青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
ギターを始めてからというもの、夏休みはいつもギターを弾く生活だった。やっぱり訂正。夏休みに限らずギター生活を送ってきてた。
毎日6時間以上ギターの練習をしていて、動画投稿も始めるようになって。登録者数とか温かいコメントが増えていくのが嬉しかった。認められてる感じがして、賞賛コメントもあったりして。承認欲求がどんどん満たされていく。
SNSまで始めちゃったら承認欲求モンスターになっちゃうから、そこは自分でブレーキをかけてる。自律できる女です。
そんな私だけど、今年の夏休みは違う。だって結束バンドのみんながいるから、遊びに行くことも……あったはずなんだけどなぁ。いつ誘われてもいいように予定は全部空けてたけど、誘われることはありませんでした。
パッシー先輩も夏休みに入ると「〆切り、トーン、ペタ……」とか偶に目が逝っちゃってて。それが治ったと思った時に「星って好き?」って聞いてくれて、プラネタリウムに連れて行ってくれた。人がそんないっぱいじゃないところを選んでくれて、おかげで作詞にも生きてる。遊んでくれた後は「じゃ、自由研究を兼ねて樹海行ってきますわ」とか言って1週間くらい音沙汰なかった。虹夏ちゃんともちょっと気まずそうだったな。
気づいてたけど、聞く勇気もなくて今は夏休み明け。最後の日に結束バンドの4人で江ノ島に行ってた。
「後藤ちゃん調子どう?」
「あっ、え? パッシー先輩?」
「喜多ちゃんから話を聞いて来たけど、元気そうだね」
江ノ島に行って私は全身筋肉痛になってて、なんとか学校に来たけど、放課後に足を捻っちゃった。
喜多さんが保健室まで付き添ってくれて、手当もしてくれた。どこかに行っちゃったなって思ってたら、パッシー先輩に連絡してたんだ。
「保健室の先生は?」
「それが探したんですけど、今日はもう帰ってしまったみたいで」
「始業式だからかな」
あ、喜多さん先生も探してくれてたんだ。優しい。
「先輩のアドバイス通り、後藤さんの患部は冷やしてます」
「うん。やり過ぎちゃってるね。後藤ちゃんの顔色まで青くなっちゃってるよ」
「ご、ごめんなさい後藤さん!」
「あっ、い、いえ大丈夫です」
寒くて足の感覚なくなってきてたけど、やっぱりこれやり過ぎだったんだ。パッシー先輩が来てくれてよかった。
「氷はもういらないから捨てるとして」
「捨てときますね。湿布を取ってきたほうがいいですか?」
「うん。あとは包帯なんだけど」
「先輩の鞄から出せばいいですか?」
「よくわかったね」
「先輩なら保健室の包帯を無断で拝借はしないかなって思ったので」
喜多さんすごい……。パッシー先輩のことなんでそんなにわかるんだろ。なんだか虹夏ちゃんみたい。
「全身筋肉痛の中よく学校に来たね。休むのもありだったんじゃない?」
「あっ、喜多さんに昨日話したんです。江ノ島の帰りに、が、頑張ってみるって」
「後藤さん……!」
「あっ、で、でも怪我したのは私のせいで。喜多さんのせいじゃないですし、普段から外に出とけばそもそも筋肉痛にならなかったわけで」
い、言えない。頑張って学校に行ったら、パッシー先輩が褒めてくれるんじゃないかって浅ましくて邪な考えもあったなんて。
「後藤ちゃん偉いね。おれならそれを理由にして休んでた」
「え、えへへ~」
「やっぱり先輩、後藤さんに甘いような」
「そんなことはないって。ほら、後藤ちゃんの家から学校って片道2時間でしょ? 全身筋肉痛だと相当きついじゃん」
「そう言われると、たしかにそうですね」
パッシー先輩がやっぱり褒めてくれた。いつも頑張ったところを褒めてくれるから、こんな私でも頑張ろうって思える。
逆に頑張ってないところ、頑張れないところはもちろん褒められない。先輩はテキトウに言ってるんじゃなくて、ちゃんと相手のことを見てるんだ。
「後藤ちゃん。足に触れても大丈夫?」
「あっ、うぇっ? ぇ、ぇと……」
「よしやめとこう。軽くでいいから足動かせる?」
痛くない範囲でいいみたいで、言われた通り動かしてみた。自分でもあんまり動かせてないことはわかった。捻挫くらいだったらいいなぁ。家から学校の往復がしんどい。
完治するまで家で療養なんてことになったら、学校に再登校するハードルがどんどん高くなっていく。富士山レベルになってしまう。
「今できることは、あとは湿布を貼って包帯で固定することくらいかな」
「先輩なんで包帯持ってるんですか?」
「来る途中で買っといた」
出費させてしまった! 私なんかのために先輩の貴重なお金が使われてしまってる!
