笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ 作:マーキ・ヘイト
果たして何が待ち受けているのか!?
「ちょっ、何なんですかこの“白いもや”は!?」
船を走らせて数時間。いなくなったエジタスと突然再会を果たした真緒達一行は、いよいよ水の王冠があるであろう死の海域へと足を踏み入れた。
その直後、辺り一面が白いもやに包まれてしまい、遠くは勿論、隣にいる筈の仲間達の姿さえ確認する事が出来なくなってしまった。
「これが死の海域の名物が一つ、“海霧”だ」
「海霧?」
「言葉通り、海で発生する霧の事だ。本来、暖かく湿った空気が冷たい海面に接する事で発生するんだが、死の海域では温度や気候に関係無く、年中発生している。それも、通常の海霧より数十倍濃くな」
ジェドの声が聞こえる。だが、霧によって視界が遮られ、正確な位置までは把握する事が出来ない。
「これじゃあどっちが前なのか、何も分からないですよ!?」
「心配するな。これは一時的な物だ。直ぐに薄くなって見える様になる。それよりもだ、もっと厄介なのはこの霧には微量の…………」
「ジェドさん? ジェドさん、どうかしましたか?」
突然、ジェドの声が途切れる。心配になった真緒は慌てて声を掛けるも、返事が返ってくる事は無かった。
更に近くにいた筈の仲間達の気配まで、感じなくなってしまった。
「皆、何処にいるの? 側にいるよね?」
急激に不安が襲い掛かって来る。仲間達に呼び掛けて、存在を確かめようとする。
『マオぢゃん、ごっぢだよぉ』
すると、何処から途もなくハナコの声が聞こえて来る。その声に冷静さを取り戻すも、姿が見えるまでは安心出来ず、再度呼び掛ける。
「ハナちゃん? 何処なの?」
『ごっぢだよぉ、ごっぢだよぉ』
聞こえて来る声を頼りに、ハナコの下へと向かおうとする真緒。おぼつかない足取りで、ゆっくりと歩き続ける。すると濃い霧の中でぼんやりとした人影が見え始める。
「ハナちゃん? ハナちゃんなの?」
『マオぢゃん、ごっぢだよぉ』
真緒が恐る恐る呼び掛けると、霧の中の人影は声に反応して、こちらに向かって手を振りながらハナコの声を発する。その声を聞いて一安心した真緒は、ハナコの下へと駆け寄る。
「はぁ、はぁ、はぁー、ビックリした。霧のせいで何も見えなくなっちゃうんだもん。でも、ハナちゃんが側にいてくれてホッとしたよ」
下を向いて息を切らす真緒。ハナコに会えた事に少し笑みを浮かべながら、彼女の肩に手を置こうとした、その瞬間!!
ベチョリ……
「……え?」
ヌルヌルとした感触。汗をかいているとか、そんな次元の話ではない。熊人であるハナコからは、想像も付かない肌を感じ取った。真緒は慌てて顔を見上げ、ハナコの顔を確認する。
『クココ……マ……オ……クコ……ぢゃん……ごっぢ……だよぉ……ココココ』
「!!?」
そこにいたのは、体長二メートル弱、全身紫色の鱗に覆われ、手足には尖った爪と水掻きが、背中には背びれが付いている。また、顔の下顎が異様に突出し、そこから牙が目元付近まで伸びている。そして目はよく見えていないのか、白く濁った色をしている。
そんな恐ろしい見た目をしている生物が、定期的に喉を鳴らしてハナコと瓜二つの声を発していた。
「きゃあああああああ!!!」
思わず悲鳴を上げる真緒。その声に反応して、目の前の生物が尖った爪を真緒目掛けて伸ばして来る。
「っ!!!」
咄嗟の機転で何とか避けるが、側を離れてしまったせいで再び濃い霧に包まれ、姿を見失ってしまった。
今度こそ遅れを取らぬ様、腰に携えた純白の剣を引き抜き、構える。しかし、霧によって何も見えないこの状況、何処から襲い掛かって来るか皆目検討が付かない。構えた剣を右にやったり、左にやったりと、終始狙いが定まらない。
「はぁ……はぁ……」
次第に呼吸が荒くなり、口の中の水分が失われる。ふらふらと安定しない体制を整える為、一歩後ろへと下がる。
『クココ……マオ……どうし……コココ……た……』
「後ろ!!?」
すると、背後から現れた例の生物が、今度はフォルスの声を出しながら、真緒に歩み寄って来る。真緒は素早い身のこなしで剣を振るい、生物に牽制する。これに対して、生物は驚いたリアクションを取り、今度は身構えながらこちらにゆっくりと近付いて来る。
「今度はこっちの番……はぁああああああああ!!!」
姿さえ見えればどうという事は無い。そう考えた真緒は、生物目掛けて走り出し、積極的に攻撃を仕掛けていく。
薙ぎ払い、振り下ろして、突く。しかし、どんなに攻撃しても、意図も簡単に避けられてしまう。まるでこちらの攻撃の癖を知っているかの様に……。
「それなら……スキル“ロストブレイク”!!」
至近距離からのスキル攻撃。真緒から放たれた一撃は、真っ直ぐ目の前の生物目掛けて飛んでいく。だが、しかし……。
ガキィン!!!
