―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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7-9:「不測事態鎮圧」

 森の中の開けた空間内の、各車輛が乗り入れられた一角。その一か所、82式指揮通信車が停車している傍らに、持ち込まれた長机が置かれて応急的な指揮所とされたその場に、各陸曹の集う様子があった。

 

「この周辺の安全化は、ほぼほぼ完了したと思われます」

 

 報告の声を上げたのは河義だ。傍らに立つ麻掬と、麻掬から引き継いでこの場の先任者となった穏原に向けて発した。

 

「あれ以降、囚われている人の発見は無いか?」

「はい。捜索は現在も続行中ですが、あの娘以降発見の報告は上がっていません。見つかったのは、遺体のみです……」

 

 穏原からの問いかけの言葉に、河義は表情を難しくし、そのトーンを落として返す。

 部隊は狼の娘の保護以降も、周辺を各分隊及び組を持って捜索を実施。そして部隊との交戦により発生した野盗達の死体とは毛色の違う、放置された複数の遺体を発見。これ等は、野盗達に襲われた商隊や旅人等のものと思われた。

 

「かわいそうに……」

 

 その報告を聞き、穏原が表情を顰めて呟く。

 

「……私達単独で、これ以上できる事は限られるでしょう。この世界の警察機関に持ち込み、連携すべきと思います」

 

 そんな穏原に、河義は同様に浮かない表情で進言する。

 

「だな。……だが、いくらかの情報だけでも、探り出して置きたい所だ」

 

 河義に同意する言葉を零した穏原は、しかし続けてそんな旨の言葉を口にする。そして穏原は視線を起こして先に向け、河義や麻掬もその視線を追う。

 彼等の視線の先には、ちょうど隊員等の手によりこの場に連れて来られる、一人の野盗の姿があった。

 

「な、なんなんだよお前等……!」

 

 拘束され、連れて来られたその野盗の男は、狼狽した様子で喚き声を上げている。

 野盗はそれなりの大男だったが、得体の知れない、それも自分達を壊滅に追いやった集団に囲まれてか、その表情には怯えた色が見て取れた。

 

「悪いが、質問するのはこちらだ」

 

 隊員等の手により長机の前に立たされた野盗に、穏原は意識した冷たい口調で発する。

 

「まず、君達はどういう集団だ?何の目的でこの場に居座っていた?」

 

 そして野盗に向けて最初の質問を投げかけた。

 

「ど、どういうって……」

 

 野盗の男は、変わらずの狼狽の様子を見せながらも口を開く。

 野盗達は傭兵崩れや罪を犯した者の集まりである事。この場には、野盗行為を働く上で都合がいいため、居座っていた事などがその口から発せられた。

 

「成程……次だ。最近この地域では野盗行為が活発なようだが、君達もそれに関係する集団なのか?」

「ほ、他の連中についてなんて、知らねぇよ……」

 

 困惑した様子で零す野盗。

 その男によると、他の野盗集団との連携等は行われている訳ではないようであった。ただ、ここの野盗達に限って言えば、〝紅の国〟から何らかの破壊行動の指示が来たり、取引があるとの話であった。

 

「紅の国?というと……」

「確かこの国の隣国です」

 

 疑問の言葉を零した穏原に、河義が答える。

 

「その国が野盗行為を支援しているという事か?」

 

 穏原は野盗の男を睨み、詰問する。

 

「こ、細かい事は知らねぇ!俺達が知ってるのは、使いの奴が紅の国の方から来てるって事だけだ!大元が誰なのかなんて知らねぇ……!」

 

 穏原の詰問に、野盗は喚き立てるように答える。

 

「末端には、情報が伝えられていないのかもしれませんね……」

 

 野盗の言葉に少なくとも嘘偽りが無い様子を見て、河義は推測の言葉を発する。

 

「――では別の質問だ。私達は一人の娘を先程発見したが、他に生きて囚われている人はいないのか?」

 

「さ、最近で生け捕りのしたのはあの女一人だ……残りの奴は、襲撃の時に殺しちまった……」

「最近?という事は、過去にも生け捕りにした人がいたのか?その人達はどうした?」

 

