青春時代というものがろっくなのかもしれない   作:粗茶Returnees

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後藤ひとりと近くて遠い

 

 ガタゴトと揺れる電車を乗り継いで、たどり着いたのはお母さんが当てた旅行券の旅館。1泊2日の温泉旅館で、夕飯と朝ご飯がついてる。お昼ご飯はここに来る途中で先輩と食べたから、あとはゆっくりするだけ。

 自分の部屋じゃないし、ギターがあるわけもない。ジャージもない。完熟マンゴーもいないしで防御力は0の紙装甲。

 チェックインとかは、福引当てたお母さんの娘である私がするべきなのに先輩がやってくれた。私は先輩の陰に隠れてただけ。

 旅館といえばやっぱり「和」って感じで落ち着く。海外の人は異文化を感じて楽しむから、これって日本人の感覚かな。日本に慣れた人なら同じになる? イライザさんは…………落ち着きそうにないかも。

 

「こちらのお部屋になります。館内着をご試着して、サイズのご確認をお願いします」

 

「わかりました。後藤ちゃんも袖を通してみよっか」

 

「あっ、はい。……あの」

 

「ん?」

 

「……ぁ、あっち見ててもらって、いいですか?」

 

「お客様。服の上からのご試着で構いませんよ」

 

「ぇ、ぁ……」

 

 館内着ってここで過ごすための服で、だからどのみち今着てる服は……あ、サイズ確認だからそこまでする必要はないってこと!? 恥ずかしくて土に埋まりたい!

 

「おれの方はサイズ大丈夫そうです。後藤ちゃんも大丈夫そう?」

 

「大丈夫みたいですね」

 

 先輩に声をかけてもらったのに、俯いて無言で頷くだけの反応をしちゃった。でも今は顔をあげられない。恥ずかしい。すごく熱い。

 

「お食事の時間はどうされますか? 5時半から7時半までの間で、30分毎に予約を承っておりますが」

 

「それなら7時でお願いします」

 

「かしこまりました。お風呂は夕方4時から夜10時までご利用いただけます。朝のお風呂は朝の6時から8時となっております」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「何かございましたらそちらのお電話でお申し付けください。それではごゆっくりとお過ごしください」

 

 仲居さんがいなくなって、私も少し気持ちが落ち着いた。荷物を部屋の隅に置いたら、押し入れを開けて中を確認。中には布団とかシーツとか枕とか入ってて、下段にあるスペースを見つけるとそこに吸い込まれた。とても落ち着く。

 

「早速ベストポジションを見つけたね」

 

「あっ、すみません。せっかくの旅行なのに」

 

「ううん。ゆっくりするのが目的だし、後藤ちゃんの落ち着ける状態が一番だよ」

 

 またそうやって言ってくれる。先輩はいつだって優しい。みんなに優しい。それは見ていて分かってるし、だからこそ私のことを気にかけてくれてるのも気づけた。

 良い捉え方をしたら特別扱いをされてるということ。反対にすると、それだけ面倒を見られてるということ。手のかかる後輩なんだ。

 

「や、やっぱりそどったっ……!」

 

「大丈夫!? 今鈍い音したけど」

 

 勢いよく頭をぶつけた。痛みに耐えながら押し入れからのろりと出ると、ぶつけた場所を先輩が優しく撫でてくれた。痛みはズキズキと続いてる。それを和らげるくらい先輩の優しさが染み込んでくる。またぽかぽかしてきた。

 

「あ、ごめん。勝手に髪に触れちゃって」

 

「……ぁ」

 

 私は人付き合いが苦手だ。初対面の人とうまく話すことなんてできない。自分から話をするのは登山並みのしんどさ。それが男の人となったら富士山レベル。

 私が唯一話せるのは、お父さんとかおじいちゃんとか家族とあとは先輩だけ。唯一じゃなかった。

 男の人に触れられたら体が爆発する。魂が抜ける。その自信が有り余ってるのに、先輩の手が離れたことが寂しかった。

 

「それで後藤ちゃん。急にどうしたの?」

 

「あっ、いつも先輩に合わせてもらってるので、今日は逆でもいいんじゃないかなー、なんて」

 

「ありがとう後藤ちゃん。近くに庭園があるみたいだし、ちょっと散歩しに行こうか」

 

「は、はい」

 

 よかった。先輩はアウトドアも好きな人だから、ずっと部屋にいるより断然楽しめるはず。うまく誘導できた。……あれ? これも先輩が合わせてくれただけでは?

