彼女の心が、告げられる。
正月記念ともいう。
「なァ、神社行かね?」
トレセン学園のトレーナールームでトレーニングのを見直していたところ。
担当しているウマ娘のエリモジョージが入室するなり、そう提案してくる。
「正月だし、なんもねぇのも寂しいんだよ」
エリモジョージに手を引かれ、慌てて準備を済ませる。
その日の朝から、エリモジョージに連れ出されて、凍えそうな真冬を突き進んだ。
来たみたはいいものの、問題は到着してから。
神社に溢れるのは、多数の人集り。
とてもでこそないが、階段を登っていくのもひと苦労といったところ。
「おいおい、大丈夫か? オレが手引いてやるから離すなよ」
手を差し出すと、エリモジョージに引っ張られ、人混みという波の乗るように進んでいく。
こうなるとエリモジョージは頼もしい。
普段からこうであってほしいところもあるが……まあ、気まぐれなのも彼女の魅力のひとつ。
僕は基本的にインドア派だが、エリモジョージに連れ出されるときだけは違うように思える。
彼女とのお出かけは、僕にある種の光をもたらしてくれた。
だから彼女が誘ってくれるなら、僕はどこへでも足を運ぶ。
気まぐれな旅路に、いつまでも付き合っていたい。
「これでようやく参拝の列かよぉ……」
「時間かかりそうだね。待てる?」
「あたぼーよ。オレを誰だと思ってんだ?」
「暇になったらどこにでも行く気まぐれジョージ」
「おいおいおいそいつは卑怯だぜ」
列の最後尾に並び、順番が回ってくるのを待ち侘びる。
手袋をしていても悴んでくるのだから、どうしても手と手を擦り合わせてしまう。
そうしていると、エリモジョージが「仕方ねぇな。特別だぞ」と手袋越しにぎゅっと両の手で包んでくる。
凍てついた手には、効果抜群の一撃。
エリモジョージのほうも手袋をつけているからか、ほんのり温かい。
「ほら、こうすっと温もり二倍増しだ」
へへっ、とエリモジョージは微笑む。
「ありがとう、ジョージ」
僕はやはり、担当ウマ娘に恵まれている。
と、そう内心で呟くと、唐突にエリモジョージが耳元に口を近づけてくる。
「なァ……」
冷えた耳に、温かい吐息が伝わる。
それはどこか煽情的であって、蠱惑的だった。
だけど、次に発せられた言葉には。
なぜだかどうしても、胸が痛んだ。
「オレ、好きな人がいんだよ」
突如として、消え入りそうなほどの小声で、エリモジョージから告げられた言葉。
思考が追いつかない、理解が及ばない。
こうなったら、祝うはずなのに。
どうして、胸に痛みが奔るのだろうか?
と、思考が黒く渦巻くなか、突然背中に大きな衝撃が走る。
「なにボーっとしてんだよ、空きそうだから行くぞ」
前方を見てみると、もうすぐ僕らの番が回ってきそうだった。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと考えごとを……」
「ったく、そら、行くぜ」
賽銭箱の前に躍り出て、エリモジョージと共に十円玉を投げ入れる。
カラン、と小気味のいい音が響く。
それを合図に、僕らは手を合わせる。
願いごとは、ただひとつ。
――僕の好きな人がいつまでも元気でいられますように。
少し邪かもだけど、そう願わせてもらった。
ところで、エリモジョージは何を願ったのかな。
気になって、片目を開き、彼女を一瞥する。
真剣そう目つきで、彼女も祈りを捧げている。
エリモジョージの願いも成就することをつけ加えておくか。
と、袖がぐいっと引っ張られる。
引っ張られた方向に目をやると、エリモジョージが頬を膨らませ、若干赤く染めていた。
「どうしたんだい、ジョージ」
「……いや、なんでも。それよりさ、おもしれーものないか見回ろうぜ」
再び手を引かれて、僕らは境内をあとにする。
人混みを掻き分けながら散策していると、「おっ」とエリモジョージが声をあげる。
指差してくるので、その先を見てみると、ひとつの自販機が設置されていた。
「……ただの自販機っぽいけど?」
「わかってねーな。とりあえず近づこうぜ」
近寄って、自販機のバリエーションに目を向けて、後悔する。
「……なんなの、このお汁粉ジュースって」
