろ」

 

 車列左手が一掃された事を確認した制刻は、車上の各員へ促しながら、車上より飛び降りて小型トラックの影に身を隠す。

 

「デリック2、麻掬三曹聞こえますか!?左側クリア、車列左側を安全化しました!車列左側に身を隠してください」

 

 そして河義は同様に小型トラックから降車しながら、インカムを用いて前方の大型トラックの乗車する麻掬へ向けて叫ぶ。

 

《了解……!》

 

 麻掬から返答が来ると共に、前方の大型トラックの助手席ドアが開かれ、麻掬が飛び降りて来る様子が見える。そして大型トラック後部の幌の開口部からは、そこから防戦を行っていた各隊員が、飛び降りて身を隠してゆく姿が見えた。

 

「反対側はどうだ?」

「突っ込んでくるのは止めたようですが、まだちょっかいは掛けてきてます」

 

 河義の尋ねる言葉に、制刻が返す。

 制刻の言葉通り、車列右手側の襲撃者達は、制圧射撃に臆したのか、肉薄を止めて茂みや木立へと逃げ込んでいた。しかしその茂みからは、複数のクロスボウと思しき物の先端が覗いており、矢が散発的に車列周辺へと降り注いでいた。

 

「多気投、トラック側に周るんだ!」

「イエッサァーッ!」

 

 河義は多気投の指示を飛ばす。指示を受けた多気投はふざけた返答と共にその場を立ち、大型トラック側へと駆けた。

 

 

 

「ッ、なんなのこれ!?」

祝詞(のりと)、もっと身を隠せ!」

 

 大型トラックの後部付近には、荷台より降車して来た隊員等の姿がある。武器科の女陸士長が狼狽の声を上げ、同僚の武器科隊員がそれを引きずり込んでいる。

 

「ハシント、応答しろ――ッ、インカムの範囲外に出たか!?(さかずき)士長、ハシントを呼び戻すんだ!」

「了解!ハシント応答せよ、こちらデリック2!こちらは後方で襲撃を受けている!現在応戦中だ、至急――!」

 

 トラックの中程では、麻救三曹や通信科の隊員が、先に行ってしまった指揮通信車を呼び戻すべく、各無線機器に向けて声を張り上げている。

 そんな各員の横を通り抜けて、多気投は大型トラックのキャビン横へと辿り着いた。

 

「ヘイ、ちょいお邪魔ずるぜぇ」

「おぁ、ちょ――」

 

 唐突に押し入って来た人並外れた巨体を持つ多気投に、その場で身を隠していた輸送科のドライバーの隊員は、困惑の声を零す。

 

「ヘイ、こっちは位置ついたぜ」

 

 そして多気投インカムに向けて発した。

 

 

 

「よし、向こうは位置についたそうだ」

 

 多気投からのインカム通信を受け取り、河義は受けた報告を口にする。

 

「んじゃ、いぶり出します」

 

 それを受けた制刻は手榴弾を繰り出すとピンを抜き、それを車列の向こうに投擲。投擲された手榴弾は車列を越え、襲撃者達の潜む茂みへと放り込まれる。そして直後に炸裂した。

 

「ぎゃッ!?」

「うわぁ!?なんだぁッ!?」

 

 炸裂により二名程の襲撃者が吹き飛び、周囲にいた者達にも破片が襲い、悲鳴や狼狽の声が上がる。そして炸裂に狼狽えた何名かの襲撃者が、茂みや木立から身を晒す。

  そこを、車列の前方と後方に配置した、それぞれの軽機から撃ち出された銃火が襲った。双方により形成される十字砲火は、身を晒した襲撃者達を容赦なく食らってゆく。

 

「な、なんなんだこいつ等!」

「ひ、引けぇッ!」

 

 やがて戦意を喪失したのか、襲撃者達の方からそんな声が聞こえ及び、そして生き残っていた者達は、森の奥へと逃げ去って行った。

 

「――静かんなったな」

 

 襲撃者達の逃走に伴い、程なくして銃火も止み、周囲には車輛のエンジンが上げるアイドリング音だけが響く。周辺の無力化が完了したであろう事を確信した制刻は、一言呟いた。

 

「麻掬三曹、そちらは無事ですか!?」

 

 河義は、大型トラック側に居る麻掬に向けて、安否確認の声を上げる。

 

「待ってくれ――あぁ、こちらは皆無事だ」

 

