「ヒナちゃん、迷惑ばっかりかけて…………ごめんね」
「本当ですよ……どうして、どうしてこんなことに……」
「本当に……ごめんね」
私は、ヒナちゃんに酷なお願いをする。
本当ならこんなお願いしたくない。だけど、ヒナちゃん以外に頼れる人がいない。
「友奈さん、本当に……いってしまうんですか……?」
多分、説得は無意味だってわかってるんだと思う。ヒナちゃんは悲しそうな、それでいて諦めたような表情で、私に問いかける。
「こうする以外……皆を守る方法がないから……」
実を言うと、怖い……だけど、ぐんちゃんやヒナちゃん、そしてこの四国に生きる皆を守るには、これしかないから。
「私は、神樹様と一つになる」
「……やっぱり、私の言葉では……貴方を止めることが……できないんですね」
「ヒナちゃん、ごめんね……」
本当は、ヒナちゃんとぐんちゃんと、これからも一緒にいたい。
だけど、状況がそれを許してくれない。次にバーテックスの進行が来る前に、私が神樹様と一つにならないと、今度こそ四国はおしまいにされてしまうかもしれない。
それだけは絶対、ダメだった。
だから私は、自分の犠牲で四国を守れるなら、そうするべきだって……そう、思ったんだ。
「ぐんちゃん、私いくよ」
ベッドで眠る、未だに目を覚まさないぐんちゃんの手に握りながら、私は呟いた。
「最後まで一緒にいれなくて、ごめんね」
私の親友に、世界で一番大好きな女の子に、私は謝る。
「ぐんちゃん、私のこと……忘れないで──」
そこまで言いかけて、私は言葉を呑み込んだ。
「──やっぱり、忘れて……さようなら」
ぐんちゃんとの別れの挨拶も済ませ、私はもう一度、ヒナちゃんに向き直る。
当たり前だけど、すぐそばにいたヒナちゃんには私の言葉が聞こえてて、困惑した様子で私の方を見ていた。
「……友奈さん……今の発言は、どういう」
「ヒナちゃん、本当に……本当にごめん、私、最低なことしちゃう」
「何を言って」
「ヒナちゃん、さようなら」
私は、ヒナちゃんの言葉を遮るように、別れを告げ病室を出た。
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「んっ……ここは……病室?」
私は、目が覚めると病院のベッドの上にいた。身体が重く、起き上がろうとしてもなかなか力が入らない。
どうやら長い間眠っていたらしい。
「ちかげ、さん……?」
隣を見ると、そこには椅子に座ってこちらに顔を向けている、上里さんの姿があった。
「上里さん……大丈夫……?」
上里さんの表情は疲れ切っており、明らかに体調が悪そうだった。
今まで見たことないような様子の彼女に心配になり、声をかける。
「え、えぇ……大丈夫ではないですが……千景さんが目を覚ましてくれたおかげで、少しだけ元気になりました」
そうは見えない。だけど、上里さんの様子が普段とあまりにも違い過ぎて、私はそれ以上追求することができなかった。
「千景さん、高嶋友奈という名前に、聞き覚えはありますか?」
瞳を揺らせて、不安そうな表情を浮かべる上里さんは、私にその名前を聞いた。
「たかしま……ゆうな?」
聞いたことのない名前だ。少なくとも、私にとっては知らない人物の名前だった。
そんな私の反応を見た上里さんが、一瞬悲しそうな表情を浮かべる。
「……そうですか」
もしかしたら、上里さんにとってとても大切な存在だったのかもしれない。
亡くなったのか、行方不明なのかはわからないけれど。
「上里さん、少し休んできたら?」
「そうですね……すみません、千景さん。ちょっと、外の空気を吸ってきますね……」
「ええ、いってらっしゃい」
そう言って、上里さんは椅子を立ち病室から出ていった。
一人になった私は、ベッドに横になりながら、ぼんやりと外を眺める。
窓の外には綺麗な桜が咲いていて、何故か私は、桜から目を離すことができなかった。
「奉火祭……か」
戻ってきた上里さんから、私は寝ている間に起きたことについて聞いていた。
なんでも巫女を六人犠牲にすることで、結界を強化することができる儀式を行ったらしく、その儀式のおかげでバーテックスが攻めてくることはなくなったらしい。
高嶋友奈という人物も巫女の一人だったらしく、彼女は私達を守るために自らを犠牲にしたとのことだった。
「その高嶋さんという人に感謝しないといけないわね……」
「えぇ……そう、です……ね」
上里さんは何故か私から目を逸らしながら、曖昧に返事をした。
「上里さん……?」
「千景さん、もし退院したら、しばらく私と一緒に暮らしましょう」
上里さんから突然の提案があった。
どうして急にそんな提案をしてきたのかわからなかった私は、理由を聞いてみた。
「私達は、多くのものを失いました。だからせめて、残された者同士で支え合って…………いえ、違いますね」
途中まで言いかけて、上里さんは言葉を止める。
