青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
年末。1年の終わり。大晦日。
特番として鉄板な歌番組も、知らないアーティストが多いとただのラジオ番組。ゲラゲラ笑える系の番組を見ようとして母親とリモコン戦争。叩いてかぶってじゃんけんぽん大会へと発展。白熱した勝負は18ラウンドにまで突入して、最後には敗北。3カウントKOまで決められた。
熱くなり過ぎたものだから汗もかく。順番に風呂に入ってさっぱりして、母親がいない間にチャンネルを変えたら3カウントでKO。年の終わりに敗者という烙印を刻まれ、それを噛み切るように年越しそばを食べた。
「ごちそうさま。出かけてくる」
家で年を越してから伊地知と初詣に行く予定になっていたのに、「若い者同士で年越してこい」的なことを母親に言われて変更を余儀なくされた。電話越しに伊地知の戸惑っていた様子も伝わってきたけど、どういうわけか向こう側からもOKが出ている。
伊地知の家までそう遠くもない。自転車で行った方が楽ではあるから、バイトの時はたまに自転車を使ってる。今回は初詣が主目的。自転車は邪魔になる。
深夜ともなると冷え込む。アウター以外にもマフラーと手袋を装備。ニット帽はないから完全装備ではない。それでも十分暖かい格好だ。
それに比べて、
「寒いだろそれは」
「意外とあったかいよ? 制服の方が寒いかなー」
「女子はスカートだもんな。やっぱあれ寒いんだ」
「そりゃあね。若さパワーで耐えれてるだけ」
「若さとか言っちゃったよ」
伊地知が着てるのは着物だ。初詣をする女性客でよく見かける格好。着物ってなんでこんなに人を綺麗にするのだろうか。魅力が溢れてる。
「かわいい」
「っ! ぁ、ありがと」
「え? 何が?」
「へ?」
「ん?」
(自覚ない?)
結局伊地知にはぐらかされた。なんで急にお礼なんて言ったんだろ。……あれか? 1年のお礼というやつか? それならおれも言わないといけないな。
「この1年、ありがとう伊地知」
「……そう言われるとなんか寂しく聞こえちゃうからやだなー」
「えぇ……」
伊地知から言い出したことなんじゃ……。
ならこの話は終わりとして、それより伊地知がなんでもう着物の着付けが終わってるんだろ。初詣に行くにしてもまだ時間がある。準備するの早すぎない?
「お姉ちゃんが出かけろってさ。時間あるし、ちょっと寄り道とかしてから行かない? こういう時間に外を出歩くこと普通はないしさ」
「……そうだなー」
「……夜遊びは感心しないなぁ」
「何も言ってないで候」
「はいダウト」
「うぐっ」
言い訳は、しないでおくか。補導されてないのは運が良かっただけだし。
今日は大晦日。初詣に行くという言い分があるから、警察にも大目に見てもらえるはず。たぶん。maybe。
「っとそうだ」
「なに?」
「着物が似合ってるとこ悪いんだけど、一緒にいるおれが寒く感じてくるから」
「え、いいよいいよ! あたしは別に!」
「聞きませーん」
おれのマフラーを解いて、それを伊地知の首に巻く。うん。やっぱり着物とマフラーは見た目の相性がよくない。異文化の雑な組み合わせ。手袋はまだマシに見えるだろうか。
「そこまではいいってば!」
そう言っている伊地知の手を、手袋を外して直接触れる。控えめに言っても、その手が暖かいとは言えなかった。
「も~。……それなら左手のを貸して」
「なんで?」
「いいから」
半ば奪う形で手袋を取った伊地知は、それを自分の手につける。空いている右手がおれの左手を掴み、アウターのポケットに突っ込まれた。
「これならお互い寒くないでしょ」
「そうだけどさ……」
自分のポケットの中に女子の手が入ってるとか、鋼のメンタルじゃなかったら血を吐いて気絶してるぞ。心臓に悪いったらありゃしない。
意識しないようにしても、狭い場所で触れ合う手の感触を脳が認識する。小さくてやわらかい手。細い指。指と指の間を縫うように、少し冷えた指が伸びてくる。
寒くないなんて言ってたけど、やっぱり寒かったんだろうな。耳も赤くなってる。
「伊地知さん」
「周りに誰もいないから」
ポケットに手を入れている以上、伊地知と距離を取ることはできない。時折、衣の擦れ合う音が静かな町に抜けていく。
誰もいないとは言っても、それはこの周辺にはいないというだけ。電車も残り2、3本は走る。24時間営業の店には当然店員がいるし、そこを利用する客もまばらにいることだろう。
