笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ 作:マーキ・ヘイト
死んだ筈の彼女の正体とは!?
人間、本当に信じられない光景を目にすると、何も言葉が出ないと言われているが、正にその通りだった。
ルーは現在進行形で開いた口が塞がらず、言葉も何も出せないでいる。無理もない。死んだ筈の人が、目の前に元気な姿で現れたら、誰だって言葉を失うだろう。
「あ……あ……あ……」
わなわなと唇を震わせ、辛うじて絞り出すも言葉とは程遠く、止めていた息が漏れた程度の物だった。
一歩、また一歩と覚束ない足取りで船首に近付く。そんなルーの姿を見ながら、ライアがこちらに手を振る。
「あはぁ。やっほー、久し振りだねルー。会いたかったよ」
間違いない彼女だ。一瞬、クラーケンがライアの姿を模したのではと思ったが、この声と口調、仕草は見よう見真似で出来る物ではない。最初こそ、驚きの表情を浮かべていたルーも、本物のライアだと分かり、目から大粒の涙を流している。
「ライア……ライア……どうして……」
ルーが言葉にするライアという名前に、事情を知っている真緒とジェドが反応を示す。
「ライア? それって、二年前に亡くなったあの!?」
「まさか!!? 本人な訳が無いだろう!!!」
「いや、僕には分かる……あれは間違いなくライアだ。でも、分からない事もある。あの時、君は確かに……」
「死んだ?」
「…………」
その言葉に表情を曇らせるルー。当然だ。ライアはジェドやルー達を助ける為に、自らの命を犠牲にしたのだ。その時の自分に対する不甲斐なさと後悔の念が、今でも残り続けている。そんなルーの姿を見て、ライアはうっとりとした表情を浮かべる。
「あぁ……ルーの落ち込んだ表情……最高ね。だけど、そんな気にする事は無いわ。あの出来事があったからこそ、今の私がいるんだもの?」
「それっていったい……?」
ルーの問いにライアは頬に手を当て、昔を懐かしむかの様に語り始める。
「知ってると思うけど、二年前のあの日、私は死んだ。ルーをクラーケンから逃がす為に……」
「…………」
「だけど、海の怪物であるクラーケンに殺された者は、その魂を永遠に囚われ続ける。私の魂も例外無く、クラーケンに囚われたわ」
「そ、そんな……」
「暗い……暗い……暗く冷たい海の底でクラーケンの中に囚われている間、ずっと感じていた。寒気……それに孤独……いつ訪れるかも分からない救いを、只ひたすらに待ち続けた。そして何より、もう二度とルーに会えないと思うと、無い胸が張り裂けそうだった」
「僕も同じ気持ちだったよ、ライア……」
「だけどついこの間、天命が降りて来たのよ」
「天命?」
しかし、直ぐ様首を横に振るライア。
「いえ、正確には“沈んで来た”と言うべき所かしら」
そう言いながら、ライアは被っていた水の王冠を外し、優しく撫でる。
「この水の王冠がクラーケンの下へと沈んで来たのよ」
「いったい誰が!!?」
「それは分からない。でも、重要なのはそこじゃない。水の王冠が私の所に来た。それが重要……そしてクラーケンの触手が水の王冠に触れた次の瞬間、奇跡が起こった。私の囚われていた魂とクラーケンの体が“融合”した」
「“融合”だって!!?」
融合という言葉に驚くルーを他所に、ライアは持っていた水の王冠を再び被り直す。
「気が付いた時には、私の人魚だった下半身はクラーケンになっていた。そして任意で体の主導権を入れ替える事も出来る様になった。そう、私はクラーケンの一部となった……いえ、寧ろ逆……クラーケン“が”私の体の一部となったのよ!!」
「死んだ者を蘇らせて、ましてや海の怪物であるクラーケンと融合だなんて……そんな事が本当に出来るんでしょうか?」
「出来たから、目の前にいるんだろうな」
にわかには信じられない話に不信感を抱く真緒だが、フォルスの言う通り、その証拠が目の前にいる時点で、認めざるを得ないだろう。
「今の私は言うなれば“スキュラ”っていう所かしらね」
「そうか……事情はどうあれ、君が生き返ってくれて本当に嬉しいよ。ライア……」
「ルー……」
熱っぽい視線で見つめ合う二人。そんな二人の間に無理矢理入り込み、一つ咳払いをするジェド。
「あー、おっほん。本来あり得ない奇跡の再会だから無理もないが、そろそろ俺達の仕事を片付けないといけないんじゃないか?」
「えっ!? あっ、そ、そうですね……」
「仕事って?」
「実は、その水の王冠は何者かに盗まれた物だったんだ。それでラドンナ女王に、見つけて取り返して来る様に頼まれたんだ」
「ラドンナか……あの傲慢女が……」
ラドンナの名前が出た途端、目が座り、声色が低くなり、口調まで悪くなる程、不機嫌になるライア。そんな彼女の変化に気付かず、ルーは話を続ける。
