笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ 作:マーキ・ヘイト
果たして、彼女に何が待ち受けているのだろうか。
「(皆さん、お元気ですか。佐藤真緒です。私がこの異世界にやって来てから、随分と時間が経ちました。当初は右左も分からず、魔法の魔の字も知りませんでした)」
「(行く先々で巻き起こる困難に立ち向かい、時には膝を屈して諦めそうにもなりました。ですが、師匠やハナちゃん、リーマにフォルスさん達の力を借りる事で何とか今日まで無事生き残る事が出来ました)」
「(そして、最近は私自身の成長を実感する事が出来たりしています。レベルが上がって新しい魔法を覚えたり、一人で強敵に打ち勝つ事も出来ました)」
「(こう言っては不謹慎かもしれませんが、前にいた世界よりもかなり充実しています。こんな生活が永遠と続けば良いな)」
「(そんな私ですが、今は何をしているのかというと…………)」
ザザァーンと、海の波が船の側面に当たって上空へと舞い上がり、頭上を大量の水飛沫が飛んでいく。呆然と死んだ魚の様な目で地平線を眺める真緒の頭には、ジェドのキャプテンハットが被っている。
「(海賊船の船長をやっています……)」
心の中で自分語りをする事で、現実逃避を試みる真緒だったが、まるで意味は無かった。目の前の広大な海と度々起こる船の揺れが、無情な現実へと引き戻されてしまう。
やがて、現状を受け入れたのか深い溜め息を漏らす。そんな真緒の下にジェドがやって来る。
「よぉ、調子はどうだ?」
「あっ、ジェド船長……」
「おいおい、船長はお前だろ。今の俺は只のジェドだ」
「そ、そうでしたね、ジェドさん」
「船長はこの船で一番偉いんだ。俺を含めて、他の奴らは呼び捨てで構わないんだぞって、いきなり言われても難しいか」
「はい……あの、やっぱり船長の座……私には務まりませんのでお返しします」
そう言ってキャプテンハットを脱ぎ、ジェドに差し出すが、押し返されてしまう。
「何度も言ったが、それはもうお前の物だ。海の男足る者、敗者は勝者に従うのが習わしだ」
「で、でも私には世界を回る目的があって、ずっとはいられないんです」
「あぁ、だからせめて今回の一件が片付くまでは船長でいてくれ」
「そもそも、どうして私達を誘拐なんかしたんですか?」
「ん……そうだな、船長の言う事は絶対だからな。聞かれたら素直に答えるしかない。結論から言えば、お前達を見つけて引き渡す様に“人魚”から頼まれたからだ」
「“人魚”? って、あの童話とかよく耳にするあの人魚ですか?」
「そうだ。地上の連中は伝説だなんだと信じていないらしいが、俺達海に生きる連中は知っている。人魚は伝説でも童話でもねぇ。この海に実在しているんだ」
「そんな人魚とどうやって知り合ったんですか? 」
「……偶然だった。いや、向こうは運命が導いたとか抜かしていた」
「運命?」
「数年前、俺達の船はデカイハリケーンに襲われた……」
***
「船長!! もうこれ以上は、持ち堪えそうにありません!!」
「簡単に諦めんじゃねぇ!! この程度のハリケーン、余裕で乗り越えて見せろ!!」
「船長!! 大変です、マストが!!!」
「何だと!!?」
生命線であったマストが折れかけ、もう駄目だと思ったその時、激しい雷雨の中で何とも似つかわしくない、美しい歌声が聞こえて来た……。
『~~♪~~♪~~♪』
「お前ら、聞こえるか!!?」
「何がですが!!?」
「声だよ!! 何処からか歌声が聞こえる!!」
「何言ってるんですか船長!!? 歌なんか聞こえませんよ!!!」
「いや、確かに聞こえる……っ!!! あっちの方角からだ!!! 面舵いっぱい!! 歌声のするあそこへ向かうんだ!!」
