―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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7-3:「曲射火力投射」

 時間は数分程遡る。

 森の外へと退避した調査隊本隊は、その場で急ごしらえの陣地を構えていた。各職種混成の増強戦闘分隊が周辺で警戒態勢を取り、その中心には二門の64式81㎜迫撃砲が設置されている。

 

「よし、とりあえずはこれでいい」

 

 その迫撃砲の側には、調整された迫撃砲の確認を行う河義の姿があった。陸士時代には迫撃砲小隊の所属であった経歴を持つ河義は、今回の行程中に迫撃砲を用いる事となった際には、その主導を取る役割が与えられていた。

 

「俺は射手だったんだがなぁ……指揮を取る事になるとは」

 

 人出不足から与えられた想定外の役割に、ため息混じりの言葉を零す河義。傍らで待機していた通信科隊員の大型無線機から、声が響いたのはその時であった。

 

《ジャンカー4よりパワーネスト。こちらは偵察行動中に敵性集団と遭遇。迫撃砲による曲射火力支援を要請する》

 

 飛び込んで来た通信に、各員の視線が大型無線機に集中する。そしてこの場の先任者である麻掬が駆け寄り、通信科隊員からマイクを受け取った。

 

「ジャンカー4、再度状況知らせ」

《パワーネスト。こちらは森の中で一個小隊規模の敵と対峙中。環境も相まって、状況は芳しくない。すでに発煙弾を上げた、曲射火力支援を要請する》

 

 麻掬の確認の言葉に、再び制刻の声で要請の言葉が返って来る。

 無線通信を受けた麻掬は、一度河義の方を見る。それに対して河義は頷き返して、迫撃砲の準備は完了している旨を示す。

 

「――了解ジャンカー4。これより迫撃砲支援を実施する」

 

 それを受け、麻掬は無線に向けて支援を開始する旨を告げた。

 

「発煙を確認しました」

 

 それと入れ替わりに、森の方向へと観測の目を向けていた隊員から報告の声が上がる。

 森の中からは、着色された一本の煙が立ち上っていた。

 

「200mって所か――少し遠目に設定する」

 

 目測で煙が上がる地点までの距離を予測する河義。そして河義の主導の元、各隊員の手により迫撃砲の調整が行われる。

 

「調整完了です」

「よし、装填準備!」

 

 河義の指示の言葉により、二門の迫撃砲のそれぞれの脇で、迫撃砲弾を手に待機していた装填手を務める隊員が、砲の前に位置取る。

 

「――撃ッ!」

 

 そして河義の号令と共に、装填手の隊員は迫撃砲の砲口から迫撃砲弾を滑り込ませる。直後、独特な音を響かせると共に、一発目が撃ち出された。

 

 

 

「な、なんだこの煙!?」

 

 制刻等と対峙していた襲撃者――この森を拠点とする野盗達は、突如自分達の元に投げ込まれた物体が発し上げる、不気味な色の煙に困惑の声を上げていた。

 

「……だ、大丈夫だ。別に毒とかじゃねぇ!」

 

 しばしその不気味な煙を遠巻きに見ていた野盗達だったが、その煙が害のある物ではないと分かると、警戒の色を解く。

 

「お、脅かしやがって、コケ脅しか!」

「なめた真似しやがって!」

 

 そして脅かされた事に腹を立てた彼等は、相対する相手に向ける害意を増幅させ、その攻撃の勢いはより苛烈な物になろうとした。

 ――しかしそんな彼等の耳が、異質な音を捉えたのはその直後であった。

 

「あ?」

「な、なんだこの音?」

 

 聞こえ来たのは、ヒュゥゥ――という風を切るような独特の音。野盗達は一様に上空を見上げ、訝しむ言葉を零す。音はどんどん大きく明確になり、〝それ〟が野盗達の音へと迫っている事を示す。そして――

 次の瞬間、爆音が鳴り響くと共に土砂が、そして土煙が舞い上がり、それに合わせてその場にいた数名の野盗が、中空へと舞い上がった。

 

 

 

 身を隠す制刻等の視線の先、立ち並ぶ木立の向こうで、4つ程の爆発が連続的に巻き起こる。迫撃砲から撃ち出された迫撃砲弾の、初撃の着弾であった。着弾により土砂や草木が、そして着弾地点付近にいた複数人の野盗が吹き飛ばされる様子が見える。

 

「少し遠いな――パワーネスト、着弾地点を5m程前へ」

《了解――》

 

 制刻が無線のマイクに向けて要請を発し、迫撃砲陣地側から返答が来る。そして要請を送ってから数秒後、再び上空から風を切るような音が聞こえ来る――

 そして先の着弾地点より手前側で、再び連続的に爆発が巻き起こる。第2派の着弾は周辺に身を隠していた野盗達をいぶり出し、そして吹き飛ばした。

 

