「にへ...にへへ....」
窓から差し込む茜色の光。
夕暮れが夜の帳が下りる前の街並みを照らし、俺達職人たちはようやく一日の仕事の終わりを実感する。
そんな光に照らされながら、思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
だってしょうがないだろ?
その、ハンスと...夜にデート....い、いや!多分アイツはそんなつもりはないだろうけど、実質デートだからさぁ?
そ、そんなの...嬉しくないわけないだろ、へへ~....。
シアとかいう女と冒険に行った翌日の昼。
ハンスはわざわざアタシに剣の使用感の感想を告げに来てくれた。
職人として作った武器の使用感を伝えに来てくれるのはありがたいし、それに単純にハンスに会えるというだけでアタシの心は跳ねた。
けれど、それでいつものようにそれで終わりじゃダメだ。
剣に祈るだけではダメ、早急に手を打つ必要がある。
だからこそハンスを飲みに誘おうとしたその瞬間、アイツから誘ってくれたのだ。
『そうだ、レイ。今日夜時間空いてるか?ほら、この前飯誘ってくれたのに行けなかったろ?その埋め合わせっていうかなんていうか....』
まるで図ったかのように、アタシが欲しかった言葉を口にしたハンス。
それに...あの時、あの女に引っ張られて行った後もアタシのこと、考えていてくれたんだと思うと少しの優越感と大きな喜びが胸を占める。
やっぱり...アタシは、ハンスが好きだと改めて思い知らされた。
「れ、レイちゃん!そ、その....これとか似合うんじゃないかな....?」
すると、開かれたクローゼットから這い出るかのように顔を出しながら一人の少女がこちらに駆け寄ってくる。
茶色の髪色で、目元が長い前髪で目元が隠れた子供のような体躯の大人しそうな少女。
ロリ―ナ・ステレッチ。
ここの工房街で一番規模の大きい服飾店で弟子をやっているハーフリングの少女である。
オヤジ経由でその店とは色々一緒に仕事することが多く、アタシと境遇が似ていることもあってすぐに仲良くなった。
仕事を終わらせて、どんな服を着て行くか悩んでいたところ、帰宅途中のロリ―ナを見つけてなんとか頼み込んで今コーディネートしてもらっているところだ。
ほら...これからハンスと夜に出歩くわけだし、いつもとは違った感じを出してこう...今以上に意識してもらいたいっていうか...。
そんな事情を話すと快く協力してくれた。
持つべきものは友達だな!
「あ~、下は良いけど上は...やっぱアタシにはちょっと可愛すぎねぇか?」
「え~、そんなことないと思うけど.....それにいつもとは違った感じを出すなら、ちょっと可愛い目じゃないとダメだと...思うなっ。」
ロリ―ナはハンガーに掛かった服を見せながら、ふんすと珍しく自信満々に断言する。
しかし、アタシからすると少しためらってしまう。
デニム生地のショートパンツ...は普段からアタシ着るから良いとして、それに合わせる上が問題なのである。
クリーム色をしたノースリーブのニット....それもアームカバーが付いた物。
普段アタシが着ている革製のジャケットなどとは一線を画す、モコッとした可愛らしい服だ。
それでいて、ノースリーブであることから普段仕事している時ほど露出度はないにせよ、腋などが見える。
アタシが『たまにチラチラと胸や腋を見られてるから異性として多少なりとも意識はされていると思う...』と言ったのをロリ―ナは覚えていたのだろう。
っつーかアレ...この前ロリ―ナに滅茶苦茶絶対似合うって勧められて気が進まないながらも買ったはいいが、着る機会のなかった奴だ。
「それは...まぁ、そうなんだけど....。」
「そ、そうだよ...!いつものレイちゃんとは違う可愛い感じの服に身を包む。普段とのギャップ...って奴かな。綺麗な足に腋、せっかく身体付きが良くて相手も気にしてるならそこを見せて行かないと損だし...それを加味してこの服しかないと思う!...うぅ~、こういうの着れるの羨ましい....私ほらちっちゃいからこういうの似合わないし....。」
ロリ―ナは熱弁した後に、こちら羨望の目線を見せる。
