【最難関】ぼっち・ざ・ろっく!のギャルゲーで喜多ちゃんを攻略してみた【一年目攻略】 作:くじょう
中学校の入学式が終わった。
校門の前で群れを作る同級生たちは、それぞれの親を伴って帰路についていく。
うざったい春風が髪を揺らすのを感じながら、俺はそんな彼らの様子を遠巻きに眺めていた。
ぶかぶかの制服を被るようにして着ているのは俺と同じだった。新生活に期待と不安を抱いているのも俺と同じだった。
ただ俺には、あんな笑顔で話を聞いてくれる親だけがいなかった。
それが無性に悔しくて、思わず唇を噛む。
父さんが今も生きていたら、きっとこんな思いをすることはなかったんだろう。
そんな“もしも”を想いながら、あの群れに加わる自分の姿を脳裏に描く。ひどくぼやけた輪郭が滑稽で、俺は小さく息を吐いた。
母さんが来てくれないことなんて分かっていた。
あの人が愛していたのは父さんだけで、はじめから連れ子の俺になんて興味がなかったから。
だから父さんの死後に俺との家族ごっこをやめるのは当然だと思ったし、十分な生活費を与えてくれるだけで有り難いことなんだと考えるようにした。
世の中には離婚後に養育費を出さない親もいると聞くし、それと比べれば母さんは聖人みたいなものだ。
己に言い聞かせるように瞑目して、色々なものから逃れる。現実から。思考から。そして普通の家族の有り様から。
そうしている内に何もかもが虚しくなって、死ぬのが待ち遠しくなった。自殺をする勇気もない癖に、ただ父さんに会いたいという思いだけが募る。
門出を祝う日に暗いことばかり考えていると、なんだかその内いたたまれない気分になった。
「……帰るか」
両手を余った袖ごとポケットに突っ込んで、足早に学校を後にしようと小走りになる。
校門に近付くたび知らない親子の顔が増えるせいか、歩を進めるごとに頭の中で電子音が鳴った。
うるさくてうるさくておかしくなりそうだ。メトロノームのように一定間隔で鳴り続ける電子音は、まるで時限爆弾のカウントダウンみたいに聞こえた。
3、2、1。3、2、1。3、2、1——————。
「——ちょっと、カンナくん!」
「え」
校門を出る寸前に一際大きな音が鳴る。しかし頭の中で信管が炸裂することも、俺が最後の一歩を踏み出すこともなかった。
誰かが俺の名前を呼んだせいだ。自分の世界に入っていたから、思わず間抜けな声が漏れた。見れば、二人の幼馴染み——虹夏とリョウが背後から俺の腕を掴んでいる。
「な〜に勝手に帰ろうとしてるの! 一緒に写真撮ろうって言ったじゃん」
「……あれ。そうだったっけ」
「正直私もあんまり覚えてない」
俺とリョウが顔を見合わせてそんなことを言うと、虹夏はわざとらしく肩を落としながら「この自由人どもめ……」と呻いた。
そうしていたのも束の間。彼女はすぐに立ち直って、トレードマークのサイドテールを揺らす。明るい笑顔が眩しかった。
虹夏は俺の左腕を掴んだまま昇降口の方へ歩を進める。当然右腕を掴んでいたリョウは俺に引っ張られる形になった。
中々にシュールな光景だったのだろう。そこかしこから視線を感じる。
「二人ともこっち来て! お姉ちゃん待ってるから」
「いや、引っ張られなくても歩けるって」
「だって離したら逃げるじゃん。リョウもちゃんとそっちの腕持っててね!」
「ラジャー」
「……信用ないなぁ」
苦笑しながらため息をつく。俺の記憶が正しければ、少なくともこの2人から逃げたことはないのに。
虹夏に連れられるまま、俺は背後のリョウを見やった。入学式がよっぽど退屈だったのか気怠そうにあくびをしている。こちらの視線に気付いた彼女は「何?」と首を傾げた。
「いや、こういう時にリョウが協力するのは珍しいなと思って。中学に上がって心境の変化でもあった?」
「別に。カンナを捕まえたら後でご飯奢ってくれるって虹夏が言ってたから」
「あぁ……。お前はずっと変わらなくて安心するよ」