 

「ん?」

 

「い、いえ」

 

 パッシー先輩なら見通しててもおかしくない。

 うわぁ、もう何をしても考えが堂々巡りになっていきそう。

 

「おーい」

 

「はっ!」

 

「おかえり。後藤ちゃんってこういう人の少ない場所でも苦手?」

 

「こ、これくらいなら落ち着けます」

 

 旅館のすぐそばにある庭園は、日本式の庭園になってる。池もあって水中には鯉が泳いでる。日本庭園と聞いてイメージできる景色。

 人が全然いなくて、耳を済ませると風に揺れる草の音、私たちの歩いてる音、水の流れる音が聞こえてくる。

 落ち着けるけど、これって私が話をしてないから聞こえる音で。それってつまり私いてもいなくても変わらないんじゃ? な、何か話をしてアピールしなきゃ。でもこの空気感を壊しちゃうような。先輩の邪魔をしちゃうかな……。

 

「あそこのベンチにしばらく座ってみない?」

 

「ひゃい!? ご、ごめんなさい。なんでしょう!?」

 

「あそこに座ってみるのはどうかなって。この空気感って地元じゃなかなか味わえないし」

 

「い、いいですね! そうしましょう!」

 

 やっぱり話はしないほうがいいんだ。地蔵にならなきゃ。

 

「あ、無言じゃなくていいからね?」

 

「え!?」

 

「後藤ちゃんって誰かといる時に無言なの無理でしょ」

 

 はい……。グループで私が喋らないだけとかならまだしも、今みたいに1対1で無言なのはキツイです。あ、やっぱりずっと私だけ話してないのも寂しいです。結束バンドでハブられたりしたら首吊り待ったなし。

 

「それに、後藤ちゃんといるんだし2人で話していたいもんね」

 

 嬉しくてくすぐったいことを先輩が言ってくる。それが何故か心地よくて、無自覚に頬が緩むことも多い。

 話したいことだってないわけじゃない。いつも私の話を楽しそうに聞いてくれるから、私も自然と先輩にあの話をしよう、この話をしようってなる。

 今みたいに。

 

 

 

 温泉には夕飯を食べる前に入った。先輩が夕飯の時間を7時にしたのは、6時代にご飯を食べるお客さんが多いから。その分温泉に入る人が少なくなる。考えた素振りもなかったのに、すぐにそうやって判断してくれる。

 温泉にどれぐらい入るかは難しい。部屋がパッシー先輩と同じで、鍵は先輩に持ってもらう。平均的に女子の方が長風呂になるらしいから。

 そうなると、私が長風呂し過ぎるとその分先輩を待たせてしまう。けどすぐに上がると私が待ってたってなっちゃう。だからこれは心理戦だ。勝たないといけない。できる。私は頑張れる子になったんだ!

 

「ご飯の時間もあるし、遅くても6時40分には一度部屋に戻るようにしよっか」

 

「あっ、はい」

 

 私の戦いは先輩の力で回避された。

 髪が長いから、お風呂に入ったあとは乾かすのが大変。そこに時間がかかっちゃうから、逆算して何分までに温泉から出るかも決めた。それでも最大1時間は入れる計算。……先輩はどこまで考えてくれてるんだろう。

 

「布団はさすがに間開けて敷こうか」

 

「そ、そうですね」

 

 温泉を満喫して、ご飯も美味しくいただいたら、あとは寝るだけ。

 窓の側には椅子が置かれてて、先輩はそこに座って外を見てた。何を見てるのか気になって、私も向かいの椅子に座る。

 

