そんな創作には、必ず「怪物」がいる。
彼らは怖くて、恐ろしくて、危なくて、悍ましいものだ。
だが、本当にそんな「怪物」は存在するのだろうか?
これは、本物の「怪物」が何なのかを考えさせる物語。
森には怪物が住んでいる。
おぞましくて、怖くて、危ない怪物が住んでいる。
みんなは口を揃えてこう言う。
「あの森に入ったら、怪物に食べられてしまう」
だから、学校でも森に入ってはいけないって言われる。
親だって、森に入ったらダメってずっと言ってる。
僕はこの世界が嫌だった。
いつもいじめられて、殴られて、持ってるものも全部奪われて。
大人に相談しても解決したことなんて1回もない。
生きてる意味が分からなかった。
だから、早く死にたかった。
けど、縄を買っても結び方が分からないし、カッターで自分の腕を切ろうとしても怖くてできなかった。
だから、今日こっそりとあの森に行く。
怪物に殺してもらうんだ。
深夜。
僕は家を抜け出した。
親が起きないように、こっそりとドアを開けた。
外は真っ暗で、街灯の灯りと時々通る車のライトだけが夜を照らしていた。
僕は、家にあった地図を頼りにあの森に向かった。
森の周りは、柵で覆われている。
中は周りよりもずっと暗くて、ただただ鬱蒼としている。
柵をなんとか乗り越えて、中に入る。
高かったけど、ちょっと頑張ったら乗り越えられた。
周りにはビックリマークだけの標識があった。
奥に進む。
暗くて暗くて、何も見えない。
部屋にあった小さなペンライトの灯りを頼りに、何度もこけそうになりながら進んだ。
やけに開けた場所に着いた。
そこだけは木が少なくて、地面も平らだった。
直感的に、ここが怪物の出る場所だって思った。
横になった丸太に腰掛けて、怪物を待つ。
…
……
………
暇だ。
何もなくて、退屈だ。
なんて素晴らしいのだろう。
いつも何かに追われているから、こんな気持ちになれるのが嬉しかった。
…
……
………
ふと、前を見上げる。
そこには、さっきまで無かったはずの赤い灯があった。
ゆらゆらと揺れながら、こちらに近づいてくる。
怪物だろうか。
ペンライトを向ける。
映し出されたのは、怪物そのものだった。
全身が木のようなもので覆われていて、ところどころから赤い何かが吹き出している。
太い枝のような腕で、右手には火のついてないランプを持っている。
左腕はボロボロになっていて、所々赤い膿のようなものができている。
本来顔のあるべきところは他と同じように木で覆われていて、顔のあるべきところはポッカリと真っ暗な空洞になっていて、代わりに赤い目のようなものが暗闇に浮いている。
頭に被っているのは不恰好だけど綺麗に作られた王冠だった。
「あな、たは…」
「………」
それは、紛れもなく怪物の姿をしていた。
落ち着けていた腰を上げて、怪物に近寄る。
ペンライトも地図も、もういらない。
そこらへんに投げ捨てて、怪物に近寄る。
「…怪物さん…」
「……」
「……僕を、殺して?」
「……」
ゆっくりと、歩み寄る。
怪物も、右手に持ってたランプを地面に置いてこちらに近づく。
そして、腕を広げた。
ああ、今から僕はあの手で首を絞められるのかな。
それとも、体をパックリと上げて口にして、食べるのかな。
目を閉じて、近づく。
怪物との距離が、ほぼゼロになる。
…さようなら、世界…
「…」
「……?」
「………え?」
いくら待っても、痛みはおろか苦しみすら感じない。
殺された感触もない。
ただ、冷たい感触がする。
恐る恐る目を開ける。
そこには、確かに怪物がいた。
僕の体に腕を回し、静かにハグをする怪物がいた。
「……」
「…怪物、さん…?」
自然と涙が零れる。
なんで。
なんで、こんなに怪物の体は冷たいのに…
…暖かいんだろう。
気づいたら、僕も怪物の体を抱き返していた。
「う…うぁ…あぁぁ………」
「……」
今まで押さえてきた涙が溢れる。
暖かい。
嬉しい。
怪物は、何を言うでもなくただ僕を抱きしめている。
慰めるかのように、背中を叩いてくれる。
「あぁ…怪物さんっ……うぅ…うれしい、よぉ……うっ…ううぅ……」
「……」
時間が経つ。
涙もだいぶ抑えられて、気持ちも落ち着いてきた。
ゆっくりと僕は怪物から手を離す。
怪物も、それに合わせて腕を離した。
怪物は、ゆっくりと開けたこの場所を歩くと、丸太に座り何かをカチカチと鳴らす。
しばらくすると、小さい光が怪物の手元から発せられる。
そして、怪物が手を落とすと、光はだんだんと大きくなる。