...まぁ、確かにロリ―ナはアタシと違ってフリフリした女の子らしい服が似合う感じではあるな。
ただそんなことを羨ましがられても面映ゆいっつーかなんていうか....。
「...似合わなくても笑うなよ。」
「あり得ないよ。私、これでもルクレツィアの一番弟子なんだから!それにデート...に関しては、私レイちゃんより先輩...だからね。大丈夫、レイちゃんならいける...ふぁ、ふぁいと..おー!」
ロリ―ナは胸を張った後、気恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらも腕を上げる。
確か...前に付き合ってる人が居るって言ってたのを聞いてたな。
ちょっと相手の嗜好が心配ではあるが、それでも経験者の...それも服の専門家とも言える人に助言をもらえるのは普通にありがたいな。
照れて勢いづけようとして挙げた手をおずおずと下ろす小さな友人に頼もしさを感じながらも、アタシは彼女が手渡してくる服を手に取った。
◇
「んだよ...そんな目ぇ見開いて。あ、アタシの恰好...変、だったか...?」
夕刻。
茜色の光に照らされた噴水広場。
そんな暖かな色味の夕日に照らされて、なにやらモジモジと腕を抱きながら上目遣いで俺を見つめるレイ。
俺はそんな彼女を見て、言葉を失っていた。
クリーム色をしたノースリブスのニットに、腕には同じニット生地のアームカバー。
デニム生地のショートパンツからすらりと伸びた艶やかな小麦色の足。
そしてなによりも普段一つ結びだった髪を下ろしていた。
いつもの鍛冶屋で会う彼女とは違う。
それどころか、これまで一緒に飯を食べに行くときの彼女は革のジャケットなどどこかカッコいい感じの雰囲気の服を着ている印象がある。
そんなこれまでのレイとは違う柔らかでありながら、女性的な色気を感じられる雰囲気に俺は言葉を失ったのだ。
「い、いや...変じゃないよ。ちょっといつもと違って驚いてさ。似合ってる...お前そういう感じの可愛い服、持ってたんだな。」
「か、可愛いって...にへへぇ...。あ、当たり前じゃん!あ、アタシだって...女の子なんだから、さ!」
普段と違う感じの服を着ているからか腕を抱いて、モジモジとした仕草を見せるレイ。
身を縮こませたことで、腕に胸が左右から潰されてクリーム色の布地の上から主張する胸が歪む。
そちらに目が向きそうになって、俺も目線を逸らす。
可愛い。
普段のレイとは違う...うん、男友達みたいな距離感の相手に思うには照れくさいことではあるけれど、素直に可愛いと思う。
しかし、それだけじゃない。
普段の鍛冶屋姿も...正直に言えばエロイ。
晒された健康的な小麦色の肌と腋、そして胸の谷間。
それと比べれば確かに露出度は少ない。
けれどもクリーム色のノースリーブスのニットは彼女の小麦色の肌と映え、布地の下にある胸の大きさやちらりと覗く腋を強調している。。
そしてデニム生地のショートパンツから見える小麦色の生足。
服装の柔らかい可愛らしさとは別に、小麦色の肌からは健康的なエロさを感じてしまっていた。
「...で!今日はどこで飯食うかと決めてんのか?」
「あ、あぁ....。最近、ナギザイから来た料理人が店を出してるらしくてな。そこでナギザイ料理が食えるらしいから、そこに行ってみたいなって前から思ってたんだ。....良いか?」
「あ、あぁ!良いじゃん良いじゃん!へぇ~ナギザイ料理かぁ。この街に食える場所出来てたのか..知らなかったわ。」
あらぬ方向に視線を向けていた俺にどこで食べるか尋ねるレイ。
俺はサッとそちらから視線を逸らすと彼女の目を見て答える。
すると彼女がいつものように快活に笑う。
普段と違う格好の分、その笑みに少しドキッとさせられた。
「それならよかった。それじゃ、こうしてここに居てもしょうがないし....店に行くとするか。」
「そうだなっ!へへ...あ~、アタシお腹空いちゃってさぁ~~!」
なんだかゆるゆるとした感じの嬉しそうな笑みを浮かべるレイ。
猪目とか早くにナギザイの技術を取り入れていたのもあって、やっぱりナギザイについて関心が高いのだろうか?
