Fate/Shadow Out of Time 【完結】   作:らくべえ09

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第1話  記憶

 

 

 

 間桐雁夜が意識を失ったのは、蟲蔵での『調教』が終わりを迎えた辺りだった。

 耐え難い苦痛と恐怖。

 それに耐えるため、燃やしている憎悪と執念。

 欲望か、希望か。その時は自分でもわからなくなっていた。

 しかし、それにも限界が来た。

 薄気味悪い夢と妄想の中、暗闇に落ちて。

 闇が覆って。

 

 

 

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 永く、落ちつかない悪夢を見ていた気がした。

 気づくと、見知らぬ天井とアルコールの臭いが鼻についた。

 

(……病院?)

 

 まさにそこは病院で、雁夜は白い患者衣を着てベッドにいた。

 すぐに看護士が飛んできて、続いて医者がやってきた。

 診察後、色々会話した結果、雁夜は愕然とする。

 どうやら、意識を失ってから1年以上が過ぎているらしい。

 

(聖杯戦争は……? 桜ちゃんは……!? そうだ、何でここに……)

 

 あの臓硯が、入院などさせるわけがない。

 とすれば、何者かが自分を救出でもしてくれたのか?

 そんなあてはない。

 一体何がどうなっているのか、皆目わからなかった。

 

 やがて、兄が訪ねてきた。

 はじめは、何か宇宙人でも見るように雁夜を見ていたが、

 

「……おぼえてないのか? いや、お前、雁夜だな?」

 

 おそるおそる、といった感じでそう言った。

 

「ああ、それよりも、桜ちゃんはどうなった!?」

 

「落ち着け……! お前、ここ一年のこと、ホントに覚えてないんだな?」

 

「……ああ」

 

「何があったのか、俺にもわからん。わかってるのは、まず親父が死んだってことだ」

 

「おやじ? ジジィ……臓硯か? なんで、あいつが?」

 

 どうやったら死ぬのか、どうやったら殺せるのかわからない老害。

 いや、蟲の塊である。

 間桐臓硯が死んだ? 信じがたい話だった。

 しかし、事実ならまさに吉報だった。

 

「……まずは、退院してからだ。話も長くなるしな……」

 

 

 

 

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 検査の後、異常なしと診断された雁夜はひとまず間桐邸に戻った。

 屋敷はあちこち改装されており、すっかり様変わりしていた。

 中庭に小さな離れが作られ、雰囲気も変わっている。

 

「えらく変わったな……」

 

「ああ、お前がやったんだ」

 

「俺が……?」

 

「ああ」

 

 そして、雁夜は兄・鶴野から聞かされた話は、これも信じがたい話だった。

 

 

 あの夜何が起こったのか。

 蟲蔵から出てきた雁夜は、まるで無表情だった。

 『調教』のため顔半分が蝕まれ、白髪なのは同じだったが。

 まるでガラス玉のような瞳で、観察するように鶴野を、いや全てを見ていた。

 

「どうも、記憶が混乱しているらしい」

 

 そういって、たどたどしい仕草をした。

 見た感じ、何か手指の使い方がわからないような印象を受けた。

 しかし、すぐにそれも慣れて、家中の書物を読み漁り出す。

 それは読むというより、ページを早めくりしているだけにしか見えなかったが。

 一度目を通すと、全てを完璧記憶した。

 ロシア語、ラテン語、英語……様々な言語を全てをあっというまにマスターしてしまった。

 ただ、新聞や教科書、実用書などは理解したが、小説などはわからないらしかった。

 

「これは虚構なんだろう? こんなものを書いて読んで、何の意味があるんだ?」

 

 まるでロボットのようなことを言ったが、冗談でないのは目でわかった。

 読んだ書物には、魔術に関するものも含まれていた。

 家に秘蔵されている間桐家の魔術。

 鶴野には近くに会って縁遠いものだが、雁夜はこれも簡単に理解したらしい。

 

「お前が今さら、そんなものを読んで何になる? そんなことも忘れたか?」

 

 変貌していた雁夜を観察していたが臓硯だが、やがて口を出した。

 

「この魔術と呼ばれる技術体系は――」

 

 以前なら犬のように噛みついていた雁夜だが、この時もやはり無表情だった。

 

「極めて不合理で、あらゆる無駄な消費が多い。つまらない思い込みや勘違いで発展どころか退化さえしている。あなたの行っている行為も」

 

