一人称視点でのお話になってます。
震えてくるような肌寒い風にて目が覚めた。
一瞬。此処は何処だろうかと思案するが、すぐに思い出す。
昨日は山を越えた辺りで野宿をしたのだった、と。
朝露の滴る若葉に小鳥たちの賑やかな合唱、燃え尽きてしまった焚火の跡。
何処にでもあるようで、同じものは一つもない。
似たようなものであったとして、それはただ似ているだけの別のモノなのだ。
徐々に明るくなっていき空を黒から朱、そして青へと変える朝焼け。
動物たちが活発になり、賑やかになっていく昼下がり。
星々が天を彩り、月が笑う夜。
様々な場所を歩き、景色を眺める。
旅先で知らない他人と意気投合して酒を酌み交わす。
それらが旅の醍醐味という者だろう。
一度訪れた場所でも、季節が違えばまた新しい発見があるのだから侮れない。
だからといって本来ならば、独り森で野宿をするなどというのは愚者の行いだろう。
下手をすれば動物やら何やらに襲われてしまうかもしれないのだから。
しかし、私はそれでも良いと思った。
異端の考えだろう。だが、私はこうも思うのだ。
自然に寄り添い、曇りなき眼(まなこ)で自然を見てみたいと。
今までこの考えで私はずっと旅をしてきた。
そうしていると、だんだんと解ってくるのだ。
例えば、熊は基本的に憶病でこちらから何か害する行動をしたりしなければ襲ってくることはない。それが繁殖期だったりしなければだが。
野生動物は基本的に憶病なのだ。だからこそ、人の匂いがすればあまり近づいてくることはない。
そんなことを頭の片隅で考えながら燃え尽きてしまった焚火をもとに火を起こしていると、寝る前に仕掛けていた罠が騒がしくなっていることに気が付いた。
どうやら、獲物が掛ったらしい。
罠を確認してみれば、雀が3羽ほど掛かっていた。
今日の朝食は焼き鳥か。そう独り言ちる。
そういえば、初めて鳥を絞めたときは血やら内臓の臭いやらに顔を顰めていたな。などと、他愛ない事を思い出しながら手早く処理を済ませてしまう。
手慣れたものだ。とまたしても独り虚空に話しかける。
返事を期待してのモノではない。これは、旅をしているうちにできた癖のようなものだ。
やはりというべきか、長い時間を一人で過ごしていると人肌のぬくもりを求めてしまうのだろう。
そんなことに思いを馳せていれば、いつの間にやら串焼きが食べごろを訴える香ばしい匂いを周囲へと漂わせてきた。
炭にならないうちに頂くとしよう。そう言いながら合掌する。
もはや食べ慣れたと言える串焼き一つをとっても、四季の移ろいを感じさせるのだ。
春先ならば冬の間餌を求めて飛び回り、引き締まった肉質になる。夏を迎えれば冬に比べれば豊富な餌により脂が乗りだす。秋になれば稲穂から米を啄み、滴るほどの脂を蓄える。
旅の醍醐味というのだろうか。場所によって少しずつ。普通ならば気が使いの程のちょっとした変化もある。
私は、それを感じれる旅というものが好きなのだ。
食事を終え、火の始末をした私は歩き出す。
目的地はその時々の気分で決めているのだが、独り言も増えてきたことだし以前訪れた村に行こうと思う。
この前訪れたのは何年前だったか。そう思い出そうとするが、年のせいだろうか。すぐに思い出すことは出来なかった。
しかし、その街での過ごした日々はすぐに思い出せる。
酒屋で出会って意気投合した酔っ払いがまさか地主だったとは、今思い出しても笑える話だ。
なんでも、娘が結婚したいと言って連れてきた男が昔喧嘩した男の子供だったとかで荒れていたようだった。
いつの時代も、どの場所でも、父親が娘を思って一喜一憂するのは変わらないのだろう。
それなりに年月が過ぎたのだ。きっとまたあの地主は酒場で荒れていることだろう。どうやら常連だったらしいしな。
そう思い出して、一笑する。
そんな私を見て何を思ったのか、追い風が私の背を押した。
村に着いたら、まずは彼に挨拶をしに行こう。そして、彼の子煩いの話でも肴に夜を明かすのも良いだろう。
そんな未来に思いを馳せながら、私は今日も歩き続ける。