青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
あとちょっとで終わるので最後まで頑張ります。
人間誰しも風邪を引く。一度も引いたことないという人は超健康な肉体をゲットできたことをご両親に感謝するべき。
そんな訳でおれは絶賛体調不良中。心当たりは特にないけど、体調を崩す時って半分くらいはそうなるよな。最後に風邪を引いた時はたしか、去年の春先に友達と季節外れの水風船で遊んでた時か。螺旋丸は修得できなかった。
おれの部屋は家の2階にあるけど、階段の登り降りもダルいぐらいには体がキツイ。最終手段として来客用の布団をリビングに運び込み、そこで寝ることにしてる。
これなら冷蔵庫も近いし、トイレも近い。階段から転げ落ちる心配がなくてベストだ。
水分をしっかりと取って、BGMとしてテレビをつけておく。流れてる内容は特に頭に入ってこない。何度も寝ようとすると普通は寝付きも悪くなるものの、体が疲れてるからそうはならない。すんなりと就寝できた。
そうやって過ごしていると、トントントンと包丁で何かを切っている音がする。料理をしているらしい。
「起きたんだ? 体の調子はどう?」
「……伊地知? なんで」
「風邪を引いたって聞いたから。あたしが一番家近いし、看病をしようと思って」
「気持ちは嬉しいけど風邪をうつしたら悪いし」
「帰らないよ」
先回りされて言葉を潰された。しかも若干怒り気味だ。
「看病するって決めたんだから今日は帰らないよ」
「頑固……。ん? ぇ、今日は?」
「あ……あーー、ごめんごめん。勢い余って言い過ぎちゃった。さすがに夜には帰るよ? たぶん」
最後に何かぼそっと言わなかった?
「学校でみんなびっくりしてたよ。風邪ひくんだって」
「おれだって人間ですー。って学校?」
「うん。今日始業式だったから。だからあたしだってほら、制服でしょ?」
「コスプレかと思った」
「そんな趣味あたしにはないから」
人のパーカーは着るくせに。
「それにしても珍しいよね。始業式に来ないなんて初めてなんじゃない?」
「そうかもなー。気にしたことはなかったけど」
「皆勤賞は取れないね」
「狙ってないから大丈夫。無理してまで取るものでもないし、休む時は休むよ」
「それがいいね。食欲はある? すぐにお粥作ろうか?」
「軽く食べたいかな。今作ってるやつは?」
「これはあたしのお昼だね」
「自由だなぁ」
「おばさんが好きに使っていいって」
言うだろうなー。たとえこれが伊地知じゃなくても言いそうだ。よく遊びに来る友達も自由に過ごしてるし。
「作ったら言うからそれまで横になってなよ。まだしんどいでしょ?」
「それは伊地知に悪いから」
「だーめ。病人は素直に甘えなきゃ。早く治してくれるのが一番なんだから」
「……わかった」
後半部分はぐぅの音も出ない正論だった。病人が無理をしないのはそうとしても、素直に甘えろと言われて甘えるのは抵抗がある。単純に恥ずかしい。しかも同い年の女子にそう言われてるんだ。
気持ちを紛らわせようとテレビに意識を向けた。昼の番組はニュースかドラマが多い。ニュース番組は今話題のことが中心。見ていて面白いかと聞かれるとそうでもない。
正直に白状してしまえば、ご飯ができるまで横になれるのはありがたい。熱が下がっているわけでもないし、体は今もダルい。ただ、心配されるよりは安心させたい気持ちが勝つ。だから平然と振る舞う。
「そうだ。待ってる間に体温測っといて」
「気が向いたら」
「じゃあまだ熱があるんだ?」
「何がじゃあなんだ」
「心当たりはあるでしょ」
見えはしないけれど、やれやれと肩をすくめているのは目に見えてる。図星ではあるから余計に反応しづらいな。
人の気配がしたからそっちに顔を向けると、いつの間にか忍び寄ってた伊地知がそこにいた。細くてひんやりとした手が前髪を除けてでこに当てられる。冷えぴたみたいで気持ちいい。
「やっぱり熱い。わかりやすい嘘をついちゃってさー。あたしがいたら迷惑?」
「そんなことはない。いてくれて嬉しい。一家に一人欲しい」
「あたしは1人しかいないからなー。誰かの虹夏にだけはなれるかな」
「ファンができていくんだから、みんなの伊地知になるんじゃないか?」