 それに対して麻掬から返答が返ってくると共に、彼がこちらに向けて腕を翳す様子が見える。幸いにも、各隊員の中に負傷者は発生していなかった。

 言葉を交わした両者の耳が、接近する鈍いエンジン音を捉える。そちらを向けば、道の先から戻って来る指揮通信車の姿が見えた。

 

「あぁ、良いタイミングだぜまったく……!」

 

 丁度戦闘が終了したタイミングで戻って来た指揮通信車に、小型トラック車上の竹泉が嫌味な声を上げる。

 後進状態で戻って来た指揮通信車はすぐ近くまで来ると後部扉を開いて、搭載していた増強戦闘分隊の一組を、降車展開させた。

 

「無事ですかッ!?」

 

 そしてキューポラから半身を出していた矢万の、尋ねる声が車上から降りて来る。

 

「あぁ、幸い皆無事だ」

 

 それに対して、麻掬が代表して答えた。

 

「一体何が?」

「詳しくは不明だ、突然襲撃された――少し、調べてみよう――」

 

 麻掬は、周辺に視線を向けながら呟いた。

 

 

 

 それから調達隊は周辺に向けて警戒態勢を取り、その中で罠や襲撃者達の調査を行った。

 今は車列の一角で、麻掬等各に陸曹が集い、話し合いをしている。

 

「麻掬三曹。おそらくこの襲撃者達は、先日商隊を襲った者達と、同じ存在かと思います」

 

 麻掬に向けてそう発したのは河義だ。河義はこの襲撃者が、先日立ち寄った〝荒道の町〟付近で商隊を襲撃した野盗と、同一の存在である可能性を口にして見せた。

 

「だろうな――」

「えぇ、この森を拠点に襲撃や略奪行為を行っているのでしょう」

 

 同意の言葉を零した麻掬に、河義は重ねて推測の言葉を述べる。そして二人は周囲へ視線を送り、さらに足元に落ちた荒縄の網に視線を落とした。

 

「それで、どうします?」

 

 そんな二人に矢万が問いかけの言葉を挟んだ。

 彼の言葉の意図はすなわち、この森潜んでいるであろう野盗と思しき集団を、自分達で対応するかどうかという事だ。

 

「そうだな……増援を要請し、ここを安全化するべきか――」

「ちょいと待った、お三曹方ぁ」

 

 河義が言葉を零し掛けたが、そこへ突如として差し止める言葉が響く。声の主は、小型トラック上で警戒に付いていた竹泉だ。

 

「そいつぁ本当に俺等がやるべき事なんですかねぇ?」

 

 陸曹相手にも関わらず、皮肉気な調子を崩さずに意見を述べる竹泉は。そして竹泉は続けざまに、この場から早急に離れる事を。そしてこの森に潜む野盗と思しき集団については、この国の軍か警察組織に報告し、それに対応を任せるべきだと訴えた。

 

「……合わせる訳じゃないですけど、私も反対です。わざわざ危険を冒してまで、私達が対応する理由は無いと思います」

 

 そこへ言葉を連ねたのは、近くに立っていた武器科の女陸士長だ。彼女はどこか臆した様子をその表情に浮かべて発する。

 

「いや、俺等で叩くべきだ」

 

 しかしそこへ制刻がそんな言葉を発した。

 

「おぉい自由!」

 

 竹泉から表情を歪めての声が上がるが、制刻は言葉を続ける。

 

「この国の組織に持ち込んだとして、対応には時間がかかるでしょう。その間に、他にここを通った人間が、餌食になるかもしれません」

 

 麻掬を始めとする各陸曹に、制刻はそう進言して見せた。

 

「確かに――それは問題だな……」

 

 制刻の言葉を聞いた麻掬は、少し考える様子を見せる。

 

「――よし、私達でここを制圧しよう」

 

 そして麻掬は決断の言葉を発した。

 

「矢万三曹。指揮車の無線で、調査隊本隊へ応援要請を」

「了解です」

 

 麻掬の指示を受け、矢万は指揮通信車へと向かう。

 

「勘弁してよ……」

 

 一方陸曹等の傍らで、先の女陸士長の呟き零す姿がある。

 

「よぉ祝詞。腹括ろうぜ」

 

 そんな彼女に、同僚の武器科隊員が言葉を掛ける。同僚からのその言葉に、祝詞と呼ばれた彼女はより顔を渋くする。

 

「これだぜ」

 

 そして竹泉はと言えば、小型トラックの車上でウンザリとした様子で吐き捨てていた。


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