そこには焚き火ができていた。
そして、怪物はまた立ち上がり、別の丸太を持ってすぐに戻ってくる。
そして焚き火のそばにその丸太を置いて、こちらを向いた。
まるで、座れと誘ってくれるように。
「し、失礼します…」
「……」
怪物は何も言わない。
何も言えないのかもしれない。
けど、その仕草はどことなく頷いたりしてるようにも見えて、愛らしい。
怪物は、存在しなかった。
怪物は焚き火のそばの机のようなものに置いてあるカップを2つ手に取る。
そして、ポットから何かを注ぐ。
怪物が1つのコップを僕に差し出した。
「あ…ありがとうございます」
「……」
匂いからして、どうやら紅茶みたいだ。
怪物は顔の隙間から紅茶を流し込んでいる。
飲んでいるのだろうか。
僕も1口、飲む。
暖かくて、香りが心地いい。
優しくて、甘い。
焚き火の人間味のある灯も相待って、なんだか心が落ち着く。
怪物は、空洞に紅茶を流し込みながら、机の上の板のようなものを取る。
そして、指をその板の上で動かし何かをしている。
「……」
しばらくすると、その板をこちらに向ける。
[キミハ ダレ?]
そこには、拙い文字が書いてあった。
「あ…えっと…」
僕は少し困惑する。
相手が本当にこっちの言葉を理解しているのか分からないのだ。
「…あの、僕の言葉、分かります…?」
怪物は、少しした後再び板に文字を書く。
書いてるというより、魔術のようなものかもしれないが…
[スコシ ナラ]
「あ…それは、良かった…へへ…」
少し嬉しくなる。
怪物が僕と話すために努力してるのが、なんだか嬉しいのだ。
「…えと、僕は…シグ、です」
「……」
[シグ アリガトウ]
「その…怪物さんは、名前ありますか…?」
「……」
[ナイ]
「…無いんだ…その、怪物さん、じゃあ変なので…ツリーさん、でいいですか?」
「……」
[ツリー]
「あ…ダメですか?」
「………」
[ツリー ツリー ツリー]
「…えと?」
「……」
[ウレシイ]
「…!え、えへへ…良かったです」
ツリーさんは、また別の板に何かを書いたあと、近くの木の枝にそれをかける。
[ツリー]
板にはそう書いてあった。
「あの…ツリーさんは、なぜここに住んでいるんですか?」
「……」
[ワタシハ コノモリ マモッテル]
「守ってる…?」
「……」
[ヨク ワルモノ コノモリ ネラウ ダカラ マモル]
「へぇ…ツリーさん、いつからここに住んでるんですか?」
「……」
[オオムカシ ケムリガアガリハジメタコロ]
「じゃあ…産業革命くらいですかね…?すっごい長生きですね…」
「……」
[ワタシ シネナイ]
「…不老不死、ってやつですか。じゃあ、その傷は…?」
「……」
[ワルイヤツニ ヤラレタ]
「…なるほど、痛くないですか?」
「……」
[コレクライ ナントモナイ]
「無理、しないでくださいね…」
「……」
[アリガトウ]
紅茶が空になる。
「…紅茶、美味しかったです」
「……」
[モウイッパイ ?]
「いいんですか…?じゃあ、お願いします」
「……」
優しい手つきでツリーさんはポットで紅茶を淹れる。
左手が少し不安定そうだ。
少しして、再びツリーさんは僕にコップを渡す。
「ありがとうございます…あったかい、です…」
「……」
[ドウイタシマシテ]
「…ふふっ。なんだか楽しいですね。こうして2人で焚き火を囲んでお茶会なんて」
「……」
[タノシイ ウレシイ]
「ツリーさんには、他にお仲間とかいるんですか?」
「………」
[トキドキ チャ ノム トモダチ スコシイル]
「へー…そのお仲間さんは、この森の住人なんですか?」
「……」
[ソウ ホカニモ トリトカ クサタチモ トモダチ]
「じゃあ、ツリーさんは信頼されてるんですね。優しくて、頼りになるから」
「……」
[デモ コウヤッテ チャノムタメ イロイロ コロシタ]
「…?」
「……」
[ゴハンノ タメ トリ クサ コロシタ]
「…そんなの、生きてくなら仕方ないじゃないですか、気にすることないです」
「……」
[ワカッテル ケド スコシ クルシイ]
「……まぁ、そうですよね…守ってる相手を自分の手で殺すのは、ちょっと悲しいです」
「……」
[デモ ミンナ シンジテクレル カラ マモル]
「…ツリーさんは、すごいです。優しくて、頼れる方なんですよ」
「……」
[アリガトウ ココロ スコシ ラクニ ナッタ]
「いえいえ、大したことはしてないですって…」
「……」
[シグ ナゼ ココニ ?]
