笑顔の絶えない世界~道楽の道化師の軌跡~ 作:マーキ・ヘイト
トハとミズクが別れてから数分後。ヘルマウンテンの方向から一つの巨大な“影”が里に近付いて来る。
雲ではない。里の半分を覆い尽くす大きさをしたその影は、雲にしてはあまりにも速過ぎた。
よく見れば形も可笑しい。雲と異なり、形が左右でハッキリとしているのだ。それはまるで両翼を広げる鳥の様な形をしていた。
当然、里の殆どの者が異常に気が付き、その正体を確かめようと空を見上げる。が、しかし……。
そこには何も無かった。いつも通りの空が広がっているだけだった。なのに、自分達の足下を巨大な影が通り過ぎていく。この矛盾に里の者達は「小さな鳥に太陽の光が上手い事当たっているのだろう」と、特に気にも留めなかった。
そうして、巨大な影は真っ直ぐとミズクが向かった商店方面へと突き進んで行くのであった。
***
この鳥人の里で唯一の商店。しかし、客足はあまり良くない。というのも、鳥人族は基本自給自足の生活を心掛けている。女子供関係無く、自身の食いぶちを手に入れる為、他者によって用意された食料をわざわざ金銭を払ってまで手に入れる事は、鳥人族の誇りが許さない。
ではいったい誰がこの商店を利用するのか。それは過去に狩りや戦いで負傷し、自力での食料確保が困難になってしまった者や、年ゆえに思う様に体が動かない者など、やむを得ない事情を抱える者達が商店を利用している。
そしてミズクもまた、いつ生まれるか分からない我が子から片時も離れられない為、商店を利用している。今日も大事な我が子である卵を抱えながら、商店前に降り立つ。
「店長、こんにちはー」
「おや、ミズクちゃんいらっしゃい」
扉を開けて中に入ると、幾つもの棚が並べられており、それぞれ野菜や果物、魚など様々な食材が陳列していた。そんな食材を仕分けている鳥人が一人。
エプロン姿の恰幅の良い大柄な女性だった。店長と呼ばれたその女性は、ミズクの存在に気が付くと仕分けの手を止めて、近付いて来る。
「今日は何が欲しいんだい?」
「えっと、野菜と旬の魚を頂ければ……」
「それなら丁度良いのが入ったよ」
そう言うと店長は、魚コーナーから何匹か見繕うと袋に入れてミズクに手渡す。
「いつもありがとうございます……って、あれ?」
ミズクが袋を受け取ると、旬の魚が入った物とは別に頼んでいない果物が入っている袋も一緒に手渡される。
「それはおばちゃんからのサービス」
「そんな受け取れませんよ」
「いいのいいの。どうせ置いてたって、買う人なんて殆どいないんだから。ミズクちゃんだけだよ。こうして毎日欠かさず通ってくれているのは」
「欠かさずだなんて。私は只普通に買い物しているだけですから」
「全く他の奴らときたら、素直に買いに来ればいいのに施しは受けないだなんだ言って、いつも餓死寸前になるまで粘るんだから……それで食料を届ける身にもなって欲しいもんだよ」
「店長にはいつもお世話になっています」
「あらヤダ、ごめんなさいね。こんなおばちゃんの愚痴を聞かせちゃって。ともかくミズクちゃんには感謝してるんだよ。おばちゃんももう年だからね、狩りなんか出来ないだろう? けど、食料は毎日確保しないといけない。だから思い切って里で唯一の商店を先代から引き継いで、自分の食いぶちを手に入れる次いでに他の困っている連中にも手を差し出そうと思ったんだよ」
「店長には感謝しています。私も本当は狩りに出掛けたいけど、この子の事が心配で……」
そう言いながらミズクは、抱えている卵を優しく撫でる。
