裏バイト:鬼巫女ロリババァ   作:葛城

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グロ描写あり、気を付けてね


後編

 

 

 

 ──家畜人形。

 

 

 それはあくまでもソフィアが作った造語であり、実際の名称は人によって違ったりする。

 

 しかし、その実体を知れば、けして大げさな言葉ではない、おぞましい話であることが窺い知れるだろう。

 

 

 と、いうのも、だ。

 

 

 まず、『家畜人形』とはなんなのか……それを1から説明すると長くなるので省略するが、要は、『人間と同じように活動する、人間そっくりの人形』のことだ。

 

 

 見た目には、人間と全く変わらない。

 

 

 血は通っているし、会話の受け応えも出来る。体温もあれば、発汗だってするし、動けば息切れだってする。

 

 傷を負えば痛がるし、食事も取れば、排泄だって行う。なんなら、SEXだって行う事が可能であり……本当に、見た目は人間と全く変わらないのだ。

 

 けれども、それはあくまでも、見た目だけである。

 

 あくまでも、生前の名残ゆえにソレを行うだけで、するなと一言命令するだけで、一切しなくなる。

 

 つまり、必要ないのだ。

 

 何故ならば、人形だから。

 

 人間そっくりの人形が人間のフリをしているだけで、必要ではないと命令すれば、それを行う事はない……そういう人形なのだ。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 その、家畜人形だが、どうやって生まれる(あるいは、作る)のかと言えば、だ。

 

 手順はそう複雑ではないので、まずは一般人でも比較的用意しやすい道具の説明から始めよう。

 

 

 まず、素材となる人間が2人。

 

 基本的に、健康な人間であるならば問題ない。出来るならば、同性かつ同年齢であり、身長や体重も同じぐらいなのがベストだが、それは+αな要素である。

 

 

 次に、素体となるマネキン。

 

 マネキンは、素材となる人間と同じぐらいのサイズが望ましい。あるいは、2人の中間ぐらいに当たるサイズが望ましい。

 

 

 次に、マネキンの外皮となる皮と、身体を動かすための動力。

 

 皮は、基本的には透明に近い方が望ましく、かつ、ある程度は頑丈で破れにくいのが望ましい。皮の材質には、特に条件ではない。

 

 

 動力に関しては、材質は何でも良い。

 

 ただし、素材となる人間の動力部……すなわち、心臓を模した形が望ましく、大きさに関しては、必ず原寸より一回り大きな物を使用すること。

 

 

 次に、呪符だ。

 

 この呪符に記す内容は目的によって異なる。文字が潰れてしまったり、小さく作り過ぎて文字が下手くそになってしまうと失敗率が上がるので、注意が必要である。

 

 

 

 ……ここまでは、一般人でもお金を払えば用意出来るだろう。問題なのは、家畜人形を作るに当たって根幹となる道具。

 

 

 

 それは、『インク』だ。

 

 

 家畜人形の一番おぞましいのは、呪符を制作する際、あるいは道具に混ぜ込む必要がある特殊なインクである。

 

 このインクは、素材となる生き物の幼生体の体液と、脳の混合液を使うのが望ましく……この場合は、人間の赤子だ。

 

 赤子……それも、生まれて間もない新生児の血液と、その赤子の脳をシェイクした混合液をインク代わりに使用する必要があるわけだ。

 

 そのインクを使って製作した呪符を、動力を模して作ったモノの内側に張り付ける。

 

 貼り付けられるならなんでも良い、とにかく、剥がれないようしっかり固定するのが望ましい。

 

 そして、皮にもインクを使う。ただし、皮に呪符を張るのではなく、皮を制作する際にインクを混ぜる必要がある。

 

 混ぜる量は、10cc~20cc。この範囲に納める必要があり、多くても少なくても、術そのものが不安定になる、とのこと。

 

 

 

 ……さて、次は家畜人形の制作手順だ。

 

 

 

 まず、リュックでも鞄でも使って良いので、素材となる人間に片方ずつ制作した道具を持たせる。

 

 つまり、心臓模型、皮、この二つをどちらかを一つだけ、荷物として持たせるのだ。

 

 その際、どちらを持たせるのか、それは特に定められていない。

 

