ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうかⅡ 作:れいが
「じゃあ、いくよ?」
「ゔん゙...」
筒状に丸めた皮革を咥えるルノアが頷いたのを確認してから、ダフネは
彼女の背中と向き合った。
表皮が捲れ上がった首元の裂傷部に、躊躇なくあの青く発光する
焼灼剤を押し当てようとする。
ヤウージャ達が最も苦手とされる治療法を行うようだ。
ジュウゥゥゥウッ...
「ヴグゥ゙ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!」
皮革を噛み千切らんばかりに歯を食い縛って激痛に耐える。
口内にジワリと鉄錆を舐めた様な味が広がるが、歯を食い縛らなければ
耐え切れない程、激痛が走っているのだ。
自身の皮膚が焼ける臭いが鼻腔を劈き、継続して激痛は続く。
どれだけ鍛え抜いた心身であっても神経が鈍くなっていない限りは
痛覚は鮮明なため、慣れる事はない。
「はい、終わり」
耐えに耐えて焼灼剤が裂傷部を覆い隠す様に塗り終えられると、皮革を
吐き捨ててルノアは息を整え始めた。
それを気にする事なく、ダフネは使用したヘラを受け皿に投げ捨てて
椅子を少し離してから座り直す。
「...ったく!アンタがギブしないからこれする羽目になったじゃないのっ!」
「別にウチは悪くないし」
「こんの...アンタは自力で治せるけど私は治癒とかのスキルがないんだからね!?
こんな所に傷が付いてたら変に気を遣わされるじゃないの!」
包帯で隠すとはいえ、首元となると襟元から覗くため意味がない。
なのでルノアは不機嫌となっている。
ダフネは悪気があった訳ではない、と反論しようとしたが火に油を
注ぐ事になると察知し、静かに謝るのだった。
ダフネは機嫌を取ろうと、傍に置いてあったスキットルを手に取って
差し出した。
「ほら、一杯やりなよ。故郷の味だよ」
「私の故郷はここなんだけど」
腑に落ちなさそうになりつつもルノアは手渡されたスキットルを
受け取る。
飲み口を下唇に乗せて底を上に向けると、中身の液体が口内に注がれて
満杯になった所でスキットルを離した。
舌が痺れる感覚に包まれ、液体を飲み込むと喉を引っ掻く様に食道へ
流れ落ちていくのを感じてルノアは軽く咽せた。
「っかぁ!...いつ飲んでみてもドワーフの火酒が甘く感じるわね」
「初めて飲んだ時、胃の中が空になるまで吐いてたっけ」
「そうそう。目が回って立ってられなかったわよ...」
ルノアは遠い目になりつつ、その時の情景を思い浮かべて辟易しそうに
なる。
スキットルをダフネに返すと、彼女もまた中の液体を飲んだ。
彼女達が飲んでいるのはカントリップというアルコール飲料。
即ち酒である。
風味は辛く、喉が燃える様な刺激を持っており、ヤウージャ達が
飲料するのでかなりの度数があり、火を近付ければ当然、燃え上がって
しまうそうだ。
なので、飲む際には気化したアルコールに引火しないよう火元は絶対に
置いてはならない事と、室内で飲む際には液体を密封する容器に入れて
飲む事が決められている。
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「...他の長や故郷の皆はベルを長として認めてくれるのかな?」
暫くして、ルノアが包帯を巻き終えた所でダフネがそう問いかけた。
なるべく目立たないように巻いた包帯の箇所を確認しつつ、ルノアは
自身の予想を答える。
「大丈夫でしょ。儀式の規定通りに7匹を狩って、おまけに単独でクイーンも狩る事が出来たんだから。
族長評議会で異議が出るとも思えないし」
「そっか...まぁ、その時はネフテュス様が何とかするよね」
記録映像はあるので、それを見せさえすれば反対する者も黙るだろうと
思うダフネ。
異例とはいえ、成人の儀を成し遂げたベルに対して喜びは当然あり、
これまで戦い方を教えてきた甲斐があったとも思っている。
まだ血を見ぬ者。狩りの未経験者である、アン・ブラッド。