「ここは星が綺麗に見えるね」

 

「あっそうですね。空にいっぱい見えます」

 

「これでも見えてるのは、宇宙の中の一部だけなんだから面白いよ」

 

「パ、パッシー先輩は星とか宇宙も好きなんですか?」

 

「うん。ロマンあって好き。後藤ちゃんは? 作詞でも星座になれたらを書いてたけど」

 

「あ、はい。で、でも先輩程じゃなくて。あれもきらきらしてるなって思って書けたもので」

 

「へ~。そういえば後藤ちゃんの作詞話って聞いたことなかったね。あれは誰か意識して書いたってこと?」

 

「ぅぇ……。ぁ……ぅ……」

 

 温泉から上がって1時間以上経つのにのぼせてきた。顔がすごく熱い。

 だめだ。他の歌詞のことならたぶん話せるのに、「星座になれたら」だけは話せない。そういうつもりで書いたわけじゃないのに。

 

「聞かれて恥ずかしいこともあるよね」

 

「……」

 

 何か言おうとして、何も言えなかった。館内着をきつく絞めちゃったのかな。ちょっと苦しい。

 

「これだけは言わせて。後藤ちゃんの歌詞、好きだよ」

 

「ぇぁっ……! ぅ……ぁ、ありがとうございます」

 

 も、もう耐えられそうにない。恥ずかしさと嬉しさとごちゃごちゃだ。心臓がばくばく煩い。

 急いで布団の中に飛び込んで包まった。ついでに電気を消しちゃったけど、先輩なら自分の布団に難なく入れると思う。だってパッシー先輩だもん。

 

「おやすみ、後藤ちゃん」

 

 布団越しに聞こえてきた先輩の声は優しくて、あったかくて。

 目を瞑っていたら流れるようにそのまま寝ることができ……なかった。パッシー先輩と同じ部屋で寝るのは緊張する。何かされるかもとか、そういう心配じゃない。

 パッシー先輩だとしても……だからこそどきどきしてる。

 

「せ、先輩は…………寝てる……!」

 

 あれから何分なのか、何十分なのか。いつの間にか先輩は自分の布団で寝てた。完全に眠ってた。

 私がいても気にしてないみたい。たしかイライザさんの家に泊まったりしてるから、それで慣れてるのかな。イライザさんはパッシー先輩のこと、どう思ってるんだろう。

 

「初めてかも」

 

 先輩の寝姿を見るのは。

 布団から出て先輩の近くに行く。先輩は今私の目の前にいるのに、すごく近いのに、遠い場所にいる。そんな気がする。

 いなくなっちゃうことを考えると、胸の奥が苦しくなる。意味が分からなくて、悲しくなって。

 触れてみる。目の前に本当にいる。なのに遠く感じる。

 漫画とかだったら、こういう時にき、きききすとか、しちゃうんだろうなぁ。そんなシチュエーションだと気づいたら、また心臓がバクバクしてきた。

 いっそこれなら、

 

「……む、無理無理無理ムリ!」

 

 そんなの私がすることじゃない。私みたいな陰キャオブ陰キャが、いくら先輩が優しいからってこんな。お兄ちゃんみたいだからって甘え過ぎはよくないよね。……ブラコン? いやいやいや。

 

「先輩。パッシー先輩。……、──さん。~~っ!」

 

 やっぱりまだ駄目。たとえ先輩が寝てても名前を呼ぶのは恥ずかしい。で、でも諦めない。絶対に。

 

「絶対に、呼べるようになりますから。だから……待っててください」

 

 いつかその日まで。願わくば──で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝が来て。目が覚めて。パッシーはぼんやり考えた。

 同じ布団に後藤ちゃんと寝ているという状況に。

 

「いやいや。そんなはずはない、あり得ない。夜1人で自分の布団で寝たはずだし」

 

 ただし記憶がないことが「=」で証明になるわけではない。

 

「……違うよな? 何もしてないよな?」

 

 

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