 成功率を少しでも上げたいならば、呪符を張りつけた方を所持させるのは、使用したインクと同性なのが望ましい。

 

 つまり、女の赤子を使ったのであれば女性に、男の赤子を使ったのであれば男性に、出来るならば、混ぜない方が良い。

 

 持たせる時間は、最低でも約30分。家畜人形の使用目的にもよるが、長く持たせるならば、倍の1時間は必要である。

 

 

 

 そして、ここからが重要。

 

 

 

 実は、家畜人形の制作に当たって一番難しいのは、素材となる2人の人間が、それを了承する必要があるということだ。

 

 つまり、家畜人形は、素材とされる人間が、『家畜人形に成ることを承諾しないと完成しない』のだ。

 

 もちろん、常識的に考えて、そんな事を承諾する者はいない。

 

 それこそ、命と引き換えに大金を得るとか、見合う報酬と事情が無ければ、迷う事すらしないだろう。

 

 ……が、しかし。

 

 

「ん~……いちおう、裏ワザというか……知らぬ間に承諾を取らせる方法があるんですよね、これが」

 

 

 ソフィア曰く、物凄く手間が掛かるうえにリスクもあるし、成功率はそこまで高いわけじゃないが、方法があるとのこと。

 

 それは……キョロキョロと、室内を見回したソフィアは……ふむ、と首を傾げると、懐より……ペンデュラムを取り出した。

 

 ペンデュラムとは、振り子の事。

 

 先端に青いクリスタルが取り付けられたそれの状態を確かめると……それを、伸ばした指先より垂らした。

 

 すると……腕の震えに反応しているのか、あるいは別の理由か……先端のクリスタルが、緩やかに回転運動を始めた。

 

 それはまるでコンパスで描かれたかのような、綺麗な真円。照明の明かりを受けた青いクリスタルが、きらりと輝いていた。

 

 

「私のコレは、特別製でしてね。こういう隠されたモノを探すのに特化しているのでございますよ~っと」

 

 

 その言葉は、誇張でもなんでもないのだろう。

 

 実際、右に左にソフィアの腕が動いた際、一瞬ばかりクリスタルの軌道が変化するけれども、すぐに真円を描き始めるあたり、ただのクリスタルではないようだ。

 

 ……で、だ。

 

 伸ばした指先よりクリスタルを垂らしながら、部屋中をくまなく動き回ったソフィアは……ふと、そのクリスタルの軌道に、これまでとは異なる変化が生じた。

 

 

「……天井か?」

 

 

 思わず、後ろから様子を見ていた鬼姫が、ポツリと呟いた。

 

 何が起こったのか……具体的には、垂れ下がっていたクリスタルが、いきなり重力に逆らって天井を指し示したのだ。

 

 場所は、出入り口の辺り。パッと見た限り、不審物があるように鬼姫には見えなかった。

 

 そんな中、見えない手で上から引っ張っているかのように、クリスタルと指先を繋げている糸が、ピンピン、と跳ねていた。

 

 

「どうするのじゃ? 天井でも引っぺがせば良いのか?」

「いえ、この手応えからして、そんな感じでは……おっ?」

 

 

 ぴょん、と。

 

 軽い調子で天井近くまでジャンプしたソフィアは──スパッと、出入り口上部に設置された『精密検査室』のプレートを取り外し、着地した。

 

 そうして、クルリと裏面を見やったソフィアは……そこにビッシリと隙間なく記された文字を確認して、溜め息を零した。

 

 

「当たりです。内容は、この出入り口を使って部屋を出入りすることで、家畜人形になることを承諾する……といった感じでしょうかね」

「……見慣れぬ文字じゃな」

「見慣れなくて当然ですよ、これってこの世界の文字ではありませんから」

 

 

 覗き込んだ鬼姫の感想に、ソフィアは苦笑をこぼした。

 

 

「なんじゃ、同郷の者が作ったのか?」

「それは分かりません。大昔には居たかもしれませんし、技術だけがこの世界に来たのかもしれませんし……問題なのはコレの製作者よりも、コレそのものです」

 

 

 ──ちらり、と。

 

 

