―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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チャプター9:「草と風の村、燃ゆる」
9-1:「不穏の地を踏む」


 邦人発見、接触するための偵察捜索行程は、その日の午後――隊の観測している時間で1300時より開始された。

 スティルエイト・フォートスティートの宿営地を発した偵察捜索隊は、今回は月詠湖の国国内を通過する最中に、特段障害に遭遇する事も無く行程を消化。月詠湖の国、月流州の東端に走る国境線を越え、隣国――紅の国へと入った。

 偵察捜索隊は82式指揮通信車1輌と、旧型73式小型トラック2輌の計3輌の車輛と、普通科4分隊の制刻等7名を含む、13名程の人員で編成されていた。偵察捜索隊自体の装備編成は、邦人に追いつくための速度機動性を鑑み、これまでと比較すると小規模な物に抑えられていた。だが不測の事態、一定の火力戦闘能力が必要とされる事態に備え、偵察捜索隊から数㎞の間隔を空けた後方からは、装甲戦力を含む一個小隊規模の部隊が追走していた。小隊は偵察捜索隊からの要請を受けた場合に、これに追いつき展開する手はずとなっており、今現在は国境線付近で待機していた。

 3輌の車輛からなる偵察捜索隊は、紅の国領内の、開けた草原が広がる地を進んでいた。車列の各車は一定の間隔を空け、先頭と殿で小型トラックが警戒に付き、真ん中に82式指揮通信車が位置し、それぞれがエンジン音を唸らせ走っている。

 

「ずっと退屈な平野だな、欠伸がでるぜ」

 

 その殿の小型トラック上に、制刻、鳳藤、竹泉、多気投の四名の姿があった。後席では竹泉が周辺の景色を退屈そうに眺めながら、そんな言葉を吐き零している。

 

「あんまり気を抜くな。この国から、よろしくねぇ噂がアレコレ聞こえて来てるってのは話されたろ」

「あぁー、了解了解」

 

 そこへ助手席上の制刻が注意する言葉を送る。それに対して面倒くさそうに返答を返す竹泉。

 

「聞かされたけどヨォ、ここはそんなきな臭ぇトコなのかぁ?」

「一体どんな国なんだ?」

 

 その竹泉の言葉と入れ替わりに、今度は同じく後席の多機投や、運転席でハンドルを握る鳳藤が、それぞれ疑問の声を上げる。

 

「紅の国――国土規模は、見るに市や小さな県、自治体程度のちんまい国だ」

 

 そんな二人の疑問に答える声で返したのは、竹泉だ。彼は後席のベンチシート上で、寝そべる姿勢で広げた地図に視線の落としながら、そして説明の言葉を続き紡ぐ。

 まず竹泉は、この近辺の地理について言及を始めた。

 隊が降り立ったこの〝地翼の大陸〟と呼ばれる地。その中央から東に掛けては、三つの大国が存在していた。一つは現在隊が野営地を置き活動拠点としている〝月詠湖の国〟。一つは大陸の東北に広大国土を持つ、〝雲翔の王国〟。これは五森の公国の砦解放のための派遣任務の際に、隊も聞き及んだ国名であった。そして最後に、大陸の東側にまた大きな領地を持つ〝剣と拳の大公国〟という名の国。

 大陸中央から東に掛けて、この三つの大国がその土地の大半を領地として占有し、その三国の隙間を埋めるように、小~中規模の国がいくつか存在している。そしてこの紅の国という小さな国は、その三大国の丁度ど真ん中に位置していた。

 竹泉の言葉は、そこからこの紅の国の成り立ちを説明する物に移る。

 この紅の国の領地は元々、周囲の三大国が所有していた地であったとの事だった。かつては三大国の国境線が面し、交差していたこの地は旅人や商隊が盛んに行きかい栄えたが、その一方で政治、及び軍事的な面で緊張の絶えない地でもあったという。

