―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
調達隊側は82式指揮通信車と大型トラック一輌、そして重装備と人員の半数を街の外で待機させ、街へ入るために残りの車輛2輌ともう半数の人員、そして最低限の護身装備を抽出編成。
街の兵団側は事前に街の中へ通達を走らせ、そして規制整理を行い、調達隊を誘導するための騎兵部隊を用意。
両者の折衷案、及び成された対策の元で、調達達はようやく城門を潜り、街へと入った。
「案の定、凄まじい悪目立ちっぷりだな」
街へと入り街路を進む大型トラックと小型トラックの2輌の内、後ろを行く小型トラックの上で、ハンドル握る竹泉が呆れた声で零す。
街路は広く、車列は騎兵の先導護衛の元、難なく進んでいたが、その道中多くの住民たちの視線を集めていた。事前に兵団側により通達が成されてはいたが、それでも住民達の顔には驚きと警戒の色が浮かんでいた。
「皆身構えてばっかだなぁ――ヘェイ皆の衆、そんなにビビってくれるなってぇ!俺等は陽気なスターだずぇ!」
そんな陰気な視線の数々を居心地悪く思ったのか、小型トラックの後席上で多気投が立ち上がり、両手を広げて周囲に向けて高らかに声を張り上げた。
しかし人並み外れた体躯の多気投の、叫び上げる姿を見た住民達は、揃って一層その顔を強張らせる。そして「オーク……?」「いや、トロルの亜種かも……!」等と言った困惑混じりの声が聞こえ来て、仕舞にはどこかで子供の泣き声まで聞こえ出した。
「多気投……!」
そんな多気投の行動に、助手席上から河義が咎める声を上げる。
「何の話ですか」
「おい、どっかでガキが泣き出したぞ」
そして多気投の台詞に対して出蔵が困惑混じりの突っ込みを入れ、竹泉は子供の泣き声を聞き留め再び呆れた声を零す。
「皆さん……!申し訳ありませんが住民は不安がっています、それをさらに脅かす行為はお控え願えますか……!」
挙句、小型トラックの近くを追走していた騎兵から、注意の言葉を受ける羽目になった。
「オーゥ、俺っちは不安がってるオーディエンスを和ませようと思ったんだずぇ?」
「オメェのパフォーマンスじゃ却って悪化する。座ってろ」
口を尖らせて不服の言葉を零した多気投、それに対して制刻が白けた口調で告げた。
「何をやってるんだアイツは……!」
先を走る大型トラックの助手席。その助手席ドアの開いた窓から半身を乗り出し後方を向いた麻掬が、後続の小型トラック上で騒ぎを起こした多気投を見止め、呆れ混じりの悪態の声を零す。
「ははは、なかなか独特な方々がいらっしゃるのですな」
一方、大型トラックの助手席側に馬で並走していたエレノムは、笑いの声を零した。
「すみません……せっかくお手間を掛けていただき、通して頂いたのに、結局騒ぎとなってしまった」
「ある程度は仕方ありますまい。――所で、皆さんは荒道の町での一件だけでなく、こちらへ向かわれる道中でも、野盗に遭遇したとの事でしたな」
エレノムは麻掬の謝罪に擁護の声を返し、そして先には発された伝令が伝えたのだろう、森での野盗の一件について言及した。
「はい。私達は道中の森で再び野盗と遭遇し、それらを相手取り抑えました。今回の訪問には、その事をお伝えしたいという目的もあるのです」
「詳しくお伺いさせて頂きたいです。まずは、兵団の司令部庁舎にご案内しましょう」
調達隊はエレノムを筆頭とする兵団の案内により、街の中心部に存在する兵団の司令部庁舎に到着。隊は各案件の調整及び報告を兵団側に行うために、麻掬と河義等陸曹を。そして各戦闘で矢面に立った制刻を、当時の説明のための要員として抽出し、兵団の出迎えを受け司令部庁舎へと通された。
司令部の来賓室へと通された麻掬は、まず自分達の置かれている状況の大まかな部分を説明。特殊な状況により人員に偏りがあり幹部、士官クラスの人員を出せず、司令官が直々に話の場に出て来た兵団側に対して、こちら側の代表者が陸曹、下士官クラスの者となってしまった事を謝罪。しかしエレノム始め兵団側は、特段それを問題視した様子は無く、麻掬等を代表者として受け入れた。
それを受けた上で麻掬等は、改めて自分達の来訪の目的を説明。一つが物資調達が目的である事、そしてもう一つが森で発見した野盗の一件の報告引継ぎが目的である事を伝え、そして野盗の一件に関する一連の詳細を、エレノム達に説明した。
