―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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7-11:「Old Memory ―Battle Over Karahuto―」

 闇もすっかり深くなった森の中の空間の一角に、設営された一つの簡易陣地がある。

 調達のために街を訪問する行程を明日に延期し、今晩は制圧したこの場を維持する事とした、調達隊及び増援からなる部隊。その上で、逃げ散った野盗達の再襲撃の可能性を鑑み、部隊は空間の各所に監視防護のための陣地を設け、警戒にあたっていた。

 その一つである一角の簡易陣地は、数名が入れる規模の弧の字型の塹壕が構築され、そこには警戒というよりも、思い思いに座りだらけている様子の、竹泉と多気投の姿があった。

 

「ヨォ。どーしてわざわざこんなヘヴィな代物を引っ張りだしたんだぁ?」

 

 塹壕の縁に腰掛けている多気投が、同塹壕内の一点を中止しながら発する。その視線の先、塹壕の中心部には、三脚を用いて据え付けられた、仰々しい外観の代物が鎮座していた。

 92式7.7㎜重機関銃。

 太平洋戦争中、陸軍時代に運用されていた九二式重機関銃が、名称を変え改良を受けた後に再び採用及び再生産された物だ。

 拠点防護を主目的として陸隊に採用された当火器であったが、分隊支援火器及び軽機関銃に値する火器の陸隊での採用が遅れた経緯もあり、それ等の役割を肩代わりするケースも日常的に発生した。しかしその重量を始め、取り回しに大きな制約のある当火器のその範疇を越えての運用は、長らく隊員に嫌な顔をされる事となった。

 代替となる5.56㎜機関銃MINIMIや7.62mm機関銃FN MAGの採用配備に伴い、徐々に後方装備、もしくは退役となりつつあるが、一部では現在も現役であり、隊員からは信頼され、そして煩わしく思われている。

 そんな経緯と背景を持つ足元の重機を、訝しむ様子で見下ろす多気投。

 

「お姫様のお助けに行った小隊が、こっちのナイトの装甲を5.56㎜で貫けなかったんだと。んで、7.62㎜と7.7㎜クラスの火器をあるだけ引っ張り出したんだとよ」

 

 多気投の疑問の声に対して、竹泉が当重機が用いられる事となった経緯を説明。そして気だるげな口調で「だからってこんな面倒な代物まで、引っ張り出さんでも良さそうなモンだがなぁ」と付け加えた。

 

「――お?ヨォ、お帰りだぜぇ」

 

 多気投が壕に近づく気配に気づき、そして振り向く。視線の先にこちらに向けて歩いて来る策頼と、それにトテトテと追走して来る出蔵の姿が見えた。

 

「お疲れさまでーす――あ、丁度コーヒー淹れてる」

 

 壕まで歩んで来た出蔵は、壕内で簡易コンロにより沸かされているお湯や、コーヒー豆の袋に目を留めて零す。一方の策頼は、何も言わずに壕の端に腰を掛けた。

 

「お?出蔵も一緒かぁ。あのウルフのねーちゃんに付いて無くていいのかぁ?」

「えぇ、あの子また寝ちゃいましたんで、一服しに来ました。それにすぐ戻りますよ」

 

 掛けられた多気投の問いかけに返しながら、出蔵も壕にちょこんと腰掛ける。

 

「容体はどうなんだぁ?」

 

 そこへ今度は竹泉から言葉が飛ぶ。

 

「体の方は、想定していたよりは酷くは無いです。獣人……って言うんですかね?人よりも強い体をしているみたいなんで。でも……精神面はかなり難しい状態です……」

「オーゥ……」

 

 問いかけに、出蔵は狼娘チナーチの容態を説明する。それを聞いた竹泉は微かに渋い顔を作り、多気投はなんとも言えないと言った声を上げた。

 

「――でぇ、オメェはどんくらい食らって来たんだよ?」

 

 竹泉はそこで話題を切り替え、壕の端で一点を見つめ続けている策頼に言葉を振る。

 

「24時間、原隊での謹慎を命じられた」

 

 それに対して、静かに一言だけ答える策頼。

 策頼は、野盗の頭の男に対する独断による暴行を問題とされ、先程まで陸曹等の元へと出頭していた。そしてそこで謹慎処分を下されたのであった。

 

「ハッハァー!つまりほとんどお咎めナッシングだなぁ、良かったじゃねぇかぁ!」

 

 その内容に、揚々と言葉を上げて返す多気投。彼の言う通り、策頼に下された処分は、ほとんどお咎め無しも同然の物であった。それは今の状況で、要員を遊ばせておく余裕は無いという部隊側の理由も助けての物であった。