こんなに嬉しそうにしてくれるなら、誘ってよかった。
夕日は既に沈み、辺りは暗くなっていく。
そんな中で確かにいつもと違う格好にドキッとはしたものの、それからはいつものように特に取り留めのない話をしながら店へと向かって行った。
◇
ヤバい。
めっちゃ楽しい。
それは店に行くまでの間に、ただ二人で話している時間ですら。
けど...なんだろ、そのせいで頭からこう....いつもとは違う感じでアプローチするっていうのがすっぽりと抜け落ちてた。
これじゃ...いつもと同じじゃないか?
早急に手を打つ必要があるからこそ、勇気出してこういう普段着ない服とか来ているのにいつも通りの会話じゃ....ハンス、可愛いって言ってくれたな...えへへ...。
...じゃなくてぇ!とにかく色々とアプローチしてかないといけないんだ!
...まぁ、具体的にどういう風に?って言われたら困るんだけど.....。
でも、アタシにだってプランっつーの?
それはちゃんとある!
まず、そもそもハンスは酒に強い。
けれど、そこに例外が存在する。
それは....ワインだ。
どうにもワインを飲むといつも悪酔いして記憶も朧気になっている印象だ。
これは前にオヤジが呼びかけてアタシとハンス...そして『あの人』と一緒に度々飲みに行った時に確認済みな事実だ。
本人はワインは結構好きみたいだが、どうにも相性が良くないらしく飲んだらなんかふわふわした感じになっていた。
その時は保護者っぽく振舞っていた『あの人』がハンスの介抱をしていた。
ハンスは、押しに弱いのでアタシも飲むからと言えば飲むだろう。
そうすれば、ハンスも酔って....。
も、もしかしたらあんなことやこんなことが出来ちゃうかも....にへへぇ.....。
ぶっちゃけ、...あまり褒められた手段ではないのは分かってる。
でも、もう既にシアなんちゃらみたいな女がハンスの傍に居て...アタシはいつも一緒に居れなくて。
そう考えると、手段を選んではいられない....。
「....?レイ、どうした?」
「あ、い...いや!なんでもない!へぇ~...こんな感じなんだな。独特の雰囲気だな。」
顔を上げると、ハンスが不思議そうな顔をしながらアタシを見つめている。
そんなハンスになんでもないと告げた。
...んだよ、そんな真っ直ぐ目ぇ見つめてくんなよ。
て、照れんだろうが.....。
ハンスが誘ってくれたナギザイ料理を出してくれる居酒屋。
全体的に木や白い素材を使った室内はこの街にある店とは違う....なんていうかこれがナギザイらしさなんだなと思わせる感じの内装。
なんていうかこざっぱりしている感じ。
そして通された個室。
アタシはハンスと向き合う。
ハンスは机の上にメニューを置いて、アタシにも見えやすいようにしてくれてる。
そういう所なんだよな....すき。
ただ、そのメニューを見た瞬間....アタシの立てたプランは完全に崩れ去る。
...あれ、ワインが.....ない。
メニューに書いてあるのは『ショーチュー』なる酒や『ナギザイ酒』と呼ばれるあまり見たことのない感じの字面の酒が複数種。
ワインのワの字もない.....。
ど、どうしよう.....。
っていうか、まずショーチューとかナギザイ酒がどんなお酒かアタシ知らないぞ!?
「あ、アタシ...ショーチューとか知らないんだけど、ハンス...分かるか?」
「さぁ...?俺もナギザイ料理の店来たのは初めてだし...まぁそもそもナギザイ料理食えるのこの街じゃここしかないから当たり前なんだけどさ。まぁでもこの『麦粒』っていうのが一番飲みやすいみたいで初めてにはおすすめって書いてあるし、俺はこれ飲んでみようかな。」
「じゃ、じゃあ!アタシもそれで!!」
咄嗟にアタシもハンスに乗っかる。
やっぱり同じ物飲んだ方が良い...よな?
まぁでもハンスも慣れてる酒じゃないみたいだし、もしかしたらワインの時みたいにハンスと相性悪いかもしれないしな!
まだ、希望は捨てるべきじゃない。
寧ろ飯や酒を飲み始める...これから始まるんだ!