「なんという事だ……」
野盗の一件の詳細を聞かされ、エレノムはそれまで温和な色を崩さなかったその顔を、始めて苦い物へと変えた。
「まさか街の目と鼻の先の地で、そのような事態を許すとは……」
そしてどこか悔し気な口調で言葉を零すエレノム。
「この地の状況は、私達も聞き及んでいます。対魔王戦線――でしたか?それに対する派遣の影響で、治安維持が難しくなっているとか」
それに対し麻掬は聞き及んでいたこの地域の現状を思い返し、兵団側の実情を察する声を上げる。
「えぇ、その通りです。しかし、それにしても――」
のっぴきならない理由が兵団側にもあるとは言え、それを踏まえても街に近い地で野盗の蛮行を許したことは、屈辱的な思いなのであろう。エレノムは苦々しく言葉を吐いた。
「司令さん。ここまでいくらかの町や村を見て来たが、基本的にコミュニティを一歩出れば、法の及ばねぇ無法地帯って認識じゃねぇのか?」
「制刻!」
その時、麻掬の腰かけるソファの背後で、いささか緩い姿勢で立ち構えていた制刻が言葉を挟む。その不躾な態度に、麻掬に隣席していた河義が叱責の声を上げるが、制刻が気に留める様子は無い。
「あぁ、基本はその通り。――しかし兵団は、以前は町や村に限定せず、国内領地を広域に渡って巡回し、治安維持に努めていた。以前であれば、このような事態を許しはしなかっただろう」
一方エレノムは気分を害した様子は見せず、制刻に合わせて言葉を崩し、質問に回答して見せる。
「それが、魔王の登場で今はグズグズのパーって事か」
再び不躾な態度で言葉を返す制刻。その元では、ソファ上の河義がもう咎めても無駄な事を察し、片手で額を抑えている。
「その通りだよ……」
「どこもかしこも、魔王だな」
エレノムは肯定の言葉を返し、制刻は呆れの色の混じった声で呟いた。
「――いや失礼。みっともない姿をお見せしてしまいましたな。何にせよ、二度も事態を解決して下さった皆さんには、感謝の言葉しかありません」
そこで姿勢を改め、エレノムは礼の言葉と共に、麻掬等に向けて頭を下げた。
「よしてくださいエレノム司令官……!私達はその場に居合わせ、出来る事をしたに過ぎません」
そんな姿勢を見せたエレノムに、麻掬は少し慌てた様子を見せて促す。
「いいえ。皆さんにはこの地の治安を預かる者として、そして一人の親として礼を言わなければなりません」
しかしエレノムはそんな言葉を返す。その言葉の後半部分の示す所に覚えが無く、麻掬等はその顔に疑問を浮かべる。
「親――というと?」
「あなた方が荒道の町で救っていただいた商隊。その中には、私の娘と孫達も含まれていたのですよ」
そして零された麻掬の言葉に、エレノムそんな事実を発する。
エレノムは伝令だけで無く、つい先日荒道の町を経由してこの街に辿り着いた娘から、隊の存在について聞き及んでいた事を説明。加えて娘や孫達から、「最初は別のならず者かと思った」「まるで魔物と見紛う者までいた」、等と言った話を伺っていた事を、その顔に少しの笑みを戻して話して見せた。
「そういや、んな事あったな」
エレノムの話を聞き、制刻がその時の事を思い返して呟く。
そんな伝聞の元凶であろう制刻当人の淡々とした姿勢を、麻掬や河義は呆れ、あるいは苦い表情で振り向き見上げる。
そして一方で、エレノムが当初から自分達に対して好意的であり、異質な自分達に便宜を図り、街へ大きな制約無く招き入れた理由を察した。
荒道の町で野盗に対応した実績が無ければ、街への来訪がもっとハードルの高い物となり、制約も多かったであろう事を知った麻掬等。しかし麻掬等は同時に、商隊が襲撃に遭った事など他人の不幸が、自分達にとっては結果好転的に働いた事に、複雑な心境を抱いていた。
「エレノムさん。先ほども申し上げましたが、私達は偶然その場に居合わせ、皆さんを助ける事ができたに過ぎません」
麻掬はエレノムに向き直り、もう一度その旨を発する。
そして森での一件について、自分達だけでのこれ以降の対応は難しく、この地の治安維持組織である兵団の協力が必要である事を申し出た。
「もちろんです、本来は我々の成すべき役目。事態を、あなた方からお引継ぎしましょう」