「だから、その水の王冠を渡してくれないか?」
「……嫌だ」
「な、何だって?」
この予想外の返答に、戸惑いの表情を隠せない。
「嫌だって言ったのよ。これは私の物。誰にも渡さない!!」
「ライア、今はそんな我が儘言っている場合じゃ……」
「我が儘じゃない!! 私はこの水の王冠の奇跡によって蘇ったのよ!!? もし、水の王冠を手放したら、また魂だけの存在に戻っちゃうんだよ!!?」
「そ、そんな!!?」
「ねぇ、ルーはそれで良いの!!? せっかくこうして会えたのに……もう二度と会えなくなっても良いの!!?」
「そ、それは……」
嫌に決まっている。一度目の別れだけでも辛過ぎるのに、二度目など堪えられる訳が無い。しかし、このまま水の王冠を放置すれば、いつどんな天災が起こるか想像も付かない。
愛する者か、それとも世界か。どっちかだけなど選べず、思い悩んでいた。そんなルーを見ながら、ライアが口を開く。
「それにね、これは大きなチャンスでもあるのよ」
「大きなチャンス?」
「水の王冠があれば、この海でさえも意図も簡単に支配する事が出来るわ!!」
「し、支配って……そんなまさか!!?」
「それだけじゃない。水の王冠の力なら、地上だって思うがまま!! ルー、私達の夢が叶うのよ!! 地上に出て、二人一緒に暮らすの!! 邪魔する奴は末代に至るまで全員皆殺しにしてやるわ!!」
そこまで言い終えた次の瞬間、甲板から一本の矢がライア目掛けて勢い良く放たれる。
「っ!!?」
事前に気が付き、咄嗟に持っていた三ツ又の槍で弾き返す。そして射たれた方向を確認すると、先程矢を放ったであろう弓を構えるフォルスの姿があった。
「お、おい!! ライアに何してるんだ!!?」
これにはさすがのルーも、怒らずにはいられなかった。フォルス相手に掴み掛かる。
「あの目は本気だった。奴は海だけじゃなく地上まで支配するつもりだ。今の内に殺らなければ、こっちが殺られる事になるぞ」
「ふざけるな!! ライアは俺達の命の恩人だぞ!!」
「いや、フォルスの言う通りだ」
「船長!!?」
「少なくとも彼女は水の王冠を被っている。つまり、その気になれば海や地上を支配する事だって可能という訳だ」
まさかフォルスだけじゃなく、助けて貰った筈のジェドにまでこんな事を言われるとは思っていなかった。よく見れば、他の船員達も既に腰の武器を抜いていた。
「だからって……だからっていきなり武器を向けるなんて間違ってる!!」
「おい、行くな!! ルー!!」
そう言うとルーは一人、船首へと飛び出してしまう。周りが必死に引き留めるが、聞く耳を持たなかった。
「ライア、大丈夫!!?」
「えぇ、私なら大丈夫。それよりも、一緒に行きましょうルー。私達二人で海と地上の両方を手に入れましょう」
「冗談だよね、ライア? 僕は知ってるよ、ライアが本当はそんな事望んでいないって」
「冗談なんかじゃないわ。私は本気よ、本気で海と地上の両方を手に入れるつもりよ」
「ライア……」
「でも、一人じゃ嫌。あなたも一緒じゃなきゃ……ねぇ、一緒に行きましょう、ルー?」
こちらにクラーケンの触手を伸ばして来るライア。ルーはどうして良いか分からず、その場で固まっていると、真緒が伸ばして来た触手目掛けて剣を振り下ろし、斬り飛ばした。
「ぁあああああああああ!!?」
どうやら痛覚はあるらしく、斬り飛ばされたショックと痛みで、思わず悲鳴を上げるライア。
「マオ……お前……」
「確りして下さいルーさん!! あれはもうあなたが知っているライアさんじゃありません。水の王冠による力に溺れた、クラーケンと何も変わらない海の怪物です!!」
「だけど……だけど僕は……っ!!?」
真緒が説得するが、どうしても受け入れる事が出来ず、立ち尽くすしかないルー。するとクラーケンの触手がルーの体に巻き付き、天高く持ち上げられる。
「うわぁああああああああ!!?」
「ルーさん!!」
そして触手で身動きが取れない状態のまま、ライアの側まで運ばれる。
「心配しないで、ルー。二人の夢を邪魔する連中は、私が全員殺してあげるからね」
「駄目だ……ライア……そんな事をしちゃ……」
最早、ルーの声は届いていなかった。光が宿っていないライアの目が、真緒達に向けられる。それに対して、真緒達は武器を構える。
「さぁ、二人の門出を祝う贄となりなさい!!!」
こうしてスキュラこと、ライアとの戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
甦り、水の王冠という力を手に入れたライア。
更に、歪んでしまった愛情が彼女の狂気を加速させる。
次回、スキュラと化したライアとの全面対決となります。
という事で今回はここまで!!
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