「は、払います」
「え、いいよ。大した出費でもないし」
そうこう言ってる間に喜多さんが湿布を貼ってくれた。包帯は先輩がやるみたいです。「触れたらごめんね」と先に謝られてしまった。むしろ手当してもらってるのに、反応してしまう私がどうかと思う。わざわざ高校まで来てくれてるし。
「巻き方は簡単だから、後藤ちゃんも覚えててね」
「あっはい」
先輩が説明しながら包帯を巻いてくれてる。私と同じ怪我をしたことがある人から、このやり方を教わったんだとか。その人も病院で教わったから間違いないって。
ところでこの巻き方……うん。覚えられないかもしれない!
「自分でやる時にわからなかったら聞いてね」
見抜かれた!?
「さてと、それじゃあ帰ろうか。家まで送るよ」
「え、えぇっ!? そ、そんな悪いですよ遠いのに。1人で帰ります。ありがとうございました」
「怪我人を1人で帰らせるほど鬼畜じゃないんだけど!?」
先輩は本気で言ってくれてる。いつもなら私の意見を通してくれるのに、今回は譲ってくれない。正直に言うと、そうしてくれるのはすごい助かる。でも申し訳ない気持ちだって同じくらい、ううん。それ以上にある。
「早く治してくれたらそれでいいよ。どうしてもって言うなら、今度ケーキでもくれたらいいよ」
「あっ、はい! ホールで買います!」
「ホールじゃなくていいよ!?」
喜多さんも駅まで付き添ってくれた。本当は先輩に合わせようとしてくれてたけど、先輩がそこまではしなくていいって断ってた。ちょっと不満そうだった。喜多さんも先輩と仲良くなってるし、もしかしたら先輩の告白も通るんじゃ……。
あれ? 最近告白してる先輩を見てないような? 夏休みだったから会ってないっていうのは置いといて。バイトで会う時も言ってなくて。
もしかして! 私わかっちゃった。名探偵ぼっち爆誕!
「せ、先輩と喜多さんってお付き合いされてたんですね」
「してないけど?」
「え?」
「え?」
し、してなかったぁぁぁ! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!
「じゃ、じゃあなんで最近告白してないんですか?」
「…………ほんとだ。してないや。喜多ちゃんと話すのが楽しくなって忘れてた」
「え、えぇ……」
包帯で補強してても歩くのは痛みを感じる。だから先輩におんぶされて、私は先輩の背中でスライムみたいに溶けちゃうんだ。
お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかな。
「あっあの、先輩は……なんで私に優しくしてくれるんですか?」
「んー。それに答えるには、さっきの告白の話とも絡むかな」
「へ? あっ、はい」
「おれ記憶喪失なんだよね」
「えっあっ、え?」
「小学校中学年以前の記憶がなくて。だからかな、不変のものに惹かれるんだよね」
ただ飽き性だからじゃなくて。失った経験があるから……。
「記憶がなくなる前に本気で好きだった人がいたかもしれない。告白する時、いつも怖いんだよ。またその人の時みたいに、相手を忘れちゃうかもしれないから」
不変に憧れて、恋愛をしたくて。本気でそれを望んでいて、同時に恐怖も感じてる。
知らなかった。全然そんな感じがしなかった。怖いもの知らずだと思ってた。先輩にも怖いものはあるんだ。
喜多さんにいっぱい告白できてたのは、その時はまだ喜多さんとそこまで仲良くなかったから?
「記憶を失うと0からのスタートになって、独りになるんだよ。寂しかったそれを友達が打破してくれた。だから後藤ちゃんのことを放っておけないんだ」
後ろから顔は見えないけど、声でわかる。先輩は今優しい顔をしてる。
「後藤ちゃんは山田みたいに、1人が好きってわけじゃないもんね」
「い、いつから気づいてたんですか?」
「すぐにわかったよ? 山田を知ってたから余計に対比できてわかりやすかったし」
「あっ、あの……パッシー先輩」
「ん?」
「お、お名前をお伺いさせていただきたいです」
「なんか急にバグったね」
温かく笑ってる先輩が、名前を教えてくれた。その名前を忘れないように、何度も心の中で呟いた。
「とうとう後藤ちゃんから名前呼びされるのかな?」
「あっ、それは無理です」
「違うかー」
「で、でも……いつか、きっと呼んでみます」
「うん。楽しみにしてる」