青春時代というものがろっくなのかもしれない   作:粗茶Returnees

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伊地知の音には敏感です

 

 バイトがある日は伊地知と山田と一緒に下校する。クラスが同じで、行く先も同じなのだから別れてスターリーに向かう必要がない。おれの家は文字通り学校の目と鼻の先にあるけど、待たせるのも嫌だから着替えに戻ることもない。伊地知は一旦自分の家に帰って、着替えてから降りてくる。

 バイトがない日は友達と遊んでいるし、週に1回はイライザに英語を教えてもらってる。元々は月に1回程度だったものを、先月くらいから頻度を増やしてもらった。イライザの時間を貰うことになるし、半月に1回でお願いしたら毎週にされた。ありがたさと申し訳無さが混同したよ。

 それはさておき、バイトが休みの日はおれがスターリーに行くことはない。スタ練もしている結束バンドに比べたら、おれの方が行く頻度が少ないわけだ。

 

「珍しいね。バイトないのにスターリーに来るの」

 

「まぁなー。伊地知は家に帰って勉強か?」

 

「ガリ勉に思われてる? あたしは自主練するよ。今日はバンド練ないけど、未確認ライオットに向けてちょっとでも腕上げたいし」

 

「まじめ~」

 

 自主練か。部屋空いてるのかな。あーでもドラムってたしか、ドラムに見立てての練習ができるんだっけ。ノートとか教科書とか使って。伊地知ってシャーペンでリズム刻んでることあるもんな。授業中は抑えてるのに、休み時間とか叩いてることわりとある。

 

「スターリーに何しに行くの?」

 

「伊地知のドラムを聴きに」

 

「それ今決めたよね!? 元々の予定どこいった!?」

 

「元々の予定も似たようなものだから気にしない気にしない」

 

「えーー、なにそれ」

 

 おれは結束バンドのライブが大好きだ。生で聴くのが一番好きだ。今は未確認ライオットに向けて練習してるから、ライブも控えめにしていくらしい。そうなるとどうなるかと言うと、ぶっちゃけ恋しくなる。聴ける間に聴きたいからな。

 だからスターリーに行って、店長が撮影してあるライブ映像を見させてもらおうかなぁぐらいに思ってた。

 

「おれは伊地知の音が好きだからな」

 

「っ! そ、そうなんだ。でもぼっちちゃんのギターとか、喜多ちゃんの歌をすっごく気に入ってるよね」

 

「それはそう。結束バンドだし」

 

「うん」

 

「あれ、言ったことなかったっけ? おれが一番好きなのは伊地知のドラムの音だぞ」

 

「ふ、ふ~ん? そうなんだー」

 

 ちょっと伊地知さん? 反対向かないでもらっていいです? 言ったことを話半分とかに思われてない? 大丈夫?

 

「聞いてる。ちゃんと聞いてるから!」

 

「本当かー? っと、前見てないぞ危ないぞ」

 

「わっぷ」

 

 歩きスマホしてる人にも問題あるけど、なんにせよ伊地知がぶつからなくてよかった。

 

「ごめん。強く引っ張っちゃった。腕痛くないか?」

 

「う、うん。ありがと」

 

 よかった。伊地知に痛い思いをさせなくて。

 男女で筋力量違うし、男の思ってる以上に女の子は繊細だとプロレスマニアが言ってたから、やっちまったかと焦った。ヨシさん? 霊長類最強の人とか、バリバリ鍛えてるアスリートは別でしょ。

 伊地知はアスリートでもないし、たぶん体格とか平均的な日本人女性。……細いよな。人間の体って細くても健康的に生きられるんだな。

 

「デリカシーないこと考えてる?」

 

「細いなって思ってる。……これもデリカシーないか。もしくはセクハラか?」

 

「それなら大丈夫かなー。体型を気にする人にとっては褒め言葉だし。一応付け足すと、あとは相手との関係次第」

 

 上下関係があってこういうこと言うとセクハラって捉えられるってやつね。主に年齢によるものなのかな。何歳までは許される?