「そんなに褒められると照れる」
「はいはい」
他愛のない会話を続けているとすぐに虹夏の姉である星歌さんの姿が見えた。バンドでギターを弾いている姿が強く印象に残っているせいか、フォーマルな服装の彼女を見るのは新鮮な気分だ。
星歌さんは俺たちの姿を認めると、団子みたいに連なった様子を見てジト目になった。
「お前ら何してんの……?」
「さぁ……電車ごっこ、っすかね」
「ガキかよ」
「そう言わんでください。俺も恥ずかしいんです」
うなだれる俺に星歌さんが微笑む。そんな表情を見て『やっぱり少し丸くなったかな』なんて思った。
数年前までの星歌さんには『御茶ノ水の魔王』の異名通り威圧感があったし、こんな風に虹夏の晴れ舞台に顔を出すこともなかった。
それが最近では一人の俺に気を遣って食事を奢ってくれたり、虹夏共々ライブハウスに連れて行ってくれたりと、妹の虹夏だけでなく他人である俺の世話まで焼いてくれているのだ。
そんなこともあって、俺は星歌さんには頭が上がらなかった。
「写真撮るんだろ。早く並べよ」
「はい。ほらリョウ、ちゃんと立ってくれ」
「え~……」
軟体動物みたいな動きをし始めたリョウをなんとか直立させ、でかでかと『入学式』と書かれた立て看板の前に連れて行く。
その間虹夏は珍しいものでも見たという顔で俺を見ていた。
「カンナくんってお姉ちゃんの言うことには忠実だよね。普段はリョウに負けず劣らず面倒くさいのに」
「あぁ。俺は星歌さんの忠実な僕だからな。星歌さんがやれと言えば臓器の一つや二つすぐに売り飛ばしてくるし、その金で新しいギターでも献上する次第だ」
「そんな爽やかな顔で言うセリフじゃないよ!?」
キレのあるツッコミを受けて虹夏と笑い合った。
そうこうしている内にスマホのカメラを準備し終えたらしい星歌さんが俺たちに合図を送る。
「お姉ちゃんも一緒に撮ってもらおうよ!」
「いや、私はいいんだよ」
と、伊地知姉妹が小競り合いを繰り広げた後。結局星歌さんが折れて四人の集合写真を撮った。
▲▽▲▽▲▽
それから少し駄弁って空が茜色に染まり始めた頃。俺たちは誰からともなく歩き出して学校を後にした。
「お姉ちゃん、用事があるって行っちゃったけど何してるんだろ」
「宇宙人と交信してくるって言ってた気がする」
「そんなわけないでしょ」
数歩だけ前を歩く二人はつい先ほど別れた星歌さんの話をしている。
俺はというと足を止めて振り返り、もう十メートルは離れたであろう校門をじっと見ていた。
一人であそこを越えようとした時、あんなにけたたましく響いていた電子音は鳴りを潜めている。
言うまでもなく、アレを止めてくれたのは虹夏とリョウ、そして星歌さんだ。
やっぱり、彼女らといる間だけは孤独を忘れられる。頭の中の電子音も止まる。
本当に恥ずかしい限りだが、俺の本当の家族はあの三人なんじゃないか。なんてロマンチックなことが頭に浮かんだ。
ともかく、俺には戸籍だけが家族関係を証明する母親よりも、事実として他人である彼女たちの方がよっぽど大切だった。それだけは確かなことだ。
「………………」
そんなことばかりを考えていると、みんなと少しでも長く一緒にいたいという感情が溢れ返る。
そのためにはどうしたらいい。どうしたらみんなとずっと一緒にいられるんだろうか。利己的な自問を繰り返した末、辿り着いた結論はひどく単純だった。
思い至った今となっては、むしろ何故これまでそうしてこなかったのかと不思議に思うくらいの解答。
そうだよ。俺もロックをやればいいじゃないか。
「カンナく〜ん! どうしたの〜!」
遠くから名前を呼ばれてはっとした。思っていたよりも長い間立ち止まっていたらしい。虹夏とリョウとの距離はいつの間にかかなり離れてしまっていた。
虹夏が大きく両手を振っているのが見える。俺はそれに応える代わりに全力でダッシュをして、逆に二人を追い抜かした。
「………………虹夏、リョウ」