「一つ一つは、そこにあると意識しないと見付けられないぐらいに弱いですが、おそらくは、この建物だけでなく……全ての施設の出入り口が、このようになっている可能性が大ですね」

 

 

 廊下から、他の部屋を見やったソフィアは……う~ん、と困ったように頭を掻いた。

 

 

「これ……たぶん、荷物を置かせることではなく、如何に意識させずに施設や部屋の出入り口を往復させるのかが重要なんでしょうね」

 

 

 ソフィア曰く、だ。

 

 荷物を置くというのは、最後の引き金(トリガー)みたいなもの。おそらく、一定時間経ってからでないと、まず成功しないとのこと。

 

 このバイトの指導管理者である須藤が、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』といった理由はソコだろう。

 

 言い換えれば、必ずどこかでリュックを降ろさせる必要があるわけで……ふむ、と、鬼姫は首を傾げた。

 

 

「なんか、妙に回りくどいように思えるのじゃが」

「なんか、ではなく、相手に知られることなく承諾させるとなると、回りくどくしないと駄目なんですよ」

 

 

 ──というか、ですね。

 

 

 そう、ソフィアは言葉を続けた。

 

 

「家畜人形に限らず、この手の術や儀式はとにかく制約が厳しいんですよ。私でも、制約を無視してやろうとするなら、持っている道具全部使っても成功率1%いかないぐらいですよ」

「ふむ、お主がそこまで言うのであれば、相当に難しいことなのじゃろうな」

 

 

 納得した鬼姫に、ソフィアは……手にしているプレートを握りつぶした。

 

 

「では、納得したところで急ぎましょう。こうしている間に、犠牲者が出るかもしれませんしね」

「むむ?」

「この儀式、リュックを背負った時点で呪いが発動しておりますからね。リュックを一度も下ろさなくても、相応に後遺症が出るはずです」

「……それ、いくら『うらばいと』とはいえ、バレたりせぬのか?」

「仕事が終わって数年経ってから現れる類の後遺症ですからね、コレと結びつけられないようにしているのでしょう」

「ふむ、それならば、迷う必要はないのう」

 

 

 一つ、頷いた鬼姫は……さて、とソフィアを見やった。

 

 

「それで、どうやって止めるのじゃ? あの管理者を呪い殺せば良いのか? ワシ、こんな外道なやつらなら、呪っても平気なのじゃが」

「う~ん、あくまで推測ですけど、これほどの規模ともなれば1人や2人の犯行では……それよりも、この術を真正面から破るべきだと思います」

「真正面から、とな?」

「はい、真正面から、この儀式を失敗させるのです。それも、ただ失敗させるのではなく……この儀式を根本から崩壊させてしまうのです」

 

 

 首を傾げる鬼姫に、ソフィアは……ニヤリと笑った。

 

 

「人を呪わば穴二つ、得られる成果とリスクは表裏一体。求める結果が大きければ大きいほど、術者が被らなければならないリスクは跳ね上がります」

 

 

 その言葉を受けた鬼姫は……いや、鬼姫も、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 ──ソフィア曰く、家畜人形を作る際には必ず、『術そのものを失敗させる方法』が存在するらしい。

 

 

 なんでわざわざそんなものを……と思う者がいるだろうが、要は、『儀式を行う際に必ず守らなければならないこと』である。

 

 必ず守らなければならない、言い換えればそれは、それが守られなかった時点で失敗する、その裏返しに他ならない。

 

 

 例えば、『丑の刻参り』

 

 

 憎い相手に見立てた藁人形を、神社の御神木に釘などで打ち込むことで相手を呪う呪法だが……これにも、守らなければならないルールがある。

 

 服装や、使用する道具。行う時間帯に、手順。

 

 呪法に限らず、なにかしらの超常的な現象を引き起こす儀式には、多かれ少なかれそういったルールがある。

 

 場合によっては『してはならないこと』と、特に明確に禁止されていることも……で、だ。

 

 

 鬼姫たちが何をするかと言えば、単純明快。

 

 

 敷地内を片っ端から走り回り……どこかにある、この儀式の『核』に当たるモノを破壊する、というものだ。

 

 その『核』が何に当たるかは、実際に近づかなければ分からない。何故なら、術などでは気付かれないようにされており、ソフィアでも正確には分からないから。

 