「いいぞ、効力射確認。そのまま頼む」

 

 再び無線に向けて発する制刻。

 そして三度上空に風を切るような音が響き、第3派が森の中へと降り注ぐ。

 

「ま、また――ぎゃッ!?」

「な、なんだよこれ――ぁッ!」

 

 木立の向こうからは、砲撃に晒される野盗達の困惑や悲鳴が聞こえ零れて来たが、それも着弾による爆音にかき消され、そして彼等は宙に巻き上げられる。

 

「ッ!」

「ウォーウッ!」

 

 巻き上げられた土砂の一部は4分隊の側へも降り注ぎ、策頼や多気投は顔を伏せ、鉄帽と覆った手でそれを凌ぐ。

 

「ベッ!口に入りやがったッ!」

 

 そして土砂が口内に飛び込んだ竹泉が、それを吐くと共に悪態を零す。

 その間にも迫撃砲弾は周辺に降り注ぎ、相対していた野盗達をいぶり出し巻き上げていく。

 

「あ、あいつ等の仕業なのかぁ!?」

「ひぃッ……に、逃げろぉ!」

 

 やがて着弾音に混じってそんな悲鳴の声が聞こえ及び、そして木立や茂みを飛び出して、逃走を始める野盗達の姿が見えだした。

 

「パワーネスト、修正要請。着弾地点を20m程後方へ。奴等逃げ始めた、それを潰す」

 

 それを目視した制刻が、三度無線越しに要請を送る。それが反映され、迫撃砲弾は逃げ始めた野盗達を追うように後方へ着弾。

 

「た、助け――」

 

 背を見せた彼等の身をその悲鳴ごとかき消し、吹き飛ばした。

 

「――パワーネスト、砲撃停止。これ以上は、効果が薄いだろう」

 

 何派目かの着弾を確認した制刻は、そこで無線に向けて砲撃停止の要請を発した。相対していた野盗達は三々五々に逃げ散ってゆく様子を見せ、これ以上の砲撃による効果は望めないと判断しての要請であった。

 

《了解ジャンカー4、こちらは砲撃待機する》

 

 迫撃砲陣地からの返信をその耳に聞きながら、制刻は先の光景その目に映す。

 20発近い迫撃砲弾の着弾炸裂により、周辺の地面の至る箇所に穴が開き、立ち並ぶ木の幹は抉れ、枝は折れている。

 そして何より、砲撃の餌食となった野盗達の死体が、あちらこちらに散乱していた。

 

「フゥ、花火大会としちゃぁ、泥臭かったずぇ!」

 

 砲撃が止み、そして野盗達が去り静寂の戻った森の中で、多気投のそんな言葉が響いた。

 

「全くだ――皆、無事だな?」

 

 制刻はそれに返し、そして各員に安否を確認する言葉を掛ける。

 

「無事です」

「あぁチクショッ、泥遊びしに来たんじゃねぇんだぞ……!」

 

 確認の言葉に、策頼は端的に返し、そして竹泉は返事代わりに悪態の言葉を吐いた。

 

「念のため、奴等の潜んでた辺りを調べる。策頼、俺と行くぞ。竹泉と投は援護だ」

「了」

「へぇへぇ」

 

 制刻の指示の声に、策頼や竹泉がそれぞれ了解の言葉を返す。そして制刻と策頼は遮蔽物を出て、各々の装備火器を構えて前進する。

 

「――揃って、逃げ散らかしてったみてぇだな」

 

 野盗達が身を隠していた地点まで踏み入り、周辺を見渡した後に制刻が呟く。周囲に動く者の姿はすでになく、砲撃により荒れた光景と、散乱する死体が見えるのみであった。

 

「――!」

 

 一方、同様に周辺を見渡していた策頼は、その途中で一点に目を留めた。それは木立にもたれ掛かる、頭部を切断された体。先に野盗達の罠の囮とされた亡骸であった。幸いにも砲撃に巻き込まれる事は間逃れたらしきその亡骸に、策頼は近寄り、片足で立膝を着いて見つめる。

 

「………」

 

 頭部を失ったその亡骸では、目を閉じさせてやる事すら叶わず、策頼はその堅気離れした作りの顔に、少し悲し気な色を浮かべた。

 

「策頼」

 

 そんな策頼に、背後から制刻の声が掛かる。

 

「気持ちは分かるが、感傷に浸るのは後だ」

「――了解」

 

 掛けられた言葉に対して、策頼は静かに答える。そして立ち上がり、ショットガンを構え直した。

 

「竹泉、投、周辺はクリアだ。前進再開するぞ」

 

 制刻は後方で援護態勢を取っている竹泉等に向けて発する。そして竹泉等と合流し、制刻等は前進を再開した。


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