 そんな所へ目を付けたのが、当時この地を交易の拠点としていた商人達のコミュニティであった。様々な国の商人や旅人達が集い、少なくない影響力を持ち始めていたコミュニティは、周辺地域を国土とする商人達による独立国の樹立許可を各国に打診。

 それが三大国を始め各国認められ、国となったのがこの紅の国であった。

 

「元々はそれぞれの大国の領土だったのか。よくそんな中で独立ができたな」

 

 国の成り立ちを聞いた鳳藤が、感心したような訝しむような声を途中で挟む。

 

「三つの大国は緩衝地帯が欲しかったんだろうな。ゴタゴタのリスクと天秤にかけて、他二国とせーので国の端っこをくれてやる方が安いと踏んだんだろぉよ」

 

 鳳藤の言葉に対して、竹泉は予想の言葉を紡ぐ返し、そして説明を再開する。

 独立した紅の国には、商議会なる元老院制の政府が置かれ、紅の国と三大国は、この地を緩衝地帯として機能させるための多くの面倒な条約を設立し、結んだという。

 なお零れ話として、隊が最初に降り立った五森の公国は、名が示し、そして鳳藤等も実際に接触して知る通り、王族による王政が敷かれている事。現在隊が活動の拠点としている月詠湖の国は、国統なる大統領制に近似した制度を置いている事が付け加えられた。

 

「ほーん。竹しゃんてんてーの授業は為になるぜぇ」

「お前、よくそこまで調べられたな」

 

 竹泉からの一通りの説明がなされ、多気投は感心した後に茶化すような言葉を発し、そして鳳藤は少し意外そうな声で尋ねる。

 

「お買い物で仕入れた書物にいくつか目を通したら、大体の所は仕入れられた。知らねぇって事は気持ち悪ぃからなぁ。お前等も少しはお勉強に励んだらどうだぁ?」

 

 その二人に竹泉は情報の仕入れ元を明かし、そして皮肉気に促す言葉を返した。

 

「――でだ。人、物の出入りが多くて、大国の手中からも外れたこの土地は、ばっちいモンを隠す、あるいは悪だくみの拠点にするにゃぁ都合がいいんだろう」

「あぁ。森の無法者共も、どうにもこの国とつながりがあるらしい事を吐いてたらしい」

 

 区切り改めての竹泉の発言に、制刻が続ける。

 ここまでで隊が各地で遭遇し、対処して来た野盗集団の私掠的行為。

 先日確保拘束した野盗の口からこの紅の国の名が零された事から、その野盗行為を支援している存在が、この国である可能性は低くは無かった。

 さらに隊は保護したチナーチから、この国の内でも不穏な出来事が起きているらしき事を、新たに聞き及んでいた。

 

「大分、臭うだろ」

 

 それ等を思い返した上で、制刻は各員へ向けて今一度、自分達が踏み入ったこの地の不穏さをそう言い表して見せた。

 

「そんな不穏な国の中に、邦人が迷い込んでいるのか」

「よろしくねぇお話だなぁ」

 

 鳳藤と多気投はそれを聞いた上で、情勢と現在の自分等の目的を照らし合わせ、好ましい状況では無いそれに険しい顔を浮かべる。

 

「その邦人ちゃんを拾って、即効Uターンおさらばかます。そう運んでくれんのがベストだがねぇ」

 

 続けて竹泉が、そんな要望の言葉を発する。

 

「邪魔が入る可能性は低くねぇ。油断をすんな」

「嫌だねぇ」

 

 対して制刻が忠告を竹泉始め各員へ促す。それを聞いた竹泉は、心底嫌そうに顔を顰めて零した。

 

 

 

 偵察捜索隊が紅の国に踏み入り、邦人を探して行程を進めていたその頃。当の捜索されている身である水戸美とファニール達勇者一行は、小休止と情報収集のために、行路の途中にある〝露草の町〟という名の小さな町に立ち寄っていた。

