やはり俺がシャドーガーデンにいるのは間違っている ver.1.8 作:醤油味のぽんず
「あの女、誰ですか?」
なかなかにドスの利いた声で、そう威嚇するように吠えるベータ。
平静を装うつもりかは知らないが、口の引きつりはまったくもって誤魔化せていない。
震える拳は新しく変えてもらったはずの机に斬新なサインを残している。
タイミングが悪すぎる。
なんでこんな時に入ってくんだよ。
幸せそうに腕なんて組んじゃって。
頼むから分けてくれその余裕を。
いや、俺よりも目の前の猛獣に分けてやってくれ。
じゃないと俺、死んじゃうから!
「えー、とアレクシアさんですかね、、、?」
目をそらしながらも、視界の端に彼女を捉えながら言う。
さて、どうくるか。
「アレクシア──あの王女の?」
「そう、そいつ」
「そしてそんな彼女が、今、現在進行形でこのカフェに二人で足を運んでいると」
「ま、まあ、状況だけ見るとそうならないこともないかなぁ」
やばいやばいと苦し紛れにそう答えると、ベータは顎に手を当てて思考にふけた。
ひとまずは落ち着いたらしいが、これからどうしよ。
知らぬ存ぜぬを通すか。
それしかないだろうな。
アレクシアたちの方を見てみると、楽しげに話しながらどれにしようかと話し合っていた。
「これもいいわね」
「そうだねー」
「あ、やっぱりこっちも美味しそうじゃない?」
「そうだねー」
「どう、ポチはどっちが飲みたい?」
「そうだねー」
リア充度もめ、爆発しろ。
幾分か会話が成り立っていないようにも聞こえたが、これほど甘ったるい光景を見せられて付き合っていないというほうがおかしい。
それほどまでに、アレクシアのオーラはクソうざい雰囲気を醸し出していた。
まずっ。
すると、輝く銀髪をゆらし、何秒かうーんと唸っていたベータが突然、パーッと表情を明るくさせた。
と、同時に彼女の発していた不穏な空気も消失する。
「──ふむふむ、なるほど。分かりました」
「は?」
「シャドウ様があの女と共にいる理由です」
「いや、、、そんなの付き合っているから──」
「──ッ」
眼力だ。
それだけで、猛獣と退治したときのように体が膠着し何も言えなくなる。
力を入れようにもそれを阻む力のほうが大きい。
触れられていないはずなのに、大きな重しが俺にかかっているように。
え?
コレ人に使う形容じゃなくね?
シドは一体どんな化け物養成してるの。
実は教師の才能があるのかも。
「シャドウ様が付き合っているとか、そんな俗世間的なことをするわけがないんですよ。シャドウ様は精神も高潔なお方。ええ、そうよベータ。あんな安っぽい女と付き合うわけがない。シャドウ様にふさわしいのは銀髪青目泣きぼくろの──」
「なら、あれはどうやって説明するんだ」
と、今もラブラブな彼らに視線を向ける。
途端、彼女は不安げな顔になるもすぐさまガクつく体勢を立て直して、
「それは──そうです!潜入調査ですよ。むしろそれしか考えられませんね。確かに、並の女と付き合っているなら本当に愛、、、仲が良いのかもしれませんが」
どうやら彼女の中での妥協点は『仲良くする』らしい。
「相手はこのミドガル王国の王女。となれば話は違ってくる。シャドウ様はこの国の中枢に潜り込み情報を集め、ディアボロス教団の秘密を掴むつもりなのでしょう。ああ!なんと斬新なアイディア!こんなのシャドウ様にしかできません。、、、そうよ、だからベータ安心して──」
と、目をグルングルンさせながら自分自身に語りかけるベータ。
いやしかし、たしかに何考えてるかは分からんがそれはない。
あいつ、なぜかあんまり乗り気じゃなかったし。
それにもしそれが考えれるほどの脳みそがあるなら、アレクシア王女に直接行かなくね?