血塗られた者。成人の儀で狩る事に成功した獲物の血で自らに刻印を
刻んだ者である、ブラッド。
そのブラッドはクランの傘下に居るまではヤングブラッドと呼ばれる。
9年前。幼き頃のベルに格闘術を学ぶために相手をしたのがダフネと
ルノアだった。
狩りを始める前にアン・ブラッドは格闘術を学ぶ事から始まる。
なので、基本的な訓練はヤングブラッド以上の経験豊富なヤウージャが
教えるのだが、ネフテュスの指名で2人を教育係に任命していた。
幼いヤウージャと訓練をするのは親のどちらかが行う習わしがあり、
人間であるベルに合わせて選ばれたのだと、ダフネは思っている。
最もヤウージャの相手をしてしまえば、死んでしまう事を考慮した上で
そうしたのだろうとも。
格闘術の訓練は主に丸腰のルノアとダフネに攻撃をして、傷を1つでも
付ければ最良。
傷を付けなくても最後まで立ち続けていれば良好。
どちらもダメであれば最悪とされる。
ベルの場合は無論、最後の方だった。
それも殴る殴らない以前に、やりたくないという精神面での問題に
ぶつかったのだ。
5歳児の虫も殺せない未熟な少年にとっては酷な事だとわかっている
つもりだったが、いざそんな事になった時はどちらも困り果てたのは
言うまでもない。
訓練はアン・ブラッドの進歩に満足するまで続けられる。
クランリーダーを目標とするアン・ブラッドの闘志を洗練する事も
訓練の一環である。
成人の儀を迎えるまでに、強くならなければ簡単に死ぬからだ。
尚、進歩するまでにアン・ブラッドが生きて無事に終えられる訳では
なく、訓練中に命を落とす事も多々あるそうだ。
始まらなければどうしようにもないと2人はショーティに相談した所、
慣れてもらう事から始めた。
どうしたかといえば、打ち解け合うために2人の格闘術や狩りを見せ、
ベルが興味を持った事を噛み砕いて説明をしたりなど様々だ。
半年がたった頃、ベルが遂に戦闘術を学ぼうという意識を持ったので
特訓を開始した。
拳打、蹴りの基本動作を徹底的に肉体で覚えさせ、次の段階である
リスト・ブレイドの使い方を学ばせた。
戦闘術の訓練が完了した後、ベルは他のアン・ブラッドと共に
意図的にヤウージャの故郷に生息する在来動物を繁殖させた惑星へ
向かわされた。
必要最低限の武器を備え与えられたアン・ブラッドは各パックとして
集まり、その中で選抜されたリーダーに従って狩りを始めるのだ。
その時、ベルが組み込まれたパックにてスカー達と出会ったそうだ。
ウルフは当時、成人の儀を行っている最中だったとか。
狩りの期間は2年間。
それまでに多くの獲物を狩り続けられたパックが、その年の最高名誉に
選ばれる。
2年後、見事にベル達が最高名誉を獲得した。
しかし、瀕死だったためにベルはメディカプセルに放り込まれていた。
ともあれ、そうした経緯があってこそベルが成人の儀を成し遂げ、
長へと栄進した喜びは本物だ。
ダフネは何か不都合があるとされたなら、手助けをしようと誓うの
だった。
すると、誰かが訓練所の入り口から入ってきたのに気付く。
1人は老躯した片目を失っているヤウージャで、その背後には
3体の影が見える。
ダフネは眼の中の水晶体を薄くして、誰なのかを確認する。
「トリウコップ。シュリークにタロガとカタヌも」
見知った顔だとわかると、手を軽く上げて親しげにする。
ルノアも親しい仲らしく笑みを浮かべていた。
「今から訓練するの?よかったら相手してあげるけど?」
トリウコップは既に傷だらけになっているルノアを見て、少しだけ
悩んでいたが、大丈夫だろうと思い眉に拳を当てて承諾した。
シュリーク達もやる気があるようで、低い顫動音を鳴らしている。
「よーしっ。3人まとめて掛かって来なさい!」
「無理しない方がいいよ。というか加減してあげなよ?」
「アンタじゃないんだから大丈夫だっての」
「はいはい...」
トリウコップは元エリートでヤングブラッド達の教官を務めてます。
シュリーク、タロガ、カタヌはこちら側で言えばショタ(180cm越え)