 その町の中にある一軒の酒場の中。そこに勇者一行の護衛騎士、クラライナの姿があった。

 

「それだけか……?」

 

 酒場の店内に設けられたカウンターの前に立つクラライナは、眉を顰めながらそんな言葉を零す。

 

「ああ、ウチで教えられる事はこんな所だな」

 

 そのクラライナに、カウンターを挟んで反対側に立つ男――この酒場の店主から返事が返された。

 

「情報としては、幾分曖昧ではないか?」

「おいおい騎士様。これでも貴重な〝宝具〟の情報なんだぜ?」

 

 続け訝しむ様子で発したクラライナに、店主はそんな言葉を返す。店主の言葉から出た宝具というのは、ファニール達勇者が探し求めている、かつて魔王を倒したとされる〝力〟の一形態を指す言葉であった。

 ファニールやクラライナはその力の手がかりを求めて、この町で情報を集めている最中であり、クラライナはその一環としてこの酒場を訪れていた。

 

「だが、すまないが何か信憑性に欠けるように思える……」

 

 釈然としない様子で零すクラライナ。各地に散らばり存在しているという〝力〟の情報は、しかし噂が独り歩きした物や、その価値を利用しようと企んだ偽の情報等も多かった。

 今しがたクラライナが聞き及んだ情報も、いささか精度に欠ける物であり、クラライナはこれを虚偽の情報である可能性を疑ったのであった。

 

「やれやれ。何にせよ、うちからはこれ以上出せる情報は無いぞ」

 

 そんなクラライナに対して、突き放すような態度で言う店主。

 

「あとは、お客に聞いて回るんだな。――アンタの容姿で媚びて擦り寄れば、何か話してくれるヤツがいるかもしれないぜ?」

 

 そして店主はやや品に欠ける笑みを浮かべ、揶揄うようにクラライナに向けて言う。

 

「ッ……悪いが、それは遠慮しておく。――失礼する」

 

 そんな店主にクラライナは鋭い目つきを作って返すと、身を翻して酒場を後にした。

 

 

 

 町の中心部。広場が中央に設けられ、周囲にいくらかの商店等が並ぶ交差路に、水戸美とファニールの姿があった。

 二人もまた町中で情報収集に当たっており、今はそれを終え、クラライナと合流すべく彼女を待っている所であった。

 

「あ、クラライナさんです」

 

 広場を見渡していた水戸美は、そこで視線の先に人影を見止め声を上げる。水戸美の視線の先に、こちらへと向かってくるクラライナの姿があった。

 

「クラライナ、こっちこっち」

 

 ファニールも同様にそれを見止め、声を上げる。直後にクラライナはそれに気づいた様子を見せ、歩み寄って来る。

 

「すまない二人とも、待たせた」

 

 詫びる言葉を発するクラライナ。対して二人は、彼女のその顔が何か難しい物になっている事に気付いた。

 

「どうしたの?怖い顔して」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 その事に気付き、案ずる声を掛ける二人。

 

「あぁすまない、少しつまらない事があってね。――宝具に関する情報なのだが、一応聞けたには聞けたが、どうにも信憑性に欠ける物だったよ」

 

 二人に対してクラライナはぼやくように発し、そして酒場で得られた情報の詳細を説明して見せた。

 

「うーん、確かになんか怪しい情報だねー。――やっぱり、予定は変わらずだね」

 

 クラライナの言葉を聞き、零すファニール。

 ファニール達は今現在、一つの〝力〟の所在の情報を入手しており、それを目標として今いる紅の国を抜け、北にある隣国へ入る事を予定としていた。もしも別に確度の高い情報が手に入ったのなら行路を変更することも考えたが、得られた情報は信憑性に乏しい物だと分かり、ファニールは引き続き現在の目標を本命として目指す旨を発した。

 

「だな。――そうと決まれば、早く出発した方がよさそうだ」

 