「……常識のように言われている科学と相反する技術であるというのは誤りだ。これらは大きな流れから言えば同じものになる」

 

「カカカカ!! とうとう狂いよったか。哀れよな」

 

 嘲笑と共に、臓硯の空気が変化した。

 

「私を害するつもりか。それはできない」

 

 つぶやくように言って雁夜が手を挙げた時、臓硯の動きが停止した。

 まるで、石となったようにピクリとも動かず、ただ表情だけを歪めていた。

 

「き、さま……!? 貴様か!? バカな……何をした!?」

 

「あなたの腐敗しかけた思考回路では説明も無意味だろう。もはや有用な知識は学べそうにもない。むしろ有害だ。消えてもらう」

 

 そう言った雁夜の掌が青く光り、何かの文様が浮き上がった。

 直後、臓硯は完全に停止して蟲で構成された肉体は砂のように崩れ去った。

 ひどくあっけない光景だったと、鶴野は語っている。

 

「さて。では、今日からこの家の当主は私ということになるのかな」

 

 そう言ってからの、雁夜の行動は早かった。

 次々に家を改築させ、蟲蔵から何から全て改造してしまったのだ。

 蟲蔵の怪蟲たちはどうなったのか。

 

 

 案内された雁夜は唖然とした。

 清潔に整理整頓された棚に、蚕の繭みたいなものが整然と並んでいた。

 ただし、そのサイズはサッカーボールほどもあったが。

 

「何なんだ、これは……」

「間桐の新しい使い魔……。使役蟲、といった感じだな。お前は、名前じゃなくって番号で呼んでたが」

「そ、そうか……しかし、これを俺が……?」

 

 うなずく兄に、雁夜は信じがたい思いだった。

 あれほど魔術を嫌悪していた自分が、本当にそんなことをしたのだろうか?

 

「まるでおぼえてない……」

 

「……そうらしいな。でも、ちょっとホッとしたよ。記憶をなくしてたお前は、何と言うか」

 

 臓硯以上のバケモノみたいだったから、と兄は少しだけ笑った。

 

 

 混沌とした気分のまま、表の自室にも案内された。

 そこには、パソコンを始め、様々な電子機器がやはり整然と並んでいる。

 どれも、鬼のように改造されて、鬼のようなスペックだった。

 その中には、使い方のわからないものも多数あり、雁夜を混乱させた。

 

(本当に、何か起こったんだ……。俺は一体、何をしていた?)

 

 混乱しながら、部屋の窓から中庭を見る。

 すると、子どもの声がする。

 

「桜ちゃん……? いや……」

 

 見ると、鶴野似の男の子が、桜と一緒に走っている。

 

「あれは確か……」

 

「息子の慎二だ。臓硯が死んだ後、呼び戻した。桜ちゃんともうまくやってる」

 

「そうか、ならいいんだが……」

 

 雁夜は少しホッとしながら、桜の様子を見る。

 まだおとなしいままだが、少なくとも以前よりも人間らしくなっていた。

 

「で……」

 

「で?」

 

「いや、今の家のことはまあ、了解した。けど、聖杯戦争は? 俺は参加したのか?」

 

「したよ……」

 

「生きてるってことは、少なくとも死んで敗退したわけじゃないよな」

 

「聖杯戦争は、直接見たわけじゃないから、うまく説明はできない」

 

 その代わり、と出されれたのは様々な記録媒体になされた、

『第4次聖杯戦争に関して』

 という書類やデータの束だった。

 しばらくの間、雁夜はそれに没頭することになった。

 

 

 

 

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 それと同時に起こったことがある。

 時間が経過するにしたがって、全く知らないはずの魔術の論理や知識がハッキリと甦ってきたのだ。

 試しに基礎的なものを使用すると、問題なく扱えた。

 魔術を行使する際に必要とされる魔力、そして魔術回路。

 それらは人工的な外科手術によって一般人にも付与可能であるという理論。

 現代医学、いやそれ以上の知識と共に明確な資料として残されていた。

 

「こんなことが可能なのか」

 

「ああ……できる。成功例もすでにあるぞ」

 

「どこに!? いや、誰にやったんだ、そんな手術……!?」

 

 驚く雁夜に、兄は黙って自分自身を指し示した。

 

 まったく素養のなかったはずの兄・鶴野は平均的魔術師をはるかに超える能力を付与されていたのである。

 

