私は後藤ひとり。
陰キャに最も遠い『朝チュン』イベントで、何一つ記憶のなかった女。
昨日、私はお姉さんに連れられて夜の街めぐりをした。
酔っ払いに混ざってご飯を食べたり弾き語りをしたりとてんやわんやで。
暴走するお姉さんに振り回さ続けたら息切れして、水で喉の乾きを潤したと思ったら知らない家で全裸で起きた。……全裸で、起きた。
しばらく脳が理解を拒んでいたが、隣で寝ていたお姉さんも全裸ってことは……どうやら本当に、そういう事らしい。
…………。
わー。私の初めてってこんなあっさりなんだ。
しかもお相手は年上の女性かー。
大人の階段踏み外してる気がするなーあははは。
(──があああぁぁああぁぁッ! 笑ってる場合じゃないだろ後藤ひとりぃぃぃぃぃぃ──ッ! どうする!? どうするどうするどうする!? と、とりあえずこの空間に居ては危険……! 早く逃げ出さないとまた巻き込まれるぞ……!)
陰キャが酔っ払いの絡みから逃げられる訳がない……!
目が覚める前にここから脱出しないと……!
私は、眠ってるお姉さんを起こさぬように周囲を探った。
──パンツ! 履いてた!
──ブラ! お姉さんの下! 無理!
──ジャージ! 水びたしになってる! ホワイ!?
──スマホ! 見当たらない! どこいった!?
──ギター! お姉さんの横! きびしい!
(主よ──私にパンイチで逃げ出せと申すのですか)
はっ……む、むしろそれが狙い……!?
逃げ出せないのを良いことに、私を囲いこもうとしてる……ってコト!?
『ふぅ~……ぼっちちゃん今日も良かったよ~~、ぐびぐび~』
『…………はい……と、ところで……あの、私のギターはどこに……?』
『え? ……あ~! あれね~売っちゃった~。お酒代足りないからさ~!』
『そそ、そ、そんな……! わ、私バンドやれなくなっちゃ……あうっ!』
『うっせーなー。ぼっちちゃんのバンドが全然売れてないのがいけないんでしょ~。それがいやならもっと稼いで来いよー!』
『う。うぅぅ。うううぅぅぅ……』
私が必死にバンドで稼いだお金も、ギターも全て酒代に消えて、この狭くて小さいアパートで貢ぎ続けてボロボロになってしまう……? そ、そんなのは嫌だァ!
「うにゃ……ん、んん~……?」
「──はっ!」
ま、まずいこのままだと目が覚めてしまう。
かかかか考えろ考えろ考えろ……!
何か代用品は……はっ!?
主よ。これは……つまりそういう事なんでしょうか……そう言う事なんですよね!?
「覚悟を決めろ後藤ひとり覚悟を決めろ後藤ひとり覚悟を決めろ後藤ひとり逃げていいんだ逃げていいんだ逃げていいんだ逃げていいんだ……!」
今世紀最大の勇気を振り絞り、
頼れる相棒をその身に纏って、この牢獄から脱出するんだ──……!
(──私、本当なにやってるんだろ……)
そう息巻いて早1時間が経過。
私は早くも後悔していた。
ダンボールを被って人目に付かぬように移動し続ける事は出来た。
しかし、逃げ出したのはいいとして現在地が分からないというポンコツぶり。
今ならどこへ行こうと言うのかね、と煽られる気分がよくわかってしまう。
あと、ダンボール外すとパンイチなのは致命的過ぎないか???
周りにバレたら補導……?
いや、わいせつ物陳列罪で逮捕……?