「へぇ、面白そ。飲んでみよっと」
「えっ、マジ?」
「うん、マジ」
そそくさとコインを入れて、しれっとふたり分も購入する。
さては飲ませる気だな、この気まぐれジョージは……。
「おう、飲め」
「……わかったよ」
蓋を開け、いざ口に含んでみる。
「…………なんというか、まずいな」
顔をロイヤルビタージュースのような色にしながら、エリモジョージが舌を出す。
「そう?」
「いやなんでいけてんだお前」
「意外といけるものだったんだけど。自分でも信じられない」
「お前の舌への信頼がなくなるぞ……」
うげぇ、とエリモジョージが項垂れる。
「飲むんじゃなかった、マジでまずい……」
じゃあそもそも興味本位で買うなよ……。
なんて言葉が出かかったが、今は引っ込めておこう。
相手はあの、気まぐれジョージなのだから。
神社での参拝も終え、トレセン学園への帰路につく頃には、空もだんだんと暗がりが差しかかってきていた。
帰り際に河川敷を通るのだが、ここから空を見上げると、炎を想起させるような茜色が、雲間から見え隠れしていた。
「楽しかったね、ジョージ」
「まあな。お汁粉はまずかったけど」
エリモジョージのほうを見向くと、心なしか、彼女の頬も茜色に染まっている。
好意を寄せている人を想っているのだろうか。
そう思えば思うほど、胸に突き刺すような痛みが奔っていく。
僕は彼女の恋も祝福できないのか。
我ながらなんとも情けない。自分に失望してしまう。
「なァ」
急に立ち止まって、エリモジョージが声をかけてくる。
「オレ、言ったよな? 好きな人がいるって」
思わず息を呑む。
想い人は恐らく、僕ではない誰か。
エリモジョージはこちらに背を向けて、言葉を投げてくる。
彼女の恋は祝福すべきなのに。
僕は見届ける立場にいるはずなのに。
どうして、胸が痛むのだろう。
振り返って、エリモジョージが笑いかけてくる。
手袋を外し、手を伸ばしてくる。
その笑顔で、僕に差しかかっていた暗雲が切り払われたような気がした。
「お前だよ、トレーナー」
その言葉が、耳に反響する。
まさか、僕だというのか?
トレーナーの、僕なのか?
「……本当にいいのかい? 僕なんかで」
「なに言ってんだよぶっ飛ばすぞ」
「けど……」
「お前がオレを楽しんでくれる。……それじゃあダメか?」
エリモジョージにしては珍しく、不安げな表情を覗かせる。
「……実はな、オレがお前を連れ回すたび、不安だったんだ。迷惑がられてないかって」
「迷惑なんかじゃないよ!」
「それはもう、とっくにわかってる。ありがとうな」
けど、とエリモジョージは続ける。
「正直、怖かったんだよ。嫌われるのがさ。それでも独占したい、けれど嫌われたくない……そんな気持ちがごちゃ混ぜになって……」
ああ、そうか。
そうだったのか。
僕らは互いに互いを想っていたのか。
「でも、これだけは言わせてくれ。オレは……お前が好きなんだ」
「……僕も」
「ん?」
「僕も、ジョージが好きだ!」
「えっ!? ちょっ!?」
「もちろん、恋愛対象として!」
「あわわわわ……」
エリモジョージは目を回す。
頬はもう、トマトのように真っ赤になっていて。
湯気も出かかっていた。
「迷惑なんかじゃない! むしろ楽しい! ジョージも僕を知ってるでしょ!」
ここで、一気に畳みかける。
「だから今度は、僕がジョージの想いを知る番だ! その想いは、確かに受け取った!」
「な、泣かせんな、バカ……!」
涙を零すエリモジョージを、僕はそっと抱きしめる。
「泣かない泣かない。……本当は嬉しさもあるけどね」
今はただ、エリモジョージに寄り添う。
彼女の想いを知れた今、気づかないうちに胸の痛みは消え去っていた。
「よお、ダーリン! どっか出かけよーぜ!」
「ちょっ、その呼び方はまずっ、あっ、ちょっ」
「関係ねー! 行くぜー!」
やはり彼女は、気まぐれだった。
正月のあの日を経ても、それは変わらない。
ただ変わったとすれば、僕の呼び方ぐらいだが。
やっぱり、あれだけでは。
気まぐれジョージの心は、まだまだわからないのだろう。
エリモジョージのウマ娘化まだっすか……?