怪文書注意。

TRPGで使用したキャラクターの現パロです。
内輪以外は意味がわからないと思うので注意してください。

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オレンジリーフの便箋

オレンジリーフの便箋

 

荒野を進む人影がひとつ。

燦々と照りつける太陽のもと、野暮ったいコートに身を包んだ彼女は汗ひとつかいていない。その涼しげな足取りとは裏腹に、実のところ三昼夜もの間この荒野を進んでいる。

 

昼は歩く。夜になれば岩陰に寄りかかり、かき集めた枝やら枯れ草で焚き火をしては、干し肉を齧り少量の水で流し込む。そして一服、葉巻を吸って星空を眺め、朝になればまた歩く。

 

言葉だけならばキャンプのように開放的だ。

そうして彼女は三昼夜、大抵の時間は歩くか火の番をするかして過ごしている。時として申し訳程度の睡眠をとりながらも、何処かへ向かって歩き続けている。

 

その足取りに目的地があるのかと問われれば、確かにある。この荒野の何処か、かつてここが戦場であった頃の名残を探しているのだ。

 

5年ほど前、彼女は、故あって一度この地で生活していた。幸い腕は立つために傭兵モドキとして生計を立てていたが、この一帯は紛争地域であり金を落とすべき場所もない。小銭と変わらぬ給与では軍からなにかを買い上げることもできず、敵から簒奪した武器や食糧で食い繋いだ。

時として食う人肉は、倫理的にはともかくこの地においては貴重なタンパク源であったし、蜘蛛でも蟻でも毒さえなければなんでも食べた。

 

命懸けの戦いの日々、硝煙と死体の匂い。彼女は孤島の村で生まれ育ったため、それまで地上の戦争というものを知らなかった。

そんな彼女に生きる術を叩き込んだ男がいた。やがて彼女はその男を愛したし、男もまた彼女を愛した。彼女は少しの金と食料と、それから男が居れば、それだけで幸せだと思った。

 

かつて彼女は、幸福であった。

 

☆☆☆☆☆

 

かつて彼は、孤独であった。

 

男は生まれてこの方血縁者なく、天涯孤独の身であった。時として似た境遇の仲間と群れることはあれど、大抵の場合は戦場で果てたか、あるいは流行病で床に伏し、迷惑をかけまいと自刃した。

 

男がその女を見つけたのは、一際嫌な仕事の終わりであった。

 

その女は、男の隠れ家へと続く洞穴の入り口あたりで、うつ伏せになって倒れていた。

この一帯では珍しい青髪を腰まで伸ばし、身長は女性の割に比較的高い。心臓の鼓動は弱っているが、まだ息はある。

 

何故こんなところに、とも一瞬思ったが、どこかの村の戦争捕虜が脱走してきたのだろうと当たりをつけた。

 

そもそも男はこの女にさしたる興味を持たなかった。金さえあれば村を焼き討ちにし、命乞いする女子供の首を切り落とし、雇い主に差し出すのもこの男の仕事であった。

ただ唯一の矜持として、捕虜を甚振ることはしなかった。かつて敵に捕縛された友が、形容し難いオブジェとなって発見されて以来、少なくとも自分は人を人として殺すことに決めていた。

 

そんな男であるから、当然この女を助けようとは思っていない。そもそも下手に助けて隠れ家を知られれば、生かして帰すことなどない。

やや逡巡した末に、男は女を殺すことにした。もとより戦争捕虜である。気の毒ではあるが、敵兵に辱められ死ぬよりは、ここで意識のないうちに眠らせた方が救いにはなるだろう。

 

男は先程手入れしたばかりのロングソードを抜き、女の首を刎ねようと仰向けに転がした。若い女だった。

今日は歩き疲れた。埋葬するのは明日にしよう。そんなことを考えながら男は軽く十字を切り、その細い首に剣を走らせた。

 

★☆☆☆☆

 

彼女は歩き疲れなど知らないかのように、さらに二日歩き、一つのごく小さな洞穴へたどり着いた。来訪を拒むかのように、洞穴の中から轟と風が吹く。強風でフードが煽られ、彼女の頭部が露わになる。

