青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
私、伊地知星歌と妹の伊地知虹夏は12歳差の姉妹だ。それは虹夏が生まれた時に私が12歳だったということ。虹夏が物心を覚えたくらいの年齢で、私は高校生あたりだったということになる。
虹夏が覚えていないような、幼い頃のエピソードだって私は覚えてる。だから昔のことでも虹夏が覚えているようなエピソードなら、私だって覚えていることになる。
覚えている。分かる。だから私はずっと悩んでる。
"パッシーを雇うことが正しかったのかを"
「パッシーくんですか。私は大助かりですよ。バカなのに仕事の覚えはいいですし、働き者ですから」
「お前はそう言うだろうな」
PAを担当してるこいつからしたらそうなる。いや、他のスタッフもそう言う。パッシーは特に機材系に興味を持つから、時間があると聞きに行ってその仕事を覚える。突き詰め始めたら機材のメンテナンスまで覚えそうになってる。男心がくすぐられるからだとか。女だから欠片も共感できねぇ。
店長をやってる私からしても、働き者のパッシーは助かる。ぼっちちゃんたちが働くようになってからは、主にぼっちちゃんのフォローが増えてるけど、教育の手間が省けるのは楽だ。
パッシーがいるとぼっちちゃんも、普段よりは前向きに努力できるみたいだし。
でも、虹夏の姉としては素直に喜べない。
「まずは私に挨拶しに来いってやつですか? シスコンですもんね」
「ここが店内じゃなかったらシメてたわ」
「お酒の席では無礼講ということで」
「お前が言うな」
「それで、虹夏ちゃんがどうかしました? たしかに最近……花火大会の後くらいから、少しぎくしゃくしてるみたいですけど。見てる感じ、パッシーくんはいつも通りですよね。返事待ちとか?」
「えぇー? 先輩の妹ちゃん告白されたんですかー?」
「なんでここにいんだよ」
「だってここ居酒屋ですよ!」
「お前が言うと理由になるな」
酔っ払い常習犯の廣井きくり。大学の後輩で、ぼっちちゃんとはいつの間にか知り合ってた。ぼっちちゃんを気に入ってるようで、台風の日にわざわざライブにも来てた。
正直こいつまで混ざってくるとは思わなかったけど、居座るなら諦めるしかない。席移動しきってるし。
こいつは見るからに駄目な大人だが、口が軽いわけじゃない。口止めしとけば必ず黙る。
「パッシーと虹夏の間に何があったかは知らん。聞いてないし」
「えー。つまんなーい」
「黙れ酔っ払い。何があったかは知らなくても、虹夏がぎこちなくなる理由は予想がつく」
印象的な何かを言われたんだ。それが思春期らしい恋愛のやつなのか、それとも音楽関連なのか。なんにしても、虹夏にとってインパクトのある何かを言われた。
「今から話すことは誰にも話すなよ」
「任してくださいよ先輩」
「不安が拭えないが、まぁいい。もし話したら東京湾に沈めるから」
「あははは。……え、まじで?」
「……虹夏とパッシーは高校で知り合ったんじゃない。2人は同じ小学校に通ってた」
「スルーされた。マジなんだ」
「廣井さん黙りましょうねー」
「パッシーは記憶喪失だ」
「はい? 記憶喪失?」
「あー、私みたいにお酒で記憶が飛ぶとかじゃなくて、ガチなやつですか」
「ガチなやつだ。本人の性格とかは今と大して変わらない。誰とでも仲良くなるような奴で、女子の中だと虹夏が一番仲良かったみたいだな」
面接の時はただの同姓同名かと思った。虹夏の反応を見て、パッシーがあいつだと確信した。
その時は雇うつもりはなかったのに、虹夏にとってどっちがいいか迷った結果採用した。
「女子は男子より早熟ってよく言うだろ? 私もあの時は虹夏がマセたと思ってた。本人からしたら、それが本気だったらしい」
「虹夏ちゃんはパッシーくんのことを好きだったと」
「好き、ぐらいに可愛らしく収まってたらよかった。虹夏は本気で恋をして、あいつと将来の約束までしてたらしい。よく家にも呼んでたし、2人の写真もアルバムができるくらい母さんが撮ってたな」
虹夏の部屋にある虹夏ヒストリーにも、何枚か写真がある。虹夏にとって、それも大切な思い出だからだ。パッシーが覚えてなくても、虹夏だけはその記憶を持ってる。
2人だけの思い出が、今は虹夏だけのものになっちまってる。
あいつがその頃に虹夏の気持ちをどう捉えていたのかは、今じゃ聞き出せない。まぁ、恋愛を知ってる奴の言う本気とはズレてただろうけどな。少なくとも約束は交わしてたから、子どもなりには真剣だったかもしれない。
「母さんが亡くなって、お通夜やら葬式やらしてた時だ。あいつも事故にあって、父親と記憶をあいつは失った。その時は知らなかったが、どうやら事故より前の記憶の一切を失ってる」
「一切って……それで虹夏ちゃんのことも」
「先輩のお母さんが亡くなられた時って、7年か8年前だから。えーっと、妹ちゃんはまだ小学校中学年くらい? 同じ学校ならそこからまた仲良くなれたんじゃないですか?」
「あいつが事故に遭った時は親の実家に行ってた時だ。病院もそっちで、入院生活の後もそっちの小学校に通ってたようでな。こっちに戻ってきたのは中学生の時だ」
履歴書でもそうなってた。受験の時だって、虹夏がパッシーを見かけたって言ってたしな。
だから、パッシーが虹夏のことを覚えてないと知った時、いったいどれだけのショックを受けたのか。そんなの私じゃ想像もつかない。
母さんが亡くなって、立て続けにあいつがいなくなった。あの時の虹夏は精神的に相当参ってた。父さんは仕事に忙しいし、私は家族よりもバンドだったから。虹夏の拠り所になってた2人を、虹夏はほぼ同時に……。
「記憶を失おうと本人なのはそうだ。けど、虹夏が忘れることなく会いたがってたあいつはもういないんだ」
「虹夏ちゃんにしかわからない違和感もあるのかもしれないですね」
「虹夏がパッシーと話してるのを見てたら、変わらないんだなって傍から見てそう思ってた。虹夏が笑えてたから、良かったんだって。それなのに今は……な」
「まぁー、私らはどうすることもできないから見守るしかないですね」
「それがわかってるから飲んでんだよ」
「ですけどこれは時間が解決するものでもないですよね。パッシーくんには見えてないものがある。必要なピースを持ってすらいない状態ですし」
「下手に大人が出しゃばるものじゃないって~」
「徹頭徹尾一歩引いておくのもどうなんだって話ですよ。必要ならお節介を焼くべきです」
「だァァ! うるせェェ!」
「「ええぇぇ!!」」
飲むしかねぇから飲んでるけど、飲んだら飲んだで思考が固まらなくなってくる。
私は虹夏に何をしてやれる? 母さんなら、こういう時どうするんだ。
「そういえば廣井さんっていつパッシーくんと知り合ったんですか?」
「うちのギターと知り合いなんだってー。一緒にドージンシ? ってのを作ってるよ」
虹夏にとってパッシーは何なんだ。あいつと同じなのか、別として見てるのか。
それとパッシーは、自分の記憶喪失についてどう捉えてる?
記憶が戻るものなら、住んでた街に戻ってきたことで、虹夏にも再会したことで刺激されそうなものなのに。それがないってことは……もうあいつは戻ってこないのかもな。