青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
喜多ちゃんが差し入れしてくれた弁当箱の返却。それにプラスでお礼として料理を振る舞う。それが喜多ちゃんの家に行く理由。1人で行くとなると緊張するものだ。高校生になって女の子の家に行くって、ハードルが高過ぎるのなんの。後藤ちゃんの家に行った時は、伊地知とか喜多ちゃんとかいてくれたから、それも紛れていただけ。
友達の付き添いとして行っていた……構図としては少し不思議なところがあるな。2回目の訪問の時なんて泊まりだったし。一度だけ、朝起きたらふたりちゃんが布団に紛れてて大変だったな。後藤ちゃんのお母様とジミヘン以外味方がいなかった。
それはともかく、喜多ちゃんの家には泊まりで行くわけじゃない。お昼ご飯を作って食べてもらい、そこそこに雑談を挟んだら帰る流れだ。緊張はするものの、あの時に比べれば幾らか気が楽ではある。
「先輩、いらっしゃいませー」
「これ、つまらないものですが。あと弁当箱も」
「わざわざすみません。今晩にでも家族でいただきますね。ふふっ、先輩緊張してます?」
「バレた? 緊張もするよ。1人で女の子の家に来てるんだから」
「それならよかったです」
「なんで?」
「だってそれって……。いえ、なんでもないです」
「気になるんですけど!?」
(女の子として意識してもらえてる……なんて直接言えないや)
喜多ちゃんが黙ってしまった。どうやら教えてもらえないらしい。
家に上がらせてもらって、食材を持って台所にお邪魔させてもらう。ひとり暮らししてるイライザの家と、家族で生活している喜多ちゃんの家では、台所の広さも変わってくる。というか、おれの家に近いな。ある意味慣れた感じでできそうだ。
「喜多ちゃんにはかわいらしいのを貰ったから、ここは男飯でお返しさせてもらいます」
「ガッツリ系ですか?」
「一瞬それも考えたけど、喜多ちゃんにとってカロリーが高過ぎる可能性大だからやめた」
「そしたらその分運動しますけど、配慮してもらってありがとうございます。何を作るか聞いてもいいですか?」
「親子丼」
「男飯?」
「おれが作るから男飯ってことで! まぁ、無難に得意料理から選ばせてもらいました」
丼系=男飯じゃ駄目? 駄目かぁ。カツ丼とか牛丼なら男飯感あるけど、たしかに親子丼はその印象が弱いかもな。
親子丼を作る上での注意点としては、鳥にちゃんと火を通そうぜってとこだな。これだけが大事で、これが一番大事。あとはなんやかんやで完成する。
「ところで喜多ちゃんだけ? ご両親は?」
「両親ならおじいちゃんとおばあちゃんを迎えに行ってます。夕方に帰ってくるので、それまでは2人ですよ」
「そうなんだ。年末は親の実家に帰る人が多いけど、喜多ちゃんのとこはそうじゃないんだね」
「去年までは実家に帰ってましたよ。おじいちゃんたちが気を利かせてくれて、今年からはこっちなんです」
友達付き合いとしても、その方がいいのかもな。喜多ちゃんなら友達と初詣に行くんだろうし、高校生になったからその行動力の制限は減らそうって方針かな。
「先輩もこっちなんですね」
「中学からはそうだね。祖父母のことは好きなんだけどね」
「もしかして嫁姑問題ですか?」
「いやいや仲良くしてるよ。父親が死んでから、おれへの可愛がりが加速したっぽくて。甘やかされることに慣れてもなんだし、年1で会うことで落ち着いた」
「あ……ごめんなさい」
「気にしないで。喜多ちゃんに話してなかったもんね」
父親が死んでからというのは、おれの記憶が失くなってからというタイミングと一致する。ダブルパンチが効いてしまったんだと思う。
喜多ちゃん、なんだかそわそわしてるね。自分の家で他人に料理を作ってもらうことって、そうそうないからか。
(先輩エプロンも似合うなぁ。今度は一緒に作れたりしないかしら。先輩と並んで……)
「喜多ちゃん顔赤くなってるけど大丈夫? 熱ある?」
「ひゃい! だ、大丈夫です! 元気ですよ!」
「そう? もし本当に体調が悪かったらちゃんと休んでね。おれもお昼用意して、片付けたら帰るから」
「本当に大丈夫ですからずっといてください!」