一発で警戒されるじゃん。
だが、彼女がそう勝手に解釈してくれるのなら好都合。
俺はチューっと忘れかけていたカフェオレを飲みながらなるがままに彼女の行く末を眺める。
あーあ、なんか机に突っ伏し始めた。
それに加えシクシクと泣くような声も聞こえてくる。
末期症状だ。
けれど、俺に向いていたヘイトが消えたことには一安心できる。
よーしよし、そのままいい子だからこっちを向かないでくれ。
その間に残っていたカフェオレを飲みきり、帰り支度をしておく。
ちょうどシドラも注文を終えたらしくドアから出ていくところだった。
悪いが、このまま俺も出ていくぜ。
あばよベータ。
と、ベータに心のなかで敬礼をしようと、先程までベータがいた方を見てみると──そこにベータはいなかった。
そして、
「ほら、ヤハタさん。早く行きますよ」
「え?」
「え?じゃないですよ。ほら、早く行きましょう。見えなくなっていしまいますよ」
何を言っているのかと言わんばかりのほうけた声で問い返すと、そんなふうに彼女は当たり前化のように返してくる。
そこには少しばかり使命感が宿っているようにも見えた。
マジか。追うのか。
追跡調査開始!!
「はぁ、はぁ。どうですかね」
「いや、別にどうといったことはな──」
「あーっ!今、見ました!?あの泥棒猫腕を組みましたよ!!」
「ん。そうだな」
先に見張っていた俺に追いついてきたベータは来た途端、息を整えるまもなくそう叫んだ。
ここは街なかであり彼女は魔力を大きく制限される。
そのような環境下なら俺のほうが色々と分があるわけなので、彼らを先に発見して彼女とともに観察しているのだが。
「こ、今度は間接キスッ!?あ、ちょ、シャドウ様それは──!」
隣のやつがうるさい。
アレクシアはともかくシドには気づかれてるだろうなぁ。
さっきからずっとこの調子で実況中継を盛り上げてくれています。
「なあ、俺帰ってよくね?」
「何を言ってるんですか。あなたのすぐ帰りたがる癖よくないと思いますよ」
「ド正論言わないで。何も言えないから」
「というか、あなたがいなくなったら誰がシャドウ様たちを見つけられるんですか。私には無理ですよ」
俺、関係なくね?
と喉まででかかった言葉を腹に戻す。
わざわざすに巣へ戻ってくれた蛇を叩き起こすような真似はしたくない。
せっかくタゲが俺に向いていないのだから、そのままアレクシアになすりつけたほうが建設的だ。
俺はついていけばいいだけなのだから、簡単なお仕事と思えばいい。
仕事、、、したくない。
「あなたの索敵能力と潜伏能力は信じていますからね。お願いしますよ」
「はぁ。分かった」
仕方がないと割り切り肩をすくめ、また彼らの方を向く。
どうやら市場の方へ入っていくらしい。
ごった返すような雰囲気は彼らの存在を目立たせない。
王女やデートなどという肩書を捨て、純粋に楽しむにはうってつけの場所だ。
付かず離れずの距離をとり、俺たちもそのあとをつけていった。
「うーん。コレも美味しいですね」
「お、意外といけるな。見た目はアレだが、さすが王都の市場」
入ってそうそう手に持つのはなんの肉かわからない串焼き。
カエルの足のようなもので、いかにもゲテモノな匂いがしたのだが、鶏肉のようなさっぱりとした旨さがあった。
コレは先程シドたちが食べっていたもので、ベータはアレクシアが飲んでいたジュースを美味しそうに吸っている。
「これだけ賑わっていると、王国中のものが食べられるかもしれませんね」
「んんっ、そうだな。国王のお膝元だし王国一といっても過言じゃないだろ」
このように俺たちは楽しく王都の散策をしていた。
俺たちも賑やかな市場を形作る一部になったというわけだ。
というのも──
『またですか!あの女、いけしゃあしゃあとシャドウ様と手を繋ぎ、、、クソガッ』
『ベータさーん、口調乱れてるよ』
『あ、私としたことが。、、、すいません、少しだけシャドウ様のことを頼みます』
『別にいいけど、てか、アイツは全然頼んでないと思うけど』
『た・の・み・ま・す・よ』
『あ、はい』
『私はちょっとストレスを発散してくるので』
『壁は壊すなよ』
『私をゴリラか何かと勘違いしてるんですか?そんなことしませんよ』
『、、、お、おう。そうだよな』
『はぁ。返答に間があったのが尺ですが。では』