 

「――なぜあんな非道が存在する」

 

 その言葉に答えてか、はたまた一人呟いた言葉かは取れないが、策頼はそんな一言を零す。

 

「世の中なんざ、一枚剥がしゃそんなモンだろぉよ」

 

 それに対して、竹泉がいつもの皮肉気な口調で言葉を飛ばした。

 

「……あ、お湯沸きましたよ」

 

 なんとも言えない表情を浮かべていた出蔵が、そこで簡易コンロの上で沸いたポットの湯を見止めて、声を上げる。

 

「よっしゃ、俺様特製を今から淹れてやるぜぇ!」

「普通に作れよ普通に」

 

 そして多気投が意気揚々とコーヒーを淹れに取り掛かり、竹泉がそれに忠告を飛ばす。

 

(コーヒーもいいけど、できればホットチョコが飲みたいなぁ……)

 

 その様子を眺めながら、出蔵は内心でこの場では叶わぬ要望を浮かべる。そんな彼女が、背後に気配を覚える。振り返れば、視線の先にこちらに向けて歩いて来る制刻の姿が見えた。

 

「あ、お疲れさまでーす」

「変わりねぇか?」

 

 バインダー片手に現れた制刻に、言葉を返す出蔵。そんな出蔵にバインダーを軽く振り上げて返しながら、制刻は各員に目を配り発する。

 

「特にはねぇよ」

 

 尋ねる言葉には竹泉が返す。

 

「よぉし、聞け。明日は0800から行程を再開する。ただし、策頼が面倒を食らっちまったからな――」

 

 制刻は明日、4分隊からは策頼が一時的に外れ、その穴埋めとして出蔵から組み込まれる事を説明する。

 

「なぁんで出蔵なんだよ」

「街の医療機関を尋ねたいんです。獣人――あの狼の娘を診る上で、人と違う注意点とかがあるといけないんで」

 

 竹泉が疑問の声を上げたが、それには出蔵当人から理由の説明がなされる。

 

「以上だ。何か質問は?」

「あー、特にはねぇぜ」

 

 制刻の問いかけに、多気投が返す。

 

「おぉし。まだ残党が戻って来ねぇとも限らん。油断はしねぇようにな」

 

 そう忠告すると、制刻は壕を立ち去って行った。

 

「――あいつだけは通常運転だな」

 

 各員が戦闘疲れや日中に目の当たりにした凄惨な光景の記憶に、少なからず身心に疲弊を見せている中、まったくそういった様子を見せていなかった制刻に、竹泉はそれを見送りながら呆れの混じった声を零す。

 

「まぁ、昼間のバトルに関しちゃ、なかなかハイになれたぜ!」

「あぁ、ここにも似たようなヤツがいた」

 

 しかし続けて、日中の戦闘を思い返した多気投が元気を取り戻したように声を上げ、竹泉はそちらにも呆れた目を向ける。

 

「――自由さんに関しては、樺太の戦線を経験者だから、慣れてるのかもな」

 

 そこへ策頼がそんな言葉を零した。

 

「自由さん。〝樺太事件〟の経験者なんですか?」

 

 それに対して、出蔵が言葉を返す。

 樺太事件。正式名称、〝樺太県侵犯事件〟。

 今から二年前に起きた、ロシアクーデター軍による日本国領土、領海及び領空侵犯事件だ。

 事の経緯は、ロシア政府及び軍内部の過激急進派閥がロシア国内でクーデターを起こした事に発する。保守的な姿勢を続けていたロシア現行政府に代わって、実権を与奪したクーデター政府及び軍は、程なくしてかつてのロシア、ソビエト領であった各地に侵攻を開始。

 樺太島南を有する日本国の国土。樺太県にもその手は伸びた。

 クーデター軍は北樺太――サハリン及びロシア本土より樺太県に進出。日本側は当初は混乱に陥り一時的に押される事となったが、やがて態勢を立て直して反抗に乗り出た。

 陸は樺太方面隊を主体に、北部方面隊や東北方面隊各隊も増援として投入され、樺太の地にて、侵攻の主体であるクーデター陸軍と衝突。

 海では集結した護衛隊群と、新編されたばかりの航空護衛群(事実上の空母打撃群)がクーデター軍海上戦力と交戦。

 航空隊も、各航空団の飛行隊を始めとする部隊を樺太空域に投入し、航空優勢確保、及び地上、洋上への対応、支援に努めた。

 一時的に各地を混乱に陥れたロシアクーデター政府および軍の施策であったが、それは性急な物であり、やがて各地で破綻を起こした。樺太に進出したロシアクーデター軍極東方面軍もその影響を受け、やがて満足な応援、補給を受ける事ができなくなり疲弊を始めた。