それをエレノムは承諾。事態を引き継ぎ対応するために、兵団から一部隊を割き、森へと派遣する事が約束された。
それから麻掬等は兵団側に現在の状況の詳細報告と、現段階で行える限りの調整を行い、司令部庁舎を後にした。
そしてもう一つの、本来の目的である各種物資資材の調達行動に取り掛かり、各員は各々に割り振られた分担の元、街へと繰り出した。
「人狼と言っても、治療、診察の上で特段人と変わるような所は無いそうです」
「そいつぁ良かった」
街の中の街路を、制刻と出蔵が会話を交わしながら歩んでいる。
二人は街にある医療機関、及び薬剤を取り扱う店舗施設の訪問を担当。医療機関では保護した狼娘チナーチのため、獣人を診察治療する上での注意点等を聞き尋ね、薬剤を取り扱う施設では有用と思われる医薬品や機材の調達補充を行った。
「ただ、やっぱり難しいのは心のほうですね……」
「そこは、摩訶不思議世界でも簡単にはいかねぇか」
「えぇ……」
出蔵はチナーチに対して出来る限りのケアはするが、それ以上は時間と本人次第になってしまう事を、苦い表情で告げた。
「――あ」
そんな会話を交わしていた所で、出蔵が何かに気付き声を上げる。制刻も同時に視線の先の存在に気付く。二人の進行方向の少し先、街路の端に小型トラックが停車されている姿が見えた。そして小型トラックの助手席上には、遠くからでも一目でわかる多気投の巨体が見て取れた。道を行く住民達は皆、小型トラックとそれに乗る大変目立つ容姿の多気投に、好奇あるいは警戒等多様な視線を向けていた。しかし当の多気投は遠目にもそれを気にした様子は無く、歌でも口ずさんでいるのだろう、その巨体をリズミカルに揺らしていた。
「――お、ヨーォ!」
そんな所で制刻等が歩み近寄ると、それに気づいた多気投は振り向き、陽気に声を投げかけて来た。
「石油精製絡みのブツは集まったのか?」
対する制刻は開口一番に尋ねる。
多気投、竹泉の石油精製に関わる知識を持つ二人は、精製の上で必要な物資機材の調達を担当していた。
「あぁ、大体の所はあつまったぜぇ」
多気投は答えながら、小型トラックの後席に視線を向ける。後席の座席や床には、包や機材が雑多に詰められた木箱などが多数詰まれていた。
多気投は訪問した機材の販売取扱い施設で、基本的なガラス器具や応用できそうな物は買い攫えた事。一部要望に合う物が見つからない機材もあったが、その取扱い施設がある程度のオーダーメイド品の受注を受け付けており、発注を掛けた事等を説明して見せた。
「そいつぁいい」
多気投の言葉に、制刻は端的に呟く。
「あれ?じゃあここでは何をしてるんですか?」
しかしそこで、出蔵が疑問の声を上げた。
「あぁ――一部揃わねぇブツに関して、そこのオーナーからこっちのショップを紹介されたんだけどよぉ」
多気投は発しながら、小型トラックに隣接して建つ一軒の建物に目を配る。
「どーにもここが色んなモンをオールラウンドに扱ってるショップみたいでなぁ、竹しゃんが夢中になっちまって出て来やしねぇんだぁ」
多気投の視線を追って、二人はその一軒の店舗に視線を送る。
その店は、内外に統一性のない品物が無造作に並び、どこか胡散臭さを醸し出している。そして店の窓越しに、その内部に竹泉の姿が見て取れた。
「しゃぁねぇヤツだな」
呆れた声で呟いた制刻は、店の扉の前に立ってそのノブに手を掛けた。
統一感の無い様々な品物が並ぶ建物内。雑貨屋の体を取るその施設の店内では、竹泉が並ぶ商品を眺め漁っている。一方店内に設けられたカウンターでは、店主と思しき青年から中年の間といった風体の男性が、肘を付き少し辟易とした表情で竹泉の姿を追っていた。
「よぉ店主、こいつは?」
竹泉は並ぶ品物の中から一つを取り上げ、店主の男性に向けて振り向き尋ねる。竹泉が手にしたのは、剣身の中心線が空洞になった奇妙な剣であった。
「うん?あぁ、それは機械剣の一種だ、内部に小さな刃を仕込んで飛ばせるんだよ」
「ほぉ、そいつは面白れぇ」
言いながら、竹泉はまるで傘のように一つの入れ物に束ねられた剣の山に、その機械剣を戻す。
「お客さん……色々買ってくれんのはうれしいんだが、あんまり長居するのも正直勘弁して欲しいんだが」