「なっ!!?」
真緒の剣が当たる直前、目の前の生物とは別の生物が横槍を入れ、攻撃を防いで見せた。その光景を目にした真緒は、慌てて二匹の生物から距離を取る。
「まさか……もう一匹いるだなんて……」
視界が悪い中、只でさえ戦いづらいというのに、ここに来てもう一匹現れるとは、圧倒的不利な状況に追い詰められてしまった。
「いったいどうしたら……」
『マオさ~ん、聞こえますか~?』
「師匠!?」
その時、霧の中からエジタスの声が聞こえて来た。辺りを見回すも、やはり霧の影響で姿は確認する事が出来ない。しかし、これは真緒にとってはまたとない好機であった。
「師匠!! よかった、手を貸してくれませんか!!? 今、変な生物達に襲われているんです!!」
『私が今から言う事を確りと聞いて下さいね~。この前、レベルが上がった時に覚えた光魔法の“ホワイトボディ”、あれを今すぐ使って下さい。いいですね~?』
「えっ!? いや、そんな事より早く手を貸して……」
助けを求める真緒に対して、エジタスは場違いな返答をする。それに何の意味があるのか、真緒にはまるで検討が付かなかった。
「“ホワイトボディ”って、確か弱い毒や呪いを打ち消す能力だった筈……だけど、この状況で何の役に立つっていうの!? まさか師匠……また私の実力を試そうとしているんじゃ……いや、もしかしたら、そもそも本物じゃない可能性も……!!?」
ハナコ、フォルスと目の前の生物は他者の声を真似て、巧みに真緒を騙した。ならば先程のエジタスも、実は偽物なのではないかと疑心暗鬼になり始めていた。しかし、二匹の生物が近付きつつあり、他に方法も思い付かない以上、残された選択肢はそれしかなかった。
「くっ……“ホワイトボディ”!!」
その瞬間、真緒の体が発光し、白く輝く衣を纏う。するとどうした事か、それまで濃い霧によって不明瞭だった視界が一気に晴れ、元の景色へと戻った。それだけじゃない。よく見れば、目の前にいる二匹の生物はフォルスとジェドに変わっていた。
「あ、あれ?」
周りを見渡すと、仲間達が真緒を取り囲む様にして、心配そうな表情を向けていた。
「あの変な生物は?」
「マオぢゃん……戻っで良がっだだぁ!!!」
いったい何が起こったのか、訳が分からず、構えていた剣を下ろす真緒。そんな中、ハナコが泣きながら真緒に抱き付いて来た。それを皮切りに、他の仲間達も安堵の表情を浮かべる。そして、真緒にはハナコの言葉に気になる台詞があった。
「も、戻ったって何が?」
「覆っていた霧が晴れたかと思ったら、マオさん突然私達に剣を向けて襲い掛かって来たんですよ」
「えっ!!? 私が!!? で、でもさっき目の前に見た事も無い変な生物がいて……」
「それはきっと、あの霧による幻覚だ」
「げ、幻覚……?」
状況がいまいち飲み込めず、混乱する真緒。
「そうか……説明したあの時にはもう掛かっていたのか。実はな、あの海霧には微量の毒が含まれていてな。吸い込み過ぎると、幻覚作用を起こしてしまうんだ」
「じゃ、じゃあさっきまでのは全部幻覚だったんですか……そっか……だからホワイトボディで解毒出来たんですね」
「いや~、本当に覚えてて良かったですね~。もし、あの魔法を覚えていなかったら、面倒な事になっていたかもしれませんよ~?」
全てを理解した真緒の下にエジタスが歩み寄る。
