【最難関】ぼっち・ざ・ろっく!のギャルゲーで喜多ちゃんを攻略してみた【一年目攻略】 作:くじょう
なおこの話には原作5巻の内容を含みますのでネタバレを避けたい方はブラウザバック推奨です。
「カンナ、まだ時間大丈夫か?」
「……? えぇ、まぁ」
「ん。じゃあちょっと付き合えよ」
食器の後片付けをする虹夏を手伝った後、ちょうど家に帰ろうという時に星歌さんに呼び止められる。
珍しいこともあるもんだ、なんて思いながらも、特にすることもなかったから了承した。
俺は虹夏と一言二言交わしてから伊地知家を後にして、星歌さんに着いていった。程なくして到着したのは自販機とベンチだけが置かれた休憩スペース。
「なんか飲む? 奢るけど」
「じゃあコーヒーをお願いします。ブラックで」
「はっ、ませてんなぁ」
「別にいいじゃないですか」
食後にコーヒー飲むとスッキリして良いでしょ——とか言いかけて、やっぱりやめた。ここで変に言葉を重ねるのも子供っぽい。
「どうも。ありがとうございます」
真っ黒なスチール缶を受け取って礼を言う。ベンチに座ってプルタブを起こすと、リンゴジュースを手にした星歌さんが隣に腰を下ろした。
「……好きっすね。そのジュース」
「うっせ。別にいいだろ」
意趣返しとばかりに揶揄うと、彼女もまた俺と同じような反応を返す。それがなんだかおかしくて、互いに顔を合わせながらくつくつと笑った。
ひとしきりそうした後、星歌さんは息をつく。俺はその仕草に紫煙を幻視した。
「夏でも夜は案外冷えるな」
「えぇ。そうですね」
周辺には俺と星歌さん以外の気配はなく、自販機の稼働音だけが夜空に響いている。
わざわざこんなところに連れてきたということは、何か俺に話でもあるんだろうか。そう考えてちびちびとコーヒーを飲んでいたのだが、しかし話が振られるような気配は一向になく。
缶の中身が半分くらいになったあたりで痺れを切らした俺は、自分から彼女に意図を尋ねることにした。
「俺に何か用でもあるんですか?」
「なんでそうなるんだよ」
「貴女、駄弁るためだけにこんな所に連れて来るような質じゃないでしょ。そう考えるのが自然です」
「……敵わねえな、まったく」
頭を掻きながら脚を組む。両手を組んで身体を伸ばすと、背もたれに体重を預けた。
「虹夏のことで、ちょっとな」
そう言って、星歌さんは続く言葉を紡ぐように唸りながら顎に手を当てた。やたらと神妙な面持ち。心なしかその声も重い。
俺は姉妹の間に何かあったのかと勘繰ったが、今日の二人の様子を見る限りおかしな点はなかった。
内容に見当が付かない。だから俺はただコーヒーを一口含んで彼女の言葉が続くのを待つ。
数秒の間そうしていると彼女は口を開いた。
「なんつーかさ、アイツ最近面倒くさくね?」
「長考した割に言葉の切れ味が鋭い」
こういう時は普通オブラートな表現を探すものではなかろうか。言葉に飾り気がないのは星歌さんらしいが、今回ばかりは流石に苦笑を禁じ得なかった。
「……ま、言いたいことは分からんでもないですが」
そう呟くと、彼女はこちらを一瞥した。言外に「詳しく話せ」とでも言いたげな表情だ。
それを受けて俺は虹夏の姿を思い起こし、返す言葉を検討する。虹夏が俺やリョウに構いたがるのは昔からだが、やはりここ最近はそういう言動が顕著——というか異常なほどに見られる。
そこにはきっと誤解も誤謬もない。夜風に吹かれる髪を片手で押さえながら自分の考えを口にした。
「なんというか、虹夏は最近やたらと俺に絡みに来る節があるように感じるんです。俺としては別に鬱陶しいとか思わないんですが、星歌さんが面倒だと言ったのは多分こういう所かなと思って」
「……はは。なるほど、やっぱそうか」
色々な感情が綯交ぜになったような、そんな笑い方だった。
「私がバンドやってた時と同じだな」
「同じ、というと?」
聞くと星歌さんは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せる。かと思えば一息にベンチから立ち上がって、ギリギリ俺に届くかどうかの声量で「まぁ、お前ならいいか」と呟くと空を見上げた。