 ファニールの言葉を受け、クラライナはそう促す言葉を発すると共に、チラリと周辺に視線を送る。

 

「だね。なんかこの町、ちょっとピリピリしてるし」

 

 同様に周囲に視線を向けながら発するファニール。この町に入って以来、彼女達が住民から感じ取れる空気はお世辞にも大らかな物では無く、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

 

「その――失踪事件?とかが関係してるんでしょうか?」

 

 そこで水戸美が、道中で話聞かされた、この国で立て続いているという失踪事件について言及する。

 

「あぁ。――それに、叩けば他にも何か出てきそうだ」

 

 対してクラライナはそんな勘繰る言葉を返す。

 

「できれば、見過ごすことはしたくないんだけど」

「口惜しいが、私達は少数――それも駆け出し一行だ。無闇に首を突っ込む事は蛮勇、本来与えられた役割を全うする事こそ、ゆくゆくは混乱を収めて平和を取り戻すための近道と考える」

「そうだけど、なんだか勇者を名乗る事に引け目を感じちゃうなー」

 

 クラライナは諫め説く言葉を発したが、対するファニールは口を尖らせながら、己の力不足を感じてかそんな言葉を零す。

 

「そんな……お二人とも、あんなに強いのに」

「私達の力など、ごく限られた場面でしか力とならない物さ。大局に影響を与え、国や人々を動かすには、到底達しない」

 

 そこで零された水戸美の言葉に、クラライナは自虐的な物言いで返した。

 

「気持ち悪い感じだけど、出発して先を急ごうか。クラライナの言った通り、力を手に入れてモノにする事が、まずボク達の目指すべき所だ」

「あぁ。すれば、変えられる物、解決できる物も増えるかもしれない」

 

 二人は、己に言い聞かせるように、後ろ髪を引かれる思いを払拭するように言葉を口にする。そして三人は町を発つために動き始める。

 

「……あいつ等」

 

 そんな彼女達を建物の影から睨む、一つの人影があった――。

 

 

 

「間違いないのだな?」

「はい。確かに森で会った、勇者の小娘共でした」

 

 町の中にある一つの建物内の一室。少しばかり上品な一室には、置かれたソファにそれぞれ腰掛ける壮年の男と中年の男の姿がある。そして壮年の男の発した尋ねる言葉に、その脇に立つ一人の男が答えた。その答えた男は、先に物陰よりファニール達一行を睨んでいた――そして先日、この異世界に転移して来たばかりの水戸美を捕えようとした、ならず者達を率いていたリーダー格の男であった。

 

「ふむ……」

「エルケイム商会長、これは良い機会です。勇者を捕らえ魔王軍に引き渡せば、私達の向こうへの発言権も上がりましょう」

 

 ならず者の男の報告を聞いた壮年の男は、声と共に考えるような仕草を見せ、それに対して対面に座る中年の男が、壮年の男を名と役職名で呼びながらそんな進言の言葉を発する。

 壮年の男と中年の男は、商議会と呼ばれるこの紅の国の政治組織の人間であった。そして内の片方、エルケイム商会長と呼ばれた壮年の男は、その役職名が示す通りそのトップに位置する者であった。

 そしてこの一室では今現在、何やら穏やかではない言葉や単語が上がり、交わされていた。

 

「どうかな。少々の土産程度で期待できる連中の姿勢の変化など、たかが知れているが……しかし、手数を打っておくに越した事は無い」

 

 中年の男の言葉添えにエルケイムは訝しむ言葉を零すが、しかし言葉添えを否とする事は無かった。

 

「では俺が小娘共を取っ捕まえます」

 

 エルケイムの言葉を聞き、そこでならず者の男が申し出る。

 

「吠えるな、リーサー。その小娘相手に、痛い目を見た事を忘れたか?」

「ッ……!」

 

