―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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今回、直接的にグロテスクなシーンがありますのでご注意下さい。


7-7:「凄惨、そして清算」

 身柄を確保した野盗の頭らしき大男の監視を、矢万達と増強戦闘分隊に任せ、制刻等は戦闘索敵を続行。しかし大男との遭遇戦闘を最後に、外部で野盗と出くわす事は無くなり、それを区切りに制刻等は次の段階――立ち並ぶ掘っ立て小屋一つ一つのクリアリング作業へと移行した。

 

「ったく、こんなモン大量に建てる手間を、もっと他の方向に割けや……!」

 

 たった今クリアリングを終えた一つの小屋の全形を見ながら、竹泉が声を上げる。その隣では策頼が、その小屋がすでにクリア済である事が識別できるよう、壁にマーカーで記を付けていた。制刻等4分隊は再び二手に分かれて制圧作業に当たっており、そして策頼と竹泉の組は、近辺に立ち並ぶ7~8個程の小屋の安全化を終えた所であった。

 

「この辺は、次で最後だな」

 

 竹泉は隣接する未制圧の掘っ立て小屋へ視線を移して発する。

 二人は移動してその掘っ立て小屋の扉の両側に張り付き、それぞれの装備火器を準備する。

 

「ヨォ、いいか?」

「準備ヨシ」

 

 竹泉が尋ね、策頼がそれに答えて、互いの準備が整っている事を確認する。

 

「――GOッ!」

 

 そして直後に、竹泉が後ろ蹴りで小屋の扉を蹴破り、こじ開ける。そしてすかさずショットガンを構えた策頼が、強引に開かれた扉を潜り、内部へと突入した。

 

「――クリアー!」

「――クリアだッ!」

 

 策頼が、そして続いて突入した竹泉が、それぞれの火器の銃口を各方へ向ける。そして小屋内へ視線を走らせ、内部に脅威となる存在が居ない事を確認した後に、声を上げた。

 

「……はッ、ここも空か。良かった良かった」

 

 竹泉は警戒を解き、内部のすえた臭いに不快感を抱きながら、皮肉気に声を上げる。

 

「――待て」

 

 しかし一方の策頼は、小屋内に気配を察し、竹泉に向けて声を上げた。

 

「あん?」

 

 訝しむ声を上げる竹泉。策頼はそれには返さずに、サスペンダーに取りつけていたライトを手に取り、スイッチを入れて小屋の隅を照らした。

 

「――!」

 

 光は小屋の片隅の光景を鮮明にし、そして一人分の人影を露わにした。

 

「ひッ!」

 

 人影から小さな悲鳴が上がる。

 現れたのは、一人の少女の姿。驚くべきことに頭部や腰から灰色の狼のような耳や尻尾が、そして首や腕などの要所にも同色の体毛が生えている。しかし今現在その彼女は、衣服の類は一切纏っている様子が見られなかった。そして恐怖に染まった顔でこちらを見上げ、うずくまり体を縮めている。

 

「い、いやぁ……こ、こないで……!」

 

 そして震えながら懇願の声を零す彼女。

 

「――マジかよ」

 

 一方、それを目の当りにした策頼は目を剥き、竹泉は思わず言葉を零す。

 二人が驚愕した理由は発見した彼女の姿と様子もあったが、しかしそれだけではなかった。策頼等の視線は、彼女の腕中に抱かれたものに向いている。

 彼女の腕中に抱かれていたのは、人の首であった――。

 

「やだ、やだよ……!助けてセート……!」

 

 その首を必死に抱きかかえ、首の主の物と思しき名を口にし、助けを求める彼女。

 

「とんでもねぇモンを見つけちまった――おいアンタ落ち着け、危害を加えるもんじゃ――」

 

 驚愕に言葉を零した竹泉は、とにかく彼女を保護すべく、言葉と共に一歩近づこうとする。

 

「ひぃ!?いや、いやぁ……!」

 

 しかしそれを前に彼女はより恐怖の色を増し、最早下がる余地もないというのに、壁に背を付けて後ずさる行為を見せる。

 

「助けてセート……!助けてセートぉ!」

 

 そして最早半狂乱の様子で、自身が抱える首に向けて助けを乞う彼女。周りの言葉が正しく耳に届いておらず、精神状態が正常でない事は、明らかであった。

 

「あぁ、畜生!ひでぇ錯乱状態だ……!全ユニット応答しろ――!」

 

 竹泉は悪態を吐き、インカムに怒鳴り声を上げ始める。

 

「………」

 

 一方、策頼は眼下の凄惨な光景を、未だ見開いた目に留めている。

 