すっかり伸びた青い髪も風に巻き上げられ、それを彼女は鬱陶しげに一瞥した。マントを漁るとヘアゴムを取り出し、後ろ髪を結って洞穴の中へ進んでゆく。

 

洞穴は自然的でありながら、人工的でもあった。

ゴツゴツとした岩肌に、ところどころ擦れたような跡がある。地面を見れば焦げたような焚き火の跡があり、以前ここに誰かが住んでいたことを主張している。

 

彼女は反響する足音に耳を傾けながら、洞穴の奥へと進んでいく。奥へ進むほど生活感は強くなり、しかしそのいずれもが風化しかけていた。

 

やがて道は開けた場所へたどり着く。上を見上げれば、灰色の空が広がっている。

晴れていれば天井から日が差して美しいのだ、とある男は言った。しかし彼女がここに来た頃には、空は混沌に覆われており、終ぞこの土地で太陽を見ることはなかった。

 

周囲は岩壁に囲まれており、彼女が入ってきた道の他には通じていないことがわかる。天然の要塞と呼ぶべきその場所の中心には、土レンガでできた一軒の建物があった。

彼女は見知ったその建物を見て、ほんの僅かに眉を下げた。その建物は家とも呼べない粗末なものだが、生まれからして厄介な彼女にとっては、この雑なぬくもりが心地よかった。

 

彼女は家へ近づくと、扉を開けないままに周囲を見渡した。一本の枯れた木のそばに、とってつけたような十字架を見つける。

彼女はその墓とも呼べぬ十字架に、コートの内から取り出した1つの鮮やかな、しかし幾許か古くなった果実を備え付けた。

 

蜜柑。

 

枯れた木に一瞬、色彩が宿ったような気がした。

 

★★☆☆☆

 

男は蜜柑を収穫していた。

この隠れ家を見つけた時から、ポツンと1つあった不自然な果樹。当時の彼と仲間にとっては、青空から光差すこの場所が、世界で唯一争いのない神聖な場所に思えて自然と涙を流したものだった。

 

それを思い出した男は自分が最後に涙を流したのはいつだったか、と首を傾げ、すぐに考えることをやめた。思い出したところで、目の前の蜜柑が美味くなるわけではない。

ひとしきり蜜柑を収穫し、鋏を仕舞って空を見る。昨日も今日も灰色だったから、明日もきっとそうなのだろう。

 

蜜柑を入れた籠を眺めて小さな満足感を覚えながら一服していると、後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこには青い長髪の女がいた。その肩には、身長に見合うような大きな武器を担いでいる。様子からして一仕事終えてきたのであろう彼女は、彼と幾らか言葉を交わし、彼女は土レンガの粗末な小屋へ入っていく。

彼はその後ろ姿を見ながらふと考えた。

 

何故あの時、この女を殺せなかったのか?

 

あとは首に刃を入れるだけでこの女は死んでいた。何か特別な力が働いたわけでもないし、彼自身剣を止めようと思ったわけでもない。

ただ、腕が動くことを拒否した。その日4人の人間を殺め、翌日3人の人間を殺めたその腕は、どうしてか彼女を殺すことだけは出来なかった。

 

そうしていつの間にか彼女を隠れ家へ担ぎ入れ、なけなしの薬で介抱までしていた。彼は訳がわからなかった。

目を覚ました女はこのことに恩を覚えたのか、彼の仕事を手伝い始めた。幸いにして女は、その道の童貞ではなかったらしく仕事に抵抗もなかった。下手をすれば男よりも手慣れていた。

余計に訳がわからなかったが、いい拾い物をしたと思うようにした。彼に女への興味はなかった。

 

しかし改めて考えてみれば不思議なことである。

まるで神がそうあれと定めたかのように彼と彼女は出会い、生活を共にしている。

そういえば、昔に友が言っていた。いつからか夢の中で枕元に神が現れて、やるべきことを囁くのだと。自分はそれに反抗して家を飛び出し、こうして路頭に迷っている愚か者なのだと。

 

彼は神というものが嫌いになった。そもそもを言えば最近の戦争だって宗教が原因なのだし、仕事中に十字を切るのもやめようと自分に誓った。

もし自分の墓を立てるとしたら、石造りのものがいい。ついでにこの木の横で眠れたら言うことはないなと独りごちた。

 

