青春時代というものがろっくなのかもしれない 作:粗茶Returnees
後藤ひとりは尊敬できる後輩だ。本人の内気な性格とコミュ力の低さとエトセトラを差し引いても、それでもおれは後藤ちゃんを尊敬できる。伊地知に言われてギターヒーローの動画を見たけど、プロレベルだと思えるくらい演奏が上手かった。
それは何も後藤ちゃんが天才だからじゃない。センスはあったのかもしれないけれど、彼女の実力は努力を積み重ねた結果によるもの。動画を遡っていけば、その成長を見て取れる。
何年間も練習を積み重ねて積み重ねて。腐らずに実直に。1つのことを続けてきた。陳腐な言い方になるけれど、すごい事なんだ。
「あっ、ありがとうございます。……えへへ」
相変わらず目を合わせて話すことはないけれど、ふにゃふにゃに顔を緩めて後藤ちゃんは照れてた。あまり褒め過ぎるのもよくないって伊地知に注意されてるから、後藤ちゃんを褒めちぎることができない。いずれそれができるタイミングがあればいいな。
「あ、あの……えっと」
「ゆっくりでいいよ」
「は、はい。……パ、パッシー先輩は、バンドやらないんですか?」
「バンドか~」
ライブハウスでバイトしてるのは、バンドに興味があるからじゃないかって推測したのかな。その推測は遠からずってとこだね。
「バンドに限らずだけど、音楽は聞く側が好きなんだよね。カラオケに行ったらもちろん歌うし、友達と即席バンドだーとか言って遊ぶことはある。でもその程度」
本気で取り組むことはない。経済的な事情も何割かある。それよりも続けられるかはわからない。これまでの経験でも、どこかで満足して終わっちゃうことが多かった。
習い事とか部活とかは大して迷惑かけることもなく抜けられるけど、バンドはそうもいかないから。
「そ、そうなんですか」
「そうなんですよ」
(どうしよ。私から話振ったのに止まっちゃった。先輩いろいろ話してくれたのに広げられない!)
「後藤ちゃんってなんでギターを始めたの?」
(気を使わせてしまった! 虹夏ちゃんにも喜多さんにもいつも気を使わせちゃってるし。私ってなんでこうなんだろ)
「後藤ちゃーん? おーい」
「はっ! す、すみません」
「ううん。それで、バンド始めたきっかけってある? カッコイイから?」
「あっ、はい! あ、いや。その……世界平和のために」
「マイケルかな?」
あの人バンド系の人じゃなかったけど。そこは置いとくとして。後藤ちゃんのこれは頑張って誤魔化そうとしてる感あるな。信じるのは喜多ちゃん辺りか?
「インタビューとかでよく聞くきっかけってさ。多少脚色されてたりすることもあるよね」
「あっそうなんですか?」
「正直に話してる人もいるだろうけど、エピソード風にすると言葉って選んじゃうじゃん? ニュアンスが事実とズレることもあるっていうか。ぶっちゃけ全部要約すれば、カッコイイからになると思ってる」
「それは言い過ぎなんじゃ……」
「ははは。かもねー。そういえば後藤ちゃん。このバンドでよかったの?」
「え? それって、どういう」
「いやー。後藤ちゃんの性格考えたら、頼みを断れなくて流れでメンバーになったんじゃないかと思ってさ」
(図星!)