「それはそれで嬉しいよ? それとこれとは別って話。アーティストとしてはもちろんそう。でもあたし個人としてはね。女の子だし、結婚は憧れるよ。ウェディングドレスとか着たいなー」
「……そっか」
「着てみたい」じゃなくて「着たい」なのか。それだけ伊地知の中では明確なんだ。
その姿を想像しようとしてみて、しんどいからやめた。頭をまともに働かせられるコンディションではないらしい。
「ご飯食べられる? あたしが食べさせてあげよっか?」
「そこまではしなくていい」
それはもう羞恥プレイだろ。純粋な優しさでの発言だから、余計にこっちが気恥ずかしくなる。そういうことは子ども相手にやってほしい。後藤ちゃんの妹のふたりちゃんとか。
ご飯を食卓に用意してくれている伊地知を、ふらつくのを耐えながらぼんやり見る。
その姿は様になっているというか、伊地知の家庭を考えれば当然だけど手慣れてる。家庭的な女の子ってやつ。良い母親になれるんだろうな。
「その前に良いお嫁さんになりたいかな~」
心を読まないでほしい。
「いやいや、声に出てたよ」
「まじで?」
「まじで」
「……本当になれると思うよ」
「うん。ありがとう」
思うというか、確信してる。伊地知はそうなる。結束バンドの中で一番そうなれる。
(誰かの、にはなりたくないんだけどなぁ)
「そういえば山田は学校来てた?」
「リョウ? ううん。リョウも休んでたよ」
「なるほど」
「何か知ってるの?」
「……何日か山田が休み続けたら、押しかけに行けばいいと思う」
「そうなんだ。そうするね」
あっさり受け入れたな。もっと聞かれるかと思ったのに。聞かれたところで、山田からは「キャンプのやり方教えて」とロインで連絡が来ただけなんだけどな。
「病人相手に詰めたりしないよ。それより病院には行った?」
「行けてない」
「風邪薬は?」
「それはある」
「食べ終わったら飲んでね」
「……おかん」
「母親じゃないですー」
伊地知って人に厳しくできるんだろうか。廣井さんにはあたりが強いけど、仲いい人にはできてないよな。山田にも結局甘いし。……厳しくする努力はできるか。
あーだめだ。やっぱ今日は思考が纏まらない。
お粥があったかいことしか分からない。あと伊地知は今日も笑顔が眩しい。ほっとする。
お粥を食べ終えて、伊地知に用意された風邪薬を飲む。家に置かれてる薬系統の位置を把握してるのは何でだ。昔と場所が変わってない? そういうことなのか? いやそれでも知ってるのは謎だが。
「ごちそうさま。ありがとう伊地知」
「どういたしまして。食器は洗っとくから横になってて」
「それはおれがやるから。それぐらいできる」
「今は無理でしょ。いいから布団に横になって」
伊地知にぐいぐいと引っ張られる。体が弱ってる上に、ご飯を食べて眠気が押し寄せ始めてもいる。抵抗らしい抵抗もできない。
それが逆に良くなかったのかもしれない。おれの無抵抗に近い状態は伊地知の予想にもなかったんだろう。敷いてある布団に足を取られ、伊地知が倒れ込む。それに引っ張られておれも巻き添えだ。
「うっ……」
「ごめん伊地知。すぐにどくから」
布団に倒れ込んだから頭を打つとかはなかった。そこは良かったけど、おれがその上に倒れてしまった。成長期を終えた男子高生はそりゃあ、鍛えてない女子からしたら重たいはず。
接触していて感じる柔らかな肢体。鼻をくすぐる伊地知の甘い香り。手入れされているさらさらの髪。
ただでさえ思考が纏まらない今のおれにとって、押し倒してしまったような状況も含めて全部が追い打ちだった。
それなのに、背中に腕を回されて離れられない。何を考えてるのか分からない。
「重いだろ。どくから離してくれ」
「……心臓ばくばくだね」
「話聞いてる!?」
頭が痛くなるから大声では言えなかった。
肘をついて少しは上体を起こしてみる。伊地知の顔を見ると病人のおれと同じかそれ以上に赤くなってた。
「見られちゃった。恥ずかしいね」
「なら離してくれよ」
「あたしから離れたいの?」
「っ……!」
言葉が完全に詰まる。何も、言葉どころか声すら発せられなかった。頭をギターで叩かれたような衝撃だ。
分かってる。きっとこの言葉は、今の状況のことだけを指してるんじゃない。
「あたしは……嫌かな」