何故そうしたのか、今になっても答えは出ない。只、何となくそうすれば助かると確信があった。当然、部下達は俺の頭が可笑しくなったと思っただろう。だが、船長の命令は絶対だ。今にも完全に折れてしまいそうなマストで無理矢理面舵を取り、俺達は歌声のする方へと船を進めた。
「船長、何もありません!! やっぱり気のせいだったんですよ!!」
「…………これは!!?」
その瞬間、船周りの海面が泡立ち始め、そこから……。
***
「そこからどうなったんですか?」
「……あー、それは自分の目で確かめるべきだな。どうせこの船はそこに向かっているんだからな」
「そ、そんな卑怯ですよ!!」
話が盛り上がって来た所で、後は自分の目で確かめろとお預けを食らってしまう真緒。
「すまんな。こればかりは、口で説明するよりも自分の目で確かめた方が良い」
「そんな……」
「そうガッカリするな。遅かれ早かれ、お前はあの光景を目にする事になるんだからな」
「あの光景って何ですか?」
「おっと、少し喋り過ぎたな。まぁ、とにかくだ。何故、お前達を引き渡す様に言ってきたのか、直接人魚に聞けば全て分かるって事だ」
「それが今回の一件って奴ですか?」
「そういう事だ。いやー、それにしてもお前の仲間達はよく働くな……」
一通り話し終えたジェドは、船の柵にもたれ掛かりながら甲板上で汗して働く船員達を眺める。そんな船員達に混じりながらハナコ、リーマ、フォルスの三人も働いていた。
「はい、決闘に勝ったから無理して働かなくて良いんだよって言ったんですけど……」
“マオぢゃんの戦いを見で、休んでなんがいられないだぁ”
“私達もマオさんの足を引っ張らない様、この海賊船で体を鍛えたいんです”
“マオ、お前は俺達の為に死にものぐるいで頑張ってくれた。次は俺達が頑張る番だ。それと、手伝おうなんて野暮な事はするなよ”
ここまで言われてしまっては、止める事も手伝う事すらも出来ない。かといって船長の仕事が出来る訳も無く、今の真緒に出来るのは呆然と海を眺める事しかない。
「まぁ、人手はいくつあってもこまらないからな」
「あまり無理して欲しくは無いんですけどね……『キュー』……あれ? この鳴き声って……」
すると、海面の方から聞き覚えのある鳴き声が聞こえて来た。真緒とジェドが海を覗き込むと、そこには浜辺であったあのイルカが顔を出していた。
「あっ、あの時の!!」
「おー、“デルフィン”。相変わらず、元気そうだな」
『キュー!!』
デルフィンと呼ばれたイルカ。ジェドに名前を呼ばれ、嬉しそうに鳴き声を発する。
「デルフィン?」
「こいつの名前だ。昔、群れからはぐれて一人ぼっちだったのを見つけてな。世話してる内に懐かれちまって、今では簡単な仕事なら手伝って貰う関係だ」
「そういう事だったんですか、それじゃああの時気絶したのは……」
「それはデルフィンの超音波だな。こいつは人間じゃ聞き取れない高音の周波数を出す事が出来るんだ。それを一定時間聞き続けると、目眩や頭痛に襲われて、最後は昏倒するって訳さ」
「人間じゃ聞き取れないのなら、避けようがありませんね」
『キュー……』
二人の会話を理解しているのか、デルフィンは悲しそうな鳴き声を発して、真緒に謝罪している様子だった。
「もう気にしていないから、大丈夫だよ。だから元気出して」
『キュー!!』
嬉しそうに海面を跳び跳ねるデルフィン。その様子に真緒も顔が思わず綻んだ。
「ふふっ、嬉しそう」
飛び散る水飛沫を避けようと一歩後ろに下がると、偶々通り掛かった船員の一人にぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて謝る真緒。その船員は他の者よりも若く、真緒達と大差無い様に見えた。しかしその眼光は鋭く、一切の隙を見せない佇まいから修羅場を何度も潜り抜けて来た事が伺える。謝罪する真緒に対して、若い船員は舌打ちをする。