『ベータも大変だな、シドについて行こうなんて。俺もその一人なんだが。まったく、勘違いでどこまで突き通せるのか。、、、てか、あいつらさっきからほんとうまそうに食ってるな。そんなに美味いのか。、、、買ってみるか。好奇心には勝てんな』
『うっ、見れば見るほどゲテモノとしか言えない代物。やっぱ買ったのはミスジャッチだったか。、、、いやいや、分からんぞ。コレでいて絶品かもしれん。けど、オークとかだったら嫌だな。いるかしらんけど。流石に喋るやつを食うのはNG。とある世界にはオークとか働かせてから死んだらそいつらを食うところもあるらしいが、すげぇな。、、、さて、こいつは大きさ的にオークではないはずだが──食うか』
『うっ、んぐっ、、、。お、割といけるなコレ。唐揚げの斜め上を言ってる感じ?うまく言葉にはできないけど、うん、まあまあ美味い』
『戻りました、、、って何食べてるんですか?』
『コレか?コレはさっきアレクシアがシドに買ってた──』
『アレクシア──ッ!』
『おいおい、ちょっと待て!いいから食ってみろ』
『いえ、結構です。あんな安っぽい女の選ぶものなんて──』
『シドがうまそうに食ってたぞ』
『──食べるに決まってるじゃないですか。早く半分ください』
『お前、前から思ってたが変わり身早いな』
『臨機応変に対応してるだけです。、、、モグモグ、、、クッ、なかなかやりますね』
『だろ。多分塩コショウとかつけたらかなりイケる』
『そうですね、私はイータの開発したまよねーずをつけてみたい気分です』
『へぇ。またアイツ変なの作ってんのか』
『ええ、そうですね。結果は出してくれるんですが、予算と方法に難ありなんですよね。この前だって、私が人体実験されてしまったらしいんですけど、なんかとにかくやばかったらしいです』
『どういうことだよ』
『それが私も覚えてなくて、イータに聞いたら満足げな顔で「実験、、、失敗、、、」ていってくるし、近くにいたイプシロンは「いい、世の中には知らないほうがいいこともあるのよ」と、やけに優しい声で言ってきたし、、、。本当に散々な目に会いました』
『まぁ、アイツらが知らないほうがいいって言うなら知らないほうがいいんだろ。むしろ、「ベータ、あなた裸になって泣きじゃくってたけど、大丈夫?」って言われたほうがきつくね?』
『、、、きついですね。一生の不覚です』
『むしろ忘れてて良かったな。世の中には忘れられない恥がそこら中に転がってる。俺なんて、地雷原みたいなもんだぞ』
『あなたはそうでしょうね。ソ連のようにゴリ押しで通ってみましょうか』
『やめて。それくらうのは俺だから』
『堅実のベータにお任せあれ』
『堅実の意味は脳筋じゃなかった気がするんだけどなぁ』
回想終了。
って感じで美味しくいただいてる。
あまり来たことがなかったから知らなかったが、ここは安さとうまさがある程度保証されていてとてもいい。
それにみんなが笑っていて本当に楽しげだ。
今度、アイリスに伝えよう。
「王城を見つめて、どうかしました?」
「知り合いもここにいたらいいのになって」
「へぇ、王城に知り合いがいらっしゃるんですか」
「ああ、ちょっと破天荒なやつだけど」
「それくらいのほうがいいんじゃないですか。ヤハタさん、多分ツッコミの方が得意ですし」
「それくらいじゃないから困るんだよなぁ。この前だって、ガッツリ剣を抜かれたもん。寸止めだったけどな」
「いいじゃないですか。元気のある女の子」
「いやいや、あれは元気というより、、、え?なんで女だって知ってるの?」
「だって、その方ってアイリス王女ですよね?」
「そうだけど。なにお前ら俺の身辺調査までしてるの?」
「もちろん、主様とヤハタさんの交友関係はバッチリ把握済みです」
「頼むからやめてくんない?怖いんだけど。俺なんか探っても何も出てこなかったでしょ」
「ええ、関係が狭かったのでとても楽だったとゼータから聞いてます」
「探っておいてそれはないだろ」
「フフッ、ヤハタさんがいけないんですよ。魔力がないから魔力痕が追えないってぼやいてました」
「なら諦めろっての」
「それが強烈なファンがいたので仕方ないですよ」
「は?ファン?そんなのいるの?」
「当然です、、、と言いたいところですが、主様のファンは山ほどいるのですが、ヤハタさんにはほとんど、というかゼロに近いくらいしかいません」
「それしかいないのに、なんと迷惑な、、、」