「あれ、まだ孵ってなかったのかい?」
「はい、お医者さんが言うには、いつ生まれても可笑しくないらしいんですけど、心配で最近はずっと眠らずに見守っているんです」
「へー、親子は似るって言うけど本当なんだね」
「どう言う意味ですか?」
「おや、トハさんから聞いてないかい? トハさんがミズクちゃんを生んだ時、時期をとっくに過ぎているのに中々卵が孵らないから、トハさん心配で24時間不眠不休で見守っていたんだよ」
「お母さんが!!? そんな話、初めて聞きました」
「あの人は鳥人族の中でも、一番の誇りと責任感が強い人だからね。例え身内でも、過去は語りたがらないんだろう」
「お母さん……」
ミズクはほっこりとした様子で柔らかな笑みを浮かべる。先程よりも我が子である卵を優しく撫でる。その姿を微笑ましそうに眺める店長。
「おっと、忘れる所だった。後、野菜だったね。ちょっと待ってておくれ、そっちも新鮮で良いのが入ったんだよ」
ふと思い出した店長は、急ぎ足で野菜コーナーへと歩き、野菜を選別して袋に詰め込んでいく。
「まぁ、こんな所だろうね」
「本当に何から何までありがとうございます」
「気にしないで。子供を抱えながらじゃ、買い物もしづらいだろ。それじゃあ、ちょっくらお代を合計して来るからそれまで……」
と、そこまで言い掛けた次の瞬間、太陽の光が当たって明るかった店内に一瞬で影が差し込んだ。
「おやまぁ、もしかして雲って来たかい? ミズクちゃん、傘とか持って来てる? あれだったら、あたしの分を貸してあげるよ」
「いえいえ、さすがにそこまで甘える訳にはいきません」
「あら、若いのに遠慮なんかしちゃ駄目よ。良いから持って行きなさい。それで卵が濡れて冷えちゃ、孵る物も孵らないわよ」
「……そうですね、すみません。お願いします」
「まぁ、とは言うもののまずは本当に降ってるかどうか確かめないとね」
そう言いながら、窓越しから空の様子を確かめる。が、そこには店内全体を覆い隠す様な雲は無く、いつも通りの空が広がっている。また、肝心の太陽も元気に顔を出している。
「可笑しいわね……てっきり曇ってると思ったんだけど……」
「…………あら?」
店長が不思議に思っていると、ミズクの抱えている卵が微かに動いて見せた。
「て、店長!!? た、卵が!!?」
「何ですって!!?」
ミズクの声に反応して、店長は窓から離れると慌ててミズクの側へと駆け寄る。
「い、いったいどうしたら!!?」
何せ初めての経験に、何をどうしたら良いのか分からず、混乱してしまうミズク。そんな彼女に店長が両肩に手を置いて、優しく話し掛ける。
「一先ず深呼吸よ。もうすぐ母親になるんだから、堂々としてなさい。トハさんがそうであった様にね」
「お母さんと同じ様に……すぅー、はぁー、店長ありがとうございます」
店長の助言で少し落ち着く事が出来たミズク。その間にも卵はカタカタと小刻みに揺れている。
「それじゃあ、あたしはちょっと離れてるよ。生まれたその子が間違ってあたしを見たら大変だからね」
刷り込み。生まれた雛鳥が初めて見た者を母親と思う現象。賢い鳥人族も例外では無く、過去にそうしたご近所でのトラブルがあった。それを危惧して店長はミズクと卵から少し離れる。そして気が付いた。
「……あら? 揺れてる?」
揺れてるのは卵だけじゃ無かった。店全体が微かに揺れていたのだ。卵の揺れは、あくまで店の揺れによる物だった。
嫌な予感がする。長年の勘が働く店長は、未だに卵が孵るのを待っているミズクに声を掛ける。
「ねぇ、一旦外に……っ!!?」
バゴン!!!