そして、とても辛そうな笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「私はただ、千景さんと一緒にいたいだけなんです」
上里さんの姿が、どこか遠いところに行ってしまいそうで、怖かった。
まるで彼女が、そのまま消えてしまうのではないかと思ってしまうほどに。
「上里さん……いつまでも、貴方の傍にいるわ」
だから私は、彼女の手を握りながら答えた。
少しでも、彼女を繋ぎ止められるように。
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それから一か月後、私はようやく病院から出ることができた。
もう身体のどこにも異常はなく、無事に退院することを許された私は現在、上里さんにと一緒に丸亀城へと帰る最中だった。
「あ、あの……上里さん? 歩きにくいのだけれど……」
私の肩腕に密着しながら歩く上里さんに声をかけるも、彼女は楽し気に笑うだけで離れる気配がない。
正直言って恥ずかしいので止めてほしいのだが、彼女から離れようとすると途端に悲しい顔をするため、仕方なくされるがままになっていた。
「それにしても、本当に良かったんですか? 千景さんなら大豪邸を用意していただくこともできたでしょうに……」
「いいえ、これでいいのよ」
確かに、大豪邸に住むというのも魅力的ではあるが、今の私にとっては、あそこが自分の家であり、思い出の詰まった大切な場所でもあった。
「それに、二人で住むのに大豪邸なんて広すぎるわよ」
私の言葉に、上里さんは嬉しそうに微笑みながら頷いた。
「ふふっ、それもそうですね」
この一か月で、上里さんの気持ちも整理がついてきたのか、昔のように笑顔を見せてくれることが多くなった。
私にとって上里さんは、初めてできた友達で、とても大切な人。
そんな上里さんが向けてくれる笑顔が、私は大好きだった。
「千景さん、これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
「もちろんよ、だって私は、上里さんのことが……ずっと、好きだったんだから」
上里さんにとって、私のこの感情は迷惑かもしれない。
だけど、ずっと言いたかったことを言えた私は、不思議とスッキリした気分になれた。
私の告白を聞いた上里さんは、驚いた表情を浮かべていた。
しかし、すぐに笑顔になると私に向かって口を開いた。
「……私もですよ……千景さん」
その返事に、私の心は喜びに満ち溢れていく。
「やっと、やっと伝えることができたわ。上里さんに……私の気持ち」
ずっと伝えられなかった想い、バーテックスとの戦いや、上里さんにどこか遠慮していて、なかなか言えなかった言葉を、私はようやく彼女に言うことができた。
それだけでも嬉しいことなのに、まさか彼女も私のことを好きだと言ってくれて。
今が、人生で一番幸せな瞬間だった。
「千景さん……帰りましょう。私達の家へ」
「えぇ!」
晴れ晴れとした気分のまま、私と上里さんは、丸亀城へと帰還した。
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その日、ひなたは墓地へと足を運んでいました。
「お久しぶりです。友奈さん」
高嶋友奈と書かれた墓石の前で、ひなたは彼女に話さなければならないことを伝える。
「友奈さん、どうして……千景さんから貴方の記憶を消したんですか……?」
千景は現在、友奈へ向けていた愛を、ひなたへと向けてしまっている。
それは、とても悲く、そして、可哀想なことであり、何よりひなたがとても辛い想いをしてしまうことであった。
「私に、千景さんの恋人になる資格はありません。ですが……私が断ってしまえば、千景さんは傷つきます」
きっと、ひなたが断れば千景は悲しむ。だが、ひなたにとって千景は、唯一この世界に残された大切なもの。
彼女には幸せになってほしい。その想いがひなたを苦しめていた。
「私は……どうしたら──」
そんな時、ひなたの頭の中に声が聞こえた。とても懐かしい、いつも明るくひなた達を照らしてくれていた、少女の声が。
「──えっ……今、の……友奈さん……?」
ありえない……しかし、ひなたの巫女としての勘が、これは友奈の声であると告げている。
「……いいん……ですか? 私は、千景さんと幸せになっても」
誰もいないはずの空間に問いかけると、どこから現れたのか、いくつもの桜の花びらがひなたを包み込むように舞い踊る。
「わかりました……私は、千景さんと……」
頬を伝う涙を拭うことなく、ひなたは墓前で決意を固める。
「私は、千景さんを幸せに……そして私自身も、幸せになろうと思います」
ひなたは立ち上がると、千景の待っている場所、丸亀城の一室へと歩き出す。
その表情を曇らせるものはもう何もない。あるのは、幸せをつかみとろうとする覚悟だけだった。
「私、上里ひなたは……郡千景と結婚します!!」