ティアラメンツデッキのエースである。
テーマの仲間たちとともに苦難も体調不良も乗り越えて、マスターに久方ぶりの勝利を捧げた。
そんな彼女が抱える秘密の話。
※某所に投稿したものになります。
──久しぶりに、マスターが決闘で勝利を掴んだ。
小さいながらも賑わう祝勝会の、その片隅。ルルカロスは一人、せっせと腕に包帯を巻いていた。
今日もまた、彼女はエースの一人として大活躍だった。敵の動きを差し止め、自軍の動きは助ける。そして剣を振るっては敵をつくづくなぎ払う輝きぶり。
それでも、多少の怪我は負ってしまったが。そうして手当てをしていると、シェイレーンが静かに近寄ってくる。
「ねぇ……姉さま、大丈夫なの」
「どうしたの、シェイレーン。怪我ならもう包帯したから大丈夫よ」
「だってこの前、姉さま、倒れて寝込んでいたじゃないの。それなのに、あんなにいっぱい戦って、怪我もして……それで大丈夫なんて」
「このくらいいつものことでしょう?」
でも、とシェイレーンは不安を隠さない。そう思ってしまうのは、ルルカロスにも理解できる。
「ベッドでずっとうなされて、ずっと起きなくて……私たちもみんなも、心配してたんだからぁ……!」
「ふふ、そうね、心配させちゃったわ。でも大丈夫! こうして元気になったわよ」
「ほんとに? 姉さま、いつも無茶するんだから…ミド姉さまも泣きそうだったし、魔神王さまなんてあんなにいっぱい泥吐いてたのよ……?」
「だからこそよ。自分の限界くらいよくわかってるんだから」
「じゃあ、なんで倒れるのよ」
「頑張りすぎちゃった、かな?」
「なによ、それ……」
「あなたにもきっとわかる時が来るわ。ほら、マスターも気にしてるから行ってあげなさいな。あいつに取られちゃうわよ?」
「えぇー?」
くるりとその身を回してあげれば、不満の声をあげる。けれどもそれも、一瞬だ。
「もう誤魔化さない──あぁっ!? ちょっとレ! マスターに絡まないでよ!」
「おいおい、語弊のある言い方をな、いやまてレとは何だ貴様レとは!?」
「あんたなんかレで十分よ!」
声を張り上げ、やいやいとレイノハートを押し退けて、ずいとマスターの胸元にシェイレーンが飛び込んだ。
ぎゅうとくっつくその反対、するりとマスターの背後にハゥフニスが寄り添う。
その周りを元気にメイルゥが跳ね回り、レイノハートはその様子を呆れたように眺め、付き合ってられんと首をふる。
いつものような光景で──それでもどこか、空元気。
ルルカロスが倒れたとは言うけれど、それはみんなも似たようなもの。大なり小なりみんな寝込んでいたものだ。
その時からだろうか、体の中から何か──それこそ魂のような──を持っていかれたように、皆の覇気はどこか欠けている。
シェイレーンはマスターを不安にさせないためか、普段よりもどこか触れあう距離も近くなっている。
それがまた一層不安にさせるのだから、難しいもの。
ハゥフニスも、よりしっとりすり寄って、ぎこちなくも懸命に語りかけている。
いつもはもっと奥手で強くは出れなくて、でもそれで満足していただろうに。
メイルゥも、それらを察してか自ずと皆の手伝いを優先してあちこちへと駆け回る。
もっと遊んでとばかりに、いつも甘えてはしゃいでいたのに。
見物に回るレイノハートとて、そうだ。いつもならもっと陰険で陰湿に、しつこく騒ぎたてるはずなのだ。
おかしいのを隠していても、こうして離れて見てみれば、その違いがよくわかる。
お陰で、いつも応援を頼む地天使やシャドールに氷水などの皆さまも、その数は多くなる。
私たちのため、と彼らは言うけれど、出番が来たと気張る姿は自分たちこそが主役と言うかのよう。
それもまた正しい姿ではあるけれど──
「悔しいなぁ……」
ぽつりとにじむ、心のしこりは拭えない。
「何がだ?」
「調子が出ないことかしら」
いつの間にか隣にはヴィサスがいる。相も変わらず神出鬼没。疑問に思うこともなくなった。
デッキに混ざっては役に立つのか立たないのかよくわからない動きをするこの男は、今日も表情の読めない顔をする。
「そのわりにはよく動けていたが」
「あれが出来る精一杯よ。というか見てたの?」
「いけないのか?」
何故だと問う瞳はからかいなどどこにもない。
いっそ純粋で、それこそ澄んだ海すら思わせる。眩しくて、きれいで、思わず目をそらす。
「精一杯出来たのなら、それでいいんじゃないか」
「手伝ってもらってようやくよ。笑われてもおかしくない」
「俺もよくやる。問題はない、やれるだけのことをすればいいだけだ」
はっきりと、ヴィサスは言いきる。
「お前も、だから"そう"したのだろう?」
「……女の子にお前呼びは止めなさいよ」
あぁ、だからこいつは嫌なのだ。ずけずけと踏み込んで、肝心なことを見透かして、思うがままに言ってくる。
「……笑わないの。こんな無茶したのに」
「何故笑う必要が…?」
心底わからぬとばかりに首を傾げるその姿に、ルルカロスも笑う。やっぱりこいつ、ただの考えなしじゃなかろうか。
「ほんと、ちっちゃい相棒さんはよくあなたと付き合えるわよね。なんか今日は見ないけど」
「別用だ。赤いのを呼びに行って──ああそうだ、そこの青いのを借りても?」
示す先にはレイノハート。
「あいつなら良いでしょうけど……なんかあったの?」
「何かわからないが誘いをもらった。三人揃えて会ってくる」
そういってかざした便箋はほのかに光を帯びて、その中から花びらが今も舞い散っていく。
輝く桜の花に、ルルカロスも思わず目を細めた。
「いってらっしゃい。粗相がないようにしなさいよ」
「あぁ、問題ない。よく言っておく」
「あんたに言ってるのよ……」
いきなりのヴィサスに反発するレの姿を横目に、ルルカロスはため息一つ。
「できること、ね。私は…わたしなんだから……」
抑えた腕の包帯に、じわりと滲むものがある。
血のようなそれは、薄汚れた黒の色。くすんだ泥。
触れてみれば砂利混じりの違和感だけが、布ごしに伝わってくる。
他のみんなのように何かが欠けたのは、ルルカロスとて同じこと。
寝込んだだけの他のみんなと違うのは、一度、限界を迎えていたこと。
寝床で溶けて消えそうになりながら、沼地の魔神王にこっそり頼んだ埋め合わせは、こうしてしっかり機能している。
何も、変わりはない。ただ、血肉が泥に成り代わっただけで──
その身を代われるほどの大量の泥。体は軋むけれども、動けることは先ほどしっかり証明できた。
濁った泥の体は、いつかはバレてしまうかもしれない。けれども、そんなことまで心配させたくはなかった。
寝込んだだけで、あんなに心配させたのだから、今度は……
「だから、大丈夫よ……大丈夫、私、みんなのお姉さんだもの……」
「姉さまぁー!」
あぁ、みんなが、マスターが呼んでいる。腕を振って、笑ってやってくる──
ルルカロスは震える腕をそっと抑え込んで、精一杯の微笑みを返した。