笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~   作:マーキ・ヘイト

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成長と変化

 時は少し前に遡る。

 

 目が覚めると牢屋に囚われていた真緒。脱出手段がないか、周囲を隈無く探索すると、ここは海の上であり、船の中だという事に気が付いた。

 

 もし地上だったなら、牢屋さえ脱出してしまえば、後はどうにでもなると考えていた。しかし、海の上となると話は変わって来る。

 

 例えこの牢屋を無事に脱出出来たとしても、方位磁石も無い、星の位置から自身の現在地を図る方法も知らない状況下、いったいどうやってこの広大な海から陸地まで辿り着けば良いのか。そもそもの話、船など操る技術など持ち合わせていない為、完全に詰んでいる状態であった。

 

 真緒は己の現状に絶望し、壁を背にしながら力無く崩れ落ちる。まるで魂が抜けてしまったかの様に、意味も無く天井を見つめる。

 

 「(皆が助けてくれるのを信じて待つ……それしか方法が無い……)」

 

 最早、自身に出来る事は無い。そう思ってしまう程に、真緒の精神は追い詰められていた。

 

 「(お腹……減ったな……そう言えば、起きてからまだ何も口にしてないや……)」

 

 今更ながら、口の中がパサパサなのに気が付いた。気絶してから何日経ったのか分からないが、少なくとも頭がボーッとする位なのは実感していた。

 

 「(食事……来ないのかな……せめて水だけでも……)」

 

 そんな真緒の目に隅の水溜まりが写る。しかし、それは壁の隙間から入り込んだ海水が溜まった物。飲めば間違い無く、脱水症状で死ぬだろう。

 

 真緒は頭を横に振り、飲みたいという欲求を何とか抑えた。その直後、こちらに近付いて来る足音が聞こえて来た。

 

 「(誰だろう……さっきの人が戻って来たのかな……もしかして食事を持って来てくれたとか……)」

 

 生き残る為の僅かな希望に望みを託す真緒。次第に足音が大きくなる。そしてそこに現れたのは……。

 

 「あっ、ど~もマオさん。元気にしていましたか~?」

 

 「……し、師匠……?」

 

 そこに現れたのは、望み以上の人物であった。真緒はふらふらと立ち上がり、エジタスの下まで歩み寄ろうとする。途中、鉄格子に阻まれてしまうが、隙間から両手を出して必死に触れようとする。

 

 それに答えるかの様に、エジタスは出された真緒の両手を優しく受け止めた。

 

 「あ、あぁ……師匠……来てくれたんですね。私、信じてました……」

 

 エジタスが助けに来てくれた事に対して、真緒は嬉しさのあまり涙を流す。

 

 「ほらほら~、いつも言ってるでしょ~。涙なんかより笑顔を見せて下さいって~」

 

 「こ、これは嬉し涙ですよ」

 

 「全く……水分を取っていないというのに目から水を出すなんて、器用な人ですね~」

 

 そう言いながらエジタスは、懐から水筒を取り出し、真緒に与えた。

 

 「ありがとうごさいます!!」

 

 念願の水を手に入れ、中身が無くなるまで一心不乱に飲み続ける真緒。その様子をじっと眺めるエジタス。

 

 「ぷはぁ……はぁ……はぁ……師匠のお陰で助かりました……」

 

 「良い飲みっぷりでしたね~」

 

 「お、お恥ずかしい……そう言えば、師匠はどうやってここに?」

 

 「忘れたんですか? 私には転移魔法があるんですよ~」

 

 「そっか、それなら誰にも見つからず簡単に侵入出来るという訳ですね」

 

 「そういう事で~す」

 

 「そうだ師匠、他の皆は無事なんですか!?」

 

 「そうですね~、今の所は無事……とっ、言っていいんですかね?」

 

 「どう言う意味ですか?」

 

 「マオさんが人質に取られた事で三人は現在、この海賊船で強制労働させられているんですよ」

 

 「強制労働!!? それに海賊船って!!? この船は海賊船だったんですか!!?」

 

 「おや、知らなかったんですか?」

 

 「いえ、船の中なのは気付いたんですけど、まさか海賊船だったなんて……」

 

 「船長さん、中々の貫禄でしたよ~。正に逃げと恐れを知らぬ、海の男って感じでした~」

 

 「そんな呑気な事を言ってる場合じゃ無いですよ!! 早く皆を助けに行かないと!!」

 

 「…………」

 

 「人質の私がここを出たら、きっと騒ぎになります。そうなったら、ハナちゃんやリーマ、フォルスさん達が殺されてしまうかもしれない。師匠、私の事は後回しにして先に皆を助けに行って下さい!!」

 

 「…………」

 

 「あの……師匠? 聞いてますか?」

 

 突然、無口になってしまったエジタス。真緒が声を掛けても、全くの無反応だった。

 

 「師匠? 師匠!! 聞こえてますか!!? 師匠!! あ、あの……無視しないで下さい!!」

 

 「……決めた」

 

 すると、何かを思い付き徐に立ち上がるエジタス。

 

 「し、師匠……?」

 