「師匠……ありがとうごさいます。師匠の助言が無かったら、きっと取り返しの付かない事をしていたと思います」
「それは助かって何よりでした~。それで~? いったいどんな幻覚を見ていたんですか? とても興味がありますね~」
「確かに、それは俺も興味があるな」
エジタスの問い掛けに、ジェドも興味を示した。真緒は少し申し訳なさそうにしながら答える。
「あっ、えっと……本当に突拍子も無いんですけど、濃い霧の中で皆の姿が見えなくなったと思ったら、この世の者とは思えない化物が現れ始めたんです」
その時の状況をざっくりではあるが、説明する真緒。それを聞いたジェドは思わず腕組みをして思案する。
「成る程、それから察するに自覚症状は無い様だな。そして肝心の景色もあのまま濃い霧に覆われていた事を考えると、剣を構えて錯乱するのも仕方の無い話だな」
「う~ん、化物ですか~。そんなのがこの世に本当に存在するとしたら、恐ろしい話ですね~」
冷静に分析するジェドに対して、エジタスは他人事の様に、わざとらしく化物を怖がって見せる。
「ともかく、マオが無事に戻って良かった」
「フォルスさん……あれ?」
「どうかしたのか?」
「いえ、船が……止まった?」
「何?」
真緒の言葉に、ジェドは慌てて手すりに寄りかかって真下の海面を見つめる。
波が立っていない。
今度は振り返って目線を真上の帆に向ける。
たなびいてる。風に吹かれ、勇ましく動いている。
この二つの“矛盾”を目にしたジェドの顔から血の気が引いた。そして船員達に聞こえる様、大声を張り上げる。
「全員、戦闘態勢!!!」
「「「「え!!?」」」」
真緒達が驚きの声を上げる中、ジェドの言葉を理解した船員達が一斉に、バタバタと動き始める。
「い、いったい急にどうしたんですか!!?」
真緒の錯乱が解けたと思ったら、今度はジェドが錯乱したかの様に慌てていた。その理由を聞かずにはいられない。
すると、ジェドは思い詰めた様子で答える。
「どうやら俺達は既に“奴”の掌の上らしい……」
「奴? 奴っていった……きゃあ!!?」
聞き返そうとした次の瞬間、船が大きく揺れ始める。
「じ、地震!!?」
突然の揺れに立ってる事が出来ず、その場に崩れ落ちる真緒。地震と発言する真緒に対して、戦闘態勢を整えていたルーが呆れた表情を浮かべる。
「馬鹿なの? ここは海の上、地震なんか起こらない」
「じゃあこれはいったい?」
「そんなの決まってる。この死の海域の主……」
「それってまさか……!!?」
揺れはますます激しさを増していき、気が付けば海面を離れ、何と空中に浮かび上がっていた。そしてそこで漸く気が付く、これは浮かび上がっているのではない。“持ち上げられている”のだと。
船底から無数の吸盤が付いた青い触手が現れ、それと共に目の前の海面がボコボコと泡立ち、海中からタコともイカとも捉える事の出来る巨大な怪物が姿を現した。その姿を見たルーがニヤリと口角を上げる。
「よう、二年ぶりだな……ライアの仇を取りに来たぞ、“クラーケン”」
そこに現れた怪物こそ、二年前の悪夢の元凶であり、この死の海域の主であるクラーケンであった。
遂に死の海域の主、クラーケンと対峙した真緒達。
果たして、この怪物にどう立ち回るのか!?
今回はここまで!!
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