笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ 作:マーキ・ヘイト
果たして無事に抜け出せるのだろうか!?
「(ど、どうしよう!! まさか女湯で師匠と鉢合わせするなんて!! って、それよりも何で師匠が女湯に!!? ま、まさか私の……は、裸を覗きに……いやいや、そうだったら女として少し嬉しい気もするけど、あんな呑気に体を洗っている訳が無い!! そうだとしたら残る可能性は…………はっ!!?)」
その時、真緒の脳裏に電流が走る。もしかしたら男湯と女湯を間違えているのは自分の方なのでは無いか。仮にここが女湯だとした場合、本来ならこの場にいる筈のハナコとリーマの姿が見えないのは可笑しい。
そして、ここが男湯だった場合、ハナコとリーマの姿が見えず、エジタスだけがいるのにも説明が付く。
「(や、やっちゃったぁああああああああああ!!! 何やってるの私!! 今すぐここから出ないと……あぁ、でもそんな事をしたら途中で師匠に見つかっちゃう。そうしたら絶対変態だと思われちゃうよ……)」
何とか勘違いは自己解決出来たが、状況は何も進展していない。いったいどうすれば良いかと手をこまねいている中、パッと閃く。
「(そ、そうだ!! “ライト”を使って師匠の目を眩ませている内に、急いで出れば良いんだ。でも……)」
見つからない様、岩影に隠れながら様子を伺う真緒。濃い湯気の影響でぼんやりとしか分からないが、どうやらエジタスは念入りに体を洗っている様だった。
「(この濃い湯気のせいで、“ライト”を放っても光が分散しちゃう。他の手を考えなくちゃ……)」
湯船に浸かって頭に血が上っているせいか、はたまた好きな相手と裸同士で、同じ空間にいるという恥ずかしさからなのか、この濃い湯気の中なら顔まではハッキリと見えず、簡単に出られる事に気が付いていない。
どうにかして、エジタスの注意を他に逸らす事ばかり考えてしまっている。
「(それなら……何か物を投げて音を立てる!! これならシンプルで成功しやすい……って、馬鹿なの私は!! 今の私は裸で湯船に浸かっているのよ!! 投げられる物なんか無い!!)」
ここでも真緒は痛恨のミスを犯してしまう。今、隠れている岩の一部分をもぎ取り、投げる物として使えば上手く行っていた。公共施設の物を破壊してはいけないという無意識が働いた結果だ。
真緒は頭に乗せていたタオルを手に取ると、強く握り締める。
「(魔法以外で私の手元にあるのはこのタオルだけ……けど、それは向こうだって同じ事!! 師匠だって今は裸で無防備…………裸?)」
その瞬間、真緒はタオルを握り締める手を緩める。何故、そんな事を思い付いたのかは分からない。頭に血が上り、可笑しくなっていたのか、はたまた心の何処かではそう思っていたのか。
「(師匠も裸という事は……今なら見れる!? 師匠の素顔が!!?)」
顔は愚か素肌すら見せない格好をしていたエジタス。ミステリアスである一方、その仮面に隠された素顔がずっと気になっていた。それが今、風呂というこの場面だからこそ見る事が出来る。
「(前に一度、師匠に素顔を見せて欲しいとお願いした事がある。だけどその時は…………)」
“申し訳ありませんが、それは出来ないんですよ~。この仮面は言わば私のアイデンティティーその物。これを外すという事は、私という存在じゃ無くなるという事。いくらマオさんの頼みでも、聞く事は出来ませんね~”
「(それからも、のらりくらりと避けられて来たけど、今なら見れる!! 師匠の素顔を!!)」
最早、この場から出る事をすっかりと忘れ、エジタスの顔を拝む事だけに心血を注ぎ始める真緒。岩影からこっそりと様子を伺うが、やはり濃い湯気のせいで見えるのは黒っぽいシルエットのみ。肝心の素顔は見えずにいた。
「(っ!! ここからじゃよく見えない。それなら、もっと近付いて……)」
