ダンジョンで捕食者たちと獲物を求めるのは間違っているだろうかⅡ 作:れいが
移動先はナルヴィと最初に出会ったあの場所だった。
少し待つように言われ、しばらくすると何かを持ってナルヴィは
戻ってくる。
手製の細いブラシと窪んだ箇所に黄色い液体が溜まっている石の皿で、
それをティオナは受け取った。
「それじゃあ、まずは...ティオナ。そこの花を描いてみて?」
「え?花?...あの花?」
「うん、描くだけでいいよ」
「わ、わかった...」
頷くと岩の表面に花を描き始める。
表面が粗いため上手く筆先が進まず、本来は柔らかな曲線になるはずの
花弁がカクついた線となってしまっている。
更には黄色い液体の大量に筆先に染み込ませているので、描いた線から
雫が垂れていく。
やがて、描き終えたティオナは息をついてナルヴィとレイに見せる。
外見が美女であるのに対しての差異が凄まじい花の絵。
本人としては力作らしく、したり顔で鼻を鳴らした。
「どうかな?」
「そ、そノ...えっト...」
「...うん。個性的だね」
「は、はイ!個性的、ですネ!」
「...それ、褒めてる?」
「も、もちろん褒めてますヨ!?」
ジト目で問いかけられたレイは慌てふためきながら肯定する。
一方でナルヴィは気にせず、ティオナが描いた絵の横に何かを
描き始めた。
それに気付いた2人は視線をそちらに移す。
鼻歌を歌いながら表面が粗いのにも関わらず、まるでキャンバスに
描いているかの様にブラシを走らせた。
滑らかな曲線から雫が滴る事もなく、適量である事がわかる。
「...こんな感じかな」
「わぁ...」
「...すご...」
その美しい花の絵に、2人は感想を述べられなかった。
色付けもされていない黄色い線のみで描かれているが、芸術家に
見せてみれば、素晴らしい作品だと評価されるに違いない。
それほど美しいとティオナは思った。
「これを目標に描いてみて」
「え゛っ?...す、すっごく難しいし時間が掛かるような...」
「継続は力なりって知ってる?
集中して描いていけば自然と精神も鍛えられるんだよ。
ほら、描いてみなよ」
「わ、わかった...」
そうしてティオナはもう一度、花の絵を描き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ナルヴィはロキの事知ってるの?」
「うん。というか、私はロキの分身だよ」
「ふーん...んぇっ!?ロ、ロキの!?...いやいやいや!
うっそだ~。髪の色は似てるけど...」
ティオナの視線の先はドレスから除くふくよかな谷間。
どう見てもロキの分身だとは思えないので、ティオナは断固として
否定する他ない。
「...あぁ、ティオナの言いたい事はわかるよ。
分身はその神の心が反映して創り出されるから、ロキの願望でこうなってるの」
「あ、そういう事...でも、何かロキ自身が虚しくなりそうだよね...」
「実際なってたよ。揉み続けながら、ちくしょう~!って泣いてた」
「あはは...。...地上に戻ろうと思わなかったの?」
「うん。もう役目も終わったんだし、後は気楽に過ごしたいと思ってたから...
ここに居る事にしたの」
すぐそばの岩壁を撫でながら歩く。
何千もの描かれた壁画で埋め尽くされており、ナルヴィが100階層で
長らく過ごしてきた事がわかる。
「まぁ...地上に戻ったら扱き使われるだろうし、それが嫌だからっていうのもあるんだけどね」
「そっか...じゃあ、ナルヴィの事も皆には秘密にしておくね」
「ありがとう。そうしてもらえると助かるかな」
「うん。...っと、どうかな?」
「ダメ。また量が多すぎて垂れてきてるよ」
「あ...」
――――――――――――――――――――――――――――――――
数十回描き続けた結果、最初よりは進歩したものの集中力が切れた
途端にティオナは仰向けに倒れてしまった。
視界が歪み、空腹で立っていられないとの事。
そのため休憩をとる事にした。ナルヴィがどこかへ行っている間、
レイにティオナは膝枕をしてもらっている。
フサフサとした羽毛に覆われた太腿の柔らかさにティオナは
安らいでいた。
「絵を描くだけであんなに疲れるなんて思わなかったなぁ...」
「そうですカ...ですガ、一生懸命ティオナさんは頑張っていテ、とても偉いですヨ」
「えへへ~。ありがと、レイ」
自分の頑張りを褒めてもらった事にティオナは喜ぶ。
その様子を見て嬉しそうに微笑むレイ。その姿は親子そのものだ。
ふと、レイはティオナの家族について興味を持ち、問いかける。
「...ティオナさんの母...いエ、家族はどんな方々なんですカ?」
「ん~...お母さんとお父さんはわかんない。会ったが事ないから」
「え?あ...そうなんですカ...」
「うん。お父さんはそもそも誰かわからないし、お母さんとは産まれてすぐ離れ離れにされちゃうんだ。
姉妹も同じ様にね。
だから...ティオネと会えたのは本当にラッキーだったからなんだよね」
「でハ、お母さんに会いたいと思った事ハ?」
その問いかけにティオネは首を横に振った。
肉親に対しての想いはとうに薄れており、たとえ会えるとしても
会おうという気持ちは芽生えなかった。
けれど、幼き頃に唯一1人の姉であるティオネと出会った事で絆の
ようなものを感じていた。
そのおかげでティオナと殺し合う事を拒否出来たのだ。
もしも出会っていなければ...そう思うと、ティオナは最悪の事に
なっていた可能性を思い浮かべ、目を瞑り顔を顰めた。
「(...ベルはどうなんだろ?本当の家族は...居ないのかな...)」
そう考えていると、ナルヴィが戻って来た。
両手には乾燥させた丸い木の実を持っており、それを渡してきたので
ティオナとレイはそれを受け取ると重みがあるのに気付く。
中には焦げ茶色の液体がなみなみと入っていて、湯気を立てながら
甘い香りが鼻孔を擽ってきた。
「これって...」
「チョコレート。溶かして飲めるようにしてたよ」
「えぇ!?」
「チョコレート...?」
「な、何でチョコがダンジョンにあるの...?」
「原料の豆に似たような木の実と甘い蜜から砂糖を採れば作れるからね。
これでも神の分身だから考え付いた方法で何とかなるものだよ」
得意気に鼻を鳴らすナルヴィにティオナは苦笑いを浮かべつつ、
ホット・チョコレートの香りをもう一度嗅いだ。
その柔らかな香りで心が落ち着く。
熱いと思われるのでしっかりと息を吹き掛け、唇を縁に付けると
少しだけ啜る。
「...っんん~~~!甘んまい!それに美味しい!」
「よかった~。心身を落ち着かせるには甘い物が一番だよね!
レイも飲んでみて?」
「は、はイ...あっ...とても美味しいです...!」
ホット・チョコレートの美味しさに舌鼓を打つ2人にナルヴィは
微笑みを浮かべ、満足そうにした。
その後、糖分補給を行なった事でティオナは再び花の絵を描き始めた。
自分で参考となる絵を見比べてみて、納得出来ない仕上がりになると
別の場所でやり直す。その繰り返しを続けるのだった。
レイはナルヴィにチョコレートの作り方を教えてもらい、ゼノス達に
食べてもらおうとティオナと同じく努力した。