息を切らしながら二人の名前を呼ぶ。虹夏は俺の奇行に狼狽していたし、普段無表情なリョウでさえも、少し心配そうな顔でこちらに手を伸ばしていた。
彼女らに笑いかけ、言外に大丈夫だと伝えた後。俺はひとつの問いを口にした。
「二人とも中学で部活やるつもりある?」
「「ない」」
虹夏とリョウの、調子の違う声が揃う。二人は互いに顔を合わせて微笑むと、それぞれの理由を述べた。
「資料を読んだ限り面白そうな部活はないし、面倒だからいい。家で楽器弾いたり音楽聞いたりする方がよっぽど有意義」
リョウはそう言って息を吐き。
「私はちょっと興味あるんだけど、部活入るとドラムの練習する時間がなくなっちゃいそうだから。お姉ちゃんのお世話もしてあげなきゃだし」
虹夏はそう言って苦笑した。
「そっか。……そうだよな」
二人の反応は想像通りだった。
彼女らはもうとっくに、学校生活以上に打ち込めるモノを見つけている。そんな人間が今更部活動になんて励もうとするわけがないのだ。
虹夏はドラム。リョウはベース。星歌さんはギター。揃いも揃って口を開けばロックにバンドだ。
俺には楽器も音楽も分からないが、一緒にいたい人間たちが愛しているのは結局のところロックなんだ。
だったら、俺もやるしかないだろ。
「——なら決めた。俺もロック始めるよ」
二人が目を見開く。
俺は畳み掛けるように言葉を紡いだ。
どうせやるなら目指すのは一番だ。一番のバンドマンになって、一番のバンドでライブがしたい。
そんな思いを二人にぶつける。
「みんなより何年も遅れてスタートすることになるけど関係ない。死ぬほど練習して誰より努力して、一番上手くなってやる。それで、それでさ…………!」
一度立ち止まって呼吸を整える。素人未満の俺がこんな荒唐無稽な夢を口にするのは憚られたが、それでもこの熱を止められる気はしなかった。
「いつか、お前らと最強のバンドを作りたい」
「——————!」
夕陽で灼けた空の下。口をついた俺の夢は、足元から伸びる影よりも長い沈黙を作り出した。
二人とも呆気に取られたような表情だ。心中では無茶を言いすぎたか、と少しだけ後悔が滲み始める。
沈黙を破ったのは、意外にもリョウだった。
この中で最もロックに熱を注ぐのが彼女だ。もしかしたら怒られるかもしれないと思って身構える。
しかしそれは徒労に終わった。
「最強、いいね。すごく漠然としてるけど悪くない」
「うん……うん! 私もまだリョウと一緒に演奏できるほど上手くないけど、いつか絶対に作ろうよ! 私たちだけの最強バンド!」
くつくつと笑うリョウに続いて、スキップでもし始めそうな調子の虹夏が俺の前に飛び出す。
俺は二人の答えを何度も反芻していた。
思い付きみたいな勢い——というか、本当に思い付きで言ったような浅はかな考えなのだが。彼女らはそれを笑わず、あまつさえ了承してくれた。
嬉しいやら気恥ずかしいやらで情緒がめちゃくちゃだ。体の芯にはまるで一世一代の告白でも終えた後のような高揚感があった。
「……何というか、舞い上がってらしくないことをした気がする。顔熱くなってきた」
「急に走り出したと思ったら『俺もロック始める!』だもんね。こっちもびっくりだよ」
「うん。走ってるカンナの顔、今日一番面白かった」
「言うなよもう……」
ニヤニヤとする二人のせいで締まらない空気になってしまったが、不思議と嫌な感じはなかった。
それはきっと、虹夏とリョウの表情がこれまでに見たことのないくらい嬉しそうだったからだ。
初めての通学路を帰る間、俺たちはずっと笑顔を湛えながら未来の話に花を咲かせた。
初のランキング入り、赤評価バーにケツを叩かれたので魂の二日連続更新です。感想や評価を付けてくださった皆様にビッグ感謝を。
ストックなしで投稿を始めてしまったので、可能な限り早く先の話が読みたい方々がいれば、今後とも是非感想や評価で筆者を殴ってみてください。
泣きながら続きを書きます。