「ずっとは難しいなー。海外行くし」
「ぁぅ……」
喜多ちゃんがテーブルに突っ伏した。後藤ちゃんならこういうのよく見るけど、喜多ちゃんがやるのは珍しい。……ずっと、か。後藤ちゃんにも似た内容を言われたっけ。後輩からそう言われるのは、先輩冥利に尽きるね。山田は山田らしい反応で、伊地知は……どうなんだろうな。花火の時の反応からして、あんまり賛成っぽくはないよな。
薄情なのかな。どのみち進学はないから就職で、進路を決めないといけない。祖父母はお金を出すって言ってくれてたけど、大学は高い。2人の生活もあるんだし、自分たちのために使ってほしい。
「喜多ちゃん?」
席を立ったのは見えてたから、飲み物でも取るのかなと思ってたらそうじゃなかった。後ろに来られて服を摘まれてる。背中に感じるのは喜多ちゃんの頭かな。
包丁を使い終わった後でよかった。切ってる時だと危なかった。
どうしたのだろうと待ってみても、しばらく無言が続く。体調が悪いというわけじゃないのなら、ここは待ち続けることにしよう。
鶏肉の火の通り具合を確認してると、喜多ちゃんがぼそっと話し出す。
「行っちゃうんですよね」
「そうだね。卒業して何日かしたら」
「どうしてもですか?」
「どうしても。おれのやりたいことでもあるから」
「先輩のやりたいことって何ですか……! そこじゃないとだめなんですか……!」
「……会社は他の似たとこでもよかったかもね。でも、日本じゃできないから」
「っ!」
服を強く握られたのを感じる。
おれの考えは、やりたいことは、理解されないことなのかもしれない。あるいは納得できないことなのかもしれない。もし逆の立場だったら……おれはどうするんだろうか。
腕が前に回される。背中のほぼ全体が喜多ちゃんに当たってることがわかる。これにはさすがに鼓動が煩くなる。
「私じゃ……だめですか? 私じゃ、先輩の理由になれないですか?」
そんなことはない。ただ、
「……誰であっても変わらないかな」
たとえ誰かと付き合えたとしても、選んだことを取り下げたりはしない。もし変わるのだとしたら、それはおれが結束バンドと出会わなかったらという話になる。
自分の憧れと矛盾が生じてる面があるのは自覚してる。不変に憧れながら、環境が変わる選択を取ってる。これまでできた縁と離れる選択肢を取ってる。
それでもおれは、結束バンドを好きであることを変えてない。これまでも、これからも応援したいバンドだ。
「だから、ごめんね喜多ちゃん」
振り返って喜多ちゃんの琥珀の目を見つめた。釣り目でいつもはぱっちりとしてる目だ。いつも元気がその目に灯ってる。それが今は釣り下がっていて……潤んでる。
「……もう、振り向かないでくださいよ。後ろにいた意味、ないじゃないですか」
「ごめん」
顔を伏せられてそれ以上はもう見えなくなった。誰でもそうだよな。そういう顔は、他の人に見られたくないもんな。
分かってる。原因はおれなんだ。おれが傷つけてる。きちんと全部を話してないからだ。話したとして納得してもらえるかは分からないけど、何も言わないんじゃ知ることもできない。
話そうとして、言葉が胸で突っかかる。言葉が出なくなる。きっとまだ誰にも言ってないから──じゃない。話せないのはそういうことじゃない。
人が泣いていたら優しく接する。例えば迷子の子とか、目線を合わせて頭を撫でて落ち着かせたり。でも喜多ちゃんは子供じゃないし、おれにそんな資格はない。
だから動きかけた手もピクリと止まる。
「先輩」
「ん?」
「鶏肉、焦げません? 大丈夫ですか?」
「やべ」
慌てて振り返ろうとして、喜多ちゃんがいることを思い出して踏み止まる。慎重に丁寧に喜多ちゃんの腕の中を再度回転。鶏肉へと向き直って再開。ちょっと焦げたけど、これぐらいならいいでしょう。多少の焦げはスパイスということで。
「ありがとう喜多ちゃん」
「いえ……邪魔しちゃってるのは私ですから」
「ううん。これ以外のことでも、いろいろと含めてね」
「……どういたしまして。もう少し、このままでもいいですか?」
お昼ができるまで、喜多ちゃんはこのままだった。
彼女を泣かせてしまったことを、おれはずっと覚えてる。