「…僕、ですか。僕は…」
「……」
[ジサツ ?]
「…まあ、そんなところです…」
「……」
[ドウシテ キミ ヤサシイノニ ?]
「優しくなんかないです…人に甘いだけですよ。だからそこにつけ込まれて、いじめられたんです」
「………」
[キミハ ワルクナイ イジメルヤツ ワルイ]
「いや、僕が悪いんです…僕が臆病で、何もできないから…」
「………」
[キミハ ワタシ タスケテクレタ ワタシ トモダチニ ナッテクレタ]
「…」
「………」
[キミハ ヤサシイ キミハ トモダチ ワタシガ マモル]
「…ツリーさん…」
「………」
[キミガ ツラカッタラ イツデモ キテ ワタシガ ハナス]
「……やっぱり、ツリーさんは優しいですね」
「……」
[トモダチ タスケル トウゼン]
「ふふっ…ありがとうございます。僕も心が楽になりました。死にに来たのに、むしろ生きたくなっちゃいましたよ」
「……」
[マタ チャ ノモウ イッショニ]
「はい、ありがとうございます…あ、でも今は家戻りたくないな…」
「……」
[ジャア ココ イル ?]
「あ…いいんですか?じゃあ、朝が来るまでここにいます…」
「……」
[ダイジョウブ ワタシガ マモル]
「ふふ…ありがとうございます、ツリーさん」
「…」
[ドウイタシマシテ シグ]
だんだんと眠たくなってくる。
「…ふぁ…なんだか眠いです…」
「……」
[ベッド アル ネル ?]
「…じゃあ、お言葉に甘えて…」
「……」
[ジャア キテ]
「はい…」
ツリーさんに連れられて、また別のところに向かう。
しばらく歩くと、また別の開けた場所に出る。
そこには大きめのベッドが3台ほどあった。
「あ…大きいですね。しかもこんなに…なんでですか?」
「……」
[トキドキ マイゴ クル ダカラ ソノトキ ネカセル]
「へー…用意周到ですね」
「……」
[ワルイヤツジャナイ ナラ トモダチ]
「ふふっ…そうですね。じゃあ、僕ここに寝ますね…」
「……」
[ワカッタ オヤスミナサイ]
「おやすみなさい…」
ベッドはまるで毎日洗ってるかのようにフカフカで暖かった。
夜に落ちるように、深々と眠ったのであった。
「…くぁ…ぁ…ん…ここは…」
体を起こす。
寝ていたはずのベッドはなく、自分は地に寝転んでいた。
「…なんでベッドがないんだろう…」
不思議に思いつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「…ん〜…は〜…ツリーさんにおはようって言ってこよう…」
背伸びをした後、記憶を頼りにあの広い場所に向かった。
「…ここかな」
再び開けた場所に出る。
そこは確かに昨日過ごしたあの空間だった。
だが、ツリーさんがいない。
「あれ…いないな…」
辺りを見回しても、ツリーさんは見当たらない。
それどころかあの焚き火や机すらも見当たらない。
まるで怪物など存在しなかったかのように。
「……もしかして、夢だったのかな…」
なんだか不安にも思いつつ、体を別の方向に向ける。
「…とりあえず、帰らなくちゃ」
ゆっくりと歩き出す。
空間を抜けて、道なき道を進もうとしたその時。
_カタン
何かが頭にぶつかる。
「いて…なんだ、これ…」
頭にぶつかった何かを手で持つ。
板のようなものだ。
「…何か書いてある」
文字を確認する。
そこに書いてあったのは…
[ツリー]
「…ツリーさん?」
紛れもなく、ツリーさんの文字だった。
「よかった…いるんだ、ツリーさん…」
安堵に包まれる。
それと同時に、熱い何かが心から込み上げてくる。
「……ツリーさんとの思い出、大事にしなきゃ」
僕は、木々の間から差し込む光を辿って走り出した。