【最難関】ぼっち・ざ・ろっく!のギャルゲーで喜多ちゃんを攻略してみた【一年目攻略】   作:くじょう

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実家でぬくぬくしてるので初投稿です。


残酷なまでの天才性

「ざ・はむきたす? 」

「うん。それが私たちのバンド名」

 

 夏休み一週目の日曜日。俺は愛機が入ったハードケースを片手にリョウと下北沢の街を歩いていた。

 とっくに慣れたはずの道を行く足は緊張のせいか少し強張っている。なんでも今日は彼女のバンドに加入するためのオーディションをするとかで、行きつけのスタジオに向かっている最中だ。

 

 正直なところ、俺はリョウにバンドの勧誘を受けた時に“たまにセッションする集まり”程度に捉えていたのだが、その実『ざ・はむきたす』の活動形態はオリジナル曲を作成するほど本格的なものだった。

 だから突然スコアを渡されて「週末までに覚えてきて」とか言われた時には心底驚いたし、リョウの情報共有の杜撰さを改めて思い知らされた。

 

 やはり彼女の提案に二つ返事で頷くものではない。そのせいでここ一週間は授業の復習とギターの練習で忙殺される羽目になったのだ。

 虹夏が家事を手伝ってくれていなければ俺の生活は間違いなく破綻していただろう。

 

 そんなことを思いながら何度か深呼吸を繰り返していると、不意に空いた手を握られた。

 

「――不安?」

「え」

 

 思わず声が漏れた。眼前にはいつも通り何を考えているのか分からないリョウの顔がある。

 

 察するに彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。ありがたいことだが、ナチュラルに手を握るのは心臓に悪いから控えてほしい。

 

 胸中にそれまでと別種の緊張感が生まれるのを感じながら、俺はそちらに視線を向けた。

 

「まぁ、不安じゃないと言えば嘘になる。ちゃんと人前でギターを弾くのは今日が初めてなワケだし」

「……? この間私の前で弾いたでしょ」

「ノーカンだろあれは」

 

 首を傾げるリョウに苦笑する。

 

 この前のは事故みたいなものだし、そもそも付き合いの長いリョウの前と初対面の人間の前で演奏するのとでは心的負荷が段違いだ。

 

 そう伝えると、彼女は「それでも」と微笑んだ。

 

「大丈夫。カンナはここにいる誰よりも上手い。合格は間違いないし、何なら自分中心のバンドに作り替えるくらいの心づもりで演奏すればいい」

「生憎と俺にそんな野心はない。……けど、リョウがそこまで言うなら合格くらいは勝ち取ってやるよ」

「うん。その意気。最強のバンドを作るなら、これくらいは簡単に乗り越えてもらわないと」

「…………」

 

 発破をかけられて思い出す。

 

 入学式の帰り道。茜色の空。そこに叫んだ夢の像。

 

 その過程を今日歩み始めようというのだ。まさか一歩目から踏み外すわけにはいかないだろう。

 

 目指すのは“最強”だ。

 

 誰もが憧れて、誰もが夢を見て、誰もが信仰するような。そんなフロントマンになるんだろうが。

 たかが同世代を寄せ集めたバンドで一番になれない奴がそんな風になれるわけがない。

 

 俺はリョウに向き直って不敵に笑う。既に身体に緊張はなく、代わりにノイズの予兆があった。

 

「――やっぱ目標変更。今日のオーディションで俺がバンドのエースを乗っ取る」

 

 宣言と同時、エレベーターのドアが開いた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「じゃあカンナ、準備できたら好きに始めて」

「はいよ。それじゃ早速」

 

 山田の紹介でオーディションを受けに来た少年、保浦寛和は髪をハーフアップにまとめながら言った。

 

 中性的なビジュアルに静謐な表情。端正な顔立ちの中でもとりわけ目立つ翡翠色の瞳は悲壮美を湛えていて、どこまでも惹き込まれるような魅力がある。

 