「もうやだ、いたいのやだよぉ……たすけてセート、たすけて……」

 

 怯え、震え、縮こまり、腕中の首に向けて助けを求め続ける彼女。

 この娘を、そして首の主を、ここまでの目に遭わせたのが何者であるかは、想像に難くなかった。

 

「要保護対象を一名発見、ひでぇ精神状態だ!応援を――あ?」

 

 インカムに向けて各所へ詳細を叫んでいた竹泉は、しかしその時自身の横に見えたものに、思わず言葉を区切る。

 そして振り返れば、策頼が小屋の扉から駆け出てゆく姿が見えた。そして彼のその形相が、鬼をも凌ぐ凄まじい物であった事も。

 

「あいつまさか――!」

 

 

 

 先に制刻等と指揮通信車が合流した、空間端の開けた一角。現在はそこに、森の外で待機していた調達隊の本体も合流し、車輛と増強戦闘分隊の隊員等が、周囲に展開していた。

 そしてその端には、膝を付き、両腕を頭の後ろに回した姿勢で並ぶ、10人程の野盗達の姿が見えた。

 

「うぅ……」

「糞……」

 

 困惑や悔し気な声を漏らす野盗達。そんな彼等には、各隊員の眼と火器の銃口が向けられ、睨んでいる。逃走を図ろうとした所を隊員により阻まれ確保された彼等は、今はこうして拘束され、監視下に置かれているのであった。

 

「ジャンカー4、竹泉二士。どうした――」

 

 そんな光景が広がる中で、調達隊先任者の麻掬がインカムに向けて声を上げている。

 つい先程、通信越しに各員のインカムに、要保護対象発見の報が飛び込んだ所であった。しかしその報告の通信は途中で途切れ、麻掬は続報を要求する声を、インカムに向けている所であった。

 そんな折、麻掬や周囲にいた各員が、掘っ立て小屋の合間から駆け出て来た人影を見止める。

 

「策頼」

 

 それが策頼である事に気付き、麻掬の傍らにいた河義が声を上げる。

 

「一体何があった――」

 

 そして策頼に状況を尋ねようとした河義だったが、しかし河義はその言葉を途中で止める。策頼の凄まじい形相と、ただ事ではない気迫に気付いたからだ。

 対する策頼は、周囲の各員を掻き分け押しのけ、指揮通信車へと駆ける。そして指揮通信車の側面に備え付けられていたエンピを荒い手つきで手に取ると、身を翻して一角を睨む。

 並び拘束されている野盗達の一番端、掘っ立て小屋の壁に、先の野盗の頭と思しき男の、気絶し拘束された姿があった。その脅威性、そして目を覚ました際に抵抗が予想される事から、他の野盗達よりも厳重に拘束されていた大男。

 

「お、おい策頼――!」

 

 ただならぬ気配の策頼に、困惑しつつも制止の声を掛ける河義。しかし策頼がそれを聞き入れる様子は無く、彼は大男の前に立つ。

 ――瞬間、彼は手にしたエンピを思い切り振るい、その底面で大男の横面を思い切り叩き殴った。

 

「――ぎぇッ!?」

 

 衝撃に、大男の口から悲鳴が上がり、そして大男は気絶状態から目を覚ました。

 

「が……なぁ……ッ?」

 

 突然襲い来た痛みに、目を覚ましたばかりの大男は、朦朧とした意識の中で困惑の声を上げる。

 

「な、何だ……テメェ……」

 

 目の前に立つ策頼の存在に気付く大男。そして大男は続けて、自分が拘束されている事。近くに動揺に捕らえられたと思しき、配下の野盗達の姿がある事に気付く。

 

「そうだ……!テメェ等ァ、よくも――!」

 

 そこで自身の身に起こった事態を思い出した大男は、策頼を睨みつけ、怒りの含まれた荒んだ声を上げかける。しかし――

 

「――ぶぉッ!?」

 

 次の瞬間、大男の鈍い悲鳴が再び上がった。

 見れば大男の頭部は策頼の手に鷲掴みにされ、そして蹴り上げられた策頼の膝が、大男の顔面鼻面にめり込んでいた。

 

「ぶぉ……おぉ……!?」

 

 大男の鼻の骨は折れ、顔面が潰れ、大男は鼻血を垂らしながら苦しげな声を上げる。

 

「策頼よせッ!止めるんだ!」

 

 そこで呆気に取られていた河義がようやく声を上げ、周囲にいた隊員が指示に呼応して、策頼を抑えにかかる。

 

「おいよせ――うわッ!?」

 