 穏原は野盗の発したワードを耳に留め、重ねて問いかける。

 

「生け捕りのした奴は、紅の国からの使いが金と引き換えに連れて行く……」

「つまり人身売買か……!」

 

 野盗の言葉から、その行いの正体に気付き語調を荒げ、そして野盗を睨みつける穏原。それを受け、野盗の大男は「ひっ」と悲鳴を漏らす。

 

「その人達のその後は?どこに連れていかれた?」

「し、知らねぇ!その先の事はしらねぇよ……!ほんとだ……俺達には知らされてねぇんだ……!」

 

 語調を荒げての穏原からの詰問に、野盗は必死で弁明の言葉を零す。

 

「……これ以上は、情報を引き出せそうにありませんね」

 

 狼狽の様子を見せ続ける野盗の大男に、河義は言葉を零す。

 

「ちょいと失礼」

 

 そんな所へ、ふと各員の耳に声が届く。

 各員が視線を声のした方向へと向ければ、いつの間にかその場へ現れ、こちらへと歩んでくる制刻の姿がそれぞれの目に映った。

 

「制刻、どうした?制圧は終わったのか?」

「えぇ、そいつぁ今さっき終わりました」

 

 河義の問いかけの言葉に、制刻は淡々と返しながら長机の横に歩み立つ。

 

「で、最後にクリアした小屋ん中で、面白ぇモンを見つけまして」

 

 制刻の言葉と同時に長机の上に手を翳し、その手に握っていた物をそこへ置く。それは件の、強奪品の中で見つけた100円硬貨であった。

 

「よぉ兄ちゃん」

「ひ……!?」

 

 そして制刻は直後、側に立たされていた野盗の大男の首根っこを唐突に掴み、机上に置いた100円硬貨を良く見せるべく、野盗の上体を押し込んで。

 

「これをどこで手に入れた?」

「な、なんだよぉ……!?」

 

 そして野盗の大男に詰問する制刻。しかし当の野盗は突然の事に狼狽している。

 

「お、おい制刻……!」

「これは……100円硬貨?どういう事だ?」

 

 一方の河義や穏原等は、制刻の突然の行動を驚き咎めたり、唐突にその場に持ち込まれた100円硬貨に、不思議そうにする様子を見せたりしている。

 

「竹泉が見つけました。ここの奴等の強奪品と思しきブツの中に、一つだけ不自然に混じってました」

 

 制刻は河義の咎める言葉には取り合わずに、穏原の疑問の言葉にだけ返答を返す。

 

「何……!?」

 

 そして制刻の説明、穏原始め各員はその100円硬貨が異質な物である可能性を理解し。驚きの表情を作った。

 

「よぉ、こりゃぁオメェ等がパクったモンだろ?出所を教えろ」

「ひぃ……!」

 

 制刻は驚く各員の一方で、詰問を続ける。しかし対する野盗は脅されている現状と、なにより禍々しい容姿顔立ちの制刻に怯え、狼狽の度合いをさらに強くしている。

 

「こ、こ、こりゃぁ、捕まえた狼の女が持ってたもんだ……!見た事のねぇ硬貨だって、仲間が話してた……!」

「マジだな?」

 

 制刻はその言葉に嘘偽りが無いか、禍々しく歪に蠢くその眼で、野盗の大男の顔を覗き睨み、問い尋ねる。

 

「ほ、ほんとだ……!た、助けてくれ……!」

 

 必死に行程の言葉を発し、そして助けを求める言葉を零す野盗の大男。

 

「いいだろう」

 

 それが事実であろう事に察しを付けた制刻は、そこで野盗の大男を乱暴に掴み起こし上げ、その首根っこを解放する。

 

「ひぃッ……!」

 

 しかし勢い余った野盗の大男の体はそのまま背後へ吹っ飛ばされて倒れかけ、背後に待機していた隊員等の手で慌てて受け止め、支えられる事となった。

 

「制刻……!」

 

 制刻のその行いに、呆れの混じった声を零す河義。

 

「もういいだろう。その男は、引き続き拘束監視の元に置くように」

 

 そして同様の様子の穏原が指示を出し、野盗の大男は隊員等の手により連行されて行った。

 