 ならず者の男――リーサーと呼ばれたその彼は、続くエルケイムからの一蹴する言葉に、苦渋の表情を浮かべ、そして自身の右目付近を手で覆う。

 正しくは青年と現すべき年齢層のリーサー。その顔立ちはあまり身綺麗ではない格好に反して、中性的で整ったものであったが、しかしクラライナの槍により貫かれたその右目は包帯で覆われ、痛々しい痕跡を露わにしていた。

 

「聞くに勇者の小娘共の次の目的地は、〝凪美の町〟のであるようだな?」

「は……」

 

 エルケイムの尋ねる言葉に、リーサーは悔しさの滲み出る言葉で回答する。

 

「ならば都合がいいですな。あちらの町なら、警備隊を用い、囲い込むことができましょう」

 

 そして中年の男はそのやり取りを聞き、薄ら笑いを浮かべながら発する。

 

「凪美の町警備隊への伝令、そして勇者の監視を手配するんだ。それが済んだら、お前は失った手勢を補完し、次の行動に備えろ」

「分かりました……」

 

 エルケイムはリーサーに向けて各種行動に当たるよう命ずる。それを受けたリーサーは、どこか苦い表情でその言葉を了承し、引き下がりその一室を退室して行った。

 

「しかし、勇者とは……中々厄介ですな。まさか草風の村への工作も、対処されてしまうとは」

 

 リーサーの退室を見送った後に、中年の男はエルケイムに向けてそんな言葉を零す。

 

「魔物を凶暴化させて村へけしかける等、効果はたかが知れていた策だ。勇者に関わらず、はなから期待してはいなかったさ」

「まぁ、確かに。勇者の出現を差し引いても、手ぬるさを感じる物ですな。あの獣の魔人、魔王軍の幹部と聞いていますが、少し程度を疑ってしまいますな」

 

 中年の男の言葉に対し、エルケイムはつまらなそうに答える。そして中年の男はエルケイムに同調するように言葉を続けた。

 

「やはりそれなりの手勢を差し向けなければ――すでに奴等は発したのだな?」

「は。雇い入れた傭兵共の内、一隊がすでに向かっております。しかし、よろしいのですか、ここまで大きな手に出てしまって?」

 

 エルケイムの尋ねる言葉に中年の男は答え、続けて懸念するような言葉を返す。

 

「村の村長――セノイは、おそらくすでに商議会と魔王軍のつながりに気付いておる」

「まことに?」

「やはりかつては商議会の一翼を担った男。隠居した老いぼれと侮る者もいるが、未だ健在の影響力を放置はできん」

 

 中年の男の懸念の言葉に対して、エルケイムは説く。

 

「各方の手配準備は整いつつある。その懸念となる物の芽を摘むための、多少の荒事は構わん」

「それは……恐ろしい事だ」

 

 エルケイムの冷徹な言葉に、中年の男は恐れおののく言葉を発して見せたが、その顔には怪しい笑みが浮かんでいた。

 

「笑みが隠せていないぞ」

「失礼。現役時代より、あの男の偽善的なやり方は不愉快な物でしたからな」

 

 呆れ、冷めた口調でのエルケイムの指摘に、中年の男は依然として笑みを浮かべながら答えた。

 

「ふん――こちらの事はお前に任せたぞ。私は中央府に戻り、魔王軍の者と顔を合わせねばならぬ」

「承知しました」

 

 そうして一室で交わされた、不穏な単語や内容の並ぶ会談は終わりとなった。

 

 

 

 紅の国、草風の村。

 村の村長邸の一室で村の村長セノイは、向かう机の上に並べられた数枚の羊皮紙に視線を落としている。それ等には、最近の国の商議会の動向を調べた内容や、国内で立て続いている不可解な出来事について等が、まとめ記されていた。

 

「村長、失礼します」

 

 開け放たれていた一室のドアがノックされ、同時に声が響き届く。村長が振り向けば、一室の出入り口に立つ一人の男性の姿があった。

 

「ん?おお、イノリアか」

 