遂に真緒は隠れていた岩から離れ、エジタスの方へと近付いて行く。ゆっくり……静かに……湯を掻き分ける音を立てずに近付いて行く。
やがて、黒っぽいシルエットの形がハッキリとし始め、その全貌が明らかとなる。
「(こ、これは……!!!)」
「~~♪~~♪~~~♪」
その姿に真緒は思わず勢いよく立ち上がってしまう。当然、湯船からは大きな音が鳴り響き、それまで聞こえていたエジタスの鼻唄も鳴り止み、ゆっくりと真緒の方向へと振り返る。
真緒が見たエジタスの姿。それは……。
全身を泡でモコモコに包み込み、一切素肌を見せずにまるで羊の様に体を洗う姿であった。唯一、露出している顔もあの仮面を被っており、見る事は出来なかった。
「「…………」」
固まって見つめ合う二人。数秒経った頃だろう、外気に触れて体と頭が冷えた真緒は、冷静に今の自分の姿を見つめる。裸だ。エジタスは全身を泡でコーティングしている為、辛うじて貞操は保てているが、真緒は驚きから立ち上がってしまった為、生まれたての姿だった。タオルも握り締めていたせいで、隠す暇が無かった。
湯上がりか、はたまた恥ずかしさからか、真緒の体がみるみる内に真っ赤に染まっていき、そして次の瞬間……。
「きゃあああああああああああ!!!」
と、“エジタス”が先に悲鳴を上げる。普通“逆”では? そんな事を考える余裕など勿論ある訳も無く、真緒は慌ててタオルを体に巻いて素肌を隠した。
「あ、あの師匠……これはその深い事情があって……」
「いいから、出て行って下さい!!」
「は、はい!!」
これもまた“逆”だ。女性である真緒の方が言い訳をし、男性であるエジタスの方が出て行く様に促す。真緒はエジタスに急かされ、慌てて湯船から出ると脱衣所へと走っていく。
「走らないで下さい!!」
「は、はい!!」
その姿にエジタスが一喝。真緒は情けなくヒョコヒョコと早歩きで、脱衣所へと向かうのであった。
「…………」
一人残ったエジタスは、全身に纏っていた泡を湯船のお湯で洗い流す。そして指をパチンと鳴らすと、湯気が先程よりも濃くなり始める。
「念の為に全身を泡で包んでおいて良かった。湯気を転移魔法でその場に留めておくだけでは、不安でしたからね~。でも、本当に良かった。もし、マオさんが私の素顔を見ていたら……」
エジタスはゆっくりと湯船に浸かる。
「あぁ~~……“お別れ”する事になっちゃいますからね~」
気持ちよさから声と両腕を上げて、大きく伸びをするエジタス。そしてそのまま流れる様に後ろに倒れ、湯船の中に沈んでいくのであった。
***
「はぁ……はぁ……はぁ……」
脱衣所から急いで着替え、ロビーまで走って来た真緒。温泉に入った筈なのにどっと疲れ、全身から嫌な汗が吹き出していた。
「はぁー、気持ち良かった」
「んだぁ、広ぐで最高だっだだぁ」
「でも、ハナコさん。湯船で泳ぐのはいけない事ですからね」
「えへへ、ごめんなざいだぁ。あれっ、マオぢゃん?」
それと同時に女湯から出て来たハナコとリーマの二人。どうやらすっかりと温泉を満喫して来た様だった。そこで乱れた服を着て、疲れ果てている真緒を発見する。
「マオさん、姿が見えませんでしたけど、いったい何処にいたんですか?」
「……あはは……いや、ちょっと……温泉に浸かっててね……」
「それにしては、随分と疲れている様子ですけど……」
「湯中りしただけだから……気にしないで……」
この日、真緒は誓った。もう二度と、エジタスの素顔を詮索しないと。そして、必ず女湯である事を確認する事を。
「もう……温泉はこりごり……」
そう呟く真緒だったが、彼女は気が付いていない。この後、湯船から上がって来たエジタスと会い、気まずい雰囲気になってしまう事に……。
以上、ちょっとしたハプニング回でした。
次回はちゃんと進むので安心して下さい。
という所で、今回はここまで!!
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