「元の持ち主はあの狼の娘という事か?しかし彼女は容姿から見てこの世界の住人のようだった。それがなぜ……?」

 

 野盗の大男が連行されてく様子を見送った穏原は、その視線を長机上に置かれた100円硬貨に落とし、疑問の声を上げる。

 

「なぜあの娘の手に渡ったかは不明ですが、予想できるのは、俺等の他にも誰かこの世界にぶっ飛んで来てるかも知れねぇって事です」

 

 穏原の疑問の言葉に、推測の言葉を返す制刻。それを聞いた穏原から、「やはりそうなるか……」といった声が零れる。

 

「あの保護した娘に聞いてみるしかないか……しかしそれには、彼女が気付き、状態が安定するのを待たないとな――何にせよ、本日これ以降は待ちだ」

 

 続けて言葉を発した穏原。

 そして穏原は各員に引き続きの安全化作業、および調査。並びに、今晩この場を維持するための態勢の構築、他各作業を指示。各員は解散し、それぞれの作業に掛かって行った。

 

 

 

 空間の一角では、隊に投降あるいは捕らえられた野盗達が、並び拘束され、監視の元に置かれている。

 

「クソ、なんでこんな事に……」

 

 少し前までこの場の持ち主であり支配者であった野盗達は、わずかな時間の間にそれが一変し、囚われる立場となってしまった事を未だにどこか信じられずにいた。

 

「俺達、どうなっちまうんだ……?」

「まさか、どっかに売られちまうのか……?」

 

 そして野盗達は、彼等の身が今後どうなってしまうのか。その事を予想し、戦々恐々とした時間を過ごしていた。

 

「こ、殺されちまうのかも……それも、頭みてぇに……!」

 

 野盗の一人が、恐怖に歪んだ顔でそんな言葉を発する。そして彼等の視線は、先程まで彼等の頭であった大男が拘束されていた場所に集中する。

 すでに頭の大男の体は片づけられていたが、地面に未だに血だまりが残り、それは野盗達に先の凄惨な光景を思い起こさせた。

 

「そ、そんな……!」

 

 そして彼等も頭と同様の運命を辿る可能性に、野盗達の表情は青く染まる。

 

「ふざけんな……そんなの嫌だ……!」

 

 そしてその中の一人が、特に顔色を悪くし、震える様子を見せながら漏らす。

 

「そこ!何を話している、会話は禁止だ!」

 

 そんな所へ、端から怒声が飛ぶ。

 拘束された野盗達の傍らに立ち、彼等を監視していた隊員だ。隊員は野盗達の会話に見咎める声を上げ、彼等を睨む。

 

「……う、うわぁぁぁッ!」

 

 しかし野盗の内の一人。顔色を一際悪くし、震える様子を見せていた野盗が、突如として動きを見せたのはその時であった。その野盗は走り出し、隊員目がけて掛かってゆく。

 拘束と言っても頭の後ろで手を回させ、膝まづかせるだけの簡易的な物であったそれゆえ、野盗が行動に移る事は容易かった。

 

「ッ!止まれッ!」

 

 それを目の当りにした隊員は、即座に制止の言葉を上げ、続けて小銃を上空へ向けて威嚇射撃を行った。しかし野盗の表情は、目の前の脅威よりも別の恐怖に怯える色を見せ、その動きも止まる事は無かった。

 やむを得ず隊員は小銃を野盗に向けて構え、発砲しようとした。しかしそれよりもわずかに早く、野盗は隊員へと肉薄し、その腕で小銃を掴み抑えたのだ。

 

「……!い、行くぞ!」

 

 揉み合いになった両者を目の当りにし、他の野盗達も次々に動きを見せ始める。

 それは好機を見たことによる物というより、彼等がその末路を想像し、それによる恐怖が伝播したと言うのが正しい所であった。

 

「何事だ!?」

 

 騒ぎを聞きつけ、停められいた各車輛の影から、穏原を始め数名の隊員が駆け出て来る。

 

「拘束した者達の暴動です!」

 

 穏原の声に、近くの82式指揮通信車で車載のMINIMI軽機に付いていた隊員が叫び返す。

 

「ッ――威嚇射撃を!――止まれーッ!」」

 