★★★☆☆

 

彼女は木製の十字架を見ながら、ゆったりと葉巻を吸っていた。

何をするでもなく、ただ葉巻を短くすることに意味があった。彼女の知る限り、生前の彼は蜜柑を収穫したあとの一服を大切にしていた。

本人に聞いたわけではないが、ただその姿があまりに人間らしくて思わず家の中で笑ってしまったことがあったのだ。

 

そういえば、彼が吸う葉巻は、いつだって決まってオレンジリーフだった。

いつだか葉巻に憧れて一本もらい、吸ってみれば思いの外甘い。柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり、まるで菓子でも食べているかのようであった。

葉巻というのはこんなものか、と拍子抜けするとともに、極端に感情を出さない彼がこんなに甘い葉巻を好んでいることに驚いた。

彼になぜオレンジリーフなのかと尋ねると、少し考えたのちに、昔の友人が愛用していたとだけ言った。

 

言葉の意味は察せられたが、率直には女々しいなと思った。しかしその様子があまりにつまらなさそうだったので、それ以上は聞かなかった。

今となって漸く意味がわかる。自分の中に故人を刻みつけていたい。いつまでも、その人の残り香を忘れないようにしたい。そうして煙を空へ登らせ、その人へ伝えたい。

 

甘い煙が灰色の空へ登り、見えなくなっていった。この煙は迷わず彼に届いてくれるのだろうか。取り止めもなく、そんなことを考えていた。

 

やがて葉巻は灰となり、日は沈み、夜になった。

彼女は今、孤独であった。

 

★★★★☆

 

彼は今、幸福であった。

多くの人間を殺めてきた。多くの仲間を見送ってきた。そうして漸く許された。

 

長距離の狙撃であったために狙いは粗く、心臓から逸れて肺を穿った。即死はしないが致命傷だ。彼は誰よりも、命が潰えることを理解していた。

仕事終わりで油断をした、昨晩に情を交わして浮ついていた。

いくらでも言い訳と後悔はできる。痛みも苦しみもある。死ぬのは怖くもある。だが、しかし、それよりもなぜか嬉しさが勝っていた。

 

目の前にはみっともなく涙を流す女がいた。彼の肺から流れ出す傷口を必死に押さえ、死なないでくれと喚いている。

 

彼はその様子を見て、すっと心につかえていたものが落ちていった。彼はずっとこうなりたかったのだ。誰かが死んだら悲しくなりたくて、そうしてその死を泣きたかったのだ。

ずっと失ったものから目を逸らして、得たものにだけ目を向けていた。そうして失い続けて、最後の最後でずっと欲していたものを得た。これを愛と呼ぶべきではないのだろうが、それでも自分のために泣いてくれる彼女を愛おしく思った。

 

遠のく意識の中、彼は力を振り絞って彼女の唇をそっと撫ぜた。もう焦点は、彼女に合わせられなかった。

何も言えなくなった彼女を過ぎて空。こんな日でもお前は灰色なんだなと思い、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

★★★★★

 

朝日が差して瞼を開いた。

彼女は、いつの間にか眠ってしまっていた。土レンガの壁に寄りかかって脱力し、短くなりきった葉巻は地面に落ちていた。

 

空は青かった。

木は変わらず枯れていたが、供えた蜜柑は心なしか輝いて見えた。少し息を呑んで、それから、その光景を目に焼き付けた。

 

小一時間ほどして、彼女は漸く起き上がった。懐からオレンジリーフを取り出して火を付け、少しばかり吸ってから十字架に放った。

そして、振り返ることなく広場を後にした。遠い青空へ甘い煙が伸びていく。彼女はそれを見もせずに、彼と出会った洞穴の入り口へ戻ってきた。

 

轟と風が吹いた。

彼女の背中を押すように、ローブをはためかせる。彼女はそれをくすぐったそうに受け止めて、光が差す外へ踏み出した。

 

帰って髪を切ろう。そうしてまた、この程度の長さになったら戻ってくるのだ。

甘い蜜柑の手紙を届けに、また。


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