 

「こういうのは、そもそも聞かれた時だけ答えたらいいんだよ」

 

「勉強になります」

 

「うんうん。デリカシー身につけていってね~」

 

「後藤ちゃんや喜多ちゃんのためにもな」

 

「あたしも入れろよ」

 

「伊地知はもう、諦めてくれ」

 

「はぁぁ。前向きに特別扱いって捉えとくね」

 

「どうぞ」

 

「肯定するんだ……」

 

「間違ってはないからな」

 

 こんな特別扱いを喜ぶ人はいないだろうな。改善する気は少ししかない。別に伊地知を辱めたいわけでもなくて、ノリで許される範囲で済ませてるだけ。これも、伊地知だから許してくれるっていう範囲に甘えてるか。

 考えてもみたら、伊地知の優しさに甘えてることが多い。気づいてなかったことも含め。駄目な男にはなりたくないな。

 

「あたし着替えてからスターリーに行くから、先に行っといて」

 

「りょっか」

 

 スターリーの中には店長やPAさん、他にも先輩スタッフたち。緩い職場の雰囲気が和むのなんの。

 

「お前今日休みだろ」

 

「伊地知の自主練見学に来ただけなんで。部屋空いてるんですか?」

 

「出演バンドが来るまでならな」

 

「1時間は練習できると思いますよ」

 

「ふむふむ。ドリンク取っていきますねー」

 

「払っていけよー。てか上に自販機あるだろ」

 

「買うの忘れてたんですよ」

 

 ここでドリンク代払うとなると、コップ1杯で500円。高いな。自販機で500mlペットボトル3本買えるわ。伊地知に立て替えてもらって買ってきてもら……自分で買うか。

 荷物を置いて店の外へ。階段を上がってコーラを購入。炭酸系って自販機で買うと泡立つから、すぐに開けると吹き出しちゃうよな。トラップだろ。

 

「あれ? 外で待ってたの?」

 

「飲み物買いに出てきた」

 

「ロインで言ってくれたら買っといたのに」

 

「伊地知に甘え過ぎるのもなーと。心境の変化ってやつ」

 

「あたしは頼ってもらえる方が、嬉しいよ?」

 

「うーん、だとしてもこういうのは何か違うじゃん?」

 

 山田ならどうするんだろ。学校生活を見ていても、伊地知による山田の世話はなかなかなものだよな。そこまでしなくてもいいのではってことをしてる。

 

「それより、自主練するんだろ? 1時間くらいしか使えないみたいだから、早く行こうぜ」

 

「練習するのあたしだけだけどね」

 

 伊地知と2人で中に戻って、準備も手伝ったら自主練スタート。ライブの時はどうしても距離ができるから、こうして間近で伊地知のドラムを聴けるのは貴重だ。

 ところでこれ、じーっと見つめててもいいんだろうか。伊地知の邪魔になるかな。邪魔はしたくないんだよな。

 

「ちょっと恥ずかしいけど、気にしないでいいよ。見てくれてる方がいい」

 

 何曲か聴いた後、伊地知に聞いてみたらそう言われた。そういうことなら、このまま見続けるとしよう。 

 あの細い腕でしっかりと音を出せる伊地知のドラム。バンドの演奏を支える柱の1つ。伊地知と山田。2人のパートが演奏の要。

 伊地知の演奏は好きだ。それは技術力云々の話じゃない。プロレベルの人たちに比べたら、そりゃあ伊地知はまだ及ばない。だとしても、伊地知の演奏に一番引きつけられる。

 とはいえ、ライブ時の演奏と練習時の演奏は印象が変わる。練習は向上するための時間。ライブは持ってるものを出し切り、楽しむための時間。目的がはっきりと異なってる。

 

「伊地知って今何考えて演奏してる?」

 

「え?」

 

 それを加味しても引っかかる。今の伊地知の演奏は、ちょっと違う気がする。

 

「なんて言ったらいいかな……いつもより音が硬いというか……。音に硬さはないんだけど、えーっと」

 

「あ、大丈夫。言いたいことは伝わってるよ」

 

「エスパー?」

 

「人間だよー。……ドラムは演奏を支えるでしょ? リズムを取るメトロノームになる。あたしがみんなの足を引っ張るわけにもいかないから」

 

「足を引っ張る?」

 

「ぼっちちゃんは言わずもがな、リョウも上手いでしょ。喜多ちゃんだって、春から始めたのにどんどん上手くなってる」

 

「焦ってるわけね」

 

「っ! ……そうだね」

 

「技術とかはおれには分からない。伊地知の焦りも理解はしてやれない。でも今のままなのは、よくないな」

 

「だから練習してるんだよ」

 

「あ、そっちじゃない」

 

「なにが?」

 

「練習は必要。伊地知のことだから、自分の課題も見えてると思う」

 

 演奏中も意識して叩いてるところが何回も見えた。

 伊地知は今、その課題とか練習とかで頭がいっぱいになってきてる。積み重ねは大事だ。飛躍的に簡単に上達するのは、初心者が中級者に上がる段階くらいのもの。そこからの成長は小さな積み重ね。

 だから伊地知が間違ってるわけじゃない。否定なんてしない。

 それでも気になったからには、今回ばかりは口出しさせてもらう。

 

「気分転換しに行こう」

 

「へ?」

 

「今から遊びに行くぞ。2人で」

 

 




つづく
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