店主はそんな竹泉の背中を視線で追いながら、渋い顔で要望の声を発する。店主の隣、カウンターの上には多数の機材や書物等が雑多に積み重ねられている。これらは全て、竹泉が購入を決めたこの店の商品であった。
「まぁ待てよ。こっちは色々入用なんだよ」
しかし竹泉は店主の言葉に構わず、物色を続ける。
「勘弁してくれ……」
そして店主は最早隠そうともせず、ウンザリとした声を上げる。
店の出入り口の扉が開かれたのはその時であった。
「っと、いらっしゃい――ぉぉぅ……!?」
それに気づきお決まりの文句を発した店主だったが、彼は次の瞬間に思わず目を剥き、驚きの言葉を零した。新たに入店して来た存在が、巨体で、そして酷く歪で醜い風体の人物であったからだ。
「邪魔する」
その酷く歪な風体の人物――すなわち制刻は、店主のその反応を大して気に留めた様子も無く、言葉を返す。
「あん?自由か」
一方の竹泉は、物色を中断する様子を見せず、片手間に制刻の姿を見た。
「お客さんのツレかい……?」
店主は竹泉の反応と、そして両者が類似した服装に身を包んでいる事から、二人が関係者である事に察しを付ける。
「あぁ、不本意だがな」
竹泉は店主に背中を向けたまま、肯定の言葉を飛ばす。
「長ぇ事居座ってるようだが、ここはそんなに面白ぇか?」
そんな竹泉に、制刻は呆れの混じった声を投げかける。
「あぁ、中々良いガラクタ屋だ。興味深いモンで溢れてる」
「掘り出し物屋と言ってくれ」
竹泉の評価の言葉に、カウンターで頬杖をつく店主は、不服そうに発した。
「悪ぃな、ウチのが面倒掛けて」
「まぁ……色々買ってくれてる分にはいいんだけどな」
制刻はカウンター前に立ち、店主に向けて不躾な謝罪の言葉を送る。一応の謝罪を受けてか、それに対して店主も一応のフォローの言葉を述べて返した。
「で、この山が竹泉が興味を示したブツの数々か」
そして制刻はカウンターに積まれた、竹泉が購入を決めた商品の数々を一瞥する。そして積まれていた数冊の書物の、一番上にあった一冊を手に取る。何気なく取った物だったが、その書物の表紙に書かれたタイトルが、制刻の目を引いた。
―この地は周る―
表紙に書き記された異界の文字は、そんな意味に訳され制刻の脳裏に飛び込んで来た。
制刻はその書を開いてページをめくり、目を通して大体の内容を攫えて行く。
要約するとその書物には、この地は宇宙に存在する天体であり、太陽を中心に軌道に沿い周っているという、いわゆる地動説を説く内容が記されていた。
元居た世界では最早誰もが知る事であったが、制刻はハシア達勇者とのファーストコンタクトの際に、この世界では未だ天動説が通説である事を確認しており、その事を思い出す。
そしてその世界で存在するこの地動説を説く書物が、異質な物であると気付いた。書物はさらにページをめくって行けば、この異世界の地が存在する星系の、予想図までが記されていた。
「面白れぇだろ?」
制刻が書物に目を落していた所で、声が掛かる。振り向けば、商品の物色を終えたのであろう竹泉が、その背後に立っていた。
「ああ。天動説が主流の世界で、これは異質だな」
竹泉の言葉に、制刻は書物をもう一度一瞥しながら返す。
「それだけじゃねぇ。各惑星の存在、動きets――やたら細かく書かれてる。おまけに、肉眼や簡易な望遠装置じゃ観測できないレベルの惑星まで、存在が記されてる。ホラで書かれた妄想ノートにしても、出来過ぎてる。これは――」
「つまり、それだけの知識と観測技術を持つヤツがいるって事だ」
竹泉の言葉に制刻が続け、推測の言葉を発した。
「あんた等、またそんなトンデモ本によく食いつくな……」
一方、そのやり取りを見ていた店主は、両者を呆れた顔で見る。それに対して竹泉は、「その本を置いてるこの店はなんだよ」と皮肉気に返した。
「店主、この本を書いたヤツの所在は分かるか?」
「所在かい?」
そこで制刻の発した尋ねる声に、店主は訝しむ声を零す。
「この手のトンデモ本は、知り合いの仕入れ屋から安価に譲ってもらってるモンだが、それより先の事はな……」
「その仕入れ屋に尋ねて、出先を追っかける事はできねぇか?」
「機会があれば聞いてみるが、いつになるかは分からないし、確証もないぞ?」
「期間や確証は問わん。そっちの頭の片隅に、落いといてくれる位でいい」
制刻は店主の念を押す言葉を了承し、その上で要望を出した。