「んでさぁ~~~~、なんか変な黒騎士来てさぁ~~~?ソイツが今打ってる剣欲しいからとかなんだの急に言ってさ、めんどいじゃん?だからぜ~んぶオヤジに相手任せたら、小言叩かれたんだよ~~~~!ひどくないかぁ~~~??」
「そ、そうか...大変だったな。にしてもレイ、ちょっと近.....。」
「はぁ~~~~?べつに良いじゃ~~ん!!アタシとハンスの仲なんだからさぁ!...あ~~~、さては向かい合ってた方が色々見れるからってかぁ~?おまえ、いっつも工房でアタシの胸とか腋見てるもんなぁ?」
「べ、別にそんなこと....お前顔真っ赤じゃないか。」
にへ..にへへ...ハンス、困った顔してる~~。
その顔すき...、横に移動した甲斐あった!
もっと困れ...❤もっとその顔見せろ❤
にへっ、にへへ~マーキング~~~~~!
ギュ~~~って腕にくっつくとビクンって身体が震えたかと思ったら、少しだけ身体がアタシを避ける。
ハンスも顔赤い...酒飲んでるからか、それとも胸当たってるからか....?
あ~~~~、身体あっつぃ.........。
身体に籠るような熱気を冷ますように、杯を呷る。
このお酒うまい....良い香りするし....。
「なぁ、流石にペース速くないか?」
「えへへ~~~、この酒おいしいぞハンス!連れて来てくれてありがとっ!えへっえへへ~~~、これアタシの気持ちだから、気持ちいいか?ずっと見てたもんな、嬉しいか~~~?んぐっんぐっんぐっ......。」
「お、おう...それは良かったな。それはそれとしてそういうのは軽々しくやるもんじゃないからな。」
あ~、ハンス顔真っ赤にして顔背けた~!
いつもカッコいい癖にあざといぞお前!アタシ怒っちゃうぞ!!
アタシが怒ると怖いんだぞっ!がお~~~~~っ!!
それに本当は嫌じゃねぇくせに、胸を擦り付けるアタシを振り払おうとしやがるしさぁ~....。
空気読めてないっていうか~~?
お酒飲んでこんなに楽しんだから、ハンスにもなんか難しいこと気にしないで欲しいっていうか寧ろ触って欲しいっていうかさ~~~、分かれよな~~~?
「ぷはっ~~~~...んだよぉ、マジメくさったこと言いやがってぇ~!アタシのじゃ不満か~~?はんっ、だったらママのおっぱいでも吸いにお里に帰んだな!ふんっ!」
「まぁ、それも考えてはいたんだよな....。ただ、母親に書いていた手紙どっかやっちまったし...それにそもそも俺勝手に飛び出したわけだからなぁ....。」
....ぇ?
戯れ程度の冗談のつもりで言った言葉に、無情な返答が返ってくる。
え....知らない、なんだよ...それ。
手紙...母親、その言い方じゃまるで....ほんとに帰ろうとしてるみたいじゃん。
「な、なんだよ意趣返しのつもりかぁ~?あ、アタシ...本当に帰って欲しいって思って言ったわけじゃないぞ.....?」
「え...いや、分かってるけどほら色々あってさ。そういうの考えてる時あって、丁度シアと酒場で会った時に母親に帰るか考えてる~って感じの手紙書いてるの見つかって....あれ、なんで今こんな話してんだ。ダメだ、俺もちょっと酔ってんなこれ....。」
んだよその言い方...まるでアタシが居る前じゃ、言うつもりのなかったことみたいじゃん。
それじゃ...その手紙がなくならなかったら、ある日いきなり居なくなってたってことか?