 しかし、目視でならば、分かる。

 

 というのも、結果とリスクは比例する。

 

 術で分からないのであれば、実物は誰が見ても一目で分かる代物になっている。そうでなければ、儀式として成立しないから。

 

 ゆえに、鬼姫とソフィアは走り回る。

 

 一般人と比べたら、無尽蔵にも等しい体力に物を言わせて。

 

 

 傍から見れば、あまりにも異様に映っただろう。

 

 

 なにせ、2人の移動速度と来たら、見た目からは想像出来ないぐらいに速い。まるで、この2人だけ3倍速だ。

 

 加えて、疲れて息切れする気配が全く無い。

 

 ずーっと、フルスロットル。アクセル踏みっぱなしで、2人が通り過ぎた後には、びゅうびゅうと旋風が巻き起こっては埃を舞いあがらせていた。

 

 しかも、動きに全く無駄がなく、T字路では直角に回り、階段は一蹴りで登りきり、時には壁を蹴って斜めに移動し、なんなら外壁を走って確認している。

 

 途中、なにやら怪物に変装した者(言うまでもなく正体は想像出来た)と何度かやりあった。

 

 なにやら騒いで邪魔をしようとしていたっぽいが、急いでいたし構っている暇などなかったので、全員拳で黙らせておいた。

 

 というか、邪魔をしてきた時点で、ソフィアの憶測は大正解だろう。

 

 そうでなければ、わざわざ……変装しているのも、バレないようにしている事に加え、バレると儀式そのものに影響があるからなのだろうと2人は思った。

 

 

「ところで、一つ疑問なんじゃが」

「なんでしょう?」

 

 

 そんな中、ビュンビュンと敷地内を走り回りながら、ふと──鬼姫が、ソフィアに尋ねた。

 

 

「仮に儀式を失敗させたとして、どんな反動が起こるのじゃ?」

「さあ、分かりません……いえ、茶化しているわけではなく、本当に分からないのですよ」

 

 

 私に聞かれても……そんな感じの返答にジロリと視線を向ければ、ソフィアは走りながら両手を上に向けて、分からないとジェスチャーした。

 

 いちおう、どうなるかは推測出来る。

 

 ほぼ間違いなく、ろくでもない結果になるだろう。

 

 だが、どのような形で収まるかは本当に分からない。

 

 呪いが跳ね返って術者たちが集団死するか。

 

 それとも、原因不明の病を発症して死ぬか。

 

 あるいは不幸が重なるか……死ぬ可能性が高いにしても、それは蓋を開けるまでは……っと。

 

 

「──おお、本当に見ただけで分かるのじゃ」

 

 

 ソレは、敷地の中の最奥にある、屋根の下にあった。

 

 上部に忍び返しが設置されたフェンスに、有刺鉄線も巻き付けられて囲われ、その周囲には幾つもの段差が設置されていて……なんともまあ、分かり易かった。

 

 ちなみに、どうやって入ったかと言えば、普通にジャンプして飛び越えただけである。

 

 フェンスの高さは5メートル近くあり、特注なのかフェンスそのものが分厚く、工具があっても人一人分の穴を開けるだけでも大変だが、そんなの鬼姫たちには関係なかった。

 

 けれども、鬼姫が見ただけで分かると言ったのは、そこではなくて、屋根の下にある……巨大な心臓である。

 

 そう、心臓だ。それも不思議な事に、脈打っている。

 

 それは、どこにも繋がっていない。

 

 飛び出した血管の中は空洞で、血だって一滴も零れ落ちていない……なのに、鼓動をしている。

 

 まるで、生きているかのように。

 

 どくり、どくり、どくり……近寄れば、生暖かい熱気と、鉄分混じりの生臭さがムワッと鬼姫たちの鼻腔へと届いた。

 

 

「……なんじゃ、ここには邪魔はおらぬのか?」

「そういう制約なのでしょう……ほら、外からは分かりませんけど、柱の内側に入れば見えるように、看板が取り付けてありますよ」

 

 

 促されるままに見やれば、確かにある。

 

 内容は、この儀式の解除方法……すなわち、この巨大心臓を破壊すれば良いというものだ。

 

 