何故あのまま飛び出した後藤ひとり。
冷静に考えれば分かるだろ、
(わぁ……過去一番詰んでるなぁ……あは、あはははは……泣きたい……)
スマホもない。
服もない。
ギターもなければ、現在地も分からない。
ばかばかしすぎてため息すら出てこない。
今ならさぞかし鬱屈したエレジーが弾き語れるだろうが、それすらも出来ない。なにせ私はダンボールを被っただけの変態女なのだから。
(あ。何かほんとに泣けてきた……)
馬鹿だな……私って。いっつもそうだ。
要領悪くて、物覚えも悪くて。そのうえで怠け者。
勉強しても点数低くて、運動してもびりっけつ。
友達の輪がうらやましいのに、その輪に入る努力は怠って。
唯一残ったのはギターだけ。なのにそれすら置いて逃げてきたなんて。
「…………………」
大都会の片隅。その路地裏。
普段なら心地よいダンボールの中は……今日に限って心地悪かった。
寂しい。辛い。悲しい。暗い。寒い。
いろいろな悪感情が私を
こんな私を気にかけてくれる人は居るだろうか。
いや、誰も見向きもしないだろう。
これがギターヒーローだって言うんだからお笑いだ。
何がヒーロー。ここに居るのは後藤ひとりだ。
……いや、後藤ひとりでもない。ただの『ひとり』だ。
私は膝を抱え、うずくまり続けるしかなかった。
「──ひとりちゃん」
その時、外から声が聞こえた。
優しげな音色。
そして、ゆっくりと持ち上げられるダンボール。
光が闇を切り裂いて私を照らし、
眩しさに目が慣れれば、その人達はいた。
「探したよ。もう大丈夫だからね」
「ひとりちゃん……大変だったね?」
「あ……あ……」
肩にかけられるジャンパー。
そして優しく肩を抱き立ち上がらせてくれたのは──。
「1号さん、2号さん……!」
「うん。ひとりちゃん歩ける? 私の家はすぐそこだからさ……行こっか?」
§ § §
「……そっかぁ。そういう事があったんだね」
「……」
1号さんの部屋。
お風呂を借りて体を温めた私は、居間でココアを飲みながら二人に事情を話していた。
普段以上にネガティブになってた私。
そのトークペースは相当遅い筈なのに、
二人は我慢強く、一言も口を挟まずに聞いてくれた。
「……あの……本当に、ありがとうございました」
「ううん。むしろ見つかって良かったよ」
「ほんとほんと。まさかぼっちちゃん、ほとんど裸同然だったなんて……私達が最初に見つけてよかったね」
「う゛っ……」
あ、あれは自分でもどうかしていました。
出来立て新鮮な黒歴史、出来ることなら消し去ってしまいたい……って!
「あ……そ、そういえば今日は練習の日……!」
「大丈夫。みんなに連絡しておいたよ。心配してたみたいで、見つかったって言ったら本当に喜んでたよ」
……あぁ。もう。どうしようもない。
本当に、迷惑しかかけないな後藤ひとり。
みんなを無駄に心配させた挙げ句、練習もフイにして。なんて──なんて……!
「泣かないでひとりちゃん。大変だったね」
「うん。みんなも怒ってないよ」
ぬぐってもぬぐっても溢れる雫をぬぐっていたら、
二人が優しく寄り添ってくれた。
その優しさが余りにも染みるものだから、私の涙は止まらなかった。
「……それに。心配してたようなことはないと思うよ?」
「廣井さんは不注意だったけどね。うん。多分大丈夫」
「……?」
「要するにひとりちゃんはみんなに愛されてる。だから何も心配しなくていいって事」
そして。
1号さんと2号さんは全て語ってくれた。
メンバー間の不和。
周囲の変化の原因。
昨日の真相。
私では気付けなかった様々な真実。
それは私にとって腑に落ちるものからそうでないものまで様々だったが。
起因は……やはり私に
なんというか……どういう顔をすればいいか分からない。
嬉しくもあり。悲しくもあり。そして恥ずかしい気持ちもあったから。
「廣井さんも多分その事が言いたかったんじゃないかな」
「『答えてあげよう。伝えてあげよう。そうすればみんな解決する』って言ってたよね。私もそう思うな。みんなに素直に伝えようよ。そうしたらきっと……ね」
そういえば……うっすらと言われた覚えがあるかも。
廣井お姉さんもちゃんと考えてくれてたんですね。
私、●ラッグ&
……あれ?
でもそのセリフって確かお姉さんの家で言われたような……?
「……あ、あの。お二人はその話は一体どこで聞いて──」
「そんなことよりもひとりちゃん。もし良かったら……私達からもアドバイスしていい?」
「あ……は、はい」
鈍くさい私にはありがたい話だ。
ピンと背筋が伸びた私の肩に、二人の手が置かれる。
「『素直に伝えれば、みんな解決する』。これは多分真実だけど、時にはこれじゃ解決出来ない時もあると思う」
「みんなひとりちゃんの事が大好き過ぎて周りが見えなくなってるから、余計にね」
ぐい。
二人の距離が更に詰まった気がした。
「だからね、そういう時は」
「実力行使も必要だってことを覚えて欲しいな」
──え?
あの1号さん、2号さん……?
え。ええ。えええ。
…………あっ。
健全。
きらら時空では汚いおっさんは出てこないので安心!