....いや、流石にハンスのことだから挨拶には来るだろうけど...でもアタシがそれを知るのは既にハンスが準備を終えて後は旅立つだけって時。
サッーと背中に冷たい汗が流れる。
自分の知らない間に、目の前のハンスがどこかアタシの知らない場所に永劫行ってしまっていた可能性。
それを自覚した瞬間、さっきまでほわほわと自分の身体を包んでいた幸せな熱気はどこへやら。
既に失っていたかもしれないという恐れが寒い程に背筋を震えさせていた。
「や、やだ.....。」
「ん...レイ...?」
「アタシ...嫌だぞ。アタシがここまでやってこれたのも...今、鍛冶屋やって楽しいのもお前が居たからだ。アタシが専属で武器作ってその武器使って....どんな感じか聞くのだって楽しくって....!!」
言葉が、口から衝いて来た。
頭の中で何かがグルグルと回る。
肌が冷たく、冷や汗が背筋を流れた。
「あの時、第二の試練でお前がアタシの武器を見出してくれなかったら、アタシは真意に気づけずにあのまま腐ってたかもしれない....何があったのか詳しく知んないけどさ、それでも....これまで一緒にやってきたじゃん!アタシにとってアンタは大事な客...いやそれいじょ...うっ.....!」
「おい...レイ、レイ!!大丈夫か!!!」
「うぶっ...はぁ...はぁ...おなか、おもい...ぎもぢ...わりぃ......。」
腹にずっしりとヘドロが溜まってグルグルと回っているかのような膨張感と不快感。
胸辺りに何かジワッとせり上がるような吐き気。
頭がガンガンとする....。
「やっぱり飲みすぎだお前....立て...なさそうだな。肩貸してやる、一回出したらすっきりしてマシになるからな....。」
「はぁー...きづい....はんす...きづいよ、あたまいだい...きもぢわりぃよぉ.....はぁ....はぁー....。」
きつい、苦しい...気持ち悪い。
身体はまるで熱が足から抜けていくように冷えていく。
そんな時、ギュッと温かみを感じる。
横をちらりと見ればハンスが、アタシに肩を貸して一緒に立ちあがってくれる。
ハンス...えへへ、あったかい....。
願わくばずっと、こうしてたいな。
そうじゃなくても...会えなくなるなんて、やだよ....。
「ぜー...ひゅー.....はぁ....ひゅー.....。」
水の流れる音。
トイレの前で突っ伏しているレイ。
俺はそんなレイの背中を撫でる。
...まさか、こんな形でレイの家にお邪魔することになるとは思わなかったな。
普段レイって工房に居るイメージが強い。
なんなら実際に工房に泊まり込みになることも珍しくないらしいし。
あの後吐かせに行ったは良いものの、結局このまま続けるわけにもいかないので彼女をおぶって彼女の部屋に運んで行ったのだ。
まぁ吐く程酔っぱらっている彼女を一人で歩かせるのは危ないからな。
酔いは完全に覚めてる。
まぁ、そりゃ隣に居る連れがあれだけキツそうにしてたらな。
「はんす.....。」
「もう良いのか?それじゃ、口ゆすぎに行くか。」
俺が尋ねると、彼女は目が合ってもすぐに目を逸らして俯く。
そして何度目かの涙を流す。
「ごめっ...アタシ、..おまえにめ...わくかけて.....すごく、楽しくてつい飲んじゃって....うぅぅ....見られた...こんなところ....はんす...ごめんなさ...きらいにならない、でっ.....うぇ...ひぐっ......。」
「俺だって、そういう時もある。そんなことで嫌いになるかよ。」
「ホント....?」
「あぁ。第一、嫌いになってたら部屋に運んだ後もここまで介抱したりするわけないだろ?...つーか俺、お前以上にお酒でやらかしたことあるし....。」
思い返すのはマリアのこと。
年下の女の子、しかも子供に酔っぱらって甘えた挙句に一緒のベッドで寝てるからな俺。
それと比べたら自宅で吐くなんて可愛い物だ。
まぁ、なんにせよ俺との飯が楽しかったのなら良かった。
いや、こうなってるのなら良くはないんだが。
というか考えてみたら、前にガルフさんも居た時とかはあそこまでガブガブ飲んでなかったな。
ここまで酔ったレイを見たことがなかったので、まさかこうなるとは....。