「私の予想だと、ここに入れるのは裏バイトで雇われた人だけでしょうね」

「──で、どうすれば良いのじゃ?」

「呪いではなく、ぶん殴って壊してください」

「ほう、最後は簡単じゃな……よし、離れておれ」

 

 

 己の後方へと下がったのを見やった鬼姫は、眼前の巨大心臓を破壊すべく、大きく腕を振り被って──その時であった。

 

 

 

「──お願いします! それだけは止めてください!!」

 

 

 

 唐突に、そんな声が響いた。

 

 鬼姫が、ソフィアが、そちらに振り返れば……青ざめた顔に、大粒の汗を幾つも浮かび上がらせた男が、フェンスに身体を預けるようにしてこちらを見やっていた。

 

 

「おや、どうしましたか、管理指導者の須藤さん」

 

 

 ソフィアのその言葉に、鬼姫は……はて、と首を傾げた。

 

 いったいどうして……それは、裏バイトが始まる時に見た須藤の顔と、フェンス越しに見るその顔とで、あまりに異なっていたからだ。

 

 例えるなら、老人だ。くしゃくしゃに皺だらけの、老人。

 

 そう見えるぐらいに、須藤とソフィアが呼んだその男は、鬼姫の目には年老いて見えた。ぶっちゃけ、勘違いしていないかとソフィアに対して思ったぐらいに。

 

 

「お願いします! 止めてくだしゃい! おかね! おかねはらいましゅ! いっぱいはらいましゅ! やめえ、やめちぇ!!」

「おやぁ、ずいぶんと老けましたね。壊した結果がどうなるか、想像しちゃいました?」

「やめりぇ! やめりぇ! やめちぇ、やめて、やめちぇくだしゃい! おねが、おねがい、お願い! しまちゅ!」

「ひゅ~、悪人の懺悔は相変わらず気持ちええ~……こんなん、心の○ん○が勃起っきもんですわ~」

 

 

 なにやら、恍惚とした顔でビクビクとケイレンしているソフィアはまあ、横に置いといて。

 

 須藤と呼ばれたその男は、確かに、老けていた。

 

 化粧で誤魔化していたとか、そういう老け方ではない。

 

 まるで、心底恐ろしいナニカを目撃して、一夜にして老けたかのような……そんな変化であった。

 

 いや、というより、現在進行形で、恐ろしいナニカに直面しようとしているのだろう。

 

 初対面時の印象とは、違う。滝のように零れる涙、鼻水は顎先まで垂れて、嗚咽が混じるせいでまともに発音すら出来ていない。

 

 フェンスを握り締める指は、血だらけだ。そりゃあ、そうだ、有刺鉄線を素手で掴んでいるから。

 

 けれども、須藤は気にしていない。とにかく、ソレを破壊するのを止めてくれと繰り返す……しかも、1人だけではない。

 

 須藤に遅れてやってきた、この会社の職員と思われる者たち。そこに、老若男女以外の違いはない。

 

 続々と、それはもう、フェンスを壊さんばかりに駆け寄って来ては、止めてくれ、止めてくれと連呼している。

 

 誰も彼もが、くしゃくしゃに顔が歪んでいる。

 

 涙を流し、鼻水を垂らし、嗚咽をこぼし、それだけは止めてくれと、いくらでも金を払うからと、口々に訴えている。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………でも、無意味だった。

 

 

 全く、欠片も、これっぽっちも、鬼姫の心には届いていないし、響いてもいないし、波紋すら生まれていなかった。

 

 だって、彼ら彼女らは、自分の為に頭を下げているだけ。

 

 全て、自分たちのためだ。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、自分たちが報いを受けたくない、それだけ。

 

 それは、鬼姫にとっては逆効果である。その姿が、何もかもが、逆に鬼姫の神経を逆なでしたぐらいであった。

 

 

「……ソフィア、離れておれ」

「もう、離れていますよ」

「そうか、では、やるのじゃ」

 

 

 だから、悲鳴にも怒声にも聞こえる周囲の戯言など、鬼姫にとっては遠くより聞こえてくる車の音ぐらいにしか感じず……躊躇なく、拳で心臓に大穴を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 




鬼姫視点が終われば、第三者視点で、それで完結となります
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