 対する日本側は、後方からの応援を受けて次第に態勢を整え、巻き返しを開始。南北樺太の国境線までクーデター軍を押し返した所で、ロシア本国のクーデター政府及び軍は、ロシアの現行政府指示派によって鎮圧、無力化され、これに伴い樺太での戦闘は集結した――。

 ――そんな多くの日本国民のとっても記憶に大きく残り、そして新しい事件の名を思い返し口にする出蔵。

 

「らしい。当人からじゃなく、河義三曹や他の人からの又聞きだが」

「マジかい――しかし、ありゃぁビビったよなぁ。日本にとっちゃ、30年ぶりの派手なドンパチだったんだろぉ?」

 

 策頼の言葉を聞き、多気投は驚き、そして当時の事を思い返しながら発する。

 

「俺等はそん時ゃハワイを拠点にフリーでやってたから、半分他人事だったけどなぁ」

 

 対する竹泉は、どこか白けた様子で多気投の言葉に続ける。

 

「当時あの人は、北海道を離れて樺太の部隊に出向していたらしい。そこに事件が起こったんだと」

 

 そこへ説明の言葉を続ける策頼。

 

「そんでバトルを経験して、ハジけた性格になったのかぁ?」

「じゃねぇの?」

 

 それを聞き、多気投が疑問を呈して竹泉がそれに適当に返す。

 

「それは違うな」

 

 しかしその時、竹泉等のそんな言葉を否定する声が、背後から響いた。各員が振り向けば、そこに82式指揮通信車の車長である、矢万の立つ姿があった。

 

「矢万三曹?どうしました?」

「一服中だ。そこに言い香りがしたんでね、御馳走になれないかと企んでお邪魔させてもらった」

 

 出蔵の疑問の声に返しながら、壕の縁で屈む矢万。

 

「オーダー一人前、追加だなぁ」

 

 矢万の言葉を聞いた多気投は、陽気に発しながらカップを一つ増やし、コーヒーを注ぎ始める。

 

「よぉ、違うってなぁどういう事でござんしょ?」

 

 そして竹泉が、礼儀に掛ける口調で矢万向けて尋ねる。

 

「自由のハジけっぷりだよ。あいつは樺太で変わった訳じゃない、前からずっとああだ」

「そうなんですか?」

 

 出蔵の疑問の言葉。それに「あぁ」と答え、多気投の手により配られるコーヒーを受け取りながら、矢万は当時の話を始める。

 当時の事件の発生を受け、樺太の地には多くの部隊が投入された。矢万等の所属する〝第1野砲科団〟もそれに漏れず、増援として投入されたという。

 樺太での戦闘は苛烈を極め、その中で人が変わってしまった者も多くいたそうだ。しかしその中で矢万は、新隊員教育隊時代に同期であった制刻と偶然再会し、別の意味で驚かされた。制刻はその時には相当の戦いの場を経験していたようであったが、その様子は教育隊時代のスタンスとまるで変る事無く、そしてまたその様子で、矢万の前でも平気で戦う様子を見せたという。

 

「マジかい」

「ハジけてるとは思ってたが、根本からどうかしてやがったのか」

 

 矢万から話された言葉に、多気投と竹泉はそれぞれ驚き呆れた様子の言葉を零す。

 

「俺も驚かされるばかりだよ、教育隊時代から普通じゃないのは知ってたが。ただ最後に何を驚いたかって、そこまで戦ってりゃ本来なら英雄扱いだろうに、なんでかアイツは〝予勤〟から士長に降任処分食らって帰って来やがった」

「えぇ……」

 

 矢万のその説明に、出蔵が困惑の言葉を零す。

 説明を挟むと〝予勤〟、正式制度名称〝准曹勤務予備者たる士〟とは陸隊において三等陸曹と陸士長の間に置かれている階級で、陸軍時代における伍長勤務上等兵に似た制度である。

 

「何やらかしたんだよ」

「さぁな。何か当時、上と折り合いが悪そうにはしてたが」

 

 何度目かの竹泉の呆れの言葉に、矢万も分からないと言葉を返す。

 

「――何にせよ、そんなハジけたヤツだから、こんな妙な世界に呼び寄せられたのかもな」

 

 最後に矢万は、推測の言葉を発して、カップに口を付けてコーヒーを啜る。

 

「一緒に飛ばされた俺等はいい迷惑だぜ!」

 

 そして竹泉は、顔を顰めて吐き捨てた。


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