もっとチェイサー、飲ませた方が良かったな。
「取り敢えず洗面所行くか。...一人で立てるか?」
「...んーん。ん......。」
「ふふっ、分かった。肩、貸してやる。」
俺が尋ねると、まるで彼女は子供の用に首を横に振ると俺の服を小さく引っ張った。
その姿が、なんとも弱弱しく小動物的で普段のレイを知ってる俺はその可愛らしさについ笑みを浮かべた。
...まぁ肩を組む為に彼女に腕を上げさせた時に、汗が滲んで赤らんだ腋からモワッと汗の匂いがしてドキッともしたわけだが。
でも、それもそれどころではないとすぐに雑念を振り払ったので問題ないだろう。
ヨタヨタとした歩みの彼女を支えながら洗面台にまで辿り着くと、ぴちゃぴちゃとまるでリスが水場で戯れるかのように小さく口を水で濯ぎ出す。
それにしても...レイは酔いが回ると情緒が激しくなるタイプだったのか。
この様子だとなんか普段から色々溜まってたのかな....。
そういえば、最近よく分からない客のせいでガルフさんに色々叱られたって言ってたしな。
「...風呂、入れるか?」
「....がんばれば...。」
「....体力消耗するし、酔いの回りが速くなるからやめよう。次の日元気になったら入ろうな。」
「ぅん....。」
普段では考えられない程にしおらしく首を縦に振るレイ。
そんなレイに少し待っていてくれと言うと、洗面所から一度出る。
そしてコップに水を注いで、直ぐに彼女の元へと向かう。
酔いつぶれた時は水分補給が大事だからな。
「....大丈夫か?どっかぶつけてない...?」
「アタシ...まった...まったぞ....」
戻ってみれば水は流しっぱなしで腰を床に下ろし、女の子座りの状態で洗面台の下の棚部分にもたれかかっている。
フラフラとなって尻もちをついたか、それともきつくてしゃがんだのか。
何はともあれどこかぶつけてるかもしれないので聞いてみるが、その問いに対しての返答は返ってこない。
なんていうか、子供みたいで新鮮だ。
「あぁ、偉いな。それじゃ、運ぶ前に...ほら飲んでくれ。」
「ん....んくっんくっ....ありがと....。」
水の入ったコップを手渡すと、両手で持つ。
その際に後ろに倒れそうになるのを咄嗟に背中を支えて防ぐ。
彼女の身体から体温をほんのりと背中から感じる。
そして飲み切ってぷはっと声を出す彼女からコップを取り上げると、洗面台に置く。
「それじゃ、ベッドまで運んでいくぞ。肩借りるからな....。」
「...やっ。」
「ん?どうした....?」
ベッドまで運ぶ為に肩を組もうと、腕を上げさせるとその手を振り払われる。
どうしたのかと思った矢先、レイはこちらに両手を広げた。
それはまるで....。
「だっこ...だっこでぇ....はこべ....。」
「...お前、俺相手に甘えてどうすんだ....。」
ぐずった子供のようなことを言ってくるレイ。
同い年の俺相手に頼むなんて....。
酔っぱらって色々理性の箍外れたんだろうが、普段の気丈な姿からは考えられない有様。
シラフになったレイがこのことを知ったらどうなることやら....。
「流石にだっこはまずいだろ。ほら、我儘言わずに肩を貸....。」
「や、や~~~っ!ごほっ....ごほっ......。」
酔い潰れて疲れ果てた身体から絞り出すように、さっきとは比べ物にならない程に大きな声を上げるレイ。
されど水を飲んだ後だったからか、直ぐに苦しそうにむせる。
...どうにも、譲るつもりはなさそうだ。
これが子供ならまだしも、相手は同じくらいの年齢の女の子で、それに酔ったことで自分で体重を支えるとかが出来ない。
それで相手の協力も無しに、片手でなんとかバランスを取りながらベッドまで運ぶのは至難なのは想像に難くない。
...けれど、だっこも気が進まないのは事実だ。
体調が悪くなったことによる冷や汗やお酒を飲んだことによる発汗からか、汗ばんで赤らんだ肌とどこか色の濃くなったニット。
流石にこの状態のレイと向かい合って抱き合う形になるようなやり方でベッドまで運ぶのは正直避けたい。
酔ってグロッキーになった相手に思う事ではないんだろうけど....。
されど彼女は譲るつもりはなさそうだ。
どうするべきか...?