「だから言ったでしょう──強烈なファンなんですよ」
「はっ!珍しいやつもいるんだな」
「ええ、私も珍しいと思いますよ」
「、、、自分で言っといてなんだけど、本人の前で言うのはなしだろ」
「事実を言ったまでよ」
「それだけじゃ、アルファの真似か素かわからないんですけど。やるならもっと長くしろ」
「あ、そうですね。では──事実を事実としていったまでよ。それのどこが悪いというの。もし悪いというのなら、それは自分のことをちゃんと正面から受け入れられてないということではないのかしら。そんなこともできないなんて万死に値するわ」
「確かにきつかったけど、そんなガハラスタイルじゃなかったよな!?」
「これからはこんな感じでいこうかと」
「こっちが素の方だったのか、、、」
と、ここで図ったかのように会話の波が静まる。
周囲が喧騒に飲まれる仲、俺達の作るごくごく小さな区間だけが、残ってしまった島のようにポツリと異なる空気を作っていた。
「ここは、賑やかですね」
改めて彼女は顔をそんな喧騒へと向ける。
どこか、ここではない遠いところを見ているような気がした。
「そうだな」
それにつられ、俺も特になにもないはずの街並みを感じる。
ネオン街なんかよりも美しく輝くこの街を。
「ディアボロス教団とか私達、シャドーガーデンのこととか何も知らないで生きてるんですよね」
「、、、そうだな」
「あなたはどちらのほうが正しいと思いますか?知って、戦って、傷つくのと知らずに、平和に、幸せになるのは」
「、、、答えになるかは分からんが、無知の知って考え方がある。無知は罪なんだと。だから、知って、戦ってる方が正しいんじゃね」
いつもならこれに、知らんけど、と付け加えていただろう。
けれど、そういうのはなんというか、憚られてしまった。
でも、これは俺の本心ではないと少なくとも自分だけは痛いほど分かっていた。
これは昔の偉人の言葉を借りただけの借り物の考えで、ただの逃げだ。
何から逃げているのか、自分ですらわからないような逃亡。
どちらが正しいかなんて一概に言えることではない。
考えたことが無いわけではなかった。
ただ、そのたびに結論はつかないのだと、結論づけていた。
今回もきっと同じ。
解も誤解もありえない。
コレは数学ではないのだ。
人の心は割り切れない。
「、、、これは、シャドーガーデンのベータではなく、ただの一人の女の子の独り言として聞いてくれますか」
ただ、静かに首肯する。
言葉なんて無粋だろう。
水面のように静寂なこの情調は彼女との間では初めてだった。
「きっと、私はどこかで不安なんです。私がやっていることは本当に正しいのかどうか、と。正しいことをしていると、一人では自信が持てない。だから、シャドウ様に頼って、アルファ様に頼って自分が正しいと信じこんでいる。でも、これは私だけじゃなくてガンマやイプシロンやゼータやイータにデルタ。そして、アルファ様でさえシャドウ様に寄りかかっている気がするんです」
「でも、コレはすごく危ない考えだとも思うんです。だって、ずっと頼っていたら、いざというときに誰かのせいにしてしまいそうで。自分の判断ができなくなってしまいそうで。昔は、シャドウ様に何も考えずについていけば正しいんだと思っていた。シャドウ様はいつだって絶対に正しいと、ひたむきに努力することができた。けど、今はもう少し深く考えるようになったんです」
「決して、シャドウ様が信用できなくなったとかではありません。ただ、私が少しだけ成長したと言うか、周りが見えるようになったと言うか。そんな感じです。昔に、戻れたらな、、、。なんて、言っても仕方ないですし。私達には選択肢が無いようなものなので後悔は少しもしてないですけどね」
と、弱々しく笑う横顔。
どよめきながら歩く人影を背景に、その姿はあまりにも覇気がない。
悲壮感ではないし、諦観でもない。
純粋に、弱々しいとしか表現できなかった。
どこか既視感のある姿だ。
もう忘れてしまい、いつ、どこでそんなことを思ったのかは思い出せないが、俺もいつか通った道な気がする。
ふと立ち止まり、後ろを見たときの無力感。
今までは走っていたのに、それからは歩くようになった。
だから、なのだろう──
「あなたは、どうですか」
先程の問いには結論が出せなかったが──
「あなたは、まっすぐ立てていますか」
これにはすぐに答えられた。
「ああ」