「邪魔だよ。イルカと戯れたいなら、さっさと船を降りれば?」
「あっ、えっとその……」
「おい、“ルー”。船長に向かって、何生意気な口をきいてるんだ」
「……俺は別にこの女の事を船長と認めてませんから。それにあんたに指図される覚えは無いですよ」
「何だと……」
「負け知らずのジェド。けど、それがこんな女に負けるだなんて、ガッカリもいいところだ。そんな弱い奴の言う事を素直に聞く義理は無いって事ですよ」
「戦ってもいねぇ癖に言うじゃねぇか。何だったらここでお前をボコボコにしたっていいんだぞ」
「すればいいじゃないですか。女に負けてむしゃくしゃして、部下に八つ当たりした。そう言い触らしますけど」
「テメェ……」
睨み合う二人。その間に割って入って、仲裁する真緒。
「お、落ち着いて下さい二人とも。喧嘩はよくないですよ」
「す、すまねぇ……ついカッとなっちまった……」
「……チィ……」
再び舌打ちをすると、自分の仕事をしに戻って行くルー。その後ろ姿を眺める二人。
「改めて謝らせてくれ。うちのクルーが不快な想いをさせた。すまなかった」
「そんな、ジェドさんが謝る事じゃありませんよ。それに私は全然気にしてませんから」
「あいつ、ルーっていうんだが、以前はあんな性格じゃ無かったんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、愛嬌があってこの船のムードメーカー的な存在だったんだ」
「そんな人がどうして?」
「それは……おっ!!!」
途中まで言い掛けた所で、ジェドが何かを発見した。
「悪いな、その話はまた今度だ。ちょっと付いてこい!!」
「えっ、ちょ、ちょっと!!?」
真緒の手を引っ張り、船首まで案内するジェド。着くや否や、向かい側の海面を指差す。差された方向に顔を向けると、一部の海面に波紋が広がっていた。それも自然に出来る波紋ではない。明らかに人為的に作られた円形状の波紋だった。
「あれは……?」
「合図さ。よし、船を止めろ!!」
ジェドの指示を聞き、船がその場で停止する。
「…………何も起こりませんけど?」
「まぁ、見てろって……ほら、始まったぞ」
次の瞬間、船周りの海面が泡立ち始める。そして……。
「ちょっと!!? し、沈んでいませんか、これ!!?」
そう、真緒の言う通り船が少しずつ沈み始めているのだ。それも垂直に沈み始めているのだ。まるで何者かに引きずり込まれているかの様に……。
「そんなに慌てるな」
「慌てますよ!! あぁ!!! 水が足元まで!!」
遂に船は甲板まで沈み、水が真緒達の足元まで侵食し始めていた。
「は、早く脱出しないと!!」
慌てて逃げようとする真緒の腕を掴むジェド。よく見れば、他の仲間達も同様に逃げ出そうとするが、全員船員達に腕を掴まれていた。
「だから大丈夫だ。俺を信用しろ」
「…………」
そして、船は完全に沈み切った。真緒達も海の藻屑へと消え去ったのであった。
「……い……おい……おい、目を開けろ」
「あ、あれ……?」
ジェドの声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。
「私達、海に沈んだ筈じゃ……」
「ほら、見てみろ」
「えっ……うわぁ!!!」
ジェドが顎でクイッと示した先。顔を向けるとそこには、太陽の光で美しく虹色に輝く幻想的な国が広がっていた。
「ようこそ、ここが人魚達が住まう国……“水の都”だ」
真緒達が辿り着いたのは、人魚達が住まう幻の国。
そこで真緒達が連れて来られた理由が明らかとなる。
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