青春時代というものがろっくなのかもしれない   作:粗茶Returnees

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喜多郁代の挑戦状

 

 私は今の生活に充足感を抱いてる。勉強はそれなりにできて、運動だって苦手じゃない。友達もたくさんいて、憧れてる好きな先輩と同じバンドを組めてる。同い年にも最高にかっこいいギタリストのひとりちゃんがいる。優しくて、私たちを引っ張ってくれるリーダーもいる。

 何よりも、生まれて初めて心惹かれる男の先輩に出会えた。

 こんなにきらきらしてる生活を、私自身が送れてるなんて過去の私はきっと信じない。

 だって私は、何か特筆できるようなものを持っていないんだから。

 

「あたしと喜多ちゃんの2人で出かけるのって、あんましたことないよね」

 

「そうですね。休憩中にコンビニに出かけるとか、それくらいですね」

 

「いやー、こういうのも先輩のあたしから誘うべきなんだろうけど、遠慮しちゃってたよ」

 

「伊地知先輩の優しさがあってこそですね」

 

 私がいつも学校の友達と遊んでるから、考えたことはあってもなかなか誘いづらかったんだと思う。パッシー先輩も、伊地知先輩のことを「遠慮しがち」って言ってた。

 

「予定を合わせればこれから増やせますよ」

 

「予約制なのが喜多ちゃんらしいね。いつもイソスタ映えするとこに行ってるの?」

 

「そういう場所が多いですけど、友達が行きたがってるところに着いていったり、テレビで紹介されてたお店に行ったりもしますよ」

 

「へ~、メディア抜きで行く場所ってないの? バエとかも狙わない場所」

 

「パッシー先輩と出かける時に行ってます」

 

「へ、へ~。たしかに2人がバイト来ない日あるけど、2人で出かけてたんだ」

 

「たまたま休みが重なってる時だってありますよ。あの人は交友関係私より広いですから」

 

「たしかに。この前散歩中の保育園の子どもたちに囲まれてたし……謎だよね」

 

「それは初耳です」

 

 保育園の子どもに知り合いがいる、とかならまだしも……先輩の口ぶりからしてその保育園の子どもたちに認知されてたってことになる。いつそんなところに繋がりを増やしてるんだろう。

 この前ライターさんが来た時も、結構スムーズに警察官を呼んでた。接点がわからない。

 

「私もっとしっかりしなきゃ」

 

「どうしたの急に?」

 

「いえ、ライターさんが来た時にパッシー先輩に助けられたなーって」

 

「話をしながらしれっと店の外に誘導してたっけ。あの時は頼りきってたけど、自分たちで対応できるようになった方がいいのはそうだね。いつまでも頼れるわけじゃないし」

 

「ですね」

 

 パッシー先輩は卒業したらいなくなる。それまであと1年半だけ。いつもなら長く感じるその期間が、今はとても短く感じる。

 世界が変わるっていうのは、こういう感じなのかな。価値観が変わるというか、物の見方が変わるというか。

 

「伊地知先輩って、パッシー先輩のこと好きですよね」

 

「ふぇっ!? ぇ、なん……えっ!?」

 

「見てたら分かりますよ~。何かあると必ずパッシー先輩の方を見ますし」

 

「そうなの!?」

 

 自覚なかったんだ……。

 パッシー先輩はいろんな持ち場をできちゃうから、バイト中に持ち場が変わることも珍しくない。ひとりちゃんとドリンク担当の時だけは変わらないけど、基本的にはいろいろとこなしてる。

 伊地知先輩はそういう時、必ずパッシー先輩を見てる。目で追ってる。私も追うようになったから、伊地知先輩のことにも気づけた。

 

「他にもリハの時とか、一曲終わるとすぐにそっち見てますし」

 

「あたしの前にいるのによく気づけるね!?」

 

「否定しないんですね」

 

「あっ! ~~~!」

 

「店長とかPAさんにバレバレですよ」

 

 私も2人からの証言があってこう言えてるだけ。

 

「伊地知先輩は、パッシー先輩のことを好きってことで合ってますか?」

 

「え、あーー。……ちょっとそれが悩んでて」

 

「悩む……? ハッ! まさかロックバンドは恋愛禁止ってことですか!? もしくはメジャーデビューするまでは認めない的な誓約を!?」

 

「そんなことはしてないよ!? ただ……あたしの気持ちが誰に向けてなのか分からなくて」

 