「私さ、三年前に母親が死ぬ時まで家族のことなんて煩わしいと思ってたんだ。あの時はバンドやったり、友達と馬鹿やったりするのが私の全部だったから」
どこか遠い目をしながらの独白。さながら古いアルバムでも眺めるような横顔に閉口する。
「だから遊びたい盛りの虹夏にもロクに構ってやれなくてさ。おかげで練習中にアンプの音量いじられたり、普通に過ごしてる時もちょっかいかけられたりしたんだよ。今となっちゃいい思い出だけどな」
どこかで聞いたような話だった。言われてみれば、三年前くらいに虹夏がよくそんな話をしていた覚えがある。やれ『お姉ちゃんが遊んでくれない』とか『ギターもバンド嫌い』とか。
話というよりも愚痴のような感じではあったが。
脳裏にかつての映像を思い起こしているとつい意識が内面に向く。それを察したのか、星歌さんは二、三度咳払いをした。
「同じってのはつまり、虹夏はお前をギターに奪られたと思って妬いてるってことだ。本人が自覚してるかは知らないけど、姉の私からはそう見える」
「……妬いてる、ですか」
呟きながら彼女の言葉を咀嚼する。一番容易な解釈、もとい主張の要点は“もっと虹夏に構ってやれ”といったところだろう。
そう思い至った所でそれが夕飯の時の出来事が繋がり、思わずため息をついた。相変わらずやり方が雑というか、不器用というか。
俺は眉間を指で押さえたくなるのを堪えながら、小さく息をついた。
「急に『毎朝起こしに行ってやれ』なんて言ったのはそういうことでしたか。……確かに虹夏のガス抜きのためにはそれがいいのかもしれませんけど、普通妹が一人で男の家に行くように嗾けたりします? 俺がアイツに手を出さない保証なんてないでしょ」
「別に合意の上なら手ぇ出したっていいよ。お前にそんな勇気があるとは思えないけどな」
「今絶対にひとこと余計でしたよね!?」
抗議する俺に対して星歌さんは余裕のある笑みを返す。その顔に十二年分の経験の差を感じて、思わず押し黙った。
「ま、私としちゃお前らの仲が良好なら関係なんてなんだっていいんだよ。だからこれからも虹夏によくしてやってくれ。……私の夢のためにもな」
「星歌さんの夢? なんです、それ」
聞き返すと、彼女は俺のリアクションに心底意外そうな顔をして。
「あれ。話したことなかったっけ? 下北沢でライブハウス作ろうとしてる話とか」
「全くもって初耳ですよ」
金髪をかき上げながら、さらっとそんなことを言ってのける。
虹夏から星歌さんがバンドをやめたと聞いた時には心底驚いたものだが、今はライブの運営側としてロックに携わろうとしているということだろうか。
「素敵な夢じゃないですか。自分のライブハウスを持つの。微力ですが俺も応援しますよ」
「いや、ライブハウス作るのまでは既定路線だから。私の夢はもっと先だよ」
星歌さんはまっすぐに俺に向き直ると、ベンチに座る俺の額に人差し指を突き立てた。
その指先はまるで職人のように硬く、彼女がギターに注いだ愛情の深さを物語っている。自分の五指が情けなく感じるほどだった。
正直に言って、何故それほどの人間が自分のバンドを抜けてまでライブハウスを持とうと思ったのかは疑問だった。
聞くところによると彼女のバンドはレーベルからも声がかかっていたらしいし、素人目で見てもインディーズの中では頭ひとつ抜けた実力を持っていた。
しかしその疑問は彼女の夢を聞くことで解消されることとなる。差し詰め彼女は筋金入りのシスコンで、どこまでも不器用な優しさを持った女性なのだと納得したからだ。
「私の夢は、自分のライブハウスで虹夏とお前らの最高のライブを見ることだ。……こうして聞いちまったからには、カンナにも付き合ってもらうからな?」
夜空の下、ふっと笑う星歌さんの顔が網膜に焼き付く。尊敬する彼女に夢を託された俺は、胸の中に熱を感じていた。
「——はい。貴女の夢は、俺が叶えます」
真っ直ぐに誓う。俺と星歌さんの約束を、月明かりだけが照らしていた。
後編はすぐに上がると言ったな。あれは嘘だ。