ただこの瞬間だけは、おれたちだけが外を歩いている。
「伊地知って初詣は毎年店長と行くのか?」
「うん。あとはお父さんもだね。いつも忙しくしてるけど、年末年始はさすがに休みだから」
「今さら聞くのもなんだけど、今年はよかったのか? 父親と過ごせる時間だったのに」
「珍しくお酒で酔い潰れてたし、行ってこいって言ってくれてたから大丈夫だよ」
潰れるほど飲んだ理由は……考えないでおこう。なんか背筋が寒くなってきたわ。
「そっちこそよかったの? お母さんと2人暮らしなんでしょ?」
「十字固されながら行けって言われた」
「あ、あはは……相変わらずバイオレンスだね」
「……相変わらずってことは、うちの母親とも知り合いだったんだな」
「ぁ」
「まぁ、おれが忘れてるだけだもんな」
「謝らないでね」
「!」
まさに口走りそうになったことを先制で止められた。重なっている手が強く握りしめられる。
「事故なんだもん。受け入れるしかないから。……だから謝らないで」
「……そうだな」
そうだろうと思っていたことの確証を得た。伊地知が家に来た時、母親の機嫌が良かったのも繋がる。それぐらい、おれたちは仲が良かった。あるいは、関係が深かった。
謝ったとして、それは何への謝罪になる? 誰が悪い? 何が悪い? 事故当時のことを言えば、事故を引き起こしてしまった犯人だろう。それも結局、おれにとっても
一緒なんだ。
(あたしは謝られる資格もない。だって、覚えられてないことを分かっていて、それでも昔を求めていたんだから)
空気を変えようと空を見上げた。東京は夜でも明るい都市だ。夜空に光る星々はほとんどが見えなくなる。夏休みに後藤ちゃんとプラネタリウムに行ったように、星を見ようと思うと人工のものか、あるいは街明かりから離れた場所に行くしかない。
天体観測も今度やってみたいな。キャンプを兼ねてやるのも良さそうだ。
「星見えた?」
「何個かは」
「好きだもんね」
「うん。……先になるだろうけどさ、キャンプしに行かない? 天体観測もできるところで」
「キャンプ! いいね行きたい! それで先っていつのこと?」
「未確認ライオットの後」
「それ半年は先じゃん……。春休みとかゴールデンウィークは?」
「そこは人も多くなるからなぁ。待てないなら適当な週末とか?」
「そうしようよ。練習ももちろん大事だけど、息抜きも必要だからね」
伊地知がそれでいいのなら。日程とかは後日決めるとして、場所も探しておかないとな。おれはともかく、伊地知はキャンプ経験なさそうだし。
「あ、除夜の鐘が聞こえてきたね」
ぶらぶらと歩いていたら、どうやら寺の近くに来ていたらしい。全部で108回鐘を鳴らすんだとか。それが煩悩の数と同じという話。多いな。
その鐘の音を聞きながら目的の神社へと進んでいく。有名で大きな神社なら、人の数も比例して多くなることだろう。神宮とか凄そう。まぁでも、年が明ける瞬間に神社にいる人は、初詣の総数からしたら少ないのも事実。
「そろそろ手を離すか」
「あ、そうだね」
ポケットの中から手を出すと、手袋を外してそれを代わりにポケットの中へ。伊地知に貸していたものも回収した。神社に来ると水で清めないといけないしな。
「神様に何をお願いするか決めてるのか?」
「決まってるよ~。何個でもいいんだっけ?」
「え、知らん」
「えー。ま、いいや。お願いしたいことは全部お願いしよっと」
「そんな多いのか……。煩悩まみれ」
「3つだけだよ!?」
「んー、多いとは言い切れない微妙さ!」
「微妙で悪かったね」
伊地知が何をお願いするのか。2つくらいは予想できるけど、それを聞くのは野暮ってやつだ。おれも自分の願い事はあまり言いたくないし。
「年が明けるまでのカウントダウンする?」
「境内に入ったし、それはちょっと」
「だよね。スマホで確認だけはしとこうよ。すぐに言えるように」
「競争じゃないんだから……」
「ある意味競争だよ」
平和に行こうぜ。平和に。
「伊地知」
「なに?」
「今年もありがとう」
高1の時から、委員会でも助けられてたからな。
「あたしの方こそありがとうなんだけど」
「かな?
「ああぁぁ!! ずるいよ! ずるい! あたしが先に言いたかったのに!」
「どんまい!」
「もう! ……あけましておめでとう。今年もよろしくだけど、1年じゃないよ」
来年の2月に卒業式だしな。
「そういうことでもないから」
「考え当ててくるのやめようぜ」
「