 しかし策頼は抑えに掛かった隊員を振り払う。身長190㎝を越え、それに相応した体躯と力を持つ策頼のそれに、同胞相手という事もあって手加減した力で抑えに掛かった隊員等は振り払われてしまう。

 

「邪魔をしないでくれ」

 

 振り払った隊員に静かに言うと、策頼は足元の大男を再び睨みつける。

 

「質問に答えろ。森にあった死体、それに小屋の娘――お前達がやったのか?」

 

 そして大男に対して、冷たい口調で静かに質問の言葉を投げかける。

 

「ぉぁ……だから、どうひたぁ……ッ!てへェ等、絶対り許さね――」

 

 大男はそれに弁明の様子を見せる事は無く、うまく回らない口で策頼向けて吠え上げようとする。

 

「ぎぇェッ!?」

 

 しかし言葉が吐かれ切る前に、今度は大男の横面を策頼の放った拳骨が襲う。大男の口からまたも歪な悲鳴が漏れ、そして折れた歯がいくつか飛ぶ。

 質問への回答以上の言葉をその大男に喋らせるつもりは、策頼には毛頭無かった。

 

「ごぁ……て、てへぇ……ッ!」

 

 そこまでの暴行を受けて尚、大男は激昂した様子を減退させずに、獣のような表情で策頼を睨み上げる。しかしそこで目に映った光景に、大男はその目を剥いた。

 大男の目に飛び込んで来たのは、策頼の最早畜生以下の物を見下ろす眼。そしてそんな彼の手中で持ち直され、そして振り上げられるエンピの姿。

 

「てめ……!?、待っ、やめ――!」

 

 大男はそのエンピの軌道に気付き、そこで初めて様子の変化を見せ、そして懇願の声を上げかける。しかし――

 

「ぎぇえぁッ!?」

 

 直後に、大男の股間部に激痛が走り、そして大男の口からはこれまでとは様相の異なる悲鳴が上がった。見れば、大男の股間部には、振り下ろされたエンピが深々と突き刺さっていた。

 

「………」

 

 エンピを振り降ろした主である策頼は、激痛に口をパクパクと動かし、涎を垂らす大男の姿を冷たい眼で見下ろしている。そして大男の股間部に突き刺さるエンピに脚を掛けると、力を込めて振り下ろした。

 

「ひぇげぇぇッ!?」

 

 再び上がる大男の悲鳴。

 より深く突き刺されたエンピは、大男の股間部を抉り切り裂く。そして切り裂かれ出来た大きな傷口から、股間部に内包されていた臓器の一部が零れ落ち、ビチャリと気味の悪い音を立てて、地面へと落ちた。

 

「ぁ……ぁ……」

 

 大男は最早声にならない声を口から零し、焦点の定まらない目で宙空を見上げている。

 

「ひ、ひぃぃ!?」

「う、うわぁぁぁッ!?」

 

 そんな大男と入れ替わりに悲鳴を上げたのは、傍で並ばされていた野盗達だ。 目の前で凄惨な光景を目撃させられた野盗達は、一様に狼狽の様子を見せる。その場にへたり込む者もいれば、逃げ出そうとする者もいた。

 

「ッ――!動くな、動くなぁッ!」

 

 同様に凄惨な光景を目の当たりにし、フリーズしていた隊員等が、それに気づいて慌てて対応行動に出る。隊員等は制止の声を張り上げ、そして各装備火器を野盗達に向けて、狼狽する野盗達を強引に抑え込んでゆく。

 

「策頼!」

 

 そして一方の策頼の前には、河義が駆け込み入る。

 半ば突き飛ばす勢いで策頼の体を大男の体から遠ざけ、そして双方の間に入る河義。そして策頼は、同様に駆け寄った隊員等により数人がかりで抑えられる。

 

「一体何をしてるんだ!正気かッ!?」

 河義は策頼に向けて怒号を飛ばす。しかし策頼の眼は冷たいまま、河義越しに野盗の体を見下ろし続けていた。

 

「どうした」

「妙なサウンドが聞こえたずぇ?お湯でも沸いたのかぁ?」

 

 そんな所へ、端から声が聞こえ来る。河義が振り向けば、立ち並ぶ掘っ立て小屋の一角から、クリアリングに出ていた制刻と多気投の歩み寄って来る姿があった。

 

「ウォーゥチ!?なんかきっつい事になってるずぇ……?」

 

 多気投はその場の光景に気付き、表情を歪めて声を上げる。

 

「おい策頼ッ!――ッ!あぁ、遅かった……!」

 

 さらにそこへ、別の一角から竹泉が姿を現し駆けこんでくる。そして竹泉はその場の光景を目に留め、そして額に手を当てて苦々しく言葉を零した。

 