暫く悩んだ末、最終的に俺はレイに背を向けて屈んだ。
「...おんぶなら、やってやる。」
答えは返ってこない。
けれど、その代わりと言わんばかりに肩に彼女の両腕が乗る。
レイが俺の背中にもたれかかってきた。
彼女の姿勢を整えると、両手を後ろに回して彼女を支える。
そして、そのまま立ちあがった。
背中に感じる規則正しいレイの呼吸と、密着して押し付けられる柔らかい感触。
その両方に気をやらないように努めながら、俺はベッドの方へと向かう。
これは...レイが言ってた抱っことやらをしなくてよかったな。
今背中に押し付けられている物が向き合った状態で前に押し付けられる。
...うん、あまりよろしくはないだろう。
ただでさえ、一人暮らしの女の子の部屋に介抱の為とはいえ上がっているんだから。
というか、普通に気恥ずかしい。
落としたり、壁にぶつけたりしないように気を付けながら歩く。
そのままベッドの傍に着く。
背負ったままなのでベッドに座り込んだ後に彼女を寝かしつける。
妙に抱き着く力が強いから解くの苦労したが、なんとか解いてベッドに横にならせる。
いつもの彼女らしく、寝ている間に蹴り除けたのか端の方に毛布がクシャクシャになっていた。
身体を冷やしたらいけないし、掛けておくか。
「ウヴぅ~~~~....頭ガンガンする....なでろぉ....なでなで、しろぉ...あたまぁ~。」
「はいはい...。」
唸り声を上げながらも傍若無人にそう言うレイ。
そんな彼女の態度に少し笑っちゃいながらも、言われた通りにする。
サラサラとした手触りを掌に感じていると、彼女は不意にこっちを見て小さく、蚊の鳴くような声を発した。
「アタシの前から..いなくなん...ないで....。」
「....泥酔してた奴、ほっぽらかして帰るわけないだろ?要らない心配しないで、しっかり寝とけって。」
そう言ってゆっくり撫でていると、段々と彼女の方がゆっくり規則的に揺れて行ってスース―と寝息が静かな部屋を響いていく。
あんなにゲーゲー吐いてたし、もしかしたら脱水症状を起こすかもしれない。
それに起きても二日酔いの可能性もあるし、酔いも醒めて平気な俺が責任持って面倒見てやるべきだろう。
それにしても、今日は色々あった。
なんていうか普段男友達みたいな距離感で接していたレイのいつもは違う姿が見れたし。
それに酔った時のコイツがどうなるかなんて、今まで知らなかったしな。
酔ったと言えば、情緒不安定になったとはいえあそこまで俺を必要としてくれたのは嬉しかった。
友達として職人として....そんな強い想いを感じた。
あそこまで言ってくれる人が居る....それは冒険者としても、友達としても...一人の人間として嬉しいものだ。
そう考えると、手紙...なくしてよかったのかもな。
「...取り敢えず、明日の朝この酔っ払いが二日酔いになった時の事考えるか。」
ここは彼女の家だ。
俺の宿屋の部屋とは違って彼女が根を下ろして日常生活を送っている場所。
だったら調理場に何か材料位あるだろう。
というか...あって欲しいな。
どうだろうか....普段の感じだと、そういうのずぼらそうだが。
でも今日、レイの女の子らしさを痛感したしな。
いや...まぁそれまでそういう目で見たことないのかと問われれば決して『ない』とは言えないわけだが。
最後に一撫ですると、立ち上がって何があるかを調べる為にキッチンへと向かった。
◇
「あ~...それで泥酔した所を部屋まで運んでもらって介抱されて、それで朝にはその人が作ったお粥まで頂いちゃったと....。」
「うぅぅ~~~~、なんでアタシが酔っぱらってんだよ......最悪だ....うううぅぅ.....。」
目の前でレイちゃんが頭を抱えている。
昨日はどうなったのか気になって工房に行ったら、珍しくレイちゃんが休んでいて家に行ってみたらベッドの上で膝を抱えて沈んでいた。
どうやら酔わせるつもりが自分が酔っちゃって、記憶がかなり朧気ではあるが恥ずかしい所を結構見せたらしい。
それでベッドの上で縮こまって凹んでいるらしい。
なんとも可愛らしい光景だね。
「めんどくさい酔っ払いって思われた....ゲーゲー吐いて、内心ドン引きなんだぁぁ...!」
「で、でも...その人は『何か愚痴りたいなってなったら別に飲みじゃなくても話しても良いからな』とか『また一緒にご飯でも行こう』って言ってくれたんでしょ?そ...それなら良いんじゃ....。」