「おれの即席残念ギターで、あの時の場を誤魔化す羽目にならなかったのは嬉しかったけど」
弾いたこともない楽器でもなんとかしてくれって頼み込んできてたの、どう考えてもおかしいよな。コードとかもさっぱりだっていうのに。伊地知は時々無茶ぶりしてくる。
「あっ、で、でも」
「うん?」
「きっ、きっかけはそうなんですけど。でも、結束バンドに入れたのは、嬉しかったです。わ、私、ずっとバンド組みたいって中学生の時から、思ってたので」
「そっか。それならよかった。……おれから言うのもおかしいけど、ありがとう後藤ちゃん」
「えっ、え?」
後藤ちゃんにも喜多ちゃんにも言ってないだろうけど、伊地知はあの日相当焦ってた。それはもう、おれにギター弾けと頼むほどに焦ってた。
本番での出来はともかく、それを救ったのは後藤ちゃんだ。バンドそのものに熱意を持ってる伊地知を助けて、しかも喜多ちゃんを呼び戻した。結束バンドのリーダーは伊地知だとしても、結成に欠かせなかった核は後藤ちゃん。
他のバンドの演奏を、羨ましそうにも見ていた伊地知を知ってるから、お礼を言いたくもなる。
「後藤ちゃんは今でもカッコイイよ。あ、もちろんとてもかわいいよ!」
「え、えへへ。そんな大したことは~」
「バンドのでは良い方向に転んだけどさ、断りたいことを言えるようにもなろうね。言いにくい時は手伝うからさ」
「あっ、ありがとうございます」
断らない人と断れない人は全然違う。断らない人は自分の判断でそうしてるけど、断れない人は押し切られてるだけ。それで都合のいい人間なんて思われるのも迷惑だ。
バンドとバイトを通じて、後藤ちゃんが少しずつ成長できると先輩としても安心できる。
おれの告白はきっぱり断れるのにな。不思議だな。
「そうだ。一応ここのって接客業なわけだし、1日あたり何人のお客さんの顔を見ながら接客するって目標立ててみない?」
「あっ来世の後藤ひとりにご期待ください」
「即答! 2人は頑張ってみない? 2人だけ」
「それなら、たぶん……」
「目を見て話すのが苦手なら、相手の鼻とか口に視線を向けるのも手だよ。それでも相手は目が合ってるって認識するらしいし」
「口……」
後藤ちゃん的には、視線が合った時のあの感覚が苦手なんだろうな。気持ちはわからないでもない。慣れない人は慣れないやつだ。
(相手の口を見るって、なんかちょっと刺激的なような……)
「ぼんやり相手の顔全体を見るのもあるけど、これは人によっては話聞いてないって思われかねないかな」
「すみませーん。注文いいですか?」
「どうぞー。後藤ちゃんできそう?」
顔が崩壊してる。ダメそう。
視線を見る限り、顔上げようと頑張ってみてるっぽいね。いい傾向だ。
とりあえずこのお客さんはおれが対応するか。後藤ちゃんには、頑張れそうな時に頑張ってもらうとしよう。
「後藤ちゃん、お客さんを見ようと頑張ってたね」
「け、結局ドリンク入れただけでしたけど」
「苦手なことに挑戦してるんだから偉いよ。焦らず慣れていこう」
「あっ、は、はい!」
店長の気持ちもわかる気がするなー。一生見守っていたい。何このかわいい生物。
「パ、パッシー先輩」
「ん?」
「パ、パッシーってあだ名はいつからなんですか?」
「ここでバイトを始めてすぐくらいかな。貴重な男手なもんだから、雑用とかいっぱいやっててな。山田がそこからパッシーってあだ名をつけたんだよ」
(それってパシリってことなんじゃ……」
後藤ちゃん。心の中で言ってると思ってるだろうけど、声に出てるからね。そしてそれで正解だよ。山田のドストレートなネーミングで決まったんだから。
「あっリョウさんに付けてもらってるの、一緒ですね」
「ぼっちってあだ名をつけたのは山田だったらしいね」
他人からしたらイジメ発言とも受け止められるあだ名だよな。後藤ちゃんが気にせずに受け入れてるから定着してるし、伊地知もそっちで呼んでる。
「えへへ、お揃いですね」
「嬉しそうだね」
「は、はい。パッシー先輩との共通点発見できましたから」
「んー?」
「に、虹夏ちゃんと先輩は仲いいですよね。2人とも心を開いてる感じで。リョ、リョウ先輩とも仲良くて。き、喜多さんとはイソスタとか、SNSで話が盛り上がってて」
結構周りの人間のこと見てるんだ。俯きがちで、人との距離の調整が苦手なだけか。
「わ、私は何もなくて。正反対ですし、バイトは同じですけどそれだけで。だ、だからお揃いなのがあって、嬉しいです……」
駅までは送ってるけど、これは喜多ちゃんも一緒にいるから別扱いなのかな。
言いたいことはなんとなく分かった。後藤ちゃん目線だと、他のメンバーとはそれぞれ唯一なものがあって、後藤ちゃんにはそれがなかったと。
そう思われるような特別なことなんて何もないんだけどな。
「あっ、気になってたことがあったんですけど。い、いいですか?」
「どんとこい」
「パ、パッシー先輩のお名前って何ですか?」
「わーお」
そうかそうかそう来たか。これはもうぴえんを超えてぱおん。目頭が熱くなるってものだわ。