「竹泉、説明をくれるか。大体予想はつくが」

 

 制刻はその場の光景を一瞥に、そして竹泉に説明を要求する。

 

「あぁ……要保護対象を見つけたってのは無線で飛ばしたろ?それが……何されたか知らねぇがひでぇ錯乱状態でよぉ。さらにツレっぽい人間の生首を抱いてやがった……!」

 

 竹泉は同様にその場の光景を眺めながら、顰めた表情で説明の言葉を紡ぐ。

 

「なんだと……?」

 

 その説明に、策頼を押し留めていた河義も目を剥く。

 

「下手人は十中八九ここの奴等でしょうよ。で、頭に血の登った策頼先生による作品が、こうして出来上がっちまったワケだ……!」

 

 竹泉は大男の凄惨な有様を指し示しながら発する。

 

「これには、あれ以上の苦痛をだ――」

 

 そこで策頼が、凄まじい怒気の込められた一言を零す。そして策頼は、彼を数人がかりで抑えている隊員等をいとも容易く引き釣り、大男に手を伸ばし、近づこうする。

 

「やめろ、策頼!これは隊員のしていい事じゃないッ!」

 

 再びの声と共に、河義はその策頼の前に立ちはだかる。しかし策頼はそれに構わずに押し進んだ。

 

「策頼……!」

 

 河義は必死で策頼を押し留めようとするが、その体格差に河義は徐々に押されてしまう。

 

「策頼」

 

 が、そこへ横から制刻が割って入った。それまで数人がかりでの抑え込みを物ともせずに進んでいた策頼を、制刻は片腕を差し出して悠々と押し留めて見せた。

 

「自由さん、邪魔を――」

「優先順位が違うぞ」

 

 ドスの利いた声で発しかけた策頼。しかし制刻はそれを遮り発した。

 

「まずは、そのヒデェ目にあってたモン達の保護だ」

 

 凄まじい形相の策頼に対して、彼を抑えながら淡々と説く制刻。

 

「――了」

 

 それに対して策頼は少しの沈黙の後に、未だ怒り冷め止まぬ様子ではあったが、一応の了承の返答を寄越した。そして押し進むことを止めた策頼は、彼を掴んでいた隊員等によって数歩引き離された。

 

「すまない制刻……」

 

 策頼がようやく押し留められ、河義は息を吐きながら制刻に言葉を送る。

 

「いえ」

 

 それに対して端的に答えた制刻は、背後へと振り向く。そこには掘っ立て小屋の壁に倒れ込み、痙攣している大男の姿があった。口からは泡を零し、足元には臓物の混じった血溜まりが広がっている。

 

「あぁ、こりゃアウトだな」

 

 そんな大男の姿に、制刻は一言呟く。

 そして制刻は弾帯から鉈を引き抜きながら、大男へと近寄る。

 

「お、おい制刻……!」

「最早、情報も引き出せねぇでしょう」

 

 すこし戸惑う様子で声を掛けた河義に、大して制刻はそう発する。そして手にした鉈を、大男の頭頂部へと叩き落した。

 

「きょッ!?」

 

 脳天に鉈の刃が突き刺さり、大男の口から奇妙な悲鳴が上がる。それが大男の上げた最後の声となり、大男は絶命した。

 大男への止めを確認し、制刻は鉈をその頭頂部から引き抜いて払う。傍らに立つ河義は、最早その顔を渋くして、光景を見つめるのみであった。

 

「――見つかった要保護対象は、今の所一人だけか?」

「えぇ、ですが分かりませんよぉ?他にもいるかもしんねぇ」

 

 河義は大男から視線を外し、傍らに立つ竹泉に尋ねる。それを受けた竹泉は、河義同様の渋い顔でそれに答える。

 

「制刻、お前達はクリアリングを続けてくれ。その保護対象への対応は、こちらでやる」「了解です」

 

 河義の指示に、どこか機敏さの欠ける了解の言葉を寄越す制刻。

 

「そして――策頼、お前は待機だ」

 

 そして河義は、策頼に待機を命じる言葉を送る。先の独断行動を咎める意図が含まれているのか、その口調は少し厳しめだ。

 

「まぁ、深く気にすんな。休んでろ」

 

 しかし一方の制刻が、河義が厳しめの言葉を発した直後だというのに、彼の前で堂々とそんなフォローの言葉を発する。河義は制刻にも咎める視線を向けたが、制刻はどこ吹く風だ。

 

「――は」

 

 そんな両者の言葉に対して策頼は、未だ怒りの片鱗の残る口調で、静かに返した。


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