 穏原は威嚇射撃の指示を下し、そして野盗達に向けて声を張り上げる。そして同時に指揮通信車上のMINIMI軽機から二度目の威嚇射撃が行われる。しかしそれでも野盗達の鎮まる様子は見られなかった。

 そうしている間にも、揉み合いになった隊員の元へさらなる野盗の手勢が加わり、ついに隊員が押し切られ倒れる様子が見える。そして野盗達は隊員に伸し掛かり小銃を奪いにかかる姿を見せ、さらには穏原等の方向へ向けて掛かって来る野盗達も現れ出す。

 

「――発砲しろ」

「は?」

「構わない、発砲しろ!彼等を撃てッ!」

 

 最早威嚇では収まらない。これ以上躊躇えば危険である。

 そう判断した穏原は、指揮車上の隊員を始め各員に指示を下す。各員からは一瞬、疑問の言葉と躊躇う様子が返されたが、直後に再度発せられた怒号に近い穏原の言葉に、各員は意識を切り替え呼応。

 ――そして最初に、指揮通信車上のMINIMI軽機から唸り声が上がった。

 ――制圧はあっという間に終わった。

 MINIMI軽機から吐き出され流れた5.56㎜弾の銃火は、暴動を起こした野盗達を薙いで攫えた。そして周辺の各員の各個射撃が、先の見張りの隊員を囲い小銃を奪おうとしていた野盗達を撃ち抜き排除。野盗達はわずかな時間の内に連なるように崩れ去り、一瞬の後にはその場に立つ野盗の姿は無くなった。

 いくら簡易的な拘束状態であったからといって、武装解除され丸腰であり、さらに完全武装の各隊員が周囲にいる環境で、彼等野盗達の行いは無謀にも等しい物なのであった。

 

「……あぁ、糞……!」

 

 射撃音が止み、視線の先には野盗達の死体が散らばり広がる光景が残る。それを目の当りに死、射撃指示を下した当人である穏原は、表情を酷く歪めて呟いた。

 

「何事です!?」

「どしたどしたぁ!?今度はどういう騒ぎだぁ?」

 

 一度静寂に包まれたその場に声が飛び込み、そして各方から河義や、騒ぎしい声を上げる多気投等、4分隊の面子が駆け付けて来る。

 

「これは!?」

「おっとぉ」

 

 そしてその場に広がる光景に、河義や制刻は声を零した。

 

「穏原三曹、一体何が……?」

「暴動を起こされた……危険な状況だと判断し、俺が発砲を許可した……」

 

 穏原は自身も未だ困惑した状態にある中で、野盗達が暴動を起こし、警告や威嚇射撃も聞き入れなかった事。そして先に囲われ転倒した隊員が、他の隊員に助け起こされる様子を示しながら、隊員が銃を奪われかけた事などを説明した。

 

「だが……丸腰の相手を……」

 

 しかし危険な状態にあり、そして相手が非道を働いた存在であるとはいえ、仮にも丸腰の、それも一度は監視下に置いた相手に、発砲許可を出してしまった事に後ろめたさを感じているのか、穏原は片手で顔を覆い言葉を零す。

 

「ま、しゃぁねぇでしょう」

 

 そんな所へ、淡々とした言葉を発したのは制刻だ。

 各員が複雑そうな顔を作る中で、制刻だけは普段と変わらぬ面持ちであった。

 

「……見るに、本当に危険な状況にあったと察します。穏原三曹の判断は、間違った物では無いでしょう」

 

 そして河義も穏原に向けて、彼をフォローする言葉を発する。

 

「気分が優れないように見えます。ここは私と4分隊で引き継ぎます」

 

 重ねて進言の言葉を上げた河義に、しかし穏原は「いや」と声を返す。

 

「指示を下したのは俺だ、最後までやる責任がある。君等は、元の作業に戻ってくれ――各員、彼等を良く調べてるんだ」

 

 そして穏原は河義に促すと、優れない顔色のその顔を振るい、周囲の各員へ指示の声を発する。そして何気なく天を仰げば、木々の間から覗き見える空は、夕焼けのそれから夜の闇へと染まり出していた。


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