その瞬間、けたたましい音が周囲に鳴り響いたかと思うと、店の屋根が崩れ、ミズクと店長の二人目掛けて大量の瓦礫が降り注ぐ。
「「!!?」」
当然、この突然の出来事に対処出来る訳も無く、二人は呆気なく瓦礫の下敷きになってしまうのであった。
***
「……うぅ……」
ミズクが目を覚ますと、周囲は屋根から崩れ落ちた瓦礫によってめちゃくちゃになっていた。ミズクも瓦礫に片足を挟まれてしまい、身動きが取れない状況だったが、奇跡的に卵はむきずのまま手の届く範囲に転がっていた。
「あぁ……良かった……店長……店長……無事です……か?」
我が子の安全を確かめたミズク。次に店長の安否を確かめようと、何度も呼び掛けるが返事は返って来ない。店長がいたであろう場所に目線を向けるがそこには……。
「て、店長……?」
瓦礫に頭を押し潰され、見るも無惨な姿となった店長の死体が転がっていた。
「そんな……どうして……!!!」
つい数秒前まで楽しく会話していた筈なのに。何故、こんな事になってしまったのか。ミズクはやるせない想いと悲しみに押し潰されそうだった。すると、その時だった。
ミズクの背後で物音が聞こえる。何かを物色する音。こんな状況でそんな事をするのは、間違いなく屋根を崩した張本人。
「(許さない……絶対に許さない!! その薄汚い泥棒の姿を見せて貰うわ!!)」
自分達をこんな目に遭わせた奴の姿を一目見ようと振り返るミズク。
「!!? まさか……そんなっ!!?」
***
ミズク達がいる商店が崩れる数分前。トハ率いる精鋭部隊は、盗人の情報をかき集めていた。
「それで? あんたの所は何を盗まれたんだ?」
「別に大した物じゃ無いさ。備蓄してあった食料や、普段使ってる腰巻き……それと焚き火用の薪を何本か」
「成る程、他には?」
「そうだな……あっ、そう言えば……」
「何だ?」
「抜け落ちた羽を一袋にまとめて、後で捨てようと思ったんだけど、それも盗まれてたな」
「羽だって?」
「あぁ、所々土で汚れているから金銭的価値も無いだろうに……何でだろうな?」
「……分かった、情報提供に感謝するよ」
「いやー、あのトハさん直々に調べて貰えるとは。こう言ってはなんですが、盗まれて寧ろラッキーでしたよ」
「ふっ、そんな事を言う元気があるなら大丈夫そうだな。それじゃあ」
そう言うとトハは、その場を後にする。
「隊長!!」
「お前らか、何か目ぼしい成果はあったか?」
「いえ、それが何も……どうやら敵は相当な手練れの様です」
「その様だな。だが、このまま諦める訳にもいかない。引き続き調査を……っ!!?」
そう言い掛けた瞬間、けたたましい爆音が鳴り響く。一同、音の発生源付近に顔を向ける。
「あそこは確か……ミズクさんが向かった……隊長!!?」
誰かが呟くと同時に、トハは目にも止まらぬ速さで商店に向かって飛んでいく。部下達も必死に追い掛けようとするが、引き離されてしまった。
***
トハに引き離されてから数分後。遅れて部下達も商店付近に辿り着いた。
「隊長、いったい何処に……」
「おい、あそこを見ろ!!?」
一人が指差す方向に全員が顔を向けると、そこにトハはいた。地面に座り込む隊長の姿に、一同が安堵して近付く。
「隊長、ご無事でしたか」
「……かの」
「隊長?」
様子が可笑しい。心配になった部下が、トハの肩に手を置いて顔を確かめる。すると……。
「「「「「!!!」」」」」
「めしはまだかのー」
まるで何百年も時が過ぎ去ったかの様に、すっかりと羽は抜け落ち、ヨボヨボの肌となり、口からはヨダレを垂らして、左右の目は明後日の方向を向いた、変わり果てたトハの姿があった。
「た、隊長!!? いったい何があったのですか!!?」
「ミズク……フォルちゃん……きょうは……さんにんでたべましょうねー」
「ミズク? フォルちゃん? いったい何を……はっ!!?」
そして部下は気が付いた。トハの目の前には、血塗れで倒れるミズクの姿と、その傍らには粉々に踏み潰された卵がある事に……。
「まさか……そんな……」
「フォルちゃんはくいしんぼうさんだねー。ほーら、おばあちゃんのぶんもおたべー」
後に“英雄の墜落”として語られるこの事件。犯人は未だに捕まっていない。
今回はここまで!!
次回もお楽しみに!!
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