 「マオさん、私は今回あなた方を見捨てる事にしました」

 

 「…………え?」

 

 いったい何を言っているのか、理解出来なかった。否、信じたくなかった。これまで幾度も真緒達を助けてくれた人が、そんな酷い事を言う筈が無い。

 

 聞き返したくない。でも、聞き返さずにはいられない。真緒は唇を振るわせながら、恐る恐る聞き返した。

 

 「し、師匠? 今……何て言ったんですか?」

 

 聞き間違いであって欲しかった。いつもみたいな冗談であって欲しかった。

 

 「あれ~、聞こえませんでしたか~? だから、あなた方を“見捨てる”って言ったんですよ~」

 

 聞き間違いじゃ無かった。ハッキリとした口調で告げられたその言葉は、真緒を一気に絶望へと叩き落とした。

 

 「何で……何で……?」

 

 「理由聞きたいですか~? それは~……マオさんがまるで“成長”していないからですよ」

 

 「成長……?」

 

 「マオさん、あなたはね。この異世界にやって来てから、何一つ成長していない」

 

 「そ、そんな事は……」

 

 「そりゃあ、私との多少の修行で実力は付いたと思いますよ。虐めっ子達に対しても強気に出たり、著しく変化したと言えます」

 

 「だからそれが成長……「違いますよ」……え?」

 

 「これらは成長とは言いません。“変化”と言うんです。“成長”と“変化”は別物。マオさんは、新しい環境や新しい出会いによって、根本的な側面から生まれ変わっただけに過ぎません。その証拠に、カルド王国から出発してしばらく経ちますが、あなたはこの異世界で何かを成し遂げましたか?」

 

 「色々やって来たじゃないですか!!? 力を合わせてハイゴブリンの討伐をしたり、皆で笑う事の出来ない少女を救ったり、最近では盗賊団を退治したじゃないですか!!? 師匠だって知ってますよね!!?」

 

 「えぇ、大変素晴らしい功績だと思いますよ」

 

 「だったら……!!!」

 

 「それで? あなた“個人”の活躍は何かあるんですか?」

 

 「え?」

 

 「ハイゴブリンの時や、少女を笑わせる様にした時もそうですが、どれもマオさん一人では無く、仲間達と一緒に解決していますよね? 盗賊団に至っては、ライトマッスルアームが退治していましたからね~」

 

 「それはそうですけど……でも、仲間達と一緒に成長する。それがパーティーという物じゃないんですか!!?」

 

 「成る程、マオさんの世界ではそういうスタンスなんですね」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「マオさん、ここでは何よりも個の力が重要なんです。強大な敵に対して仲間と供に力を合わせて……なんてのはおとぎ話。実際は誰が先に倒し、功績を手に入れるのか。そんな弱肉強食の世界なんです。そうして他者を蹴落とし、自分だけが経験を稼ぐ事で漸く、人は成長する事が出来るんですよ」

 

 「……ハナちゃんやリーマ、フォルスさんは違います……」

 

 「えぇ、あの三人は例外ですね。だからこそ、あなたは成長出来ない」

 

 「どうして!!?」

 

 「競争心の無い者は自分よりも他者を優先してしまう。つまり、あなた方は無意識にお互いが活躍するのを遠慮し合っているんですよ」

 

 「私は……そんなつもり……」

 

 「それじゃあいつまで経っても成長出来ない。だって、せっかく得られる経験を他人に譲り合ってしまっているんだから。だから誰かが率先して手に入れなければいけない。そしてその役目はマオさん、あなたがやるべきだった」

 

 「どうして私なんですか……?」

 

 「先程も言いましたが、あなたは“変化”した。この異世界に来た事で、成長出来る個体へと生まれ変わった。なのに、持ち前のお人好しがそれを邪魔している。このままでは成長しないまま、いつの日か今のパーティーでは対処しきれない強大な敵に全滅させられてしまう」

 

 「…………」

 

 遂に何も言い返せなくなってしまった。真緒は俯き、黙り込んでしまった。

 

 「私としても、今のパーティーを失いたくない。でも、メンバーの誰かが成長しなければならない。それなら少し荒療治にはなってしまいますが、心を鬼にして今回あなた方を見捨てる事にしました。ご理解頂けましたでしょうか?」

 

 「でも……私はこの牢屋すら出られないんですよ……そんな私がどうやって……」

 

 「……特別にヒントを出しましょう」

 

 「ヒント……?」

 

 「答えはあなたの手に。そして……」

 

 「そして……?」

 

 「師の言葉は確り聞きましょ~」

 

 「そ、それってどういう……」

 

 「ではではマオさん、頑張って下さいね~」

 

 真緒が聞き返す前に、エジタスは指をパチンと鳴らし、その場から一瞬で姿を消した。

 

 「……どうしよう……」

 

 一人取り残された真緒は、呆然とその場に立ち尽くすのであった。




今回の持論はあくまでエジタス自身が考える物であり、作者の考えとは一切関係はございません。

そんな所で次回もお楽しみに!!
面白ければ評価や感想、お気に入りもよろしくお願いします。

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