 パッシー先輩では? 喜多郁代脳内総会を行っても、満場一致でパッシー先輩ですよ。

 

「……たぶん本人は喜多ちゃんに話してないと思うし、だからあたしが話したってことも黙っててほしいんだけど」

 

「何かパッシー先輩の秘密ですか?」

 

「そんな感じだね。……っ、記憶喪失なんだよ」

 

「は?」

 

 え……誰が? ううん、それはパッシー先輩だ。話の流れからしてそうだ。

 記憶喪失? いつから? そんな話私知らない……聞いてない……。ひとりちゃんは知ってるのかな。

 

「小学生の頃だから、喜多ちゃんのことを忘れられてるとかはないよ。そこは安心して」

 

 そう言われてほっとしてる自分がいた。そんな自分を、私は嫌悪した。

 だって重要なのはタイミングじゃない。パッシー先輩本人にとって、それがあったという事実が重たいはず。物忘れとは比べ物にならない。苦悩だってあった……ううん、あるはず。

 

「元々は私と同じ小学校で、事故の後引っ越してどこかのタイミングでまた帰ってきたみたい。だから一応私たちは幼馴染ってことになるんだ」

 

 軽く言ってるけど、「一応」という言葉は辛く感じるものがあった。

 

「その時の好きだった気持ちを引きずってるのか、それとも今に惚れてるのか。そこをハッキリとできないから悩んでる」

 

 伊地知先輩が抱えているものは、私が思っていた以上のものだった。私が抱いてる感情よりも大きなものに思えた。伊地知先輩に比べたら、私は軽いのかもしれない。

 でも、だからって遠慮する理由にはならない。私は自分の気持ちに正直でいたい。負けたくない。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「伊地知先輩知ってました? パッシー先輩っていっぱい告白してましたけど、一度も誰にも好きとは言ってないんですよ」

 

「え、そうなの? 告白されたことないから知らなかった……。じゃあなんて言われるわけ?」

 

「パッシー先輩が魅力を感じる箇所を言って、付き合ってくださいって言うことが多いですね」

 

「さすが、2桁回数告白されてる喜多ちゃんが言うと違うね」

 

「あはは。ですから私、パッシー先輩に惚れられてから告白したいんです」

 

「なるほどね~。…………へ? 喜多ちゃん今なんて?」

 

「私はパッシー先輩のことが好きです。まだふわふわとした気持ちですけど、私は本気なんです」

 

 ふとした時に目で追ってしまう。話してる時も、ロインでやり取りしてる時も嬉しくなる。他の人と話してると、妬いちゃうことだってある。

 もっと私のことを見てほしいし、ライブだって私の歌声をもっと聴いてほしい。綺麗だって言ってくれた私の歌を。

 パッシー先輩の何が好きとかは、正直まだわかってない。恋愛漫画を読んでて、似てるなって思って、そうなのかなって思った。それぐらいにふわふわだけど、一度そう思ったら断定できちゃう。

 好きなの。

 

「伊地知先輩にはちゃんと伝えておきたくて」

 

「喜多ちゃん……」

 

「正々堂々と勝負したいんです。恨みっこ無しで」

 

「ま、まぁ同じバンドだしね……」

 

「はい」

 

 もし違うバンドだったら、こうやって宣言することはなかったと思う。けれど同じバンドで、私にとっても大切なバンドだから。壊したくなんてないから。

 たとえ私が負けたとしても、バンドを続けられるように。解散なんかにならないように。

 わかってる。

 スタートラインは一緒じゃない。条件は何1つ揃わない。決して対等なんかじゃない。私の勝ち目は高くない。

 それでも諦められない。諦めたくない。

 だって初めて男の子を好きになったんだもん。先輩のことを考える時間が増えたんだもん。一緒にいて、たくさん笑い合いたい。

 

「パッシー先輩は、押して駄目なら引いてみろ作戦中なので、誰にも告白してない状態です」

 

 だから勝負しやすい。後ろ髪を引かれるようなことはない。

 

「私の一方的な自己満足なので、乗らなくてもいいですよ。私はただ伊地知先輩に宣言しときたかっただけですから」

 

「……あたしは……」

 

 私は負けない。負けたくない。

 今なら理由も見当がつくけど……。伊地知先輩はパッシー先輩のことを、名前でもあだ名でも呼ばないんだから。

 

 

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