 総合して彼はとびきりの美男子と言えるだろう。もし彼がフロントマンをすれば、これまでより容易に女性ファンを獲得できると思われる。

 

 しかし私はそれ故に不安感を抱いていた。

 

 私たちのバンドはスリーピースのガールズバンド。そこにもし保浦くんが新メンバーとして加わることになれば、色恋沙汰に発展するのは時間の問題だ。

 

 本気で音楽をやる上でそういった不和は避けたい。

 

 だから余程上手いプレイヤーでもない限り彼の加入には反対しようと考えていたのだが――聞いたところ、彼のギター歴は三ヵ月弱らしい。

 

 結果は見えていた。山田が出した条件は満場一致の場合のみ加入だ。

 懸念を持つ私はもちろんのこと、ポジションが被る現ギターボーカルの七瀬も簡単には賛同しないだろうから、彼がこのオーディションを突破するのは困難を極めるだろう。

 

 そんなことを思いながら山田を一瞥する。

 私の予測とは裏腹に、彼女は余裕に満ちた表情で脚を組んでいた。

 

「改めて、保浦寛和です。どうぞお手柔らかに」

 

 保浦くんがそう口にした数秒後。このバンドで初めて作ったオリジナル曲のイントロが始まってすぐに、私はその異質さに目を見開いた。

 

「……なに、これ」

 

 気付けばそう呟いていた。

 

 何度も聴いたメロディだったはずだ。

 何度も聴いたフレーズだったはずだ。

 

 私たちが生み出し、私たちが誰よりも理解しているはずの楽曲。しかし目の前で彼が奏でているモノは、全く別物であるように感じられた。

 

 それは決して保浦くんのプレイが下手なわけではない。むしろ逆だ。たった三ヵ月弱でこの域に至っていることに恐れすら抱くほど、彼の演奏は優れている。

 

 ソロの演奏で映えるようなアレンジ。薄くなったサウンドを補うように複雑化された音色。

 

 例えるなら、あのギターはかつて私たちが創りたかった世界観の解答だ。普通バンド単位で描き出す正解の輪郭を、彼はたった一人で淡々と叩き込んでくる。

 

——残酷なまでの天才性。

 

 何がお手柔らかにだ。これはまるで私たちが積み上げてきたものを完膚なきまでに叩き潰すようなパフォーマンスじゃないか。

 

 実際にドラムを担当する私は機械じみたリズムキープに畏怖を覚えているし、ギタボの七瀬は圧倒的な技術と歌唱力に現を抜かしたような顔をしていた。

 

「……こんな人、どこで知り合ったの」

 

 私の声は震えていた。

 

 対して山田はこんな化け物じみたプレイを前にして、さも当然といった顔で笑いかけてくる。

 

「覚えてない。幼馴染みだから」

 

 それだけ言って、彼女は保浦くんの方に視線を戻してしまった。

 

 もう少しでちょうどアウトロに入る。その横顔には彼の描き出すメロディを楽しみたいという思いがありありと表れていた。

 

 この場で唯一山田だけがあの怪物を理解している。その事実に私は息を呑む。

 

 何故山田はアレを前にしてまともで居られるのか。

 

 曲が終わりに向かう最中、私はずっとそのことだけを考えていた。

 

「じゃあ、二曲目――」

 

 いつの間にか放心してしまった私が次に意識を取り戻したのは、彼がそう口にした時だった。

 

「待って」

 

 言いながら立ち上がる。

 

 脚が震えるせいでパイプ椅子が倒れるのも意に介さずに、私は保浦くんの前に立った。

 

「……私『ざ・はむきたす』のドラムやってる木崎。合格だよ保浦くん」

 

 右手を差し出すと、彼はそれ握り返してさほど興味なさげに「どうも」とだけ返した。




ざ・はむきたすは現状リョウが所属してたものと目されてるバンド。
ギターとドラムの名前は適当です。

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