「もっとも、その時俺はまだ手術して間もなかったから、前に言ったように直接かかわっちゃいない。家の防衛を任されただけだ。本当に任されたかは、怪しいもんだがな」

 

 実際に、間桐邸が襲撃された例もあったらしい。

 

「よく無事だったな……」

 

「ああ、お前の使い魔がいたおかげでな」

 

「使い魔か……」

 

 自室の雁夜は窓を開けた。

 すると、部屋の中に猫ほどのものが飛行しながら入ってくる。

 毒蛾と蜂、それに甲虫の要素を加えた異形の蟲だった。

 

「使い魔3型か……」

 

「桜は、バトラとか呼んでるな。いつの間にかみんなそう呼んでる」

 

「どっか聞いたような……」

 

「怪獣映画にそんなのが出てきたんだよ」

 

「なるほど……」

 

 後で確認したが、確かに似ていなくもない。

 

「しかし、魔術ってのは確か相続できるのが一人だけじゃなかったか?」

 

 魔術師が二人もいる家というのは、相続問題が発生する。 

 

「お前いわく、それもナンセンスなんだそうだ。人口に膾炙すれば、魔術は弱まる。愚かな迷信。中途半端な発展と、宇宙から隔離したつもりになっている認識。そう言ってたぞ」

 

「……」

 

 やはり、雁夜の記憶にはない。

 

「現代レベルの科学でも、魔力を補給することは十分可能。か。むしろ人体の魔術回路に頼るのは不合理……か」

 

「そうも言ってたな。思い出したのか?」

 

「いや……」

 

 今の雁夜が記憶している言葉ではない。

 残された資料に書かれた文章だった。

 

 魔術を停滞させ、科学と相反させているものは、人間の認識。

 地球という籠の中が全てだという迷信のゆえだと。

 広大な宇宙に扉を開いた瞬間、人間の言う神秘がいかに矮小でちっぽけなものかとわかる。

 人間は、脆弱で単純なたんぱく質のかたまりにすぎない。

 地球人類が全宇宙の事象を知り尽くすなど、大海の水をスプーンですくおうとするに等しいのだ。

 

 その時、雁夜は眩暈を感じた。

 いや、そうではなく何かの記憶を刺激されそうになった。

 思い出せない、いや、思い出したくはない忌まわしい記憶のような気がする。

 それでも、わからないままではどうしようもなかった。

 雁夜は鶴野や記録の中から、少しずつ知っていくしなかった。

 

 

 

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 臓硯が消滅した後、形ばかりの葬儀が行われた。

 身内だけという建前で、ひっそりとした静かな葬儀だったそうである。

 解放された間桐家は、その後処理に追われることとなるが、それは鶴野の仕事だった。

 

「私は表に出ないほうがいいだろう。勘当された立場のようだから」

 

 このため、表面上の当主は鶴野ということになった。

 しかし、臓硯が死んだとなっても聖杯戦争はストップすることはない。

 

「代表ということならいかねばならないのだろう。興味もある」

 

 そして、喪服のまま聖堂教会におもむいた。

 この時白くなっていた髪は黒に戻り、顔も以前のように治っていたという。

 しかし、そのガラスのような瞳は相変わらずだった。

 

「ご先代はお気の毒でしたな」

 

「お気遣いはご無用です。本日は間桐陣営の代表として参加を伝えるためにきました」

 

「なるほど。あなたが」

 

「はい。それでは」

 

 用件だけを伝えて、雁夜は去った。

 この時、まだサーヴァントは召喚していなかったという。

 

 だが帰宅途中、雁夜は襲撃を受けた。

 黒い髑髏の仮面をつけた異形の暗殺者だった。

 

「アサシンか。判断が早いな」

 

 雁夜はアサシンを捕獲して、そのまま間桐邸に連れ帰ってしまった。

 鶴野が見たのは、地下室の中でいきなり四角い箱のようなものが出現した光景である。

 箱は、雁夜が作り出して操る一種の小型結界だった。

 その後アサシンはどうなったのか。

 人間でいうなら、内臓はおろか細胞レベルまで解体され、調査しつくされたのである。

 生身の生物であれば、恐ろしく悲惨な光景だったかもしれない。

 

「なるほど。サーヴァントの基本構造はわかった。分体のうちのひとつというわけか。興味深いな」

 

 そして、聖杯戦争は始まってしまうわけだが。

 

 

 

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