「社交辞令....アイツ、優しいから...優しい...好き....。」
「アハハ....。」
二日酔いも相まってテンションが沈んでるね...。
けれど、そんな悲観的な時でさえ溢すように好きっていう所がレイちゃんの想いの強さを物語っていた。
「でも..へ、部屋にあげたんでしょ?それに介抱してもらって、それで朝まで一緒に居てくれてお粥作ってくれたわけ...でしょ?それなら...着実に距離縮まってる...うん!酔わせて何かするよりも健全だと思うな。それに好きな人の手料理食べれたわけだよ?おいしかった...?」
「....うん。」
「じゃあ、よかったんじゃ...ないかな?レイちゃん、がんばったね...!これも、レイちゃんが色々勇気出したことで出た...結果、だよ?」
「...でも吐いてる所、見られたっぽいもん。....アイツ、優しいから....嫌だ...コイツあの時吐いたんだよなぁ...とか思われたくない...嫌われたぁ.......。」
「う~~~ん...話聞く限り、その人もそんなこと思ってなさそうだけどなぁ...。そ、そもそも嫌いになった相手のお世話を翌朝までするとは思えないし、ましてやご飯なんて....。」
まぁ、でもレイちゃんが今こうして沈んでいる気持ちも良く分かる。
好きな人の前で何かやっちゃったって思った時は、例え自分が思っているような悪い状況ではないと分かっていても不安が沸々と湧くものだよね....。
私だってそう思う時あるもん。
作品のモデルとしてしか見られてないんじゃないかとか...他に良い子見つけたら捨てられちゃうんじゃないかとか。
けれど、そう言う気持ちは当事者以外が何か言っても簡単には払拭できないもの。
だったら別のことに意識を向けてもらってしっかり休んでもらった方が良いよね。
「それより、せっかくその...愛しのハンスさん?がレイちゃんのお師匠様に言ってお休みになるように取り計らってくれたんでしょ?だ、だったら...その休みを、た...堪能しようよ。ほら、一杯寝てみるとか...普段、工房に籠り切り...だったりするんでしょ?」
「....分かった、そうする。」
レイちゃんはそう言うと、横になって毛布を被った。
...大体、分かったし帰ろうかな。
ここに居たら、レイちゃん気が散って眠れないかもだし....。
「なぁ、ロリ―ナ。」
「ん?なにレイちゃん?」
振り返ると、レイちゃんが毛布の隙間から顔を覗かせている。
顔を赤くして、どこか照れくさそうにしていた。
「...服、選んでくれてありがとな。アイツも...可愛いって言ってくれたし。お前の...お陰だ。その...また、何かあったらさ。....頼んでも...いいか?」
「...うん!任せて!」
レイちゃんのお礼に、私にしては珍しく満面の笑みで答えられたと思う。
私はこの街で一番と言われるルクレツィアの一番弟子!
そんなアタシが友達の恋路の役に立てたなら、これほど嬉しいことはないよ!
どこか誇らしい気分で、レイちゃんの家を出る。
そして私は私の想う人の所へと向かった。
自然にスキップになっちゃってる...これじゃあ嬉しいことがあったってバレちゃうな....。
今回は僕の『好きな男の子を酔い潰そうと思ってたのに何もかも空回りして、逆に酔いつぶれる』+『酔っぱらって普段は男っぽい気丈な女の子が弱弱しくなる』って可愛いよねっていう性癖が詰まった回です。
それに加えて酔いつぶれた、自分の記憶が朧げな方が色々やろうとしていた時よりも好きな相手と距離が縮まってしまうというレイちゃんの不器用さ、良いよね....。
ちなみに酔った時の描写は実際に自分が一番酔った時の感じを参考に書きました。
何もかも空回ったレイちゃんですが、ハンスが押しに弱いというのだけは当たりましたね...。
コイツ、女の子にしたらある程度仲良くなった異性相手だったら色々強く頼まれたら断り切れずに結局言う事聞いちゃう一番やらしいタイプの女の子になっちまう....。
そりゃレイちゃん女の影が見えたら心配になっちゃうよね....。
(ホントは、ベッド運ぶ時におんぶじゃなくて抱っこしてベッドに運んで、麗ちゃんに色々駄々こねられて一緒に寝るまで考えたりもしてたんですけど、それやっちゃったらもうチェックメイトじゃん!ってなって辞めたとは言えないわね....。)