 村長がイノリアと呼んだその男性は、ファニール達のナイトウルフ討伐の際に、水戸美の要請に答えて応援に駆け付けた村人達の内の、代表格の男性であった。

 

「私の方の準備は整いました。明日一番で、月詠湖の国へと発てます」

「そうか。すまない、苦労を掛けるな」

 

 報告の言葉を寄越したイノリアに、村長セノイは申し訳なさそうに発する。

 

「いえ――しかしまさかですね。商議会が魔王軍とつながりを持っている可能性が発覚するとは」

「私も信じたくは無いよ。しかし、商議会の不審な動きの数々。なにより、中央府を探りに行ったユレンからの〝魔人〟の存在を始めとする知らせ。疑いを濃くする物ばかりだ」

 

 再び羊皮紙に視線を落としながら、重々しい言葉で発するセノイ。

 

「これらの情報で、月詠湖の国が動いてくれればいいのですが」

「それは……正直分からんな。条約の縛りもある。ここまで集まった情報だけでは、月詠湖の国側は介入に難色を示すかもしれん」

 

 セノイは苦い口調で零しながら、並べてあった羊皮紙をまとめる。

 

「だが、事態の疑いが浮かび上がった以上、何か行動を起こさねばならん。これは私達の国の、そして大陸の危機だ」

 

 そして顔を起こしてイノリアを見つめ、毅然とした声で言い放った。

 

「……おぬしはもう休め。明日は早い」

「えぇ、ではお先に……」

 

 セノイに促され、イノリアは部屋を後にしようとする。

 

「――た、大変です村長ッ!」

 

 しかしその前に、扉の向こうから一人の女村人が現れる。慌て走って来たのだろう女村人は、その乱れた呼吸のまま、切迫した表情で叫び発した。

 

 

 

 村長のセノイ達は村の東側に駆け付け、村への出入り口に設けられた見張り櫓へと上がる。

 

「あ、あれは……!?」

 

 そして櫓の上からその先に見えた物に、イノリアが思わず声を零す。彼等の目に飛び込んで来たのは、村の東側から迫る何らかの集団であった。

 

「……武装している……だが、妙に統制が取れてる。ならず者の動きじゃない……」

 

 遠見鏡――この世界で用いられている簡易な構造のフィールドスコープを、構え覗いた女村人が、先に見える集団の様子を伝える声を発する。

 

「だが国の警備隊には見えない……一体どこの――うわッ!?」

 

 櫓の見張りが疑問の声を上げかけるが、それは直後に多数の物体が飛び来た事により中断され、見張りは驚きの声を上げる。

 飛び来た物体の正体は火矢であった。

 無数の火矢が先の集団より飛来し、周辺の構造物や地面を叩き、突き刺さったのであった。

 

「こ、攻撃!?」

「村長!」

 

 女村人が事態に驚きの言葉を上げ、イノリアは村長へと声を投げかける。

 

(何と言う事だ……あれは恐らく商議会の差し向けたもの。奴等はそこまで……く!私の対応は、遅すぎたかッ!?)

 

 一方の村長は、迫る集団の正体と出元に察しを付け、悔いる言葉を内心に浮かべる。

 

「村長ッ!」

 

 そんな村長に、再びイノリアの声が掛けられる。

 

「ッ……!女子供を隠せ、動ける者は武器を取れッ!」

「は!」

 

 掛けられた声を受け、セノイは櫓とその周辺に居る村人達に命じる声を張り上げる。それを受けて、女村人を始め村人達は駆け出し散って行く。

 

「イノリア、おぬしはすぐに村を発つのだ!」

 

 村人達の動きを見送ったセノイは、隣にいるイノリアに向けて発する。

 

「は!?しかし……!」

「急げ!この事を国外に伝えるのだ!」

 

 命じられた言葉にイノリアは戸惑う様子を見せたが、そんな彼にセノイは、声を張り上げ訴え命じた。


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